結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑧~
二時間後 病院 結人の病室
とある病室。 ここは、理玖が入院していた時と同じ病院だ。 そこには今、手術を終えた一人の少年が静かにベッドの上で横たわっている。 その隣には、一人の影が伸びていた。
カーテンが開いており光が窓から差し込む中、その少年は椅子に座って黙って彼の目覚めを待つ。
「結人くんのお母さん、今病院へ向かっているって」
突然背後からドアの開く音が聞こえ、それと同時に夜月の母の声が耳に届いてきた。
夜月はあの後大人を呼びに行き、救急車を呼んでもらった。 そして結人が運ばれるのを見送った後、その足で自分の家へと向かい母に報告。
結人が救急車で運ばれたと聞いた夜月の母は、急いで夜月を連れて病院まで駆け付けた。 そこで事態を把握し、慌てて結人の母に連絡を入れる。
そして――――今、この状況なのである。
「・・・夜月、大丈夫?」
「・・・」
先程から何も言葉を発さずベッドすらも直視できないでいる息子の背中を、母は優しくさすってくれた。 結人は頭から血を流しかなりの出血があったのだが、命に別状はない。
色々な検査を受けた結果そのような診断を得たのだが、肝心である結人はすぐには目を覚まさなかった。 夜月と母が彼の目覚めと、彼の母が到着するのを待っていると――――
「ユイ!」
突然病室のドアが開かれ、そこからは大きな声が聞こえてくる。 その声の持ち主である少年――――未来は、走ってきたのか呼吸がとても乱れていた。
「ユイ・・・。 酷いな。 理玖の次はユイかよ」
未来と悠斗は夜月の母から連絡を受け、病院まで駆け付けてくれたのだ。 ベッドの上で静かに眠っている結人を見た未来は、苦しそうな表情を浮かべながらそう口にする。
そして二人が訪れてから数分後、結人の母も病院へ到着した。 病室の中で息子を見ながら泣き崩れる結人の母を、夜月の母は廊下へと誘導し慰めの言葉をかけている。
その間、ここに子供たちだけが残された頃――――最後の少年も、結人の病室に姿を現した。
「結人・・・ッ!」
ノックもせず勝手に開かれたドアから、理玖のか細い声がみんなの耳に届く。
切なそうな声を聞いた夜月たちは、結人の方を向いたまま後ろへ振り向くことができなかった。
その理由は――――今の状況にとても苦しんでいる理玖の姿を、見たくなかったから。
「結人、結人・・・! 嘘だろ・・・ッ!? なぁ、結人はいつ目覚めるんだよ!」
理玖は数秒病室のドアの前で立ち止まった後、足早で結人のもとへと近付いた。
そして彼の手を握り締めながらその場に跪き、悲しそうな表情を浮かべて後ろにいる仲間に問いかける。
「・・・いつ目覚めるのかは、分からないって」
未来が気まずそうに答えると、再び理玖は顔を結人の方へ戻し徐々に涙を浮かべていった。
「結人、起きろよ・・・! 目を開けてくれよ! いつもみたいに、僕たちの前で笑ってくれよ! なぁ頼むよ、頼むからぁ・・・ッ!」
結人の母と同様、叫びながら泣き崩れている彼の姿を見ていられなくなったのか、未来は視線を夜月へ向け言葉を投げかける。
「夜月が、ユイを発見したんだろ? ユイの様子はどうだった?」
夜月はその問いに対し、なおも椅子に座りながら静かにこう答えた。
「あまり、憶えてはいないけど・・・。 頭から血を流していたのは、確かだ」
「頭から、血か・・・。 やっぱり酷いな」
続けて、悠斗も尋ねかける。
「それは事故なの? それとも、誰かがわざとやったの?」
「それは分からない」
その問いには、キッパリと夜月はそう答えた。
「結人ぉ・・・!」
未来と悠斗が混乱を起こしている中、理玖はただ一人、この病室で泣き続ける。 だが夜月は、そんな彼の姿を見ても何も思わなかった。 寧ろ、これでよかったと思っている。
結人が目覚めたとしても入院生活はまだ続くため、夜月たちがこの病院へ来ない限り理玖は結人と会うことはない。 つまり二人は、しばらくの間離れることになる。
だから夜月は――――このまま“色折は目覚めなければいい”と、そう思っていた。
翌日 学校
結人がいなくても、日常は何も変わらない。 夜月のクラスには、理玖、未来、悠斗もいないため、尚更変わりがなかった。
ただ一つ変わったのは――――結人の席が一つだけポツンと、寂しく空いているだけ。
「夜月! 一人でつまらないだろうから、来てやったぜ」
授業が終わり休み時間に入って早々、後ろの扉から理玖が元気よく顔を出す。 そして堂々と夜月のいる教室へ入ってくると、結人の席を寂しそうな目で見つめた。
「・・・やっぱり、結人がいないと何かつまらないな」
理玖は昨日、あの後ひたすら泣き続け、ずっと家でも泣いていたらしい。
今は無理に笑顔を作っているが、目が真っ赤に腫れていることから昨日は泣きまくったのだと見て分かる。
それに彼は『結人がいないとつまらない』などと言っているが、夜月はそうは思わなかった。 そう思っているのは理玖だけ。
結人は結局昨日中には目覚めなく、一日が何事もなかったかのように終わってしまった。
今日の放課後、理玖は『結人の見舞いへ行く』と言っていたが、それに関しても夜月は何も思わない。 学校に結人がいて理玖と関わっていなければ、それだけでよかった。
「夜月ー! 寂しがっているだろうから、来てやった・・・って、理玖も来ていたのか」
理玖と同じように登場してきた、未来と悠斗。 少しでも場の空気を明るくしようと、理玖も未来も無理していた。 それに未来はそう言うが、夜月は別に寂しくはない。
今いるメンバー――――夜月、理玖、未来、悠斗。 この4人でいる方が、断然気が楽だった。
結人がいなくても本当に何も変わらず、再び4人での生活が始まると思うと――――夜月は、素直に嬉しくてたまらなかった。
放課後
夜月も本当は学校が終わった後結人の見舞いへ付いていこうとしたのだが、急に予定が入り理玖たちに断った。
ちなみに夜月は結人の見舞いへ行くことに関しても、何も思っていない。 本当は会いたくはないが“生存確認くらいはしてもいいだろう”と思っていた。
だが今日は放課後、ある一人の少年に呼び出され見舞いには行けなくなってしまう。 だから理玖たちと別れた後、指定された場所へと足を向かわせた。
そこへ着くと、そこには夜月を呼んだ少年は既に着いており、こちらを楽しそうな顔で見つめている。
「色折結人くん・・・だっけ? 昨日、理玖から聞いたぜ。 怪我をして、病院へ運ばれたんだってな」
「・・・」
そして――――
「・・・よかったじゃねぇか」
「ッ・・・」
憎たらしい程の笑顔で放たれた言葉に、嫌気が差し耐えるように歯を食いしばった。
だがその少しの反応を見逃さなかった少年――――琉樹は、更に夜月を追い込むような発言をわざと口にする。
「あれ? 夜月、喜ばないのか?」
―――黙れ・・・。
「夜月、結人くんを嫌っていなかったっけ」
―――黙れよ・・・ッ!
夜月のことを嘲笑うようにして放たれた言葉に、徐々に怒りを覚えていった。 だがここで抵抗しても、何も変わらない。
そのことを知っていたため、無理に感情を抑え込み冷静さを何とか持ち堪えていた。
一方琉樹は何も反論してこない夜月を見てつまらないと思ったのか、急に冷たい表情になりいつもの言葉を流すように口にする。
「まぁいいや。 それじゃあ夜月、早速仕事だ」
これも変わらない。 思っていた通り、結人をあんな酷い目に遭わせてもこの日常は変わらなかった。 今日もまた、夜月は苦しい思いをする。
一方結人は、本当にすぐには目覚めなく――――1日、2日、3日――――そして、一週間、二週間――――更には一ヶ月以上経っても、彼は目覚めなかった。