もう一人の執行人
そこは開けた場所であった。
遠くの方に木々が見えるし、反対側には砂漠が見える。しかしそれだけで、その間にはただただ平地が広がっているだけ。
そんな場所に、ネメシスによって連れて来られた男達が隊列を組んで武器を構えていた。酒場から直接の連行なので、大した装備は身に付けていないのだが。
隊列を組んだ男達が向かい合っているのは、一匹の黒猫。その黒猫は、ネメシスの言う通りに確かに子猫だった。大きさは子供でも抱き上げることが出来る程度。見た目は至って普通の黒猫。艶やかな黒色の体毛が目を引くも、それだけでしかない。
しかし、相対している男達は絶望に彩られていた。対しているからこそよく分かる。仮に万全の装備だったとしても勝てるとは到底思えないほどの圧迫感。
この黒猫に比べれば、普段何とか相手をしている町周辺の森の魔物なんて雑魚同然だろう。そんな相手に頼りない装備で向かい合うなんて、男達に死ねと言っているも同義というもの。故に、男達はガクガクと震えていた。逃げたり腰を抜かしていないだけマシという状態。
そんな様子を、少し離れたところから冷えた目で眺めるネメシス。
ネメシスの刑としての認識としては、死ななければたとえどうなってもいいだろう程度でしかない。そのネメシスの死ななければという基準は、どんな状態でも心臓さえ動いていれば生きていると判断するというもの。
「さて、何秒保つかな?」
見詰め合ったままの両者を眺めながら、ネメシスは動き出してからどれだけで終わるかを考えて呟く。
「流石にやりすぎだと思いますが?」
そこに優しげな声音ながらも、呆れた声が掛けられる。
「そうかな? 実益を兼ねたいい罰でしょう。これに懲りて、もう悪さはしなくなるさ」
「それは大した益でもないですし、動けなければ悪さのしようもないでしょう。まともに喋れれば上々という結果しか見えてきませんよ?」
そう言うと、声の主は跳びかかった黒猫の前に見えない壁を展開して男達を護った。
「刑の執行の邪魔をしないでもらいたいのだけれども?」
「罪に対して罰が過剰すぎると判断しました」
「…………では、どうするつもりで? エイビス」
ネメシスは隣に並んだ相手を横目に見る。
エイビスと呼ばれた相手は、真っ黒な髪の毛の中に真っ白な髪の毛が混じっている長髪の女性で、非常に優しげな面立ちをしている。雰囲気も柔らかで、年上の女性といった包容力に満ちていた。
「普通に牢に数日入れるだけでいいと思いますよ? 今回のこれで流石に懲りたでしょうし」
黒猫と男達を離した後、エイビスはネメシスの横を通り、男達の前に移動する。その様子を眺めながら、ネメシスは小さく息を吐き出す。
エイビスの登場に、男達は気が抜けたようにその場に腰を下ろす。まるで女神にでも会ったかのような表情を浮かべている者も居る。
そのまま何事か説明した後、エイビスと男達は町に戻っていった。
残されたネメシスは、黒猫の許に移動して抱き上げて、ゆっくりとその背を撫でる。
「相変わらず人ってのは見た目に騙される生き物だよね」
「ミャ?」
ネメシスの呟きに、黒猫が反応して鳴く。
「今し方現れて消えていったエイビスのことだよ」
「ミャ~」
黒猫はネメシスの言葉が分かるようで、相づちのように短く鳴いた。
「あの町の連中は見た目に騙されて、あれを信用するというか若干崇めている感じだけれども、あれほど恐ろしい相手も居ないと思うんだよね」
「ミャ?」
そうなの? とでも言いたげな黒猫に、ネメシスは軽く肩を竦める。
「エイビスにはあまり関わらない方がいいよ。正直、時折あれは私でも恐ろしく感じる時があるからね。れい様の苦労が偲ばれるよ」
黒猫を抱えたまま、ネメシスは砂漠の方へと歩いていく。
「さて、それじゃあ砂漠の魔物で異世界の神獣とやらの実力を試してみますか」
「ミャ~」
「ああ、そうだね。正確には神獣の幼体だったね」
黒猫の鳴き声に、ネメシスは自分の言葉を訂正する。そのまま黒猫と共に砂漠の中へと消えていった。