バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

全1話

【アヤメ】
「ナデシコちゃん、聞いてる? とにかく、レイヴンはあたしの推し勇者なんだから、手を出さないでよね!」

【ナデシコ】
「何言ってるの、アヤメさん。わたしたちは魔王でしょう? 魔王たるもの、勇者を推しだなんて、どうかと思います」

【アヤメ】
「アンタこそ、今どき何言ってるのよ。人魔戦争は遠い昔、今や魔王の塔に勇者を送り込むのは、人間の国が勢力争いでパフォーマンス的にやってるにすぎないわ。

だから勇者だって見た目第一、イケメンばかりじゃない。ふふ、眼福よねぇ~」

【ナデシコ】
「アヤメさんはもっと、魔王の責務を自覚するべきです。最近は弱い魔物しか生まれなくなっていて、種の存続の危機なんですよ!」

【アヤメ】
「大丈夫よ! あたしが勇者レイヴンを落とした暁には、いっぱい子どもを作ってあげるわ!
人魔ハーフって変異体が生まれやすいから、ステータスの高い子供が産まれるわよぉ!」

【ナデシコ】
「——」

【アヤメ】
「ナデシコちゃんにも、早く推し勇者が見つかるといいわね。ナデシコちゃんとイケメン勇者の子ども、すっごく可愛いんだろうなぁ~」

【ナデシコ】
「こっ子どもなんて、わたしは! わたし、まだ314歳なんですよ!?」

【アヤメ】
「あらぁ、あたしはその歳にはもう恋人がいたわよ。北の聖者って知ってる? 実はあたしの元カレで……」

【ナデシコ】
「そうですか。重要なお話がないのであれば、もう切りますね」

【アヤメ】
「あ……ちょ! あたしから念話かけたんだから、通話料金こっち持ちよ? ナデシコちゃんところが困窮してるのは知ってるけど、こういうときくらいお姉さんと話して息抜k……」


   ガチャン


【ナデシコ】
「……ふぅ」

【???】
「くっくっくっ……、いきなり切るこたないのに」

【ナデシコ】
「いきなりじゃありません、予告はしました」

【???】
「ま、これ以上話してると俺がここにいるってバレるかもしれないし。
俺は構わないけど、ナデシコにも人付き合い……魔王付き合いとかあるだろうし、な」

【ナデシコ】
「あなたが心配することではありません、勇者レイヴン。
あなたには、早晩この塔を出て行ってもらうのですから」

【レイヴン】
「俺は出て行くつもりはないぞ。少なくとも、ナデシコと俺の子どもの顔を見るまでは」

【ナデシコ】
「冗談もいい加減に……っ」

【レイヴン】
「冗談なんかじゃないさ。俺は、あんたには脈があると思ってる。

小さいながら要塞とも呼ばれ、難攻不落を謳われたのがこの塔だろ? ナデシコが本気を出せば、俺を追い払うことくらいできたはずだ。
……違うか?」

【ナデシコ】
「……それは」

【レイヴン】
「あんたは美少女魔王としても有名だし、挑戦する勇者には事欠かなかった筈だ。神聖公国の騎士がこの塔に挑んだ、って話だって聞いたぞ。
そいつらを退けたのに、あんたは俺を受け容れた。

俺を本気にさせたのは……魔王ナデシコ、あんたなんだよ」

【ナデシコ】
「……」

【レイヴン】
「ナデシコが俺を好きになってくれるまで……俺はいつまでも待つ。
幸いあんたは魔族で長命だし、俺も聖者の祝福を享けてるから、普通の人間よりはうんと長生きできるしな」


   ガション、ガション!


【セバスチャン】
「ナデシコサマ!」

【レイヴン】
「お。なんだコイツ? 小さいけどゴーレムかな?」

【ナデシコ】
「そのようなものです。わたしの執事をさせています。
セバスチャン、何か用ですか?」

【セバスチャン】
「ナデシコサマ! 魔物タチ、オ礼、言ッテル。橋ヲ治シテクレテアリガトウ、ッテ」

【ナデシコ】
「橋? 塔と街を繋ぐ橋のことですか?」

【セバスチャン】
「ソウ、勇者ガ治シテクレタ!」

【ナデシコ】
「……!」

【レイヴン】
「おお、そのことか?
あの橋は俺も渡るのに苦労させられたし、壊れたままだと街から物資を運ぶのも大変だろ? 俺と俺の仲間たちで、直したんだ」

【ナデシコ】
「そう……ですか」

【セバスチャン】
「勇者、イイヒト! 始祖サマニ似テル、顔ダケジャナカッタ」

【レイヴン】
「始祖? なんのことだ?」

【ナデシコ】
「!! セバスチャン、そのことは……っ」

【セバスチャン】
「ドウシテ、ナデシコサマ。勇者、始祖サマ似テルカラ、塔、受ケ容レタ。ココマデ勇者、導イタ」

【ナデシコ】
「そうではなくて……っ」

【レイヴン】
「へぇ。その始祖とやらに俺が似てるから、ナデシコは俺を追い払えなかったのか?」

【ナデシコ】
「……っ」

【レイヴン】
「俺にとっちゃありがたい話だけど、少し妬けるな。その、始祖ってやつに」

【ナデシコ】
「……わたしが貴方を追い払わなかったのは……、兵糧が足りなかったからです。塔の迎撃システムを動かすエネルギーも枯渇していて……。

——この塔は、魔王ナデシコは……、勇者にとってさしたる意味も持たない、落ちぶれた塔で、魔王です。貴方の名声を高めるには足らない——」

【セバスチャン】
「デモナデシコサマ、死ヌマデ闘ウ、言ッテタ! 塔ノ前ニヤッテ来タ勇者見テ、迎撃態勢、解除シタ!」

【ナデシコ】
「セバスチャン!!」

【レイヴン】
「……ごめんな、ナデシコ」

【ナデシコ】
「え?」

【レイヴン】
「さっき、兵糧が足りなかったとか、エネルギーが枯渇していたとか……そんな内情を俺に話すのは辛かったんじゃないか?

おまけに、自らを蔑むようなことを言わせてしまって……」

【ナデシコ】
「——……っ」

【レイヴン】
「俺は名声なんてどうでもいいけど、あんたが道を開いてくれた、塔に俺を受け入れてくれたことを誇りに思う。

例えそれが、始祖に似てただけって理由であっても……。難攻不落を謳われたこの塔を開いて、俺をあんたに……ナデシコに逢わせてくれたんだ。

それがあんたの意志だっていうことが、俺はなにより光栄で、勇者冥利につきるよ」

【ナデシコ】
「レイ……ヴン……」

【レイヴン】
「俺は、塔を開いてくれた時のあんたの意志を信じる。今は俺を追い出したがっていても、本気じゃないって。

だから俺は、あんたを諦めない。ナデシコが振り向いてくれるまで、待つから」

【ナデシコ】
「どうして……、そこまでわたしに……?」

【レイヴン】
「ひとつは、一目惚れってやつ。もうひとつは、さっき言った。俺があんたを受け容れてくれたからだよ」

【ナデシコ】
「え?」

【レイヴン】
「あんた、今どきの魔王としては変わり者だろう? 俺も勇者なんてやってるが、国の広告塔としての勇者働きには疑問を感じていてな。

早い話、国には居場所がなかったし、それほど未練もない。
だからこれからはあんたの許で、この塔と下の街のために働こうと思う。

橋を直して感謝されて……わかった。俺には、誰かのために働くのが向いてるみたいなんだ」

【ナデシコ】
「……」

【セバスチャン】
「勇者、ズット塔ニ居テクレル! ナデシコサマ、寂シクナイ!」

【レイヴン】
「……ああ。もう、寂しい思いはさせない」

【ナデシコ】
「……っ」

【レイヴン】
「だからナデシコ……俺と……」

【ナデシコ】
「!! だ、だめです……っ! 早すぎます……!!」

【レイヴン】
「ナデシコ?」

【ナデシコ】
「知り合ったばかりで子どもを作るだなんて、早すぎます……!!」

【レイヴン】
「——……」

【セバスチャン】
「……ナデシコサマ?」

【レイヴン】
「ナデシコ……あんた……気が早いな?」

【ナデシコ】
「え?」

【レイヴン】
「俺と、付き合わないか? ナデシコ」

【ナデシコ】
「……!」

【レイヴン】
「って、言うつもりだったんだけど。
……ま、魔王さまがお望みとあれば、俺たちで子どもを作るのもいいかもな?」

【ナデシコ】
「〜〜〜!!!」

【レイヴン】
「な? ナデシコ。俺のこと、嫌いじゃないんだろ?」

【ナデシコ】
「な……な……な……」

【レイヴン】
「嫌いなやつと子どもを作るなんて、女の子なら想像もしたくないよなぁ?」

【ナデシコ】
「〜〜〜っ、うう……」

【レイヴン】
「決まりだな。今日から俺は、魔王ナデシコの彼氏、だ」

【ナデシコ】
「彼氏……」

【レイヴン】
「そうだ。そしてあんたは、勇者レイヴンの彼女。最愛の、ってつけてもいいな」

【ナデシコ】
「……」

【レイヴン】
「だから、これからよろしく、な。俺の彼女さん!」

【ナデシコ】
「……!」

【セバスチャン】
「勇者、イイヒト! 塔ノ意志モオ勧メシテル! ナデシコサマ!」

【ナデシコ】
「……っ、わ、わたし……、——……、
……よ……」

【レイヴン】
「……よ?」

【ナデシコ】
「よろしく……お願いします。レイヴン」

【レイヴン】
「ああ、ナデシコ。……ずっと、大切にするからな」

しおり