第12章-5 結界攻防戦
大黒天の米俵ジェットが唸りを上げ、翔太はヴァリエーレ隊の中央に突っ込んだ。柄を延ばした打ち出の小槌を縦横無尽に振り回し、次々とカヴァリエーレを撃墜する。
弁才天からの攻撃はアキトが引き継いだが、操縦は翔太だ。弁才天には多様な機能があるため、2人の息と練度が噛み合わないと普通のコウゲイシとしてすら役に立たない。しかし、翔太の操縦に合わせ、アキトが巧みに攻撃を命中させる。
アキトと翔太は、4年以上一緒に訓練してきた。そして戦闘技能の基礎はジンから叩き込まれ、アキトと翔太の2人でシミュレーターによる慣熟訓練をしていた。弁才天を操縦する2人の息と練度は、実戦を経て噛み合ったのだ。
混乱を続けるTheWOCの即応機動戦闘団を存分に叩きのめし、残りカヴァリエーレ3機、バイオネッタ2機にまで削った。戦闘団としての再編は不可能・・・つまり全滅だった。ただ機動歩兵科は無傷なので、人的損耗率は30パーセント未満になっているが・・・。
カヴァリエーレとバイオネッタが撤退の際に、即応機動戦闘団は最後の抵抗を試みていた。それは機動歩兵科の設置したレールガンの射程内へと、弁才天と大黒天を誘き寄せようとしたことだった。
「翔太、大黒天離脱。宝袋は森へ投下。千沙、状況」
結界内に張り巡らせてあるレーダー網で、アキトはレールガンの位置を把握していた。しかも千沙が、有効射程空間を分析し、分割されたメインディスプレイの画面の複数に表示させてある。
アキトと翔太は、大の大人が丹念に仕事したレールガン林への誘いを無下に断ったのだ。
それに、弁才天には攻撃手段が残されていなかった。羂索の糸は全て切断され、矢型誘導ミサイルの残数はゼロ。レーザービームの砲身は焼け付き、レールガンの残弾数はゼロ。たとえバイオネッタの武器を鹵獲しても、すぐには使用できない。敵に利用されないよう細工がなされているからだ。
TheWOCの第4即応機動戦闘団の撤退を機に、ついさっき会敵した第2即応機動戦闘団と毘沙門天、恵比寿、寿老人が本格的な戦闘へと移行する。
「アキト~。弁才天方面の機動戦闘団が、布陣を終えたみたいだよ~」
「結界内か?」
「ううん、やっぱり外に布陣してるの」
「マジか・・・」
空気を読まない翔太が発言する。
『ねえねえ、撃っちゃってイイかなぁー』
ホント頼むぜ・・・。
今は、オレが大黒天と弁才天を操縦して、隠れる場所まで移動させている。スポッターとして、翔太の照準アシストをするには、もうしばしの間、時を要するからだ。
「絶対外せねぇーんだから、もう少・・・」
『撃っちゃった。そして撃墜さぁー』
翔太の言う通り、2機の偵察機”チェーロ”が墜落していく。
「撃っちゃったじゃねぇーーー」
『いやいや。でも、当たったからねぇー』
「そうじゃねぇー、そうじゃねぇーだろ」
外れたら、どうしてくれんだ?
毘沙門天、恵比寿、寿老人を出撃させて注意を惹き、オレが弁才天と大黒天の隠蔽工作を完了させてから偵察機を狙撃する予定だったのに・・・。
しかも戦闘開始前から、翔太には何度も言い含めてたはずなのに・・・。
・・・なんとなく、分かってたけどよぉ。
『さあさあ、次行こうか』
七福神ロボ”福禄寿”は岩山の上に腹這いになり、長距離レーザービームの杖を構えていた。
福禄寿の供の鶴は羽を広げ、福禄寿の全身を覆い防御を固めている。しかも鶴には、光学迷彩装置が搭載されていて、上空からでは擬装されていて岩の一部にしか見えない。
福禄寿の持つ巻物は、長距離レーザービームの砲口のある前面を防御と擬装に使用している。レーザービームを発射する瞬間だけ砲口部分のみを解放するのだ。
七福神ロボのもう一体”布袋”は、普段にこやかな顔が鬼の形相に変わっていた。
3000メートル級の山々が連なり、結界内の一部に差し掛かっている箇所がある。その山脈にある1つの山の中腹の斜面に、腰掛けるような体勢で長距離レーザービームライフルを構えている。布袋が背負っていた堪忍袋から部品を取り出し、組み立てたのだ。
まだまだ、堪忍袋の中に武器は残っていたが、全て外へと取り出し足許に並べている。堪忍袋を盾とし、また光学迷彩装置を展開したのだ。
TheWOCの偵察機”チェーロ”6機が、どちらかだけを発見しようと集中できれば探し当てられただろう。しかし、それは既に戦闘中となった毘沙門天、恵比寿、寿老人への監視を緩めることに他ならない。
目前に存在する脅威への監視を緩めることなどできない。その状況を作るためにアキトは毘沙門天、恵比寿、寿老人を発進させていたのだ。弁才天と大黒天を隠蔽した後、アキトがスポッターとなり、翔太が狙撃する予定だった。
アキトの照準アシストを待たずに、翔太がチェーロ2機を撃墜してしまったのだ。
本来は6機まとめて撃墜が計画だったのだが・・・。
「ああ、もうよぉー・・・よし、照準OK。イイぜ、撃てっ!」
翔太に言いたいことが、色々と頭に浮かんでは消えていった。アキトは無駄な労力を厭い、言葉を音声にしなかったが、戦闘後に説教込みでキッチリと言い放ってやるぜ、と決意した。
そう、”言い放つ”のである。翔太に説教込みで言い聞かせようとしても、無駄と分かっているからだ。
アキトの号令一下。2機、次いで秒と空けず2機、計4機のチェーロが墜落したのだ。
『そうそう、アキト。次はどうしようか?』
「一任。それより、後で覚えてろよな、翔太っ!」
『偵察機を12機連続で撃破した。その僕を称賛してくれるというのかな?』
「ああ、そうだ。偵察機を撃墜した件だぜ」
『そうかそうか。称賛を素直に受け止めるよ。だけど、眠かったら睡眠を優先しないといけないからなぁー。僕って一応メインパイロットだからさ』
アキトは翔太の戯言を聞き流し、千沙に指示を出す。
「結界外に布陣した戦闘団の有効攻撃範囲を7、8番ディスプレイに表示」
「安全マージンをとった予想範囲でも良い? 精確なのは、15分ぐらい必要になると思うの」
結界外に布陣しているTheWOCの機動戦闘団の陣形を、自律飛行偵察機”ジュズマル”2機で偵察に赴いている。しかし結界外であるが故、偵察にあたっての制限が厳しく、データ収集に時間を要しているのだ。
「ああ、予想版でイイぜ」
「表示させたよ~」
分割されたメインディスプレイの7、8番には、結界内を大きく浸食した機動戦闘団の有効攻撃範囲を現していた。
その予想範囲を一目見て、アキトは心の中で舌打ちした。
広すぎるぜ・・・。
さっき戦った機動戦闘団には機動歩兵科が無傷で残っている。アキトは撤退する機動戦闘団を追撃して機動歩兵科にも打撃を与えたかった。しかし追撃戦を仕掛けるとなると、結界外に布陣している機動戦闘団の良い狙撃の的になりそうだった。反対に七福神ロボは、レーダー網が使用できないため、結界外を狙撃できない。七福神ロボの命中率が高いのは、結果内に敷いたレーダー監視網を照準に活用しているからだ。
「ジュズマル被弾・・・あっ。2機とも・・・」
「マジ、か・・・」
「えーっと、2機とも交信できない・・・撃墜されたみたいなの」
7機のうち2機も・・・。
「もう1機、ジュズマルを偵察にだそうか?」
「あーっと・・・」
TheWOCの機動戦闘団の布陣情報が欲しい。そうすれば、戦闘が少しは楽になる。
「アキト、結界外はムリだぞ。結界内でのみ勝ち目がある」
表情に未練が残っていたのか、アキトはゴウに諭される。
「切り替えろ」
「了解だ、ゴウ!」
アキトはゴウの一言で吹っ切れた。今更、手に入らなかったデータを思って後悔しても始まらない。それに戦力の逐次投入は愚の骨頂だし、データが収集できたとしても、結界外での戦闘は不利というよりムリだ。
「ふむ、それでは任せたぞ。結界内の機動戦闘団を殲滅だっ!」
結界内での戦闘開始から約5時間後、TheWOCの即応機動戦闘団は撤退を完了した。それは無論、結界外に布陣していた第1即応機動戦闘団も含めてである。第2、4即応機動戦闘団と比較して、第1即応機動戦闘団は練度の桁が違う。指揮官が卓越している。アキトたちに付け入る隙を与えない見事な撤収を成し遂げたのだ。
ジュズマルを2機撃墜されてしまったお宝屋は、結界の範囲を縮小してレーダー網を構築し直した。しかし約5時間もの戦闘後に、完璧な布陣を整えるのには時間がかかる。
そこで限定人工知能量子コンピューターに小型飛行コウゲイシ”オテギネ”の配置のシミュレーションを実施させた。戦略戦術コンピューターでもないお宝屋のコンピューターでは、最適な配置から程遠い演算結果にしかならなかった。それでも時間と労力の節約になり、一定の安全は確保できる。しかもレーダーの配置変更は限定人工知能に任せ、オテギネとジュズマルを移動させているのだ。
「ゴウにぃ・・・肉が辛すぎよ。追加は、あたしが準備しようか?」
千沙が提案という名のダメ出しをしたのだが、ゴウには全く通じないようだ。
「ん、そうか? このぐらい辛い方が肉体が活性化するぞ」
ヘル以外の全員が宝船のダイニングルームに集まり、賑やかに食事をしている。もちろんヘルは、自分の研究室で食事し、研究に没頭しているのだ。
「う~ん・・・疲労回復には甘いものが良いと思うの」
「まあまあ、千沙。糖分はデザートで摂ればいいんだよ。ゴウ兄は、そこまで考慮しているのさ」
翔太は笑みを浮かべながら台詞とは反対に、まーったく信じていない口調でゴウを擁護した。
「・・・うむ、その通りだぞ」
千沙から視線を逸らしながらゴウは気まずそうに答えた。
「それじゃあ、ゴウ。デザートには何が準備されているのか教えてくれるか? オレに好き嫌いはないぜ」
「アキトには特別に大蛇の肉のレアを用意してやるぞ」
「それはデザートじゃねぇー。それに食い物でもねーぜっ」
「それってアキトが食中毒になって、そこの人外君が人間を辞めた原因の大蛇の肉のことかしら?」
「いやいや心外だな・・・僕としては、魔のモノに言われたくないって言うか・・・言うなよって! ルリタテハの破壊魔がって思ってるけど」
「あら、大蛇の肉はスキルを与える代わりに、品性を奪うのかしら?」
「仲良くとまでは言わんが・・・未だ脅威が去った訳ではないのだぞ。協力関係を積極的に破壊する言動は止めろ。機智に富んだ会話を期待する。それとな、今は面白味のある話題を選択すべきだぞ」
苦々しく、尤もらしい口調でゴウは諭したが、表情から面白がっているのがわかる。そして、もっと面白くするために、アキトに参加を促す。
「うーーーむ。俺には無理ようだ。アキト、少しは手伝え」
ゴウの依頼に、アキトの返事が一拍遅れる。
「・・・何か?」
いつの間にかアキトは、クールグラスを着け史帆の成果物に目を通していたのだ。
「アキト、今は食事中なの! 行儀悪いよ~」
「・・・うん。うっ?」
「アキト!」
アキトは千沙を目に入れないよう注意しながら視線を動かした。その視線の先には史帆がいる。
「あーあっ・・・オレの目を通した限り修正箇所はないぜ。ソースコードを各機種用にコンパイルして、バイナリコードを用意しておいてくれや」
「・・・どうして?」
「オテギネ、ジュズマル、宝船、翔太専用七福神リモートコントロール機は新開グループ製だからな。あーっと・・・だから新開グループの拡張通信フレームワークを搭載してる。ソースコードのまま展開すると、ルリタテハ王国の標準仕様でコンパイルされんだ。だけど、新開グループのフレームワーク用にコンパイルすれば最低でも1割、ソースコードによっては倍以上パフォーマンスが改善する。これからは、1割のパフォーマンス改善が、生死を分けるかも知れないからだぜ」
「仕方ない。コンパイルしておく」
「頼んだ。・・・あとよ。標準通信フレームワーク仕様書と汎用量子コンピューター入門書、宝船の汎用量子コンピューター上でのプログラム開発者権限を付与しておいた。興味があんなら使ってもイイぜ」
「・・・ありがと」
「話は終わったよね、アキトォ~」
「食事も終わったぜ」
「そうじゃないのっ。そう・・・」
「デザートは、前に千沙が作ってくれたコーヒー味のアイスが食べたいな。あれはホント美味かったぜ」
「・・・わかった。作ってくるから、ちょっと待っててね。それからアイスを食べる時は、読みながらはダメなの。わかった?」
コーヒー味のアイス自体はクックシスにも登録があり、千沙が手を加える必要もなく提供できる。
しかし、千沙は凍結する前のアイスの原料に、自身でブレンドしたコーヒーを加えている。しかもブレンドは苦みの強いものと、コクと香りの強いもの2種類用意し、2種類のアイスを作る。そうして出来上がったアイスをマーブル状に混ぜ合わせ、提供してくれるのだった。
「ああ。コーヒー味のアイス期待してるぜ」
千沙は跳ねるようにダイニングから飛び出していった。
「あなたって、見かけによらず悪人だわ」
「風姫ほどじゃないと思うけどな」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「ルリタテハの破壊魔ほどじゃないって意味だぜ」
2人は柔和な表情なのだが、口角が吊り上がった邪悪な微笑を浮かべていた。
翔太との嫌味な言い争いと異なり、アキトと風姫の口論は、軽口の類のものだった。そしてその軽口は、知ってか知らずか風姫をリラックスさせる効果があるようなのだ。
15分ほどして千沙が全員分のアイスと共に戻ってくると、しばらく穏やかな時間が流れていった。
甘味にはリラックス効果があるというが、リラックスしすぎている翔太が、何度も欠伸をかみ殺している。
「さて、と・・・僕は七福神リモートコントロール機器内で寝てるよ。敵襲以外では起こさないで欲しいかな」
そう言ってダイニングを退出しようとする翔太に、ゴウとアキト、千沙がそれぞの言葉で労いの言葉をかけた。
偶に、ふざけて戦闘しているのではないかと感じさせるが、今日の戦闘での最大の功労者は間違いなく翔太だった。翔太がいなければアキトの作戦は成り立たず、宝船は隠れる以外の選択肢を取りようがなかった。
「うむ、アキト。そろそろ始めるか」
「翔太もいなくなったしな」
「クックシスでコーヒーを用意するね」
始めるのは対TheWOCの作戦会議だった。アキトたちは、疲労困憊の翔太に負荷かけないよう配慮していた。翔太もそれを理解していて、デザートを食べ終えて直ぐにダイニングルームを後にしたのだった。
コーヒーの香り漂うダイニングルームで、ゴウとアキトが自分達の置かれている現状を認識するため意見を交わしていた。
「残念だったなぁー。出来れば嫌がらせしたかったぜ」
「まったくだ。叩けるときに叩くのが戦闘の基本だからな」
「結界の外だったからね~」
ゴウとアキトは撤退するTheWOCの機動戦闘団を追撃する気はなかった。しかし、嫌がらせをする気は満々であった。少しでも戦力を削りたかったからだ。
「うむ、ジュズマル2機は勿体なかった。・・・だが、結界外では偵察すらも危険なんだと戦力差を知れたのは収穫だったぞ」
結界外に布陣したTheWOCの第1即応機動戦闘団を偵察するため、ジュズマル2機が飛び出していった。しかし、結界外ではTheWOCの索敵網に引っ掛かり、即座に撃墜される破目となった。
「TheWOCに戦力差を誤認させとくためにも追撃が必要だったんだげけどよ・・・」
「余力ないのがバレちゃったね~」
「余力がないのは欺瞞情報だと勘違いさせられないかしら?」
アキトとゴウが真剣な表情で悩む。
1分ぐらいダイニングルームを沈黙が覆っていたが、ゴウが明るい表情で言い放つ。
「ふむ、ムリだ。それは諦めよう」
吹っ切れただけだった。
アキトたちは艦隊を率いて堂々と惑星ヒメジャノメに降り立ったのではなく、敵の目を掻い潜って侵入したのだ。TheWOCは、お宝屋の戦力が潤沢とは想定していなかっただろう。そして、それが今回の戦闘で、露呈してしまったのだ。
「戦力や兵器数の少なさより、やっぱり追撃できなかったのが痛かったな。今後の戦闘でTheWOCは能動的に動けるし、主導権を握られ続けるぜ」
すんなり撤退できると知られてしまった。今後は躊躇なく攻撃を仕掛けられる可能性がでてくる。・・・というか、仕掛けてくるだろう。
不利になれば直ぐに撤退すれば良く、何度も攻勢を仕掛け弱点を探る。弱点が見つけるまでは、アキトたちを休ませず疲労を蓄積させ消耗戦に引きずり込めるのだ。圧倒的な戦力差を活かした嫌がらせは、弱者には悪夢以外の何ものでもない。
「翔太の負担が増えることはあっても、減ることはないよね~。ゴウにぃ、アキト、どうするの?」
アキトとゴウの表情から思考を最大限に巡らせ、解決策を得ようとしているのが見て取れる。
翔太が出て行ってから聞いていた3人の会話に、史帆が感じていた違和感を思わず口にする。
「3人は本当にトレジャーハンター?」
「人型兵器”七福神”を搭載している時点で、トレジャーハンティングユニットではないわ」
トレジャーハンターが行く先で宇宙海賊と遭遇する可能性がある。無論、危険宙域と比較的安全な宙域が存在するので、安全な宙域のみでトレジャーハンティングするユニットもある。・・・というより、そちらが殆どなのだ。
当然お宝屋は少数の方に属している。それ故、宇宙海賊相手のささやかな戦闘対策のために武装していた。
しかし、ミルキーウェイギャラクシー軍との戦闘を経て、武装を充実させすぎた。それに、宝船に追加搭載した汎用量子コンピューターに、古代から現代までの戦略、作戦、戦術などの戦訓をデータベース化して登録されている。
最早トレジャーハンティングユニットと胸を張って言えないと、千沙自身が思っていたのだ。その千沙のセンシティブな思いに史帆と風姫は、土足で踏み込んだ。
「2人とも~・・・あたしはトレジャーハンターなの~。2人とも分かって言ってるよね? ねっ? ねっ? いい? あたしは、ト・レ・ジャー・ハ・ン・ター」
風姫と史帆は地雷を踏み抜いたと覚り、無言で頷くしかなかったのだ。
「私が一緒に行くわ!」
「却下だぜ」
「却下するの~」
「却下だぞ」
七福神ロボの武器弾薬の補給、機動戦闘団対策へと装備の変更。
結界内の索敵レーダー網の再構築。
大黒天が森に投下した宝袋の動作不良の原因究明と修理など、使用不可になった武器の再戦力化。
アキトが開発したオリハルコン通信装置に、史帆がデバッグおよび修正パッチを充てたソフトウェアをインストールする作業。
それら全てがアキトの双肩に掛かっているのだ。
何せ宝船にいるトレジャーハンターは、筋肉ダルマに、操縦特化に、普通のトレジャーハンターだけなのだ。宝船の乗組員としては、普通の恒星間宇宙船のエンジニアとマッドサイエンティスト、それにルリタテハの破壊魔が追加される。
誰も新開グループの技術に明るくない。
猫の手も借りたいアキトに貸せる手は、邪魔にしかならない手だけ・・・。
そこでアキトは手を借りるのを諦め、運転手兼周辺警戒要員を募集することにしたのだ。
「どうして却下なのかしら? あなた達にとって私の命の優先度は最下位なんでしょ・・・。それに私なら捕まってもルリタテハの王女だと身分を明かせば命まで取られたりしないわ」
「いいや、絶対に殺されるぜ。生かしておけねぇーからな」
軽い口調で物騒な物言いをしたアキトとは対照的に、ゴウは腕を組んで重々しく
「うむ、ヤツらは無法者なんだぞ」
「あのね・・・TheWOCって民主主義国連合の企業だから、王女を捕まえたことを絶対表に出さないと思うの~」
「私が言うのもなんだけど、ルリタテハ王国の王位継承権者って重要人物だと思うわ。どうかしら?」
「王女を拉致したことが世間に知れたら、TheWOCは糾弾され存続の危機に瀕するぞ。彼の国は人権問題に敏感だからな。非合法で王女を攫ってきたなんて事実は、隠蔽するしかない。簡単な隠蔽方法は、ここで殺害して、死体を捨てていくことだぞ。そしてルリタテハ政府から照会があっても、知らぬ存ぜぬで押し通すこと・・・。うむ、これが最善手だな」
「・・・いいわ。その時、あなたは私を見捨てていきなさい。私は・・・大丈夫だわ」
瞳を涙で滲ませ、悲痛な覚悟が風姫の声に含まれていた。ただ言葉の裏には、ルリタテハ王国の王家の誇りと自分の能力への自信が窺える。
「ん? 俺は仲間を見捨てたりしないぞ」
「はあぁあぁあっ? あなたは私を最下位だって言ったのよ。自分の命は自分で護れって・・・」
「なんだと?」
「海で私に言ったこと、もう忘れたのかしら?」
足手纏いと思われたのが、風姫のプライドを酷く傷つけていた。しかもゴウと戦い完敗して、心構えすら出来ていないと訓示されたのだ。
「ああ、なるほど! あのことか」
当然ゴウは覚えていた・・・というより、明らかに会話の流れを先読みしてたにもかかわらず、今さっき思い出したかのように、惚けた口調で相槌を打ったのだ。
「傲慢なお姫様は行間を読めないようだな。良いか、それは誤解だぞ。貴様こそ良く思い出すんだな。俺は、貴様の価値は最下位だと言ったのだ。ここで言う価値とは命の価値じゃない。サバイバルで役に立つかどうかだ。助けないとは、一言も口にしてないぞ。いいかっ! 俺は仲間を見捨てない。そして、お宝屋も仲間を見捨てたりしないっ!」
憎たらしいくらいの良い笑顔でゴウは応え、腕組みを解き右手でサムズアップした。
「俺はトレジャーハンターなんだっ! ・・・という訳でな、アキト。俺がトウカイキジを操縦するぞ」
「了解したぜ、ゴウ」
ゴウに返事しつつアキトは確信していた。
絶対に誤解させるような口調とシチュエーションで言い放ったに違いない・・・と。
「ちょっ、ちょっと待って! リーダーが最前線に赴くなんてあり得ないわ。死亡したら一体どうするのかしら? 指揮命令系統の再構築とか色々と困るでしょ」
「あのなぁー、風姫」
呆れかえった声を出したアキトが、自分たちの大前提を告げる。
「オレ達は軍隊じゃねー。トレジャーハンターなんだぜっ!」
人差し指を頤に添え、風姫は首を傾げた。
「・・・えーっと。それって・・・まったく意味が分からないわ」
「まず己が身を護り、安全を確保。次に危機の仲間を救出し、全員集合。最後に全員で確実に帰還する・・・。トレジャーハンターの格言」
史帆が口にした言葉こそ、風姫に察して欲しかった内容だった。しかし、トレジャーハンティング2回目・・・しかも、お客さん気分で見学しようとしてた風姫には知り得ないことだったなと、アキトは腑に落ちた。
「うむ、その通りだ。良くぞ知ってたな」
「トレジャーハンターのお客が多いから・・・」
「サッサと片付けに行こうぜ、ゴウ」
アキトとゴウは頭を危険地帯に赴くトレジャーハンターのもへと切り替えた。
不敵な面構えに、口角を軽く吊り上げたゴウの邪悪な笑顔は、アキトと千沙にとってはいつも通り。風姫と史帆にとっては、別人のように頼もしく見える。
稀にしか見れない、2人の高揚感と緊張感に溢れたトレジャーハンターとしての姿に、風姫達3人は見惚れてしまっていた。
「良し、行くぞ。アキトよ」
ゴウの掛け声とともにアキトは走り出そうとした瞬間、緊張感に欠ける翔太の眠そうな顔が壁面ディスプレイに映し出された。
『あれあれ、みんなまだ起きてるのかい? 僕は先に部屋で休ませて貰うけど・・・』
「ん・・・どうしてだ? 翔太」
「七福神リモートコントロール機内で休んでろや。今は待機中だぜ」
出鼻を挫かれたアキトの声には苛立ちが含まれていたが、そんなことを気にする翔太ではなく、マイペースに話を続ける。
『いやいや、もう必要ないさ。オープンチャネルの放送を聞いてなかったのかい?』
「どういうことかしら?」
『聞いてみればいいさ。じゃあぁー、お休み』
千沙が自分のコネクトを操作して、オープンチャネルを開く。さっきまで翔太が映っていたダイニングルームの壁面ディスプレイに、1人のルリタテハ王国の軍人の上半身が大写しになった。
「えっ・・・梶田提督!?」
《・・・系はルリタテハ王国の支配宙域であり、惑星ヒメジャノメはルリタテハ王国がテラフォーミングを実施したのである。ルリタテハ王国の識別コードを発していない船や兵器などは、一切の動きを禁ずる。動作しているところを発見した場合、警告せず直ちに破壊する。繰り返す。小官は、ルリタテハ王国王家直属第5艦隊指揮官の梶田である。再度、ヒメジャノメ星系の現状をしらせてやろう。今や・・・》
「知り合いか?」
「ええ、知っているわ。・・・でも王家直属の艦隊は、基本ルリタテハ星系に駐留しているはずなのに・・・」
アキトが風姫に問い質す。
「つまりは?」
「こんなに早く? どうやってヒメジャノメ星系に進軍できたのかしら?」
「そんな、今考えても分かんねーことは必要ないぜ」
「うむ、その通りだぞ。オープンチャネルで放送してる状況は、どうやら正しいのだろう。だが、それも映像に映っているヤツが本物かどうかによって判断は変わる」
「そうね・・・多分本人だわ」
ゴウは即判断を下し、全員に告げた。
「そうか、ならば良し。寝るぞ」
「ゴウにぃが本気だそうとする時って、大抵トラブルが終了しちゃうよね~」
「違うぜ、千沙。ゴウはトラブルに嫌われてんだ。羨ましい話だぜ」
トラブルに愛されているアキトは心底羨ましそうだった。
ゴウは千沙とアキトの会話を無視して指示を出す。
「千沙。索敵網は警戒モード、アラートは宝船内全フロア。それでは解散」
「うん、了解だよ。ゴウにぃ」
「あーっと、そうだな。寝ちまおうぜ」
「なんか気が抜けちゃったね~」
千沙はアキトに返事しながら、コネクト経由でゴウの指示を実行していた。
「これも皆、七福神の加護のおかげだぞ。やはりルリタテハ王国は七福神を神として認めるべきだ」
「オレもゴウの意見に一票入れるぜ。現ロボ神と知り合った後だと、七福神に御利益があると感じるしな」
アキトはルリタテハ王国唯一神であるジンを冒涜し、風姫の反応を窺ってみた。だが風姫は放心から再起動できずにいる。隣の席にいる史帆に視線を移してみると、彼女も同様であった。
「明日は、疲労が抜けた者からオペレーションルームに集合。疲れてるならムリする必要はないぞ。さあ、早く自分の部屋に戻れ」
全員に向け指示してる様を装い、ゴウは風姫と史帆に部屋へ戻るよう促していた。そうでもしないと、2人とも放心から睡眠へと移行しダイニングルームで朝を迎えそうであった。
「じゃあな、お休み」
アキトは就寝の挨拶をし、ダイニングルームを退出する。
その動きに釣られるように、風姫と史帆は部屋へと戻るため、ゆらりと立ち上がったのだ。