バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

結人と夜月の過去 ~小学校三年生①~




小学校3年生 夏休み一週間前 理玖の家


これは理玖の話だ。 学校が終わり、友達と別れ帰宅した後の出来事。 結人や夜月の知らないところで、彼の事情は進展していたのだ。
「ただいま!」
理玖は元気よく挨拶をし、靴を脱いで家の中へと入る。 そして自分の部屋へ向かおうと、二階に繋がる階段に足をかけた途端――――リビングの方から、母の声が届いてきた。
「おかえり。 あのね理玖、話があるの。 ちょっと来てくれる?」
「?」
突然呼ばれ、頭の上にハテナマークを浮かべながら足を運ぶ。
「何?」
するとリビングにある椅子に浅く腰をかけ、複雑な表情をしている母親が理玖の目に飛び込んできた。 
“何か悪いことを知らされるのではないか”と思い不安な気持ちになるが、それでも彼女の言葉に耳を傾ける。
「えぇと・・・」
「何だよ、早く言ってよ」
なかなか言おうとしないため強めの口調で促すと、母は意を決しある一つのことを告げてきた。

「・・・え」

その一言を聞いた瞬間――――理玖の目からは、涙がこぼれ落ちた。





翌日 学校


昼休みに入って早々、理玖は夜月の腕を掴んで教室から勢いよく飛び出した。 向かう先は結人のもと。 
悠斗がいないということは、彼は先に未来のいるところへ行ったのだと悟った。 
後ろから嫌々ながらも付いてきている夜月に感謝しながらも、理玖は隣のクラスへと駆けていく。

「結人!」
結人はクラスメイトと話をしていると、理玖が呼んでいることに気付き二人を迎えるよう自ら足を扉の方へ運んだ。 
だが理玖の異変にすぐさま気付き、心配そうな表情で言葉をかける。
「あれ? 理玖、どうして目が腫れているの?」
優しく問いかけた瞬間、彼は一瞬引きつった表情を見せた。 だがすぐにまた笑顔になり、質問に対しての答えを返す。
「昨日、超感動する映画を見てさぁ! そのおかげで号泣だ」
「そうなんだ。 その超感動する映画、僕も見てみたいな」
そのような返事を聞き、安心した表情を見せた。 すると理玖は改まって態勢を整え、結人に向かって人差し指を勢いよく突き出しながら言葉を放つ。
「でさ! 今から僕が言うこと、絶対に承諾してくれよ!」
「え・・・。 何?」
嫌な予感がしながらも尋ねると、腕を下ろし今度は両手を腰に当てながら、満面の笑みで続きの言葉を口にしてきた。

「今年の夏、一緒にキャンプへ行こう!」

「え・・・。 そ、それは・・・」
その頼みに承諾はしたいのだが、夏にキャンプと言えばおそらく彼の家庭の事情により、行くのはお盆休み。 
お盆休みと言えば、今年も真宮が泊まりに来るという約束がしてあった。
だからそのお願いは、どうしても受け入れられないのだが――――
「なぁ結人、頼むよ! 夜月、夜月からもお願いしてくれ!」
両手を合わせて頼み込んでくる理玖に、結人は期待に応えることができず思わず視線をそらしてしまう。 
だがどうしても承諾してほしいのか、斜め後ろにいる夜月の方をチラチラと見ながら、彼の協力も得ようとしていた。 
それでも、その頼みを承諾するわけにはいかない。 正直なところ、キャンプの間ずっと夜月と共にすることに対しても、結人にとっては少し心苦しかった。
「今年の夏休みも、その・・・」
「静岡の友達か?」
「・・・うん」
「どうしても断れないか?」
「うん・・・。 約束、しちゃったし」
そう言われても、理玖は簡単に引き下がらない。
「じゃあ、その静岡の友達も連れてきていいから!」
「いや、それは無理だ」
「どうして?」
咄嗟に出てきてしまった『無理』という単語に後悔を覚えるが、間を空けないよう必死に会話を繋げていく。
「そりゃあ・・・僕たちはよくても、その友達が気まずくなるでしょ?」
「あぁ、そっかぁ・・・」
その発言に反論できなくなった理玖は、大袈裟に肩を落としがっかりとした仕草を見せた。 だが再び身体を起こし、結人に向かってハッキリと断言する。
「でも、僕はまだ諦めないぞ! 結人が『僕たちと一緒にキャンプへ行く』って言うまではな!」





翌日 学校


更に次の日。 今日もまた、理玖は夜月を連れて結人のクラスまでやって来た。
「結人! 今日も誘うぞ!」
「・・・何度誘われても、僕は行けないよ」
笑顔でやって来た彼とは相反し、暗そうな表情で口にする。 そんな結人に向かって、いつもの調子で言葉をかけてきた。
「結人お願い! 今年だけでいいから!」
『今年だけ』と聞いて、思ったことを素直に聞き返す。
「どうして今年がいいの? キャンプへ行くチャンスは、来年や再来年もあるのに」
すると理玖は、当たり前のようにこう返してきた。
「僕が来年再来年誘っても、どうせ結人は今みたいに『友達と遊ぶ約束があるから行けない』って言うんだろ?」
「あ・・・」
痛いところを突かれてしまい、何も言い返すことができなくなり口を噤んでしまう。 これを機に、彼はぐいぐいと迫ってきた。
「だったら今年だけでもいいから! 来年や再来年は、その友達と一緒にいてもいいから!」
「・・・」
「結人、今年だけだから」
目の前から凄まじい威圧感を感じ、結人はちらりと理玖の方へ目をやる。 そして――――
「・・・分かったよ」
「・・・ッ! ありがとう、結人!」
彼の真剣な眼差しに負け、頼みを承諾してしまった。 OKを貰って嬉しそうにはしゃいでいる理玖と、真宮にどう断ろうかと困っている結人。
この二人は頼みを受け入れる前と変わらず、今でも相反していた。





放課後 家


友達と別れ帰宅した後、結人はランドセルを自分の机の上に置き今日の出来事を振り返っていた。
―――・・・真宮に、電話しておくか。
―――もう学校から帰ってきているかな。
親友である真宮の誘いを断るのには気が引けるが、キャンプへ行くことを約束してしまってはもう遅い。 重たい足取りで一階まで降り、受話器を手に取った。
―――真宮・・・ごめん。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、彼の家にコールする。 そして数秒経った後、音が途切れた。
『はいもしもし、真宮です』
「あ・・・。 真宮?」
『ッ、色折!?』
「・・・久しぶり」
真宮の声を聞くと懐かしく感じ、一年前の出来事を思い出す。 泣きながら友達のことを伝えた、あの時のことを。
『久しぶりだなぁ! 元気? 元気なのか!? 全然連絡が来ないから、心配していたんだよ!』

―――・・・あ。
―――友達とのことで何かあったら、真宮に連絡するよう言われていたっけ。
―――でもそんなことより、入院していて連絡どころじゃなかったからな。
―――ということは・・・お母さん、真宮には僕が入院したこと伝えていないんだ。
―――いや、目を覚ました後に『真宮には伝えないで』って言ったのは、僕の方か。

「僕は大丈夫。 というより、夜月くんとは上手くやっていけているから電話しなかったんだよ」
というのも――――嘘。
『そっか、ならいいんだ! 安心したよ。 だけどこの一年間本当に心配だったから、こまめに連絡するよう言っておいた方がよかったな』
そう言いながら、自虐的に笑う真宮。 相変わらずの彼に、ホッと胸を撫で下ろした。
『それで、どうした? 夏休みのことか?』
「あぁ・・・。 うん」
急に話を戻され、本題へ入ったところで結人の表情は少し強張る。
『今年も横浜へ行けるよ。 期間は、やっぱり去年と同じお盆かなぁ』
「・・・そのことなんだけど」
『ん?』
今からでも夏休みを楽しみにしている彼に、気まずくなりながらもその誘いを断ろうとした。
「今年、一緒にキャンプへ行こうって誘われて・・・。 何度も誘われたけど全て断った、でも最終的に断れず、OKしちゃった・・・」
『キャンプ?』
「うん・・・。 ・・・真宮も、来るか?」
真宮の気持ちを精一杯に思いやり、放った一言。 すると彼からは、想像通りの答えが返ってくる。
『いや、いいよ。 僕が行っても、気まずいだけだし。 知らない人がやってきても、みんな困るだけだろ』
「そう、だよね・・・」
そう言って、結人は罪悪感を覚えていった。 だが電話同士の会話のため結人の表情も気持ちも分からない真宮は、淡々とした口調で質問していく。
『そのキャンプは、今年だけ?』
「え、あぁ・・・。 うん。 来年は、真宮とまた遊んでもいいからって」
『そっか。 ・・・悔しいけど、仕方ないよな』
「悔しい?」
今度は電話越しから、苦しそうな声が聞こえてきた。 そして――――

『あぁ。 どうせ理玖くんたちだろ? 理玖くんたちに色折を取られて、少し悔しいんだ。 でもまぁ、決定しちゃったのなら仕方がない。 分かったよ、今年は了解した』

「うん、本当にごめんね」
『いいって。 その代わり、僕の分まで楽しんでこいよ』
「うん、ありがとう」
そうして数回言葉を交わした後、電話を切った。
―――真宮、本当にごめん。
―――そして、ありがとう。
結人は心から、真宮の優しさに感謝する。 それからの時間はあっという間に過ぎ、一週間が経った。 夏休みに入り、そして――――お盆休みを、迎えた。


しおり