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滅びゆく世界で、《過去編》

『ニヒル』、『シルリア』

 それが俺の僕の名前だった――




 「ニーヒール、一緒にかーえろ」

 教室のドアからシルリアが顔を出す。こいつは俺の友人『ゲイル・シルリア』、髪が長くて男なのに女みたいなやつだ。

 「おう! 」

 俺はリュックを背負いシルリアのもとへと駆ける。今日は6月6日、蒸し暑さとは裏腹に外では豪快な雨が降り続いていている。これじゃあ公園でも遊べやしない。せっかくの放課後が台無しだ。俺は真っ暗な空に向けちえっと舌を鳴らした。

 「ニーヒール―、はーやーくー」
 「あぁ! 分かってる」

 相変わらずせっかちな奴だ。

                ***

 「はぁ、雨やまないね」

 シルリアは傘をさしながら憂鬱そうに言った。やっぱり雨は人を不快な思いにする。俺は汚れきった新品のスニーカーを見てため息をついた。

 すると一人の男がこちらに向かってきた。傘もささず、全身黒ずくめの男だ。

 「な、なんなんだろう。不審者かな? 最近学校の近くに不審者出たって先生言ってたから……」
 「そそんなわけないだろ。ま、万が一の時は俺がシルリアを守るさ」

 俺はかっこつけて言ってみたが内心物凄く怖かった。すると男はどんどん近づいてくる。その距離は30m、20m、10m……俺たちはとっさに後ずさった。

 『……少年。私たちは晴た空をもう一度見ることができるだろうか』

 ……は? 5mになったところで男は意味不明なことを俺たちに言ってきた。やっぱりこの男、怪しすぎる。俺たちは困惑し何も答えられずにいると男はにたっと笑った。その顔は今まで見た笑顔の中で一番恐ろしかった。不気味でぞくりと身の毛がよだつ。シルリアも、怯えていた。

 「い、行こうぜ。シルリア」
 「う、うん」

 俺はさすがに危険だと思いシルリアの手を引っ張ってその場を離れた。男が付いてくる気配はない。少し離れたところで後ろを振り返る。男はまだ不気味な笑みを浮かべながら立ちすくんでいた。

 ――晴た空をもう一度見ることができるだろうか

 あの言葉が走馬灯のように頭を横切る。俺は未だ鳥肌が収まらなかった。

               ***

 「じゃあなシルリア」

 俺は家の前でシルリアに別れの挨拶を交わした。この街では別れ際にハイタッチをし相手の頬を触る文化がある。挨拶を交わすとシルリアはニッと微笑み去っていった。

 「あの笑みは本物だな」

 俺はあの黒ずくめ男のうす気味悪い笑みとシルリアのはれ晴れきった笑みを比べた。無論、シルリアのほうが愛嬌あるが。

 俺はシルリアの背中が見えなくなると玄関の戸を開け家の中に入った。

 「母さんただいまー」
 「おかえり、手洗いうがいね! あんたいっつも帰ってきてすぐおやつ食べるんだから」

 まったく、口うるさい母さんだ。俺ははーいよーとカバのあくびみたいに返事をし、仕方なく洗面所へと向かった。

 「まったく、自動手洗いうがい機とか誰か発明してくれよ。ってかなんでエジソンそれ発明しなかったんだよ」

 俺はぶつぶつ愚痴を吐きながら石鹸で手を洗った。鏡には自分の姿が映る。

 「げっ、寝癖ついてるし口に歯磨き粉ついてた。ったくシルリアの奴、気づいてるなら言ってく――」             

 ”れよ”を言う前に俺はぴたっと静止する。

 なんでお前がここにいるんだ。

 俺はさーと血の気が引いていく。鏡に映っていたのは俺と――

 あの男だった。

 「なんでっ! 」

 俺はとっさに後ろを振り向く。そこに男の姿はない。近くにあった物干しざおを手にあたりを見渡すがやはり男はいない。だが確かに鏡には映っていた。

 『私たちは晴た空をもう一度見ることができるだろうか』
 「はっ」

 俺は思わず息をのむ。やっぱり男はいるんだ、そう確信すると再び物干しざおを握り直した。

 『答えは? 』

 男は答えを求める。答えなど天気予報を見ればわかるじゃないか。早く消えろ、俺は心の中でそう願った。

 『答えろ! 』

 洗面所中に男の怒号が響き俺は肩をびくつかせる。これ、答えなきゃまずいパターンか? 俺は死亡グラフが立つ前に仕方なく男の質問に答えた。

 「み、見れなきゃおかしいだろ! 晴はいずれ訪れる。地球が滅びるまではな」

 すると俺らの間に長い沈黙が流れた。何かまずいことを言ったのだろうか? いや、俺はただ当然のことを言っただけだ。雨は上がる。常識だ。

 だが、男の声はそこで途切れたのだった。ばーかと子供っぽく挑発してみるも俺に死亡グラフが立つわけでもなく男が返事をするわけでもない。

 「ニヒル? 早く宿題しなさい」

 母さんの呆れ声が聞こえた。俺は持っていた物干し竿をその場に置くと唇を尖がらせ洗面所を後にしようとした。その時――

 外で警報が鳴った。身の毛もすくむような恐ろしい音。これは国家緊急事態警報、学校の避難訓練以外で初めて聞いた。

 「母さん! なんだ、何が起きたんだよ」

 別に地震が起きているわけでもなければ雨は降っているが豪雨というわけではない。一体この国で何が起こったのか、俺は頭が混乱していたがとにかく母さんのもとへと走った。

 「どこ、どこだよ母さん! 母さーん! 」

 しかしどこを探しても母さんの姿はない。部屋の中は気持ちほどに静寂とし嫌な予感が俺の背筋を流れる。そして残る部屋はトイレだけとなった。乱暴に木製のドアをノックする。

 「母さん! 返事しろよ母さん! 」

 返事はない。あの男のように必然と姿を消した母さん。俺は最後のチャンスに懸けドアノブに手を掛けると勢いよく開けた。

 そこにいたのは――

 「母さ――」

 口から泡を吹き力なく横たわる母さんだった。なんだ、なんなんだ。俺の視界がゆがみ脳が揺さぶられる。

 「か、母さん? 」

 俺は弱弱しく母さんの名前を呼び続ける。冷たくなった母さんを抱き上げ体を揺さぶるも反応はなかった。

 「へ、返事してくれよっ! 母さん! 」

 眼は涙でいっぱいになり母さんの顔がぼやける。どうして、なんでこうなったんだ? 警報と凄まじい雨音が鳴り響く中、俺はただひたすら泣き続けた。

             ***

 「……ヒル、……ル、ニヒル! 」

 ――はっ

 何者かの声で俺の意識が再編成された。ここはどこだろう? 天井にはバスケットゴールがぶら下がっている。と、いうことは体育館ということか。

 「俺、どうして……」

 俺がこめかみを押さえながら体を起こそうとすると男がそれを止めた。

 「だめだ。まだ傷が癒えていない。しばらく寝ていたほうが良い」

 その声は――

 「シルリア! 」

 俺は飛び起き隣にいたシルリアの肩を掴む。なんだか安心して涙が出てきた。

 「だ、だから傷口開くって……」
 「傷口って……俺何かしたのか? 」

 俺は包帯の巻かれた腹を見てふと疑問に思う。俺がどうして体育館にいるのか、なぜ傷を負っているのか、母さんと父さんはどこなのか……疑問は山ほどあった。

 「もしかしてニヒル、記憶がないのか? 」

 シルリアは目を見開いた。俺の記憶が、ない……?

 「うっ、思い出せねぇ……。全て教えてくれ」

 「本当に、いいのか? 」

 シルリアは困惑したような目つきでこちらを見つめる。だが俺に迷いはない

 「なんかやばそうな雰囲気だが、どんな内容でもいい。知りたいんだ、真実を」

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