【真実とは?】
【真実とは?】
何かが破裂した音が轟く。
聞き慣れない音がしたのは、下からだった。リーシャは顔をあげ、改めて下を見下ろした。
「は···い···? 」
ルカが、拳銃をファリドに向けていた。彼の黒い銃を見て、今の音が銃声だとリーシャは理解した。
「な···なっ···」
ファリドが後ずさりながら、剣のグリップ部分を握りしめる。
銃弾は彼の頬を掠めただけで当たらなかったのだろう。ファリドの頬から、血が伝っている。
ホッとリーシャが胸をなで下ろしたとき、ルカが大きく舌打ちした。
「ゲスがーーーリーシャに、何をした?」
ルカが、どす黒い声を発した。
彼の低い声音は、間違いなく彼が怒っていることを示している。リーシャは自分に対して発せられた言葉でなくても、背筋が震えた。
「なんなんだ···。銃を発砲するなんて、殺す気か!?」
ファリドが叫びながら、鞘から剣を抜いた。
シャンデリアの輝きの下で、彼が握る剣の先がきらめく。
ルカは、ころりと笑う。
「そうだね、殺す気だった」
「な···何だと!?」
ファリドは顔を引きつらせた。肯定する彼の声音は、間違いなく本気であるとリーシャは確信する。
「ボクはね、リーシャのためなら人だって殺す気だ。もし彼女を泣かせる奴がいるなら、もうそれは死刑に処すしかないね」
ルカは顔に笑みこそはりつけているが、囁くようにどす黒い声音を発する。
ぎらぎらと輝く瞳は異常さを現している。ファリドは彼の異常さに圧倒されたのか、息を呑んでいた。
(狂ってますね···。本当に···)
リーシャはわかっていたことだが、失笑した。
自分を閉じ込めたいという彼の異常さを、リーシャはよく理解している。ファリドは圧倒されているようだが、リーシャは徐々に彼の異常さに慣れていた。
「そうか···そちらがそう来るのなら···」
ファリドは歯ぎしりをした。
「ーーー誘拐、監禁などしていた奴に、リーシャを渡せるはずがないだろう!彼女は、俺の婚約者だ!」
ファリドが吠え、ルカに対して剣を向けた。
周りにいた使用人も、ルカに襲いかかろうとしたが、対して、エミールを始めとしたルカの屋敷の使用人が、応じる。
「む!」
エミールに関しては、2人の使用人を拳で殴り、壁まで跳ね飛ばしていた。
筋肉隆々な体型だと思っていたが、流石である。しかし数人で来たルカの使用人達からすると、ファリドの屋敷の使用人たちのほうが数が多い。
「ふっ!」
ファリドは、剣をルカに対して振り下ろしていた。
ルカも、漆黒の鞘から剣を抜き、応じている。彼の漆黒の剣には虹色の宝石が埋め込まれ、あやしげな光を湛えていた。
鋼鉄が擦り合わさる甲高い音が響く。
ファリドは眉間にシワを寄せているが、ルカはどこか涼し気な顔で、応じていた。
(やばいですね···。入る隙を、完全に見失いました···)
リーシャは困惑し、下で乱闘になっている皆を見下ろすしかない。
(ロマンス小説よろしく、私のために争わないでと飛び込みたいですがーーそうじゃ、ないんですよね···)
リーシャは、暗澹たる気持ちで彼らを見た。
暗くならざるを、得ない。
自分が探し出した謎の答えは、吐き気がするほど残酷すぎた。
(全ては···嘘なんですから···)
自分の瞳から、また涙が零れ落ちる。
「ーーーマスロフスキー、君、怪我をしているじゃないか」
ファリドの声に、リーシャはハッとした。
ルカは涼し気な顔をしているが、剣を握る左手には、包帯が巻かれている。
(私を助けた時の怪我が···)
彼の利き手は、左手だったのか。
リーシャは彼の怪我を直接見ているため、ルカが剣を握って戦える状況ではないことがわかる。
「騎士道として、怪我を負う弱者を痛めつけるわけにはいかない。手加減をしよう」
ファリドがルカを、力で圧しているようにリーシャには見えた。
「手加減?不用な気遣いだよ、シュレポフ」
ルカは怪我をしている左手で、ファリドの剣を押し退ける。
「手加減されたら、ボクは君を殺すよ。そしてリーシャを奪い、ずっと閉じ込めておく」
ルカの顔は涼し気で、利き手を怪我をしているとは思えない。
(どうして、そこまでするんですか···)
怪我も厭わず、何故彼はそこまでして自分を奪いたいというのか。
ファリドは彼に対して奇妙さを覚えたのだろうか、顔を顰める。
「どっちがゲスだ。君は···異常だよ。リーシャを、どう思っているんだ」
「愛している」
ルカは、迷いなく言った。
彼の瞳が一瞬でも自分に向けられたことに、リーシャはすぐ気がついた。
「愛しているから、閉じ込めたいんだ」
ーーー狂っていると、リーシャは失笑した。
彼がファリドと剣を交えるのを見て、更に確信する。
(怪我をしているのに、私を奪いに来ることないでしょう)
彼は怪我をしたときのように、自分自身のことなど忘れ、痛みをそっちのけにして剣を振るっているのだろう。
小屋の中で自分を助けた時のように、リーシャのことしか考えていないに違いない。
『愛している』という彼の言葉は、本当だ。
自分の視界を奪い、誰にも会わない暗い密室の中に、自分を閉じ込めておきたいのだろう。
暗く、されど美しい、彼の望みにーー自分は応えることはできない、と思った。
(あなたのおかげか、あなたのせいなのか、私には謎が解けましたよ)
リーシャは思った。
このまま、密室の中に閉じ込められてばかりでは、いられない。
不可解な謎は、全て解けてしまったのだ。
いくら彼が作った密室空間が温かく、居心地が良かったとしても、自分は外に出る必要がある。
本当の謎の真相がわかったのなら、彼に披露しなくてはならない。
(あなたが、愛の存在を教えてくれたおかげで···)
ぎりぎりと鋼鉄同士がすり合わせる音は、耳を塞ぎたなるほど甲高い。
「···狂人め!彼女は、高貴な血筋だ!監禁しておくことなど、できるわけがないだろう!」
「何?」
大きくファリドが叫ぶと、ルカは自分を見上げた。自分が目を伏せると、彼が息を呑んだのがわかった。
「リーシャにーー話したのか」
ファリドの言葉に驚かない自分を見て、彼は絶句しているようだった。
ショックを受けたかのように、彼の動きが止まってしまった。
「はぁっ!」
ファリドが大きなかけ声をあげた時、ルカの手から漆黒の剣が弾き落とされた。床に、彼の漆黒の剣が落ち、床に滑る。
ルカが痛みのためか、眉を吊り上げた時、ファリドの剣先は彼の首に向けられていた。
「ルカ・マスロフスキー、これまでだな」
ファリドは悠然と告げた。
「まだ君は、銃も持っているだろう?こちらに寄越すんだ」
ルカ様、とエミールが小さく叫んだ。
彼らの周りで乱闘していた使用人達も、動きが止まっていた。主人である2人の決着がついたと判断したからだろう。
ルカは迷うようでもあったが、黙然と懐に入っていた拳銃をファリドに渡した。ファリドはすぐにそれを懐に入れる。
(·····)
リーシャは、彼らの動きが止まったことで、螺旋階段を静かに降り始める。
ルカの瞳はファリドに向けられることなく、自分の動きをじっと追っていた。
「俺は君を殺さない。アデリナ皇女誘拐、監禁の罪で、逮捕してやる」
ルカは、黙っていた。
自分という存在の正体を、知っているのだ。
リーシャは自身の推理が正しかったことを再度認識する。
「君は、リーシャがアデリナ皇女であると知っていた。綿密に、彼女を誘拐する計画は練られていたのだろうーーー君は皇女を誘拐するために、アレクセイ・ラザレフを殺した。···そうだな?」
ファリドはルカのことを見据え、視線だけでも捕らえて離さなかった。
リーシャは、階段を降りきった。
ファリドが告げる言葉に息を呑んでいるのは、自分だけでなく、エミールも同じだった。
「あぁ···リーシャ···」
ルカは、自分のことだけを見つめていた。
恍惚とした瞳に、リーシャは毎度のことながら居心地の悪さを感じる。
「ルカさん、答えて下さい。私に、真実を教えて下さい」
ファリドは真摯な瞳をルカに向け、自分は疑心に満ちた目でルカを見つめていた。
ルカは恍惚とした瞳を自分に向け、静かに口を開いた。
「ーー例えばボクが、アレクセイ・ラザレフを殺していたとしたら、君はどう思う?」