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結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑪~




翌日 昼休み 学校


理玖と琉樹の件があってからの次の日。 二人のやりとりを全く知らない夜月は、いつも通りの生活を送っていた。 
いつも通りに理玖が家まで迎えに来て、いつも通り一緒に学校へ向かう。
普段よりも口数が少ない登校だったが、昨日理玖に怪我のことがバレてしまった夜月は、当然平然を装えることはできなかった。
互いに気を遣い、昨日の出来事を口にせず過ごしてきたのだが――――昼休み、理玖は動き出す。 意を決して、夜月のもとへと足を運んだ。
登校以外の休み時間は、一度もこの教室には姿を現さなかった彼。 そして――――
「夜月」
席へ着いて早々、理玖は夜月に向かって口を開く。 
普段よりも真剣な表情をしている彼を見て少し違和感を感じ、どこか恐怖心を抱きながらこの場から逃げるように教室から出ようとした。
「夜月、待って」
「・・・」
いつもなら大きな声で叫びながら夜月のもとまで走っていき、腕を掴み放そうとしないのだが、今は違う。 
今回は一切触れず、大きな声ではなく落ち着いた静かなトーンだったのだ。 そのことにも違和感を覚えた夜月は、嫌でも何故かその場に足を止めてしまう。 
そして振り向かずに立ったままでいると、理玖は真剣な表情で口を開いてきた。
「・・・話があるんだ」





廊下


昼休みは、生徒のほとんどが教室にいなかった。 みんなはグラウンドへ行き、友達とたくさん動き回り一緒にはしゃいでいる。
そんな中、薄暗く人があまり通らない廊下では、楽しそうに騒いでいる他の生徒とは反するよう、夜月と理玖の間には重たい空気が流れ込んでいた。
そしてついに――――理玖は重たい口を無理矢理開き、一言目をゆっくりと発していく。
「その・・・夜月にある、怪我とアザのことなんだけど」
「ッ・・・」
刹那、昨日見られた腕にあるアザの部分を隠すように、慌てて手で押さえ付けた。 
苦しそうに顔を歪ませる夜月を見て限界がきたのか、咄嗟に頭を下げてくる。

「夜月、ごめん! ・・・僕の兄ちゃんが、夜月のことをいじめていたんだよね。 僕たちはずっと一緒にいたのに、今まで気付いてやれなかった。
 その分長い間、夜月にはずっと苦しい思いをさせていた。 僕の、兄ちゃんのせいで・・・本当にごめん!」

深く腰を曲げ必死に謝ってくる姿を見て、少し悲しそうな表情を見せた。 そして夜月は――――そんな彼に罪悪感を感じ、ついに告白することを決意したのだ。
―――もう・・・いいよな。
―――理玖に隠していた方が、もっと苦しくなる・・・。
「理玖は悪くないよ。 それに、琉樹にぃも悪くない」
「え・・・?」
そう言うと、理玖は不思議そうな顔をして上半身を起こす。 だが夜月はまともに目を合わすことができず、視線をそらしながら気まずそうに口を開いた。
「俺・・・今まで、理玖に隠していたことがある」
「・・・何?」
「これは全て、俺が悪いんだ」
「・・・」
“何を言っているのかサッパリ分からない”といったような表情を、素直に見せる彼。
―――言うんだよ、俺・・・!
―――このまま隠していても、俺と理玖をより苦しめるだけだろ!
なかなか本題に入れない自分を自分で怒り、プレッシャーを与え続ける。 そして、少しの間を空けた夜月は――――意を決して、自分の罪を告白しようとした。
「色折が、入院して目覚めないのは・・・俺が、色折をこの手で!」
「言わなくてもいいよ」
「え・・・。 いや、でも」
「無理に、言わなくてもいい」
打ち明けることを決意して口を開いたのだが、何故か止められた。 折角ここまで言えたのに先を言わせてくれないこの状況に、もどかしさだけが夜月に残る。
だが次の理玖の一言で――――この立場が、一気に逆転した。

「だって僕・・・全て、知っているから」

「・・・え」

放たれたその一言が理解できず、少し目を丸くして目の前にいる少年のことを見つめた。 だけど今度は理玖が目を合わせられないようで、少し俯き視線をそらしている。
だが無理にでも夜月のことを見据え、続きの言葉を口にした。
「夜月が、結人をあんな目に遭わせたんだよね」
「なッ・・・」
今言われたその発言は未来と同様見事に的中しており、夜月の思考はまたもや停止する。 どうして理玖が、このようなことを知っているのだろうか。
未来と悠斗がバラしたのだろうか。 いや、それとも――――

「僕・・・見ちゃったんだ。 ・・・夜月が、鉄の棒みたいなヤツで、結人を殴っているところを」
「どう、して・・・」
「一度じゃないよね。 何回も何回も、結人を殴っていたよね。 そりゃあ・・・すぐに、目覚めるわけがないよね」
「・・・」

―――嘘・・・だろ・・・。
―――どうして、どうしてよりによって、見ていたのが理玖なんだよ!

夜月は自分の気持ちがよく分からなくなっていた。 最後まで罪を告白することができなかったもどかしさ。 目の前で理玖が苦しそうにしているのを見る心苦しさ。
そして、あの光景を見てしまっていたのが理玖だという事実への怒り。 
他にも感情はたくさんあるのだが、夜月の中ではそれらがより複雑に混ざり合い、自分の今の気持ちをどう現したらいいのかよく分からなくなっていた。
そして理玖は苦しそうな表情を見せ付けながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「見ていたこと、今まで夜月に言えなかった。 というより・・・夜月より、僕の方が悪いんだ」
「ッ・・・。 どうして・・・理玖が悪いんだよ」
目の前で顔を歪ませている姿を見ていられなくなったのか、夜月は涙目になりながら静かに質問を投げかけた。 
これは完全に夜月が悪いのだが『これは夜月ではなく僕が全て悪い』と発言してきた彼に、悲しみ、怒り、苦しさ、申し訳なさなどを全て込めた、気持ちと共に。
それに対し、理玖も――――涙目になりながら、夜月に向かって大きな声で問いに答えた。
「だって僕・・・結人のことを、助けなかったんだよ!」
「ッ・・・」
確かにそうだ。 結人が殴られているところを見ていたのなら、普通なら止めに入るはず。 なのに何故、止めに入らなかったのかというと――――
「夜月が結人を殴っているところを見て、僕は何も言うことができなかった。 助けにも行けなかった。 
 本当は止めなくちゃいけないということは分かっているのに、足は全く動いてくれなかった。 でも、それらよりももっと酷いのは・・・」
「・・・?」
理玖は一度そこで発言を切り、悔しそうな表情を見せる。 
そして――――目からたくさんの涙を溢れさせながら、夜月のことを何か訴えるような目で見据え、強めの口調で言葉を放した。

「その光景を見た時、僕は結人が可哀想だなんて一度も思わなかったんだよ!」

「え・・・」

その発言を聞いてどういう感情になったらいいのか分からなかった夜月は、何も返事ができなくなる。 だがそんなことには構わず、なおも涙を流しながら言葉を続けてきた。
「どうして殴られている結人を見て、何も思わなかったのかは分からない。 でも今思うと、僕は凄く最低な人間だと思う」
「・・・」
「夜月があの場所から離れた後、僕は一人で家に帰ったんだ。 そして家に着いてしばらくしたら、夜月のお母さんから僕の家に電話がきた。 結人が、病院に運ばれたって。
 その連絡を聞いて、僕は病室へ駆け付けたんだ。 そして・・・その時初めて、結人を見て涙が出た。 あぁ、本当に殴られて結人は目覚めないんだなって。
 その時に初めて確信した。 ・・・そう思うと、涙が止まらなくなった」
「・・・」
そこまで言い終えると、彼の表情は悲しそうなものから真剣なものへと切り替わる。 そして夜月に向かって、ある一言を放った。
「でもね、夜月。 結人は、偽善者じゃないよ」
「・・・」
そう言われるが、これは未来と悠斗にも同じことを言われたため今更聞いても何も動じない。 だが次に――――信じたくもない言葉を、理玖は躊躇わずに口にした。
「というより・・・」
「・・・?」

「僕の方こそが、夜月の嫌いな本物の偽善者かもな」

涙を流しながら自分を嘲笑うような顔で発言してきた彼を見て、夜月も堪え切れず涙を流してしまう。 理玖が偽善者なんてありえない。 あんな結人と、一緒にしないでほしい。
そう思った夜月はいつの間にか、苦し紛れに首を横に振っていた。
「理玖・・・。 どうしてそんなことを言うんだよ」
問われた理玖は、なおも涙を流しながら言葉を返していく。
「だって僕、あの時結人のことを見捨てたんだよ! それに、殴られているのを見ても何も思わなかった。 それなのに僕は今、結人のことを心配しているんだよ!」
「・・・」
夜月は黙って、少年の言葉に耳を傾けた。
「心では何も思っていないのに、結人のことをみんなの前では心配しているんだよ。 これこそが・・・夜月の嫌いな、偽善者がすることだろ?」
「ッ・・・。 でも理玖は、偽善者なんかじゃ・・・!」
最後の一言を投げやりに言い放した理玖。 確かにその行為は偽善者がするもののため、反論できずにいた。 
そんな目の前で悶え苦しんでいる夜月を落ち着かせようと、彼はある一言を冷静な口調で口にしてくる。
「それに僕は、夜月が結人にどんなことをしようとも、悪くは思わないよ」
無理に慰めようとしてくれていることに重たい罪悪感を感じ、ムキになって言葉を返した。
「どうしてだよ! 色折を殴って病院送りにさせたのはこの俺だ。 このことは、紛れもない事実だろ!」
涙を流しながら訴える夜月に――――理玖も涙を流しながら、優しい表情でこう綴っていく。

「だって僕、結人よりも夜月の方が大切だから」
「え・・・」
「だって僕たち、親友だろ?」
「ッ・・・!」

結人と出会ってから初めて言われたその言葉。 今まで夜月は、結人に理玖を取られたと思っていた。 それが嫉妬に繋がり、嫌がらせをするようになった。
だけどここで初めて、理玖の口から『結人よりも夜月の方が大切』と聞かされたのだ。 
これは本心からなのか、それとも今泣いて落ち込んでいる夜月を慰めようとして放った言葉なのか。 どちらにせよ、夜月は理玖からそのような言葉が聞けて心が動かされた。
だからその言葉を疑うようなことは一切せず、結人よりも大切な理玖の発言を素直に受け入れようとする。
「理玖・・・。 どうして、そこまで・・・」
そこまで言い終えると、理玖は自分の着ている服の袖をゴシゴシと目に擦り付けた。
「よし、夜月! この話はもう終わり! ほら、夜月も涙を拭いて? 今から話しに行こう」
「え・・・。 話しに行くって、誰に?」
涙を拭き取ったが目を真っ赤に腫らしている彼に、涙を拭かぬまま尋ねる。 そんな夜月に向かって、理玖は優しく笑ってみせた。
「未来と悠斗のところに、決まってんだろ」


そう言われ――――早速二人を見つけ、彼らと対面するように並んだ夜月と理玖。 理玖は先程たくさん泣いて吹っ切れたのか、すんなりと用件だけを伝える。
「えっと、夜月のことなんだけど・・・」
そこまで言うと、未来は彼の発言を遮るよう気まずそうに口を挟んだ。
「あぁ・・・。 夜月とユイの事情は、その・・・。 最初から、知っていたというか・・・」
負担をかけないよう気を遣って言ったのだが、その発言に苦笑する。
「いや、違う。 そのことじゃない」
「え?」
即否定された言葉を聞いて呆気に取られている未来をよそに、理玖は早速話を切り出した。
「結人が、僕の兄ちゃんにいじめられていたことは知っているでしょ? 二人が止めに入ってくれたんだし。 それにね・・・夜月も、兄ちゃんにいじめられていたんだ」
「は・・・」
「・・・」
その発言を聞いた未来と悠斗は、驚きのあまり何も返せなかった。 そして理玖は続けて、二人に向かって真剣な表情で言葉を綴っていく。
「兄ちゃんは僕の友達である結人、そして夜月にも手を出した。 だから今後、もしかしたら兄ちゃんは未来と悠斗にも手を出すのかもしれない」
「ッ・・・」
それを聞いた未来は少し怯えた表情を見せるが、構わずに発言を続けた。
「それで、だ。 もし僕の兄ちゃんにいじめられたら、すぐ僕に言ってほしい!」
「「・・・」」
「夜月や結人みたいに何も言わず我慢するんじゃなくて、すぐ僕に報告してほしい。 ・・・いいかな?」
いつもとは違って無邪気さが見られない理玖に圧倒された未来と悠斗は、心の中では戸惑いながらも自然とその頼みに頷いている。
「あぁ・・・。 分かったよ」
「ありがとう」
そのような返事が聞けて、満足そうに優しく微笑み返した。 

どうして理玖が、結人が殴られていたところを見ていたのかなんて分からない。 もしかしたら朝夜月と結人が話している内容を、本当は聞いていたのかもしれない。 
もしかしたら、二人に違和感を感じた理玖はこっそりと二人の後を追っていたのかもしれない。 その真相は今となっても、結人と夜月は互いに知ることはできなかった。


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