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最終話

突然の訃報だった。僕がそれを知ったのはバイト先の店長からで、葬式が終わった後のことだった。
柚は自殺したらしい。
最初それを聞いた時は、思わず耳を疑った。理由を尋ねようにも、僕たちには共通の知り合いがいない。にわかには信じられなかった。
つい先日、弾けるような素敵な笑顔を見せてくれたばかりだというのに。頭が真っ白になった。悲しさという感情が訪れるより先に、僕はパニックに陥っていった。
僕はバイトを辞めた。あのスーパーに行くことは、もうないだろう。


「もしもし悠太?今日空いてる?メシいかね?」

勇人からだ。勇人はこのことを知らない。僕は誘いに乗ることにした。こんな時1人でいたんでな、頭がおかしくなってしまう。
いつものファミレスに到着すると、勇人は既にテーブル席で突っ伏していた。


「悠太、俺ついに別れちまったよ」


「どうして?」


もはや大して興味もないのだけれど、一応聞いてみる。


「どうもこうもないよ。自然消滅さ」


死んだ方がマシだよ、と深く溜息をついている。


「ふざけんな!死ぬとか簡単に言ってんじゃねえよ!取り消せ!」

僕はいきなり勇人を怒鳴りつけた。「死」という言葉を簡単に使う勇人の軽率さに、ついカッとなった。
勇人は飛び起き、驚いて僕を見る。周りの客も少しざわつき始めた。


「ごめん」


「どうしたんだよ」


勇人は冷静に僕の気持ちを知ろうとしてくれている。僕は全てを話した。
行き場のない悲しみを勇人に押し付けるかのように。
順を追って、丁寧に話すことを心がけた。話せば話すほど、大粒の涙が僕の頬を伝う。話し終える頃には、僕は声を出して泣きじゃくっていた。


「そうだったのか、悠太。ごめんよ。そうとは知らずに、俺……」


「いやいいんだ」

勇人は夜明けまで一緒に悲しんでくれた。
翌日、辞めたはずのバイト先から電話があった。店長からだった。
店長に呼び出され、僕は辞めたはずのスーパーに足を運ぶ。店長に会うと、隣には見知らぬ女性が立っていた。


「はじめまして。桜井柚の母です。貴方が、貴方が森岡悠太君ですか」


「あっはい。森岡です。この度はお悔やみ申し上げます」


聞きたいことは山ほどある。でも聞いて良いのか分からない。ていうかそもそもどうして僕が呼び出されたのかも、分からない。
柚のお母さんを黙って見つめるしかなかった。確かに、どこか柚の面影が見える気がする。


「今まで柚と仲良くしてくださって、本当にありがとうございました」


深々と頭を下げられた。僕はどうして良いか分からず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
顔を上げた柚のお母さんは、僕に全てを話してくれた。


「あの子、精神疾患だったんです。だから、さっきまで楽しそうにしていたかと思えば、急に落ち込むというようなことも多いんです。それが、貴方と出会ってから変わったと、いつも話していました。悠太君と一緒にいると楽しいって。自殺した原因は、他愛もない、ちょっとしたことでした。そういう病気なんです」


頭をハンマーで打たれたような衝撃が走った。柚はどうして、どうしてそれを僕に打ち明けてくれなかったのだろうか。打ち明けずに、死んでしまったのだろうか。どんな些細なことでも、一緒に悲しんでやれたのに。
やるせない気持ちに襲われる。
柚のお母さんと別れスーパーを後にすると、自然と足は駅に向かっていた。改札を通り、電車に乗る。降りて向かった先は、あの書店だった。
おもむろに店の奥へ進むと、いつものおっかない店員がいた。
店員は僕の方を興味深そうに見ている。柚と2人ではないのが珍しいらしい。
僕は柚と最初訪れた時に来た、昭和の作品のコーナーで佇んでいた。


「君が最初に彼女と来た時も、そこにいたね」


突然声をかけられ、体がびくんと反応する。
振り向くと、店員はいつものぶっきらぼうな様子とはうって変わった穏やかな表情で立っていた。


「は、はい。でも今日は1人なんで」


「彼女、自分を感情移入させるために本を読むんだってね」



意外だった。柚がそういった理由で本を読んでいたことも意外だったが、この店員とそんな会話を交わしていたという事実も驚きだ。


「彼女が直近に買っていったのは、あしたのジョーだ。一体誰と戦うんだか」


そう言って店員は笑った。



そうか。柚は1人で憂鬱と戦っていたのだ。
真っ白な灰になったのだ。
店を出ると、空は青空に包まれていた。

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