【外に出ないで!】
【外に出ないで!】
ルカが言い放った言葉に、リーシャは瞳を閉じた。
静かに彼女の瞳から、涙が溢れる。
ルカは彼女の涙を見たことによって、激しい痛みを覚えた。
それは、傷つけた左手などとは比べ物にならないほどの、強く激しい痛みだった。
「リーシャ···」
ルカは、涙を流すリーシャに手を伸ばす。
彼女はいつも優艶な笑みを、顔に貼り付けていた。今も、提示された話に飛びついてくるかと思ったが、ルカの検討は外れていたようだ。
「動くな!彼女は、オーブルチェフ帝国の女帝になるお人だーー俺は彼女を閉じ込めたりなんかしない」
ファリドは威嚇するように自分を睨むが、ルカの瞳にはリーシャしか映っていなかった。
(リーシャ、やっぱり、外は危険なんだ)
ルカは、これから何を口にすれば良いのかわからなかった。
リーシャが涙を流した理由や、どうしたら泣き止むなどを考え、頭が混乱していた。
(外に出さなければ、彼女は泣かずに済んだのにーーー帝国とか、皇位継承とか···殺人とか、そんなことはどうだっていい)
ルカにとって、それらは雑事でしかない。
リーシャに会った日から、ずっと自分の目的は1つだけだった。
可哀想な彼女を、閉じ込めてしまうこと。
「罪を認めたということか?」
ファリドは念を押すように言い、剣先をより自分に突きつける。肌を突き破られることで、鋭い痛みが走ったが、ルカは決して顔を歪めるようなことはしなかった。
リーシャだけを、見つめていた。
「···して···」
「ん?リーシャ?」
ぽつりと彼女は呟いた。
ファリドが訊き返した時、リーシャは俯いていた顔を上げた。涙を袖口で拭う。
「どうして、皆···私に嘘をつくのですか」
「嘘?」
ルカとファリドは、目を丸める。
目を赤くしたリーシャは首肯する。
毅然としようとする彼女の姿に、ファリドは不思議に思っているようだった。
(まさか)
ルカは、嫌な予感がした。
彼女が涙を流した理由は、まさかーーーと、息を呑む。
(嫌だ。それだけは、嫌だ。自分はどうなっても良いが、彼女に真の真相だけは辿り着いて欲しくない)
心中で、ルカは否定した。
毅然とする彼女の様子を見て、ルカは叫びだしそうになる衝動に駆られる。
「リーシャ···?」
「私、もう真相はわかっています」
ルカの嫌な予感が、的中していた。
(駄目だ。君は辿り着いちゃいけなかったのに)
ルカが今まで行っていたことが全部無駄になってしまう。
目を塞ぎ、彼女の視界に入れないようにしてきた、真実が明るみになってしまう。
決して傷つけないように、決して汚れに触れることがないように、大事にしてきたはずなのに。
「ファリド、全ては嘘だったのですよ」
リーシャが紡ぐ言葉によって、ルカは深い絶望を与えられた。
今まで彼女を守るために積み上げてきた嘘が、彼女自身に壊されてしまう時が来たのだ。