滅びゆく世界で、
西暦2300年、世界は未知のウイルスの侵略によって崩壊した。数少ない人類は壊滅状態の地球を後にし約7,528万キロメートル離れた火星へと移り住む。そんな中、”元の世界”を望んでいた一人少年が立ち上がった。彼はこの滅びゆく世界でどうあがきどう抗い続けるのか。
これは滅びゆく世界を奪還するため立ち上がった少年の奇跡の物語――。
***
『ニヒル』
――母さん。
『おい、ニヒル』
――父さん。
『クルス』
――違う
『クルス』
――違う
『クルス』
「違う! 」
は、は、は。なんだ、夢か。俺は悪夢にうなされ汗だくになりながら飛び起きた。
「久しぶりに随分と嫌な夢を見たものだ」
恐ろしい夢のなごりは高鳴る心臓に残っていた。俺は眠気を振り払うように頭を振ると朝食の支度をしに台所へと向かった。
「うん、うましうまし」
手際よく作った食事を口いっぱいに頬張る。相変わらず石のように固いパンと皿まで冷え切ったスープ、これを口にするのは何回目だろうか。最初は目を瞑って飲み込んでいたが随分と慣れたものだ。
「ごちそうさまでした」
最後の一口を口内に放り込むと食器を洗い部屋掃除に取り掛かる。お手製の三角巾を頭に巻き布で口を覆い一か所一か所はたきで埃をはらう。これがまた結構大変なんだよなぁ。
「だはぁー」
俺は掃除終了と同時に光り輝くリノリウムの床へ寝転ぶ。この床はつい先日この村で販売されたばかりの人気商品。値段は俺の平均年収をはるかに超えている高級商品だ。そんな涙をのんで購入した床で伸び伸びとしていると玄関のベルが鳴った。こんな早朝に何の用だろうか? 不審げに戸を開けるとそこに立っていたのは――
「ユリオ! 」
俺の親友、ユリオだった。一つに束ねた艶やかな金髪とガラス玉のように大きな瞳が特徴的の中性的な美少年だ。
「おはようクルス。今日は確か村掃除の日だったよね。早く向かわないとゴアさんに怒られてしまう」
そうか、今日は月に一度の大掃除の日だったな。俺は顎を触ると大きく首を縦に振った。
「ちょっと待ってろ。俺、弁当作りに行ってくる」
「はぁ? 」
ユリオは俺の馬鹿けた発言に目を白黒させた。それもそのはずだ。急いでいると言っているのに弁当を作りに行く、という馬鹿はそうそういないだろう。だが大丈夫、俺の料理の速さをなめてもらっちゃ困る。
「安心しろ、ユリオ。あと15分以内に作り終える。あ、お茶用意するからそこらへんに腰かけてていいぞー」
言いながらエプロンと三角巾を身に着ける俺。ユリオは呆れ果て二の句が継けなかった。
困惑しつつも椅子へ腰かけるユリオに俺はお客様用のお茶とふかし芋を差し出した。ここはお茶と和菓子、紅茶とクッキーの組み合わせだが俺の家にそんな豪華なものはない。ふかし芋でもまだいいほうだ。
再び台所へと戻った俺はまん丸の卵を割り、かき混ぜ熱したフライパンへと流し込む。野菜を刻み、肉を焼き、果物を洗い、パンを切り……俺は一度に五つくらいの料理のプロセスをこなしていた。
「かんせーい」
俺は最後の一品を根曲がり竹の弁当箱に詰め込んだ。決して豪華な作りではないが味はなかなかの出来栄え。
「ユリオ、お待たせ。さぁ行こう」
俺はふかし芋をかじっているユリオに声をかけた。するとユリオはプルプルと体を震わせた。これはどっちだろうか……怒りのプルプルか感激のプルプルか。恐る恐るユリオの顔を除くとユリオは涙を浮かべ顔を真っ赤にしていた。
「ユ、ユリオさん? 」
「遅いんだよ馬鹿! なにが15分だっ! もう1時間は経過しているぞ。急がないと、急がないと」
A,怒りのプルプル
相変わらずせっかちなユリオは食べかけのふかし芋片手に体をくねくねさせていた。俺は頭をかくと舌を出して謝った。のんきな俺の謝罪は反省の色もない。いや、これでも精一杯謝っているつもりだ。
「もういいよっ。早く行こうゴアさんが本当に悪魔化する」
ユリオはぷいっとそっぽを向くと素早くふかし芋を食べ終え家を出た。出されたものはすべて頂くところがユリオらしいな。
***
「お前らぁ! 遅いんだよ! この馬鹿垂れが」
時すでに遅し、アゴさんは悪魔化していた。実際に角は生えていないが俺達には角が見えた。
「い、いや。そのねえユリオ君……」
俺はユリオに助けを求めるとお前が行けというように俺のほうへ顎をしゃくった。
「クルス! 」
「うっ。ご、ごめんなさい……」
俺は気圧されたように眉をひそめる。目つきの悪いこの男は《ゴア・ジョダン》この村の村長(仮)だ。身長は3メートルを超す血色のいい大柄な体つきにカミソリのような鋭い目の下は紫色を帯びている。この大男を一言で表すとすれば『獣』だ。
こんな男に今説教されている。見た目にあった厚みのある声で彼なら一瞬で子供を泣かせられるだろう。それくらい怖い。
「とにかくだな。次遅れたらそのときはただじゃあすまねぇぞ。分かったな! 」
「は、はひぃ! 」
おー怖。あまりの恐ろしさに俺は足が震えた。隣にいたユリオも狐に襲われたウサギのように怯えている。
「よーし、お前らぁ! はりきって掃除するぞー! 」
ゴアさんはケンカに行くぞ的な言い方でその場にいた農民に声をかける。農民たちはおーと力ない声を上げた。俺たちもそのうちの一人だ。
「じゃ、お前たちは海辺のほうを掃除してくれ。頼んだぞ」
俺たちは軍手をはめごみ袋を持って指示された海辺へと向かった。
今日も相変わらず汚い海だな。俺はゴミや魚の死骸だらけの海を見てため息をついた。
「なあ、ユリ――」
「潮の匂い朝日の夕立、岸辺に広がる青い空~」
ユリオは海につくなり歌を歌っていた。彼の儀式のようなものだ。海に来てはこの歌を必ず歌っている。邪魔してはいけないと思い俺は黙り込み後ろへと下がった。
「潮の匂い朝日の夕立、岸辺に広がる青い空~」
それもこのワンフレーズのみを。俺はこの歌を知っている。『瑠璃』母国の歌だ。
「ねぇ、クルス」
彼は歌い終えると俺を呼んだ。俺は優しくなんだ、と返す。
「いつになったら帰れるのかな? 帰りたいよ、早く温かい食事が食べたいよ」
ユリオの声は震えていた。涙に湿ったような潤いの滲む声で俺に訊ねた。
そうだ、俺がユリオを守らないと。あの地球を救えるのは俺しかいない。
「ユリオ、俺は地球へ行く。そして俺らの故郷を取り戻す」
俺は薄ピンクの空へ手を伸ばした。いつも見たカラスも海で見たカラスもこの惑星には飛んでいない。そうだ、俺が取り返すんだ澄み切った群青色の空を、あの鳥を。
「僕も、僕も地球へ行く! こんなところでぐずぐずしてられない」
「……ユリオ」
青白い太陽の光に照らされたユリオの横顔はひどく勇ましく見えた。