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結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑫~



3月 春休み一週間前 授業中 夜月の教室


夜月のいじめが発見してから、更に日が経った。 春休みまであと一週間といったところで、彼らにとって進展が起こる。
少し暖かくなって皆は厚着から薄着のものを身に纏い、校舎の中からは校庭に立派に立っている桜の木が見受けられた。
だが夜月は廊下側の席のため窓の外の景色は目にすることができず、淡々と授業を受けていく。

そしてこの時間は終わり、次の教科の支度に取りかかった。 その瞬間――――彼らにとって、新たな出来事が幕を開ける。
「夜月!」
突然教室に入り込んできた理玖。 興奮しているのか、少し挙動不審な態度をしていた。
「何だよ理玖、そんなに慌てて」
様子がおかしいことに違和感を感じながらも、冷静に尋ねると――――彼の確かな異変に、夜月は気が付く。
「・・・え、何で泣いてんの?」
理玖の目からは――――涙が溢れていたのだ。 しばらくは枯れそうにない涙を流し続けながら、精一杯の笑顔を作り夜月に向かって言葉を紡ぐ。
「目覚めたんだよ!」
「・・・え」
「結人が、目覚めたんだ!」
「ッ・・・!」
今聞かされたのは、結人が目覚めたという知らせだった。 それを聞いて、思わず目を丸くし口を噤む。

―――色折が、目覚めた・・・。

「さっき夜月の担任の先生とすれ違ったんだ! その時に、結人が目覚めたって教えてくれた。 
 本当は先生、時間が空いている時に直接夜月に伝えたかったみたいだけど、さっき『僕から夜月に伝えておきます』って言っておいた!」
「・・・」
「結人が目覚めてよかったよな、夜月! 早速今日、結人に会いに行こう!」
とびっきりの笑顔で口にする理玖に反し、夜月は複雑な面持ちをしたままずっと動けずにいる。
誰が見ても相反している彼らの間には、何とも言えない心地悪い空気が流れ込んでいた。 夜月は誘いを聞いて、心に思ったことがただ一つ。 それは――――

―――・・・色折に、何か言われそうで怖い。

夜月は結人を殴って病院送りにさせた。 これはどうしようもない事実だ。 しかも目の前で殴ったため、彼は自分を殴ったのは夜月だと知っている。
だとしたら、恨まれていても仕方がない。
「・・・いや、俺はいいよ」
「大丈夫」
「え?」
何とかこの恐怖心から逃れようと、誘いを断ろうとするが――――それは理玖によって阻止された。

「大丈夫だよ。 夜月が、心配することない」
「・・・」

―――何が、大丈夫なんだよ。
気持ちを察してくれたのか、優しい表情で言葉をかけたきた。 だけどそう言われるも、夜月の中から不安は消え去らない。
だがここで一つ、確信したことがある。

―――理玖・・・お前は自分が偽善者だとか言っていたけど、もし本当にそうなら人のために涙を流さないと思うぜ。





放課後 病院 結人の病室


その日の放課後。 早速理玖は、夜月、未来、悠斗を連れて結人の病室まで足を運んだ。 
ここは病院の中だというのに“早く会いたい”という気持ちが強い理玖は、走って彼のもとまで駆けていく。
「結人!」
病室の前へ着いて早々、ノックをせずに大きな声を発しながらドアを開けた。 
目の中に真っ先に飛び込んできたのは、ベッドの上で安静にして座っている結人の姿。
「みんな!」
結人も友達の姿を見るなり、笑顔で声を張り上げる。 理玖は意識のある彼を見て、すぐさまベッドの方へ駆け寄った。
「結人! 無事でよかったよ!」
「うん。 みんなも、来てくれてありがとう!」
後ろからは未来と悠斗も来てくれたことを確認すると、更に笑顔になる結人。 だが次の瞬間、未来たちの後ろからは夜月も姿を現した。
来てくれるとは予想もしていなかったのか彼からは一瞬笑顔が消えるも、すぐに笑って再び口を開く。
「夜月くんも、来てくれてありがとう」
ドアを静かに閉め、入口付近に立つ夜月。 その言葉を聞いて、少し顔をしかめた。

―――どうして・・・礼を俺に言うんだよ。

そんな結人の違和感に懸念を抱きつつも、何も言わずに口を噤み続ける。
「ユイ、目覚めてくれて安心したよ」
「本当だよ。 ずっと目覚めなくて、凄く心配していたんだから」
結人のもとへゆっくりと近付いた未来と悠斗は、続けて口にした。 そんなやり取りを椅子に座りながら見ていた結人の母は、優しい表情で彼らに言葉を紡ぐ。
「みんな、今日も来てくれてありがとうね」
「結人のお母さん、こんにちは。 先生から結人が目覚めたと聞いて、僕泣いちゃいました」
理玖は一度結人から彼の母へと視線を移すと、苦笑して今日の出来事を話した。 それを聞いて、母は優しく笑う。
「結人のために、本当にありがとう」
そんな会話を聞いていた結人は、続けて言葉を綴った。
「みんな、いつも見舞いに来てくれていたんだよね。 お母さんから聞いたよ」
「そうだよ。 毎日お見舞いに来ていた! いや、毎日じゃないけどほぼ毎日!」
「はは、ありがとう」
結人と理玖のやり取りを見ていた未来が、更に口を開く。
「それにしても、ユイ目覚めるのが遅いぞ!」
「あぁ、ごめん。 7ヶ月間くらい、眠ったままだったみたいだね、僕・・・」
そう、彼は夏休みが終わってからすぐに病院へ運ばれ、それからはずっと眠ったまま――――もうすぐで春休みというところで、やっと目を覚ましたのだ。
あっという間に日が経っていたことに、結人も最初聞かされた時は凄く驚いたらしい。
「でも、ユイが目覚めてくれたならよかったよ」
「本当だよ。 結人が目覚めなかったら、僕は、僕はもう・・・ッ!」
悠斗に続けて理玖がオーバーなリアクションで口にすると、この病室には笑い声が響き渡る。 そこで母は、結人の近くに置いてある花瓶を手に取った。
「じゃあ私、お花のお水を替えてくるね」
「あ、僕も行きます! というか、僕にやらせてください!」
「え、俺も! ほら、悠斗も行くぞ!」
そう言いながら病室から出て行こうとすると、それに食い付くよう理玖は付いていき、その後ろからは更に未来と悠斗も付いていく。
どう見ても最初から仕組んであったというようなこの状況に、夜月は一人俯いた。

―――・・・どうして、二人きりにした。

互いに何も話すことができない夜月と結人は、しばし気まずい沈黙を味わうことになる。 だが先にこの静寂を破ったのは――――結人の方だった。
「夜月くん。 本当に、来てくれてありがとう。 嬉しいよ」
少し笑顔を作りながら言葉を発してきた彼を見て、目を細めながら見つめ返す。
「・・・その笑顔は、本物か」
「え。 ・・・うん、そうだよ」
その質問に対しても笑顔で答えた結人に――――夜月は我慢の限界がきて、ここは病室だということも忘れ突然声を張り上げた。
「どうして今目の前にお前をやった犯人がいるっていうのに、そんなに笑っていられるんだ! 普通はキレたりしてくるだろ!?」
この考えは当然だ。 自分を病院送りにした奴を、恨んだりするのは普通のはず。 だが結人は――――普通の者とは、違ったのだ。
夜月のその発言に対しても、なおも優しい表情のまま言葉を紡ぎ出す。
「別に僕は、怒ってなんかいないよ」
「は・・・ッ。 どうして」
そして――――結人は悲しそうな表情になり、続きの言葉を口にした。
「だって・・・僕が全て、悪いから」
「なッ・・・」
「だから、怒ってなんかいない。 僕は大丈夫だよ。 心配してくれてありがとう、夜月くん」
返事を聞いて、夜月の感情は徐々に崩れていく。 何を言っているのだろうか、目の前にいるこの少年は。 過去の記憶が、どこかへ飛んでいったのではないか。

「何だよ、それ・・・!」

「僕は大丈夫だから」

「ッ・・・」

なおも『大丈夫』と言い続ける彼に、夜月はこの場を堪えるよう歯を食いしばる。 この時、先刻言われた理玖の言葉を思い出した。
―――理玖は・・・色折が『大丈夫』って言うのを知っていて、俺に『大丈夫だよ』って言ってきたのか・・・?
この本当の答えは――――夜月でも、よく分からなかった。





4月 学校


結人が春休み中無事に退院し、みんなは3年生となった。 今日も元気よく、学校へ登校する。 
気になるのはクラス分けだが、クラスは夜月、理玖、悠斗が同じクラス。 そして結人、未来が同じクラスだった。 
未来と悠斗が分かれてしまい二人共ショックを受けていたが、夜月は結人と離れ理玖とは同じになれたため、今のクラス分けに十分満足している。
結人が退院をして久々に学校へ行くと、すぐ彼の周りには人だかりができていた。 今同じクラスである生徒や、先月まで一緒だった生徒が結人を温かく迎え入れている。
「夜月、行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「隣の結人のクラスに決まっているでしょ! ほら、悠斗も行こう!」

休み時間になると、理玖は異様に隣のクラスへ行きたがっていた。 その理由は分からないが、彼は夜月と結人の事情を知っていながらも、ずっと一緒にいさせようとしてくるのだ。
本当はこのことに対して嫌に思っているが、これをやっているのは理玖だと思うと断るのには気が引ける。 
それに、夜月と結人を二人きりにさせようとすることもしばしあった。
先日起きた、結人が目覚めてから初めて病院へ行った時と同じように、ごく自然な流れで二人だけの時間を作ろうとしてくる。 そのことは、夜月でも気付いていた。
そのせいで、夜月は結人と一緒にいる時間が多くなった。 理玖がこうする理由は、二人を仲直りさせようとしているからなのだろうか。 
だけどこの状況は夜月は疎か、結人にとっても夜月と一緒にいるのは苦しいだろう。 
それに琉樹からのいじめはなくなり、そのせいなのかおかげなのか休み時間や放課後も彼らと一緒にいることが増え、休日も誘われては一緒に遊んでいた。
だが夜月には、一つだけ心残りがある。 それは――――未だに、結人に謝れていないということだった。

「そういや今日、僕のクラスに転入生が来たな」
「来たね。 北野くん・・・だっけ?」
「あぁ、そうそう」
放課後の帰り道。 5人揃って道を歩きながら、今日起きた出来事を話している。 理玖と悠斗が今日やってきた転入生について話していると、未来も話に割って入ってきた。
「今3年で中途半端なのに転入生? 珍しいな。 その子はどんな子?」
「見た目は普通の男子だけど、北野くんの身の回りにある物は僕たちと何か違うっていうか・・・」
口ごもってしまう理玖に、更に尋ねかける。
「違うって、どんな意味で?」
「いい意味で!」
「つまりいい物を持っている・・・ということは・・・どこかのお坊ちゃんなのか?」
「あぁ、そんな感じ! まぁ僕は高価な物には興味ないんだけど。 北野くんが来て休み時間になったら、すぐに人だかりができていたよ」
「へぇー」
彼らの会話を聞き流しながら、夜月は一人考えた。 別に結人には悪いと思っていないため謝らなくてもいいのだが、一つだけ気になっていることがある。
それは――――結人が夜月に見せる、あの笑顔だった。 あれは本当に、夜月のことを許しているから見せている笑顔なのだろうか。
それとも“いつか仕返しをしてやる”という、怖い意味での笑顔なのだろうか。 だが――――仮に夜月が結人に謝ろうとしても、そのチャンスは絶対に訪れることはないだろう。

だって彼は――――夜月から謝られることを恐れているのか、夜月が真剣な表情になったらすぐに誤魔化し、
夜月が何かを言おうとしてもすぐに笑って違う話題を振ってくるのだから。


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