エピローグ
「何してんの?」
天姫は、屋上の柵に両腕を乗せて、空を見上げていた紅白に声をかけていた。紅白は天姫の声を認識してはいたものの、振り返りはしなかった。そんな紅白に対して、ため息を一つ。天姫は紅白に近づいていき、隣で同じように空を見上げる。
「最近ずっとそんな感じじゃない?何かあった?」
紅白が研究所を襲撃してから一週間。平穏な日常が続いていた。
「べつに」
返答した紅白には、天姫の言う通り覇気が感じられない。どこかやる気をなくしたように、ここ最近はテンションが低かった。
それはもちろん疲れからくるものもある。能力をいつも以上に使用したこと、もちろん消滅の能力含めてだが、それによる疲れだ。寿命を削るのは、思っている以上に負担が大きい。
そしてもう一つの懸念事項が当たっていたことも関係していた。
その懸念事項とは、能力強化や
紅白は研究所襲撃の際、相当な人数を葬った。それは、今までニュースで取り上げられていたノーブラッドによる不審死とは比べ物にならないくらいの大量殺人である。しかも、消滅によって殺した人もいれば、紅白本来の能力である、振動操作で殺した人もいる。にも関わらずだ。今回の件は、全くニュースで取り上げられなかった。警察に追われることもないし、もちろん噂などもない。報道すれば、低くない確立で研究のことがバレてしまうかもしれない。つまり、今回の事件を隠蔽した組織がある、ということを意味していた。あれだけの大量殺人を隠蔽するなど、容易なことではない。
さらには、紅白が解放した被験者たちもニュースになっていない。紅白が記憶を消したこともあるだろうが、それが全く表に出ないというのも、そういうことだろう。
「何よー。もしかしてまだ怒ってる?」
「怒ってない」
返答はするものの、やはりどこか上の空な紅白。
そんな紅白の頬をつつく天姫。
「やーめーろー」
と言われても、一向にやめない天姫。
「やめんかい!」
ついに反抗して、天姫の手を払いのける紅白。
「やっとこっち向いた。何があったかは知らないけど、元気出してよね。こっちが調子狂うじゃん。それに、もうすぐ中間テストだよ?」
「うるせぇ、おめーに比べりゃ余裕だよ。なんだ、また教えてほしいのか?これだから頭の悪いやつには手を焼くぜ。やれやれ」
一つ息を吐き、からかい返しと言わんばかりに悪口をぶちまける紅白。もちろんすかさず重力のお仕置きがやってくる。
蹲る紅白に、
「そのぐらいの方があんたらしいわよ?まったく。ほら、もうすぐ昼休み終わるよ~」
天姫は一声かけて、屋上を後にした。
「俺らしい、ね」
らしいとはなんなのだろうか。学校でふざける紅白。殺す時の静かに冷酷な眼をした紅白。それはどちらも自分だ。少しやりすぎたのか、紅白は今の自分がどっちなのか、少しわからなくなっていた。もちろん、前者のつもりではいたのだが。
「裏に染まった人間が、表でどう生きるか…」
紅白はもう一度空を見上げて、屋上を出た。
「早くしないと遅刻するぞ?」
屋上から教室に向かう途中、こちらも授業に向かう蓮に出会う。ちなみに紅白の次の授業は蓮の授業だ。
「蓮ちゃんと一緒に行ったら遅刻にはならんでしょ」
「私はチャイムが鳴ってから入っても問題はない」
顔をしかめる紅白。これが教師と生徒の差だ。
「どうした?最近元気が無いんじゃないか?」
さっきも天姫に似たようなことを言われ、再びゲンナリする紅白。
「変な顔をするな。お前のことだ。また無茶でもしたんだろう」
察しがいいことで。さすが蓮と言うべきか。生徒のことを、いや紅白のことを理解してくれている。
「さぁ、どうでしょうかねぇ」
「そうムキになるな。お前はまだまだ若いんだ。無茶してなんぼだぞ。私はもう、そうはいかんからな」
「三十路ですもんね」
紅白の眼球に、生徒名簿の角が刺さる。
「いってぇ!」
「如月、誰も傷つけないヒーローなんていない。お前は少し、気にし過ぎだと思うがな」
蓮は後ろ向きに手を振って、先に教室へと向かう。その背中は頼もしい限りだ。女性なのがもったいないような気もする。
「だとしても、ですよ。俺は………」
独り言のように呟いた言葉は、もちろん蓮には届いていない。
紅白が消滅の力を使って、自分の寿命を削ってまで戦う理由は、ヒーローそのものな一面もある。自分は実験によって二つ目の能力を得た。結果として成功しているから良いものの、失敗していたらどうなっていたかはわからない。事実、成功はしていても記憶はなくしている。
そんな危険なこと、他の人には遭ってほしくない。二度と自分のような者を生み出さないために、紅白は力を振るう。本当はヒーローになりたかったのかもしれない。しかし、傷つけることが許されたとしても、殺すことは許されない。紅白はそんな自分のことを、悪だと思うこともあった。
紅白の行動原理には、復讐の意味合いも含まれている。復讐と言っても、誰に対するものなのかはわからない。ただ、研究中に亡くなったとされる両親の真実を知りたい、その一心だった。本当に事故だったのか。誰かに殺されたのではないだろうか。だとしたら、そいつは生かしてはおけない。だからこそ、紅白は研究者を襲い、研究所に襲撃し、少しでも情報を得ようと、画策している。
だが、それは今考えてもどうにもならない。今はただ、二人目、三人目の自分が出てこないように。そう思い聞かせている。
しかし、彼もまだ高校生。割り切っていると思っていても、まだ子供だ。どこかに迷いもあるのかもしれない。リスクはあるが、表の世界を捨てきれない心は、もちろんある。
「とりあえずは、戻ってこれて、良かったかな」
そう呟いた後に、チャイムが鳴る。
紅白は、教室のドアの前に立っていた。
一つ息を吐く。
そして、ドアを開ける。
いつも通りの口調で。
「さーせん!遅刻しましたー!」