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第9章 惑星コムラサキ

 アキトは惑星コムラサキの大地にいた。そこは、森の近くの広い草原だった。
 ジンと共に練り直した作戦計画通りの日程で、惑星コムラサキに到着したのだ。
 トレジャーハンティングならば、計画作成能力と計画実行能力に自信がある。当然の結果と胸を張って、計画通りと言い切りたかった。しかし、とても計画通りではない状況だった。
 惑星コムラサキの大気圏に突入1時間前。
 コムラサキの2つの衛星の1つから、突如として正体不明の宇宙戦艦3隻が現れたのだ。
 しかも、問答無用でレーザーとミサイルを発射してきた。
 突入準備でライコウの操縦席に座っていたアキトは、サムライの訓練でジンに教えられていた通り、敵艦の下方に向かって回避した。
 しかし、それは大気圏突入コースとは言い難く、地面墜落コースというべきだった。
 上空からのレーザー光線の強烈な瞬きが、戦闘の苛烈さを感じさせる。だがアキトには、そのことに神経を割く余裕が全くなかった。
 墜落を阻止するために機体を立て直すどころか、誘導ミサイルから逃れるために墜落コースに入っているライコウを、更に加速させねばならなかった。
 誘導ミサイルがライコウの近辺で次々と爆発する。主エンジン関連のどこかに被弾したようで出力が半分以下に落ちた。
 そんな修羅場の真っ最中に、オープンチャンネルでユキヒョウからの声が届く。
『アキト。武運を祈る。敵戦艦を撃沈してから、我らが汝を拾いに行ってやろう』
『アキト・・・大丈夫かしら? 心配だわ』
 心配してるなら、もっと不安気な声を出してもイイだろうに・・・。台詞が棒読みすぎる。
『仮にも彼はトレジャーハンターですから大丈夫でしょう』
『拾い食いとかしないかしら?』
 大蛇のミディアムレアを食べて死にそうになった事を、3人に話してしまったのは大失敗だったぜ。
 しかし、過去を振り返っている暇など全く存在しない。
『ああ、それは心配ですね。注意しておきましょう』
 アキトは”そんな事は心配するな!”と抗議したかったが、声を出す余裕がない。
『アキト君、いいですか、拾い食いは駄目ですよ』
 敵宇宙戦艦からの誘導ミサイル第2波が、ライコウを襲撃する。その所為でライコウは、錐揉み状態になり、惑星コムラサキの墜落コースを順調進んでいった。
 そんな惨憺たる有様のアキトに対して、またもや緊張感の欠片もない風姫の声が聞こえる。
『それに、迷子にならないか心配だわ』
 アンタはオレの保護者かよ!
 それなら助けてください!
 ライコウは、既に誘導ミサイルから逃れようとしているのか、墜落寸前の飛行なのか分からない状況に陥っていた。
『そうです、アキト君。君は落ち着きがないから、余計なことをしないで、動かないで待っているべきです。それと・・・』
 通信機が壊れたらしく音声が途切れた。
 直撃は避けられたが、ライコウの傍で爆発したミサイルの所為で、破壊されていないブロックを探す方が難しい。
 こうして、なんとかアキトは惑星コムラサキへと辿り着いたのだ。
 海に落ちなかっただけ幸運だったのだろう。
 そもそも、危険と分かっているコムラサキ星系に来なければ良かったのだという思いが、瞬間的に頭の中を過る。しかし、全力で目を逸らすことにした。
 まず計画書のハンティング作業工程表に、惑星コムラサキに拠点確保作業の進捗率を100パーセントで登録した。
 そう現実逃避だ。いつもの作業を実施することで、アキトは精神安定をはかる。
 これがトレジャーハンティングだったら、どんなトラブルでも対処可能との自信がある。だが宇宙戦艦との戦闘は、完全にオレの手に余る。
 宇宙戦艦3隻を相手に、ユキヒョウはどうなっただろうか?
 普通に考えて、生き残れると考えるのは希望的観測だろう。だが、こちらの墜落中でユキヒョウが敵戦艦と砲火を交えている最中に余裕のある通信が入ってきていた。
 風姫と彩香は、こっちの心配をしていた。
 極め付けにジンの声色は、明るく嬉しそうだった。
 それにしても、普通は撃墜されないかと心配するべきなのに、惑星での生活面を不安視していた。ヤツらに常識はないのか?
 今の状況を改善するため、アキトはルリタテハ神に誓っておこう。
「今度から、わりかしマジでルリタテハ神様を信仰します。この契約を破棄するとは言いませんので、今後彼女らに関わらない人生を歩ませてください。いくら妖精姫のような美少女で、オレのど真ん中の好みで、最先端技術を持っていても、命あってこそ。しかもオレの人生の目的から逸れすぎます。ルリタテハ神様の像にお会いしましたら、必ず祈りを捧げます」
 口に出しては、それなりに殊勝なことを言ってみたが、実は完全に口だけだ。運の悪い時に、以前冗談でやってみて幸運が舞い込んできた。
 とりあえず、ゲン担ぎでしてみただけだった。
 自分が自由を捧げてしまったと気付くのは、ヒメシロ星系に戻る途中でのことだった。
 トレジャーハンターには”命あるならトレジャーハンティング”という標語ある。恒星間宇宙船が故障で帰れない時など、救助がやって来るまでトレジャーハンティングをしていようという意味である。
 重力元素開発機構がトレジャーハンターの行く先を管理している。むろん行き先を登録せずに活動しているトレジャーハンターもいる。しかし一人でトレジャーハンターしているアキトは、行く先を毎回登録をしている。
 2ヶ月以上連絡がなければ、重力元素開発機構が救助船をだすか、行く先の同じトレジャーハンターに救助依頼するようになっている。
 通信機を含めた機体の損傷は激しいが、補助動力炉と補助エンジンが無事だった。それに、水も食料も十分に積んである。
「さて、トレジャーハンティングの時間だ」
 ライコウ周辺での数週間のキャンプを覚悟したアキトは、まず重力元素の鉱床を探すことにしたのだ。そう、アキトは悪い意味でトレジャーハンターとして染まり切っていた。
 冷静に考えれば、命の危険があるなら行動を控えるか、安全を確保するよう立ち回るべきだ。惑星コムラサキの衛星から正体不明の宇宙戦艦が現れたのだ。惑星上にも当然、正体不明の敵がいると考えるべきだった。
 しかも惑星コムラサキは水と空気があり、重力が1Gより10パーセント強いだけの地球型惑星だ。
 アキトは重力元素鉱床の下調べという名目で、思う存分に新しいカミカゼ水龍カスタムモデルの性能を試すために疾走させる。

「腹減った・・・」
 アキトは森の繁みにうつ伏せの態勢で隠れ、クールグラスの望遠機能を使用している。視線の先にはグリーンのユニフォームの一団が岩場で作業をしている。ヤツらはトレジャーハンティングユニット”グリーンスター”の連中だ。
「はい、特製ジャーキーだよ」
 アキトは無意識に左掌を声の聴こえた方に差し出す。受け取り「サンキュ」と答え、手に置かれた棒状のジャーキーを3分の1ほど噛み切る。
 その間も視線をグリーンスターの作業から眼を離さない。
「そうそう。今日の夕飯は、千沙特製のカレーの予定だよ」
 それは、アキトの聴覚に聞き慣れたソフトな声の囁きだった。
 千沙のカレーは口に入れた途端、爽やかな辛みが舌から脳髄にかけ、次に甘味が口の中全体に広がる。”今度会う時、隠し味は何かを訊いてみようかな?”と思考を巡らせ、今から食事が楽しみになっていた。
 アキトは何気なく呟く。
「そうか。やっぱ、惑星キャンプにはカレーだな」
「ああ。ところで、何でアキトは隠れているんだい?」
「なんでって、それは・・・」
 あまりにも自然に話しかけられ。しかも2ヶ月前まで慣れ親しんでいた感覚に、感受性がマヒしていたようだった。左横に顔を向けると、アキトと同じような姿勢でグリーンスターの連中に視線を向けた翔太がいた。
 思わず大声を出しそうになったが、ムリヤリ唇で止める。そして、刺々しい口調で翔太を詰問する。
「おい、なんで テメーがいるんだ?」
「アキトは相変わらず失礼だな」
「そ・ん・な・ことはどうでもいい! 何で、ここにいるんだ?」
 翔太は顔をアキトに向け、不思議そうな表情を浮かべる。
「何でって、君がコムラサキ星系にトレジャーハンティングしに行くと聞きつけたから、手伝いに来たんじゃないか」
「手伝いだと?・・・ 横取りの間違いじゃねーのか?」
「ああ、ちょっと言葉を変えるとそうなるよ」
「意味が丸ごと違ってんだろ!」
 翔太の台詞に殺意を覚えつつも、アキトは別の質問をしてみる。
「そういや、所属不明の宇宙戦艦に襲われなかったか?」
「そうそう。なんか、宇宙戦艦2隻とユキヒョウって宇宙船が戦闘していたんだよ」
「その隙にコムラサキにきたのか・・・」
 なるほど、少し考え込もうとした矢先に、驚きの事実を告白される。
「いやいや、ゴウ兄がね。ルリタテハ船籍を助けなくて何がトレジャーハンターかって叫んで、レーザーを宇宙戦艦に向けて発射したんだ」
 何となく展開が読めてきた。宝屋3兄弟との生活で身に着いた我慢強さを発揮して、とりあえず最後まで訊くために、話を促す。
「それで?」
「そうそう。そしたら、なんと、宇宙戦艦がレーザーとミサイルを発射してきたんだ。僕たちは、ただの民間人なのに・・・。酷い話だよ」
 他人事のような言い方に、アキトの堪忍袋の緒が切れる。
「撃ってくんのは、当たり前だ! テメーらが先に撃ったんだろうが!!」
「まあまあ、見解の相違さ。興奮すると冷静な判断ができなくなるよ」
 心の声で”テメーのようにのんびりしていたら、命が幾つあっても足りるか”と罵倒しながらも、冷静に優先確認事項を検討する。まずはトラブルの元凶となることで彼の右に出る者はいないというゴウの所在を確認しておかねば・・・。
 アキトは気持ちを落ち着け、翔太に質問する。
「それで、無謀にも宇宙戦艦に戦いを挑んだゴウは、どこに居るんだ?」
「なんだかんだ言っても、やっぱり会いたいのかい?」
「んな訳あるか!!」
 落ち着いた気持ちが一瞬で霧散した。
「まあまあ」
 翔太は両手を突き出し興奮したアキトを宥め、顔を横に向けると、気楽な口調で答える。
「あそこにいるよ」
 翔太の視線の先にいるゴウを見つけると、アキトは眼を剥いた。
 ただでさえ大きく目立つ体なのに、繁みも何もない砂利道を暢気に歩いている。しかもグリーンスターの連中に向かって・・・。
 追い打ちをかけるように、翔太が惚けた台詞を続ける。
「なんか、知り合いがいたから、挨拶しに行くって言ってたね」
 心の中でゴウを罵倒しながら、カミカゼ水龍カスタムモデルを疾走させた。彼の前へと回り込むと、ゴウは暢気な口調でアキトに話しかけてくる。
「おう、アキト。やはり、お宝屋に戻りたくなったようだな。ちょっと待っててくれ、知り合いに挨拶しにきたんだ。待遇については宝船に帰ってから話し・・・」
「い・い・から乗れ。命がかかってんだ」
 アキトの本気の声に反応し、筋肉ダルマの外見には似合わぬ俊敏さでゴウはトライアングル左側のオリハルコンボードの上に飛び乗った。それと同時にアキトはカミカゼ水龍カスタムモデルの最大加速で走らせる。
 眼の端に、グリーンスターの連中が慌ただしく動いている姿が映る。どうやら見つかったらしい。というか、あんなに目立っていたゴウを発見できないなら、歩哨の意味はない。
 アキトは翔太のいる繁みに急制動をかけつつ飛び込む。
「翔太!!」
 止まっていないカミカゼのオリハルコンボードに翔太が、フワリと飛び乗る。
 普段の適当さと違い、アキトが真剣になると、それなりに動いてくれるお宝屋ブラザーズである。ただ、後ろのオリハルコンボードの両方に男を乗せると、流石に暑苦しい。
 後ろの席に風姫が座った時のことを突如思い起こし、虚しさに襲われる。だが、今はそんな場合じゃない。無理やり気合を入れ直して、カミカゼを最大加速で疾駆させる。
「宝船はどこだ?」
 アキトの質問に驚く回答が返ってくる。
「ふっはっはっははーー。俺たちはライコウの隣に着地させてやったぞ」
「なんでだ?」
「いやいや、何でじゃないよ。僕たちが君に会いたかったからさ」
 二人ともこの上なく良い笑顔であることは、視なくとも手にとるように分かる。だが、訊きたいのは、そこじゃない。
「そうじゃねー。なんでライコウの場所がわかった」
 束の間、周りの景色以外にも沈黙が流れる。
 翔太が口を開く。
「ああ。そうそう、ゴウ兄の勘は冴えていてね」
「それより、アキトよ。命がかかっているとは、どういうことだ?」
 翔太の嘘くさい言い訳に、ゴウの白々しい話題転換を苦々しく思ったが、今は時間が惜しい。
「グリーンスターは敵だぜ。何せ、モーモーランドと組んでやがる。目的はオリハルコン鉱床か、ルリタテハのGE計測分析技術あたりじゃねーか」
「モーモーランド? それは新しい遊園惑星の運営会社か何かかい?」
 相変わらず的外れな翔太の推理だった。その推理をアキトは一刀両断する。
「ミルキーウェイギャラクシーだ」
「牛乳国家だと? アキトよ、証拠はあるんだろうな?」
 牛乳国家、またはモーモーランド。
 正式名称は『ミルキーウェイギャラクシー帝国』である。
 ミルキーウェイギャラクシーは独裁国家であり、市民の生活より明らかに貴族優先の国家である。それゆえ国内の経済格差は大きく、市民は常に不満を抱えている。その不満を圧政で封じ込める為、軍事力を充実させている。
 そして自国の利益、というより貴族の利益の為なら、ルリタテハ王国や民主主義国連合との戦争を厭わない。兵士は庶民であり、消耗品と考えているからだ。
「さっきの場所は、重力元素鉱床だ。そこにミルキーウェイギャラクシーの軍隊が出入りしてやがった。それとな、こっから北東300キロ先に奴らの基地があるぜ」
 今より5時間前、アキトは簡易版のGE計測分析機器で、グリーンスターのいる重力元素鉱床を発見した。実はその時、ゴウと同様、顔見知りのヤツに挨拶しようとしていたのだった。つまりアキトもゴウと同じく、罵倒されるべき間抜けに分類されるべきだろう。
 しかしアキトは、ミルキーウェイギャラクシーの国旗と軍旗が描かれた軍用輸送機が、こちらに飛行してくるのを偶然にも眼にしていたのだ。
 それで慌てて森の繁みにカミカゼごと突っ込んだのだが、音を立て木々を揺らした雑な隠れ方だった。だが軍用輸送機の音の方が遥かに大きく、グリーンスターの連中には気づかれなかったようだ。
 当然だが挨拶を放棄して、軍用輸送機の飛んできた方角にカミカゼを慎重に走らせた。すると、ミルキーウェイギャラクシーの基地を発見したのだった。
 発見したのはいいが、どうすべきかのアイデアが全く浮かばない。そのまま重力元素鉱床に戻り、グリーンスターの連中を監視していたのだった。
 そういう訳なので、実はゴウに対して強く言えるような行動をとっていなかったのだ。それでも”相手が知らなければ別に構わない”との判断が、アキトのさっきの言動に繋がったのだ。
「まて、アキトよ。それだけでは判断できんな」
 普段は即断即決で、率先して無理無茶無謀な行動を実行するのに、こんな時にだけ慎重でもっともな発言をしたゴウをアキトは苦々しく思う。
 アキトは吼えるように大声をだす。
「後ろ見てみろよ。グリーンスターの連中、どうみても友好的じゃねーぜ」
 ゴウと翔太はクールグラスをかけて、後ろをみる。
 追ってきているのはオリビーが5台。それぞれのオリビーにレールガン1門とレーザー2門が装備されていた。
「ゴウ、武器はねーのか?」
「宝船にレーザーが2門あるのは知ってるだろ」
「今だよ、今。それに前から訊きたかったんだけどな? なんでトレジャーハンターの宇宙船にレーザーがついてんだ?」
「発射するからだろ」
 ゴウのバカにした口調にイラつきながらも、アキトは言葉を返す。
「必要ねーだろが!」
「さっき使ってきたばかりだ」
 ゴウが胸を張って答えた。
 アキトは二の句が継げなかった。
「いやいや、ゴウ兄。アキトが訊きたかったのは違うことだよ」
 さすがだ。筋肉ダルマより、知性がある。
 ゴウと翔太が本当に血の繋がった兄弟とは思えない。
「なんで2門しかついていないのか? ということさ」
 やっぱり翔太は、ゴウと血の繋がった兄弟だ。
「予算の都合でな。今度はミサイルを発射口を設けようと考えてる。無論、誘導ミサイルを連続発射できる仕様にするぞ」
 怒鳴りつけようとしたが、それより早くグリーンスターのオリビーが発砲してきた。
 すかさず、有無を言わせぬゴウの指示が、アキトに飛ぶ。
「10時の方向。下に突っ込め」
「了解」
 そこは森と森の狭間だったが、アキトは躊躇せずカミカゼを突入させた。
 タイトな操縦を余儀なくされているが、ゴウの考えを聞くべく、アキトは口を開く。
「次はどうすんだ?」
「コムラサキにも桜が咲くんだな。アキト、風流じゃないか」
 花を愛でるのも、風流を嗜むのもTPOを考えてほしい。ゴウに期待するのはムリなのか?
 アキトが文句を言おうと口を開こうとした時、カミカゼの巻き起こす風の所為で咲き誇る桜の木々から大量の花びらが舞った。
 ゴウの狙いはグリーンスターの視界からカミカゼを隠すこと、そして・・・。
「アキト、そろそろ僕にも操縦させてくれないか? いい加減オリハルコンボードの上に乗っているのは、つまらなくてね」
 翔太は顔の良さと調子の良さだけが取り柄・・・ではない。あらゆるマシンを操れる・・・だけでない。トライアングルのレースに出場したら、おそらくルリタテハ王国最速の天才ドライバーだ。
 非常に悔しいが、翔太に操縦を譲ることにする。
 カミカゼ水龍カスタムモデルの最高速をもって、グリーンスターから逃れる。それが攻撃手段のない現状では、生き残る確率を高くする最適な手段だ。
 舞い散る桜の木の下でグリーンスターの眼から逃れつつ、素早く予備のケーブルをカミカゼから引き出し翔太に渡す。
「始めてくれていいよ」
 適合率99パーセント。翔太が、どんなマシンでも操れるといわれている所以である才能の一つ”マルチアジャスト”だ。
 アキトは適合率の結果に文句を付けたくなった。だが、そんな場合でもないので、操縦席を翔太に譲り、操縦権限の変更を実行する。
 翔太が操縦するカミカゼ水龍カスタムモデルは、アキトの時より滑らかに動作している。
 オレのマシンなのに、翔太の方が高速で操縦できのには、釈然としない気持ちだった。
 アキトは憮然とした表情を浮かべながらも、グリーンスターの追跡から逃れられたことに、安堵の吐息をついた。

 独裁国家”ミルキーウェイギャラクシー”所属のブラックシープは、極秘任務を主とした作戦用に開発されたスペースバトルシップ・・・宇宙戦艦である。それゆえ、ミルキーウェイギャラクシー正規軍の主力スペースバトルシップとは設計思想が異なっていた。
 通常、スペースバトルシップの戦場は宇宙空間に限定されていて、大気圏のある惑星を攻略する際は別途、揚陸艦から構成される艦隊を大気圏に突入させる。しかしブラックシープは、大気圏突入と大気圏脱出可能なスペースバトルシップなのだ。
 そのため突起物を極力排除していて、レーザービームの砲台は格納式、ミサイルは発射口をカバーするようになっている。
 オセロット王国では”サムライ”と呼ばれている人型兵器は、ミルキーウェイギャラクシーでは”コスモナイト”という。
 しブラックシープはコスモナイト搭載数を絞り分析機を優先して格納している。そのため戦闘力は、主力スペースバトルシップの7割ほどといわれている。
 だからといって、トレジャーハンティング用の宇宙船の討伐など、ブラックシープを出すまでもない。
「小バエ一匹始末するのに鷹を出撃させるのはオーバーですな。それに相応しい戦力で当たるべきと小官は愚考しますが」
 ブラックシープの艦長が、怒りで大きな体と声を強張らせ、司令官室に意見しにきたのだ。
 本作戦の司令官兼責任者になった”ロン・ファン”は、軍人でなく文民である。それ故か、ブラックシープの艦長は、何かと反対意見を表明する。
 ロンは苛立ちながらも諭すように話す。
「小バエが鳥になって飛び立つかもしれん」
「どういうことですかな?」
 ロン・ファンは”比喩でニュアンスが分からなくなるのなら、最初から使うな”と毒づきたくなるのを堪え、自分より年上の頭の足りない艦長に説明する。
「宇宙船に乗りかえて、大気圏を脱出される前に叩いとけ。我が軍の精鋭である諸君らのブラックシープ級のスペースバトルシップが、謎の300メートルクラスの小さな宇宙船に、3隻も撃破された。これだけでも、我が軍の艦隊戦力の実力を疑わずにはいられない。しかも、この事態を収拾させるため、ニコラス・リー・スタビノア副司令官が出撃した。コスモナイトの8割とコスモアタッカー全機、スペースバトルシップ3隻を率いてだ。小さな宇宙船の討伐に、コムラサキ基地の殆どの戦力を擁して大気圏外へとな。現在、コムラサキにいる奇妙な宇宙船と戦闘が可能なのは、貴官が艦長を務めるブラックシープ級が1隻だけだ」
 ミルキーウェイギャラクシーでは、宇宙戦闘機をコスモアタッカーと呼んでいる。
「なにゆえコスモアタッカー全機が出撃するのを、許可したのですかな?」
 この馬鹿軍人共は、都合が悪くなると文民の指示が悪いだの最終責任は上司にあるとか喚きはじめる。
 恥というものを知らないのか?
 腹立たしさから、皮肉100パーセントの言葉を艦長にぶつける。
「ほう? 私が赴任した時、作戦を遂行にあたり、軍事行動はすべて小官らに任せていただきたい。司令官殿は、許可さえしてくれれば、戦果を挙げてみせますぞ、と発言したのは諸君らではなかったか? 私は司令官として作戦の許可をしなければならない。そして惑星コムラサキから飛び立つ正体不明の宇宙船は、撃墜せねばならない。万が一にも宇宙に飛び立たれ、近くのワープポイントから跳躍されたら逃げられてしまうだろうな。その失策の責任の所在は、何処にあるのだろうか? その辺りを念頭において、確実に撃墜する方法を専門家である貴官から、対策を聞かせて欲しいのだが?」
 艦長の顔が赤から青に変化し、司令官室に入ってきた最初の勢いは失われていた。
「・・・ブラックシープで出撃したく、許可を頂きたい」
 艦長は漸く、絞りだすようにして声を出した。
 ロン・ファンは全く熱意のない口調と、軽蔑の眼差しを向けて承諾する。
「よろしい、許可しよう。勇戦を期待する」
、ブラックシープの艦長は、形だけ正しい敬礼をして、司令官室を退出したのだ。

 司令官室からブラックシープに乗艦した艦長は、怒気を放ち周囲を委縮させていた。
 気の毒だったのは、戦闘指揮所に詰めていた彼の副官である。
 状況を報告せねばならないし、指示を仰がねばならない。そのため、傍から離れることはできないからだ。
 細身の体を更に縮めた副官が緊急出港の準備が整った旨とターゲットの状況を報告する。それに対して、艦長は副官に答えられないであろう内容を喚く。
「スペースバトルシップにトレジャーハンティング用の宇宙船で挑むつもりなのか? バカなのか奴は?」
 困惑顔で愛想笑いを浮かべるしかない副官に救いの手が差し伸べられた。
 グリーンスターの男性幹部が艦長の疑問に、艦長の欲しい内容で答える。
「艦長。疑問形は必要ありません。お宝屋は馬鹿なんです。宇宙船の名前を宝船とネーミングするセンスなんで・・・」
 呆れたように艦長がフンと鼻を鳴らし、宣言する。
「付き合いきれんな。一発で沈めてやろう」
「艦長、宝船よりオープンチャンネルにて通信です。いかがいたしましょうか?」
 通信士官がコンソールから顔をあげ、艦長に伝えたのだった。
 艦長は尊大な態度で、通信士官に通信回線を開かせ、皆に聞かせるように大きな声で独り言をいった。
「ふむ、降伏か? まあ、聞くだけは聞いてやろう」
 オープンチャンネルが開くと、ゴウの上半身がブラックシープのメインディスプレイに大写しになる。ただ、鼻から上の映像は切れていて、顔全体は映っていなかった。
 そして艦長の予想とは正反対で、降伏どこらか挑発する通信内容だったのだ。
 ゴウの無駄に良いバリトンボイスが、ブラックシープのコンバットオペレーションルームを覆い尽くした。
 怒りに震えている艦長が、吼えるように指令を飛ばす。
「全速力で出港しろ。全主砲発射用意。目標、身の程知らずの宝船。絶対に外すな!!」
 スペースバトルシップ”ブラックシープ”が、ミルキーウェイギャラクシー軍の惑星コムラサキ基地から空へと発進した。

 ブラックシープが発進する少し前、アキト達はライコウの不時着地点に辿り着いた。
「みんな、お帰りなさい。もうすぐ出来るから・・・。アッ、アキトくん。戻ってきてくれたの。やったぁ~」
 オリハルコンボードの上に乗っているアキトをみつけ、千沙はブラウンの瞳を輝かせ、両手を胸の前で合わせた。
 アキトは”ちょっと待て! どう考えてもニュアンスが違う”と思い、すかさず訂正する。
「オレはライコウに帰ってきたんだ」
「でも、ゴウにぃと翔太と仲良くトライアングルに乗ってるし・・・。一緒にトレジャーハンティングするんだよね?」
 今は説明している時間はない。
「あー、とにかく」
 ライコウは動かない。どうすべきか? アキトの考えがまとまらないうちに、ゴウが指示をだす。
 お宝屋で長年リーダーをしているだけのことはあり、ゴウには決断力がある。その決断が今まで、全てが正しかった訳ではない。正しかったかどうかは、後で検証すればいい。今は決断し、行動すべき時だ。
 3人はゴウの指示に従い、素早く行動に移る。
 宝船にゴウと翔太が乗りこみ囮も兼ねる。そして千沙とアキトは、一緒にカミカゼ水龍カスタムモデルでここを離れるということだった。
 ゴウは合流地点の座標を明示し、宝船が発進させた。
「翔太。実は、大きな核融合誘導ミサイルを一つ積んでいてな。準備してくれ」
「ああ、あるねー。勿体ないけど、仕方ないかなー」
「千沙の幸せのために、兄たちより大きな花火のプレゼントといこうか」
「千沙が受け取ってくれるといいけど」
「嫌といっても押し付けるんだ!」
 翔太は少し考えてゴウの意見を訂正する。
「いやいや、間違ってるよ、ゴウ兄。千沙の幸せの為ならアキトに、これから起こる結果の責任を押し付けるべきだよ」
 2人は自分達より千沙の心配をしている。
「そうだな。・・・翔太よ」
「何だい、ゴウ兄」
「付き合わせて済まないな。こうなったら、千沙のためにも派手にやるぞ。翔太、オープンチャンネルを開け!」
 オープンチャンネルを開き、敵艦と通信が繋がる。
「ふっはっはっははぁああああ」
 ゴウは無意味に高笑いしてから演説を開始する。
「俺はルリタテハ王国のトレジャーハンター、宝豪だ。牛乳国家の軍とグリーンスターの諸君、君たち全員が聞こえているものとして警告しよう。諸君らの悪巧みは、このお宝屋が看破したぞ。無駄な抵抗は辞めて、ただちに武装を解除するのだ。さもなくば実力行使も辞さないと思うがよい」

しおり