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加護と思いつき

 他の世界には加護もしくは祝福と呼ばれるモノが存在するらしい。
「神に選ばれた私とお前達を一緒にするな!!」
 少し前に連れて来られた目の前の男は、日に何度も同じことを言う。その言葉の根拠が加護というものらしい。それも男の元居た世界に居たという神から与えられた加護。
 確かにそんなモノが在れば、自分は選ばれた存在なんだと思わなくもないだろう。加護というモノがどういったものかは知らないが、神から与えられたのならば、それだけで特別な意味を持つ。
 だが、それは元居た世界では、という前提が付くだろう。なにせここではそんなモノに価値は無い。れい様から頂いたというのなら別だが、この男の加護は元居た世界の神からだ。
 なので、その主張は憐れみしか誘わない。元の世界に帰りたいがための虚勢だと思われていることだろう。いや、実際現実が受け止めきれずに、そんなモノに縋らなければやっていけないのだろう。もしかしたら、元の世界では随分とちやほやされていたのかもしれないし。
 改めて男の姿を見てみると、太っているとまでは言わないが、少し丸みがある。少なくとも、常日頃から身体を動かして鍛えている者の身体ではない。
 もっとも、魔法という存在があるので、身体を動かすことが全てではないが。……ああいや、魔法も結構疲れるのだったか。何度も魔法を使っていると、筋肉は付かないが頭を使うから痩せると妹が言っていた。
 であれば、この男は魔法もそれほどではないということだろうか? 男が自慢げに語っていた内容からして、加護で身体能力が向上しているらしいので、見た目だけでは何とも判断し難いのだが。
 ただ、このままでは駄目だろう。この男は自分が選ばれた存在なのだからと働くことを拒否しているのだから。
「ですから、ここではそんなモノに意味は無いと言っているでしょう!!」
 男がこの町に来て数日しか経っていないのだが、ずっと尊大な態度の男に、流石に住民も苛立ちを募らせていた。むしろ、よくこんな態度で町まで連れてきてもらえたものだと思うほど。
「そんなモノだと!? 貴様、我が神を愚弄するのか!?」
 抑えきれない苛立ちの籠った住民の一人の言葉に、男は激高する。男にとっての唯一の拠り所だろうからそれもしょうがないのかもしれないが、流石にこのまま放置も出来ない。
「それで、ちゃんと働くのですか?」
 神だ何だという部分は面倒そうなので触れず、必要な部分を尋ねる。
「だから、私と貴様らを一緒にするな!! そんなに働きたいのならお前らが勝手に働いていろ!!」
 だが、結局答えは同じ。困ったものだとは思うが、ここだとそれでも生きていけるのだから更に困った。もっとも、最低限衣食住が揃っているだけだが。俺であればそれでも豪勢なので問題ないが、この男ではそんな質素な生活は耐えられないような気がする。
「それはいいですが、そうなると、水と朝夕の果実一つずつ以外、肉も服も何も手に入りませんよ? 欲しいのであれば働かなければ」
「何を言っている? そんな物、お前らが私に献上すればいいことだろう。そうすれば、少しは神に慈悲を掛けてもらえるかもしれないぞ?」
 つまり、元の世界ではそういう生活だったのだろう。ここではそれは何の意味も無いというのに。
「はぁ。何度も言いますが、ここは貴方が居た世界とは違う世界なのです。なので、その加護とやらを与えた神はもう関係ないのです」
「貴様!! 我が神を愚弄するか!? こんな世界だろうと、我が神はお力をお貸しくださるに決まっている!!」
「ですから、この世界は別の世界なのです。この世界の神はれい様であり、貴方に加護を与えた神では御座いません!」
 別の神が世界を越えて力を貸す。そんなことももしかしたらあるのかもしれない。しかし、ここでそれを肯定したところで全くもって意味は無いだろう。
「はっ! れいだか何だか知らぬが、そんなもの我が神の前では有象無象と変わらぬわ!」
 男がそう吠えた瞬間、空気が変わった。それは住民によるものでは無い。確かに住民の中には殺気立った者も居るが、その程度で震えるほどの寒気が起きるとは思えない。それに。
「おや、害虫が一匹紛れ込んでいましたか」
「やっぱ始末しておくべきだったのかね」
 そう言って、少し距離があっても気が遠くなりそうなほどの殺意をまき散らしている二人が男の両側に立っている時点で、何が空気を変えたかなんて分かりきっている。
「ああ、意識を失うことは許しませんよ?」
 そう言って優しげな笑みを浮かべた女性は、執行人の一人でエイビスと呼ばれていた。
「楽には消さないからな」
 そう言って男の頭を上から掴んだのは、もう一人の執行人でネメシスと呼ばれていた。
 ここに二人居る執行人の両名が揃ったことになる。それも、今まで発したことが無かったほどに圧倒的な殺気と威圧感をまき散らして。特にエイビスと呼ばれている女性の方が凄まじい。優しげな笑みを浮かべているのだが、見ただけで死んでしまいそうなほどの恐怖を感じる。
 そんなものを二人から向けられている男は、パクパクと震えるように口を動かすだけで精いっぱいといったところのようで、穴という穴から色々と出しているような醜態を晒している。
 そんな状態だというのに、先程のエイビスと呼ばれている女性の言葉通りに、男は意識を失うことが出来ないようだ。それどころか、狂うことさえ許されていないのだろう。
 住民達も動けずにいるようだ。視線を逸らすことすら出来ず、全員が石にでもされたかのようだった。
 このままどうなるのか。永遠とも思える短い時間が過ぎたところで、救いの声が掛けられる。
「そのくらいでいいでしょう」
 それは感情の籠らない声であったが、状況が状況だけに福音に思えた。
「しかし」
「その程度、気分を害するほどでもありませんし、不用意に二人が周囲に力をまき散らすと、この地に住まう他の者達に悪影響が及んでしまいます。それは私の望むところではありません。ですがそれでは気が収まらないでしょう。なのでそうですね………………では、その者の持つ加護とやらを剥奪しますので、それで赦してあげなさい」
 ぽんと軽く手を叩くれい様。おそらくそれで男の加護は無くなったのだろう。
「これで懲りないようならば、処罰はそこに住む者達に任せればいいのです。罪を犯したならば、その罪の重さによってはいつも通りに断罪を許可しますので」
 れい様がそう仰ると、先程までの殺気や威圧感が嘘のように消失して、執行人の二人はれい様へと頭を下げる。それで男はやっと失神する許しが出たのか、直ぐに気を失った。
「………………ああ、そうですね。折角ですから」
 何か思いついたのか、れい様はそう言うと、俺の方に顔を向ける。
「貴方が町の取りまとめをしているのでしたね?」
「は、はい。そうで御座います」
 身体が動くようになり、慌てて跪いて頭を垂れる。こうして俺の目の前にれい様がお立ちになられたのは、神前の誓いの時以来だろうか。
「では、折角話に出たのです、貴方に私から加護を与えましょう」
 最初、れい様が仰られた意味が解らなかった。しかし、そんな俺の内心など無視して、れい様はそっと俺の肩に手で触れた。
「さ、これでいいでしょう。加護などと仰々しく言っても、ちょっとした身体能力の補正だけですが」
 そう仰ると、れい様は執行人の二人に声を掛けて、三人揃って何処かへと去っていかれた。

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