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結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑦~




夏休み後 朝 学校


毎朝結人は、一人で登校している。 いつも一緒に帰っている理玖たちとは、家を出る時間が違い合わないのだ。
比較的に朝が苦手ではない結人は、みんなよりも少し早めに登校していた。
―――今日こそ、夜月くんに自ら話しかけて仲よくならないと。
気を引き締め、教室のドアを開く。 だが当然、その中には夜月の姿はない。 そこで一度自分の席へ着き、荷物の整理をすることにした。
そして“そろそろ夜月くんが来る時間だ”と思った結人は、その場に立ち上がり彼の席へと視線を向ける。 が――――

―――・・・あれ?
―――夜月くんは?

確かに思った通り、夜月は学校に来ていた。 だが彼の席は、机の上に夜月のものであろうランドセルが置かれているだけで、夜月本人の姿はない。
“これでは自ら夜月くんに話しかけられない”と思っていた、その瞬間――――
「色折」
「ッ!」
突然近くから名を呼ばれ、声が聞こえた黒板の方へと視線を移す。 そこに、夜月が一人で立っている姿が目に入った。
「・・・夜月、くん?」
夜月から声をかけられ嬉しく思う反面、彼の表情から懸念の感情も抱いていく。
「今日学校が終わったら、帰り道で通っている道の先にある、小さな公園。 そこにある倉庫の裏まで来い」
「え?」
珍しく夜月から話しかけられ何を言われるのかと期待に胸を膨らませていたが、突然言われた謎の誘いに戸惑った。
「分かったな。 絶対に守れよ」
「・・・う、うん」
結人のことを軽く睨み付けそう言い放った後、この場から去ろうとする。 が――――
「夜月! 結人!」
突然、結人たちの間に理玖が走って割り込んできた。
「ねぇ、二人で何を話していたの?」
身を乗り出し楽しそうに聞いてくる彼に、冷たく言葉を返す。
「理玖。 悪いけど、今日は俺と色折二人で帰るから」
「え?」
質問を無視しそう口にした夜月は、理玖の返事も聞かずにこの場から離れていった。 
そそくさと行ってしまい“これ以上夜月に話を聞くのは無理だ”と思ったのか、今度はここに残っている結人に話を振ってみる。
「結人、今日は二人でどこかへ行くの?」
「いや・・・」
「でも、二人で話すのは珍しいね。 邪魔しちゃったかな。 で、何を話していたの?」
「・・・いや。 大した話じゃないよ」
結人は理玖に心配をかけないよう、不安な気持ちを抱きつつも笑って言葉を返した。





放課後 教室


今日は夏休みが終わってからの一日目の登校。 だから授業は始業式と夏休みの宿題の提出が主で、学校は午前中に終わった。
帰りの会が終わり結人はランドセルを持って夜月のもとへ行こうとすると、彼は一人で教室から出て行ってしまう。
―――・・・やっぱり、一緒には帰らないんだ。
結人はランドセルを背負い、仕方なく一人で教室から出た。 そして、夜月に言われた場所へと足を運ぶ。 

彼に指定された場所――――倉庫の裏。 当然人は誰もいなく、手入れもあまりされていないこの公園は、とても汚く不気味な雰囲気を漂わせていた。
―――夜月くんは・・・まだ来ていないのか。
夜月は結人よりも先に教室から出て行ったのに、まだ到着していない。 そのことに少し疑問を抱きつつも、大人しく彼の到着を待った。 
この時の結人は、この先何が起こるのか――――当然、全く知る由もない。





数分前 帰り道


夜月は帰りの会が終わった後、結人に指定した場所へ行く前に少し寄り道をしていた。 今にでもはち切れそうなこの思いを無理に押し殺し、一歩ずつ足を前へ進めていく。
夜月はこの日――――ある決意をしていた。 

もう耐えられない。 理玖たちの前では平然としていて、陰では琉樹にいじめられている。 このサイクルに、ついに耐えられなくなった。 身体も心も、既にボロボロだ。 
こうなったのも全て――――色折結人のせい。 彼がいなければ、自分はこんな酷い目に遭うことはなかった。 
こんなことをしても、何も現状は変わらないということは分かっている。 それでも、彼を許せなかった。 

そう――――夜月は、結人を“俺たちの前から消そう”と、決意してしまったのだ。

―――俺は何も悪くない。
―――悪く・・・ないんだ。
夜月はあるモノを持ち、結人のいる倉庫の裏へと足を進める。 そして目的である場所へ着くと、持ってきたモノを近くに隠した。 
「・・・あ、夜月くん!」
背負っていたランドセルも一緒の場所に置き、何も持たずに姿を現す。 結人は夜月の存在に気付くと、すぐさまこちらへと近寄ってきた。
「どうしたの? こんなところに呼び出して」
「・・・」
ランドセルを背負ったまま、紐を掴んで言葉を発する。
「それに最近、夜月くんはいつも長袖だよね。 どうして? 夏休みの後半も、理玖たちとはあまり一緒にいなかったし」
何も返事をしない夜月に、結人は言葉をかけ続けた。 そして――――俯いたまま、冷たい一言を彼に向かって言い放つ。
「・・・俺のこと、何も知らないんだな」
「え?」
あまりにも小さな声で聞き取れなかったのか、結人は少し身を乗り出し聞き返してきた。 ここで夜月は、少し声を大きくして質問を投げかける。
「お前は・・・俺たちと一緒にいて、楽しいか?」
「え・・・。 う、うん。 楽しいよ?」
突然の問いに戸惑いながらも、慌てて返してきた。 そして更に、質問を投げかける。
「じゃあ、俺たちと出会えてよかったと思っているか?」
「あ・・・。 うん。 思っているよ」
その返事を聞くと、夜月は悔しくなり歯を食いしばった。 そして徐々に、拳が強く握られていく。

―――くッ、どうしてお前だけ・・・!

そこで、大きな声で次の一言を結人に向かって言い放った。
「でも俺はよかったと思わない!」
「・・・」
相手を少しビビらせるために放った一言だったが、彼はビクリともせず、何も反論してこない。 そんな行為により嫌気が差し、更に拳を握り締める。
―――何だよ・・・驚かないのかよ。
―――色折は俺がそう言うと、最初から思っていたのか。
そして夜月は、震える声で少年に向かって訴えた。
「俺は、お前のせいで・・・苦しくて酷い目に、遭うことになったんだ」
その言葉に対し、結人は素直な気持ちを口にする。
「え・・・。 どうして? 何か、あったの?」
彼は心配してくれた。 いつも冷たい態度をとっているのに、結人は夜月のことを心配してくれていた。 だがそれだけでは、夜月の機嫌はよくならない。 
逆にその言葉が、反感を買ったのだ。 夜月は結人に向かって、力強い言葉で訴え続ける。

「どうしてお前は理玖たちの前では笑っていて、俺だけ酷い目に遭わされなきゃなんねぇんだよ・・・! 不公平だろ!」

「ッ・・・」

突然放たれた発言に、彼は少しビクリと動いた。 だがそんなことには構わず、更に言葉を続けていく。
「お前が、俺たちの前に姿を現さなければよかったんだ。 ・・・前にも言ったが、お前がいなければ理玖は事故に遭わず済んだし、俺もこんな酷い目に遭わされず済んだ。
 だから俺はお前を・・・許さない」
そう言い捨てた後、先程隠したあるモノを取りに行った。 そして再び、少年の目の前に立つ。 すると結人は夜月が手にしているモノを見て、驚きのあまり目を丸くした。
「夜月、くん・・・!」
夜月が今手に持っているのは――――錆びていて、小学生にとってはとても大きな鉄パイプだった。 結人はそれを見るなり危険を察し、一歩後ろへ下がる。
だがそんな彼を逃がすまいと、夜月は徐々に距離を詰めていった。

「お前と俺たちは・・・出会わない方がよかった」

「夜月、くん・・・。 何をする気?」
一歩、更に一歩。 夜月は結人のことを何の感情も持たない冷たい眼差しのまま、じっと見つめている。 
それに対し結人は直視することができず、夜月が手にしている鉄パイプだけをじっと見つめていた。

「だから今から・・・お前のことを、なかったことにしてやる」

「夜月くん・・・止めて!」
結人は思わず大きな声で叫んだ。 だけど夜月の耳には何も届いてこず、怯えている彼にはお構いなしに鉄パイプを両手で振り上げた。

「お前がいつも俺たちに見せていた笑顔は、嘘の笑顔だったって最初から気付いていたさ」

そして――――

「この、偽善者ッ!」

―ドゴッ。

その瞬間、この小さな公園には――――低くて鈍い音が、響き渡る。


―ハッ。

夜月は手に力を込めたまま、ゆっくりと目を開けた。 そして握っている鉄パイプを見てみると、その先には少量の血が付いているのが目に入る。
―――まさ、か・・・。
恐る恐る、視線をその先にあるものへと移した。 そして――――
「お、俺が・・・色折を・・・ッ!」
少年を殴り終えた後、やっと正気に戻った夜月。 今目の前で起きている光景を見て、徐々に感情が乱れ出す。 

目線の先には――――頭からどくどくと血を流している結人が、ぐったりと倒れ伏せていたのだ。

だがこんなところでただ突っ立っていても何も事態は変わらないと思い、冷静にこの後の対処の仕方を考えた。
―――そ、そうだ・・・早く、救急車を・・・!
―――誰か、誰か大人を呼びに・・・!
大人に助けを求めた方がいいと判断した夜月は、鉄パイプを近くに放り投げ走ってこの場から去っていく。 

この後――――近くにいた大人に助けを求め、結人は救急車で病院へと運ばれていった。


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