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最初の1週間のうちは、単なる風邪かなんかだろうと、さほど気にしていなかった。
いよいよ心配になってきたのはまるまる2週間、彼女がバイトを欠勤した後のことだった。
2週間も休むなんて、何か理由があるに違いない。店長からは体調不良としか聞いていなかったけれど、遂に僕は柚に連絡するという決断に踏み切った。

柚のLINEに電話をかけると、思いのほかすぐに出た。もしかしたら電話にすら出てくれないのではないかという不安は、ここで解消された。


「もしもし、柚?」


「ん、悠太くん、何?」



スマホを通して聞こえる柚の声は、いつもの彼女よりも1トーン、いや2トーンほど、調子が低い。ますます心配になってくる。



「柚、どうしたの最近。大丈夫?」



「う、うん。ありがとう。ちょっと嫌なことがあって。でも久しぶりに悠太くんの声聴いたら、少しは元気でたかも」


「そっか。良かった。無理しないでね。たまには気分転換に外にでてみるのも良いかもよ」


「うんそうだね、ありがとう。じゃあね」



柚は一方的に電話を切る。何かショックな出来事があったのなら、そっとしておけば良かったと少し後悔した。

このことを勇人に話してみた。いつものファミレスで勇人と食事をするのは、高校卒業以来もう3度目。今ではすっかりコロナが流行する以前の客足を取り戻している。


「まあ、立ち直れないくらいつらいことがあったんだろうな。分かるよ。誰にだってあるよ、そういうの」


テーブルに頬杖をついたまま、勇人は気怠そうに続ける。


「てかさ、俺、最近彼女とうまくいってないんだよね」


「そうなの?」


「うん。彼女、バイト辞めたんよ。そしたら会う機会もめっきり減っちゃってさ。距離ができてしまった」


勇人はばたん、とテーブルに突っ伏した。
怖くなった。もしも柚がこのままバイトを辞めてしまったら、お互いの接点がなくなってしまう。ましてや僕と柚は、付き合ってるわけでもないのだ。会うことなんてなくなるだろう。


しかし、幸い僕の心配は現実とはならなかった。柚が翌日、何事も無かったかのように出勤したのだ。



「悠太くん、おひさ!この間は心配かけてごめんね!」


「良かったよ、心配したよ。もしかしたらこのままバイト辞めちゃうんじゃないかと思って」



心から思っていたことを、正直に話す。すると柚は手を叩いて笑った。電話の時とは別人のように、今日は明るい。


「私がいなくなったら悠太くん、寂しい?」


突然そんなことを言い出すものだから、思わず何も言えなかった。



それからというもの、僕と柚は以前よりもうんと距離が縮まっていた。
食事にも何度も言ったし、例の書店にも数回足を運んだ。正直なところ、個人的にあの書店はあまり好きになれなかった。あの店員がやっぱりなんとなく怖い。
あの店に行くと、店員のことばっかり気にしてしまう。だから僕はなんとかしてあの書店以外の場所に柚を誘おうと、この日は意気込んでいた。近所のファミレスで一緒に夕食を食べていた時のことだった。



「今度どっか行かない?友達が言ってたんだけどさ、映画とか良いらしいよ。空いてて密にならないから」



「おー!いいね!」


最初は乗り気な様子だったが、やがて何故か柚は表情を曇らせる。


「ねえ、悠太くん」


「何?どうしたの?」


何を言い出すのか身構える。


「何でそんなに私と遊んでくれるの?ただのバイト仲間なのに」


「好きだから」



言ってしまった。いつか言いたかった。遂にこの時が来たのだ。当たり前だが柚は不意をつかれたようで、顔を赤くして固まってしまった。



「ごめん、いきなり」


「ううん!謝らないで!実はね……」


柚は一旦、深く息を吸い込んだ。


「私もなんだ」




まさかの告白だった。自分から告白したのも衝動的なもので、想定していなかったけれど、こんなに理想的な返事が返ってくるとは。
しばしの沈黙の後、やがて僕たちは目が合う。つい笑ってしまった。すると、柚も吹き出した。
柚と2人で、流行っている恋愛映画を観た。男がさり気なく女の手を握るシーンが印象的だった。
帰り際にそのシーンの真似をしてみる。柚には笑われたけれど、しっかり手は繋いでくれた。


それから僕たちは、色んなところに一緒に出かけた。コロナの影響で何でも出来るということは決してないけれど、それでも、柚と一緒にいるというだけで、僕にとっては何でも楽しかった。

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