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「っ……!?」
目を覚まし、起き上がると見覚えのない場所に来ていた。ツリーハウスのような木造の建築物で俺はベッドで寝ていたらしい。
ベッドまで木で出来ていて、硬くてこれじゃ気絶でもしてない限り熟睡は出来なさそう。
「あー。胸いてぇ……この感じだと消滅はされなかったらしいけど、堕天使にはなったみたいだな」
天使兵の制服である真っ白い服を捲り、近くにある姿見で見ると胸元には刃物で刺された後がくっきり残っていた。
ひっでぇなぁ。かなりでけぇ。こんなんじゃ、お婿にいけねぇよ。
幸いなのかわからないが銃で撃たれた後は髪で隠れていて見えない。
十円ハゲにならなくてよかった。いやぁ、それだけが救いだわ。
次に確認のため翼を出してまた姿見で見る。禍々しい形をした黒くて大きいそれはまさに立派な悪魔の翼だった。
そして、かつて天使の輪があった頭は2本の鋭い角が生えている。
もう、天使だった面影はこの制服以外どこにもない。
あーあ……昨日プリン食べられただけで、暗殺なんか起こすんじゃなかった……
とか言っても後悔したのは一瞬だけ。なっちゃったもんはしょうがないし、なによりゼウスの元でもう働かなくていいという開放感があってむしろ嬉しい。
それにしてもここはどこだ? 魔界か?
「ーーあれれ? 起きたんかぁ?」
突然、平和ボケでもしてそうな老人の呑気な声が聞こえ、反射的に翼と角を引っ込めた。
その老人を見ると、翼もなければ角もなく、少し背は低いが、見た目はただの人間そのものだった。
なんだこいつは……? 見た感じ、人間の年寄りか? となるとここは魔界じゃなくて現世?
「歩いてたら道に倒れててびっくりしたのじゃよ」
老人は近くの椅子に腰をかけ水を持ってきてくれたらしく水の入ったコップを手渡してくれた。
「ありがとな。俺、倒れてたのか」
ひと口水を飲んで聞くと老人は大きく頷いた。
「ほうじゃよ。ところでお前さん、名前は?」
「え? あ、ルシ…………いや、サタンだ」
「ほーかほーか。ルシイヤサタンというのか」
「違う! サタンだ! サタン!」
「んー? サタンダサタン?」
「なんでやねん!」
なにこの老人! 普通わかるだろ! 思わずジャパニーズ関西弁でツッコミ入れちまったぜ。調子狂うなぁ。
ま、この偽名は俺の新たな門出の意思表示だ。
もう、これで大天使ルシファーはいなくなった。死んだんだ。俺はこれからは悪魔サタンとして生きていく。
そしていずれは……
「サタンや。お前さん冒険に興味はないかね?」
「んえ?」
めちゃくちゃかっこよく心の中で今後の生き様を語っていたら遮られ間抜けな声で聞き返した。
おいおい。こういうのって、普通は俺の選手宣誓みたいな言葉が終わるまで待ってくれるんじゃねぇの? こいつには普通という言葉は通じねぇのか? てか、俺の名前ちゃんと言えてんじゃねぇか!
「この国のどこかに幻の宝石“アゲート”という宝石があるのじゃ」
「アゲート? アゲートなら、てんか……俺の地元にもたくさんあったけどな?」
確かアゲートって貝みたいな模様の宝石だったような。模様が面白くて俺もガキの頃はよくミカエルと集めて見せあってたなぁ。
売ってもたいした値段にならねぇし、そんな幻と言われるほど幻ではないと思うけど。
俺が腕を組み首を傾げると老人は答えるように口を開いた。
「この国のアゲートは一味違うのじゃ……」
「一味違う……?」
緊張感のある声色に俺もつい便乗して張り詰めた感じで聞き返してしまった。
一味違うって事は、何か願いが叶うとか、強くなったりするのか? そしたら、割とベタだけど欲しいかも……
俺はいつの間にか老人の話にのめり込んでいて、待てをする犬のように静かにじっと老人の次の言葉を待つ。
老人は俺の心情に気づいたのか気づいてないのか、重たく垂れ下がった瞼の下から目を俺に向け、不敵な笑みを浮かべた。
「おっと! ここまでじゃ。あとは、お主自身で見つけて確かめたまえ」
「教えろよ!」
「教えたらつまらんじゃろ」
くっそぉ……気になるじゃねぇか……なんだよこの生煮え状態。
弁が立つ老人にまんまと乗せられた俺は、顔渋らせていると老人が面白そうに覗き込んだ。
「どうじゃ? 探す気になったじゃろ?」
「おう。すこぶる探す気になった」
俺は素直に首を縦に振ると老人は嬉しそうに微笑んだ。
「そうかそうか! なら、これを授けよう」
老人は俺の寝てるベッドの下から大剣を引きずり出す。
なんちゅー所から出してんだよ!?
だが、ベッドの下から出てきた割には埃を被ってない。俺がずっと持っていたコップを机の上に置くと綺麗な大剣を手渡してくる。
ずっしりとした重さがあり、金色の龍の紋章が柄の部分についていてなんかのブランドっぽい。
でも、なんかなぁ。大きさが大きさなだけ、玩具に見えちゃう。
無駄に大きいその大剣は俺の身長の肩くらいもの大きさがある、
「この剣は勇者の剣じゃ。これがあればモンスター達から身を守れるじゃろ」
勇者の剣って、ゲームじゃねぇんだから、こんなのただのガラクタだろ?
俺は半信半疑で大剣を眺めた。
何度見てもやっぱり、現世のオタクってのが持ってそうなガラクタにしか見えない。
……待てよ。こいつ今、モンスターって言ったか?
「おい……念の為聞いておくが……ここどこだ? なんていう国?」
「ここは、“ガーディアン”という国じゃ」
恐る恐る聞く俺に対して躊躇することなく答えてくれた国は聞いたこともないようなところ。
初めて聞く国の名前だ……地球の地盤がズレたのか?
それとも、また世界大戦的な事でも起こって新たな国が出来たのか?
わからねぇ……取り敢えずここは魔界ではないのは確かだな。
魔界は魔界だし。国なんかないと思うし。たぶんだけど。
「あとさ、変なこと聞くけど、あんた何もんだ?」
「わしはドワーフじゃ」
「ドワーフ……て、あのドワーフ?」
「うむ。至って普通のドワーフじゃ」
……ドワーフ。ふーん。そうか。なるほど……なんとなく状況が理解出来た。
ここは、魔界でも天界でも地球でもない。
どうやら俺は……
ーー異世界に来てしまったらしい。
ドワーフはよく童話とかに出てくる人間より背丈の少し低いやつ。伝説上の種族で俺も実物なんて見たことない。
それが今目の前にいる。
それに、剣を渡してきた時の口調ぶりからすると、こいつ以外にも似たようなモンスターがいるような思わせぶりだ。
そんなの、異世界に来たって考えてしまった方が、楽なんじゃないか。
というか、そっちの方が個人的にテンション上がる。からかってるだけかもしれないが、そん時はそん時でこいつをぶちのめせばいいや!
異世界転移バンザーイ! ぜってぇ楽しいじゃん!
「ところで、お主は何者なんじゃ?」
状況を至極真面目に考察していると、今度は老人が聞いてきた。
「俺は通りすがりの者だ」
流石にドワーフに向かって堕天使とは言えず、適当な返しをしてしまった。
通行人Aとだけ認識してくれればいいかな。
「ほーかほーか。道中大変じゃったろ? それじゃあ、サタン。ゆっくり休みなされ」
「悪ぃな」
俺はお言葉に甘えて、机の上に置いたコップの中の水を飲み干し、老人がいる前にも関わらずベッドの上で横になった。
相変わらず木のベッドは痛いが不思議と目を閉じたらすぐに寝られそうだ。
次、目覚めたら旅に出るとするか。
「ーールシファー様。どうかこの国を救ってください」
夢なのか現実なのかわからないが何歳か若返ったような老人の声が聞こえたけど、眠気に抗えず返事をしなかった。
こうして、深い眠りにつき、この最強堕天使ルシファー……じゃなくて、サタンの異世界生活が始まったのであった。