Gobierno titere
理想の政治とは何か。理想の宰相はどのような人物像か。理想の内閣はどのように社会を循環させるのか。しかし、理想の政治などそもそも"存在しない"。何故ならば、"世間が求める"政治と"首相の求める"政治が合致しないからである。世間が要求するは【供給】、内閣が要求するは【需要】。お互いにその"欲望"を譲らずに年月が経ってしまう。その時、政府は"ある"行動をとる。
─────【国民の奴隷化】である。
国民は政府の命令通りに動けばいい。さすれば、生活の自由は保証する。政府の名の下に【傀儡】として働け。命令を聞かなかった者には"死に値する"制裁を。
"理想"など存在しない。ただただ、"地獄"だけが垣間見えているのだ。もう"為政者"からは逃げられない。
民は彼らにひれ伏すのみ。
デセスペランサ大陸。
土地の大半を【傀儡政府】という名の政党会派が支配している。彼らは国民に【労働】を強いている。《休むな、働け。さすれば理想の政を完成する。》が座右の銘である。
同大陸他地域では少数会派が支配しているために"このような"行いは惨いように見えるが、彼らが支配している地域では"ごく普通"の制度として受け入れられている。
「睡眠時間を削って労働したら、彼らが我々の望むものを与えてくれるのだ!!」と国民は"当たり前"のように思っているが、もちろん【傀儡政府】は彼らに施しをするわけがない。
国民は奴隷としてこき使われて、為政者を満足させるだけだ。
自由など─────虚実だ。
【傀儡政府】本部の最上階。
黒色のゴシック調であしらわれた円卓が部屋の真ん中に設置されており、上座の席には一人の女性が頬杖を付いて静かに目を閉じている。その席以外、つまり、数人分の席は空いており、彼女以外誰もいない。
カツ………カツ………カツ………
会議室の外から"ヒールの高い"長靴の音が聞こえてくる。普段から静かな廊下なので、その音は奥の部屋まで反響して聞こえる。その足音は速くも遅くもない。一定のリズムを刻んで歩いているようにも思える。
───カン!!
その音は最奥の大会議室の扉の前で鳴った。数秒間の静寂の後、誰かが扉を軽く叩く。コンコン。
「我が母よ、私でございます。」
女性の美しい声が外から聞こえてくる。"我が母"なる者がその女性が一体誰なのかと分かったのか、
「入れ。」
と、一言だけ言って彼女を室内に入らせた。
扉を開けた女性は長髪のブロンドで翠眼、高身長である上にスタイル抜群で豊胸、と男性も女性も魅了する姿をしている。
更に服装は"彼女には似つかわしくない"藍色の軍服と、その色に合わせた兵士帽を被る。そして長靴はコーディナションには不相応な"パンク風"のヒール高である。
「イズミル、幹部らの召集は完了したのか?」
「はい、偵察中の者も含めて。」
イズミル=イズィル、軍人かつ異能者で称号はなし。
「よし、ならばすぐに連れて来い。」
「かしこまりました。」
イズミルはそう言って、指をパチンと鳴らした。
すると、先ほど空席だった椅子には様々な人種の幹部らが座る。
「あーらまあ、イズミルじゃないの。」
ソフィア=ポイゾナス、異能者で"看護"担当の称号:【強欲の支配】(アヴァリシア)。
「ソフィアさん、貴方は任務を怠ったそうじゃないですか。幹部ら全員を召集、忘れたはずはないですよね?」
イズミルがソフィアを睨みつけて見下す。それなのにソフィアは手を覆ってクスリと笑う。
「まあ、怖い顔ですこと………綺麗な顔が台無しよ!」
彼女はイズミルが怒るように言葉で扇動しようとする。
「貴方の態度、とてつもなく気に入りませんね。まさに【傀儡政府】の恥じゃないですか。」
そのような言葉を言い放つのは、異能者で庶務の通称:【嫉妬の独白】(エンヴィディア)のウルフ=ファイント=ロッテン。
白髪の人狼で金色の目をしており、眼鏡を専用の布巾でレンズを拭いている。女性ではあるが服装はまるで執事のよう。
「あーら。獣人の癖にやけに強気ね。」
「貴方みたいな卑猥な亜人に言われたくない言葉ですね。」
「………なんですって?」
ソフィアがウルフに対して静かな怒りを露わにする。
「まあまあw喧嘩はよさないかwww"我が母"の前で失礼極まりないじゃないかwwww」
彼女達の口論に高笑いで介入するのは、同じく異能者で"遺体処理"担当の通称:【怠惰の奇怪】(ペレサ)の公=オーギッシュ。
ボサボサの長髪で赤髪青眼の眼鏡の男性で、服装は白のTシャツに黒ベスト、黒ズボン、白黒ブロックチェックのネクタイ。自分の眼鏡をクイッと上げて、白い歯を剥き出しにして笑う。
「オオヤケサマ ノ イウトオリ デ ゴザイマス」
彼の後ろには《Can》という名前の"お手製人工知能"(声は女性)が両手を重ねて立っている。
「悪魔であるこのオレサマを差し置いて、口喧嘩とはいいご身分だなあ!!」
そう高らかに叫ぶのは、異能者で"武器製造"担当の通称:【高慢の詐称】(ソベルビア)のメサ=ディアブロ。
髪の色が白黒分けられたショートヘアに赤眼、金色の角が生えており、紫色の蝙蝠のような翼が背中に付いている。見た目は可愛らしいが、立派な男である。それでも服装は女性モデルが着るような黒のノースリーブと短パンにローブと指出しグローブである。
「テメエらうるせーぞ!!黙らねえと首をちょんぎってやるからな!!」
この殺戮を願う怒号は、異能者で"暗殺"担当の通称:【暴食の斬首】(グーラ)のチェル=デカピタション。
白髪のボブ頭で、前髪のせいで目は隠れている。黒色のピエロ帽と"古代中国"を思わせる黒色のワンピース。
こちらも少女のように見えるが、立派な男の子。いわゆる"男の娘"という類だ。
「調子に乗らないでよぉ〜!そういうところ気持ち悪いんだからぁ〜!!」
このように"若いOLのような"口調をするのは、異能者で"偵察部隊"担当の通称:【色欲の扇動】(ルフリア)の夢闇凶兎。兎人ではあるが右耳は猫の耳でツギハギにされている。服装はピンク色のバニーガールスーツで、紫髪黒眼の長髪の女性である。
「み、皆さん!!おお、お、落ち着いてクダサイッ!!俺も巻き込まないでクダサイッ!!」
このひ弱で鼻にかかった声を発するのは、"補佐"担当の通称:【橙色の魔導師】(ナランハ・マゴ)のレトリック=カニバリズム。黒のシルクハットに白の"微笑"の仮面、橙色のショートヘア。服装はまるでバーのマスターのようだが、緑色のTシャツのせいでカッコ悪く見える。
「あ〜んらまあ〜!レトリックちゃんは真面目さんねぇ〜!みんなも見習ったらどうかしらぁ〜?」
凶兎は甘ったるい声で幹部ら全員を制止させようとするが、喧騒は止まずに甚だ見苦しい。
すると、"我が母"が子供を諭すようにこう言い聞かせる。
「静まらんか、お前ら。ここは好き放題に暴れ争う場ではない。もしお巫山戯を続けるのであれば処刑は免れぬぞ。」
その静かな怒りを表している声は、異能者であり"党首"の通称:【憤怒の黒炎】(イラ)のアブラハム=フリーメイソン。妖艶を思わせるその赤い目は黒く濁っており、奥に光が見当たらない。
「ひぃ……………」
その顔に恐怖を抱いたのか、レトリックが小さな悲鳴を上げる。
「ほらもうぉ〜!怒っちゃったじゃないのぉ〜!!」
凶兎以外の全員が黙る。みな自分の地位を奪われたくないのか、いや、命が惜しいのか処刑を逃れる思いで必死に抑える。
「………会議を始めます。今回の議題はこちらです。」
イズミルが指を鳴らし、幹部らの前にホッチキス止めの資料が現れる。それぞれ資料を手に取って、その題名を読もうとする。
「【主力会派打倒決議案】………ですか?」
ウルフが眼鏡を掛けて直して読み上げる。
「そうです。アブラハム様が仰るには、この大陸全土や他大陸国を完全制覇するためには"その地域を支配している会派の党首を陥落させる"必要があります。」
「それは分かってっけどさwwここ最近wあの男に負けてんだよなwwww俺達はさwwww」
あの男。【傀儡政府】を次いで大陸を支配している"無名政治家"。
一般市民だった彼は近年、《国民こそが政治の主役だ!!》と民主主義を掲げて、【傀儡政府】が支配していたはずの地域を奪取したのである。
その実力は一般人とは思えないほど知恵や知識を多様に駆使し、貧しい民に慈善を行なっていた。
まさに国民が"理想とする指導者"。"社会主義の独裁者"とは大違いである。
「あの時の彼の演説は雄弁でしたね。アブラハム様が初めて敗b」
「余計なことを言うなッ!!イズミルッ!!」
「!!」
「あの男の話を二度とするな!!聞くだけでも吐き気がする!!」
「す、すみません!!以後気をつけます………」
彼女は慌ててアブラハムにお辞儀して謝罪し、気を取り直して話を元に戻した。
「では、本題に入ります。この【主力会派打倒決議案】の基本的な概要は"演説だけではなく、地域に出向いて雄弁する"ということです。」
「"他地域での雄弁"デスか………要するに"候補者の宣伝"と言いたいのデスね?」
「ええ、そうです。」
そう言って、空間に画面を映す。そこにはデセスペランサ大陸と、その他の中小大陸や主要国がまばらに表示されている。
「昔の【傀儡政府】が支配していた地域は、こちらの紫色で表示されている部分です。」
全大陸の八割が紫色に染まっていき、他の地域には水色や緑色、黄色が点々としている。
ですが、とイズミルが話を遮って次のスライドを表示させる。
「民主主義会派が出現してからこのように支配領域が縮小しています。」
先程、紫色だった地域が徐々に灰色に染まっていく。前者は六割、後者は四割と、明らかに民主主義に圧されている。
そこでですが、とイズミルが付け加えて話す。
「今まではこの大陸で全党首の演説だけをしていましたが、所謂"街頭演説"ならぬ"吟遊演説"なんてどうでしょうか?」
「吟遊演説だぁ?悪魔であるこのオレサマでも聞いたことねえ言葉だな!!」
「それもそうです。何故ならば、その言葉はアブラハム様の造語ですからね。」
イズミルがちょっとしたため息を吐く。
「吟遊詩人のように"政治論を歌にのって口ずさんで会派を宣伝するねぇ……………結構面白そうじゃないの!!」
ソフィアがその案に興味を持ったのか、自ら右手を挙げて賛同を示す。
「私も賛成です。これ以上は我々も引きたくないですし。」
ウルフも同じく右手を挙げる。
「奴隷が共感するならオレも賛同だ!!言うこと聞かねぇ奴らは首を切る!!」
「悪魔であるこのオレサマも賛成してやる!」
「俺もwwwwwwさんせーいwwwww」
「俺もアブラハム様の意見に賛成しマス!!」
と、男性陣が後に続いて声を上げて手も挙げる。
「ちょっとぉ〜!私を置いていかないでよぉ〜!!私も賛成なんだからぁ〜!!」
と、凶兎が立ち上がって手を挙げる。
「満場一致で賛成となりました。それでは皆さん、準備に取り掛かってください。後でお声かけしますので、各自の部屋で待機なさってください。一旦解散です。」
レトリックの部屋。ベッドやクローゼット以外の家具は見当たらず、簡素な部屋である。
本人はそこで何かを考えていた。その仮面を外さないので、どういう表情になっているのか分からない。
すると、外でドアを叩く音が鳴る。
「はい!!誰デショウか?」
「私よぉ〜!レトリックちゃん!今空いてるかしらぁ〜?」
「空いてマスよ!!どうぞ入ってクダサイ!!」
凶兎がニコニコと彼の部屋の中に入ってくる。笑っているようにも見えるが、何となく彼女からは不安を感じる。
「ねえぇ〜?レトリックちゃん?"アレ"の調子はどうかしらぁ〜?」
「はあ………"アレ"とは……………」
「"あの地域の監視"のことよぉ〜!んもぉ〜!!言わせないでちょうだい!!」
と、彼女は足をバタバタさせてそう言う。
「最近、労働を怠っている市民がいるのよぉ〜!だからアナタにお願いしたんだからぁ〜!!」
「ちゃんと見てマスよ!!"貴方の部下"とは違いマスからね!!」
彼が凶兎の言葉で少し気が障ったように見える。
「私の部下ねぇ〜………そういえば水蓮はしっかり偵察しているのかしらぁ〜?」
と、心配そうに頭を抱えていると、
ピン・ポン・パン・ポーン─────
学校のチャイムのような音が響いた。
「あっ!どうやら召集がかかったみたいデスね!!早く行かないと罰されマスよ!!」
「……………そうねぇ〜。」
彼女は不安と懐疑を拭いきれなかった。
【傀儡政府】の幹部ら全員は大陸の全制覇をすべく、"あの"民主主義会派が支配する地域に転送した。
旧い街道を思わせるレンガ造りの家々、そして人々の声で賑わう市場(メルカード)。売られている商品の良い香りが周りを幸福に包む。
その広い路地に彼らは党首を中心に、信条を口ずさみながら列をなして歩く。
《理想の政治、為政を教示。市民を啓蒙、民主に警鐘。労働の定着、意志の癒着。制度の浸透、思想の信仰。それが我らの信条、希望の誕生─────》
買い物をしていた客やかけっこを楽しんでいた子ども達が足や手を止めて、彼らの行進をじっと見つめていた。
党首は黒い杖を持ち、軍人は剣を腰に提げる。幼女は煌びやかな装飾を見せつけ、狼は魔導書を手にする。掃除屋は暗器を隠し、悪魔は獣を鎖で引き連れる。
暗殺者は大斧を引きずり、兎はイースターエッグの入った籠を持つ。道化師だけは手持ち無沙汰である。
その姿に恐れをなしたのか、一部の子どもは母親の元に逃げる。
その時、コック帽を被った男性が彼らの行進を妨げた。
「何ですか、貴方。下手すれば容赦はしませんよ。」
イズミルがアブラハムの前に立って、目の先にいる男性に忠告する。
「あのなあ、【傀儡政府】のお嬢ちゃんよお。ここは【民衆中核会】の輩が支配する地域なんだ。嬢ちゃんらの出る幕はねえよ。ほら、立ち去りな。俺たちゃ静かに暮らしてえんだ。なっ?党首様も理解してくれるだろう?」
「……………」
アブラハムは腕を組み、目を閉じて、何かを考えている。
「アブラハム様?どうかなさったんですか?」
イズミルが「まさか市民の意見を受け入れるのか?」と心底疑っていると、
「……………なるほど。」
と、そう言って男性の前に立つ。彼女は男性を見下して、その左手の長い爪を唇にトントンと付ける。
「党首様なら理解してくれるだろう!!そうだよな!!」
男性が必死にその目で訴える。すると、アブラハムは二ィっと嗤い、
「処刑するッ!!!!」
彼女の右手から黒い炎が大きく燃え盛る。徐々にその規模が大きくなり─────爆発する。
ドォォォオオオオオオオン!!!!
炎が街を黒く包んでいく。そして人々の悲鳴と子どもの泣き声が響く。
彼女は妥協せずに次々と黒炎を街に放っていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!」
炎の勢いで身体中が痛いのか、断末魔を上げる女性。
「いやだああああああああぁぁぁ!!!!」
「うわあああああああん!!!!」
死にたくない。その一心で人々はそれぞれ散らばって逃げて行く。
一部の建物は建築素材がガラガラと崩れていき、内部の家具や間取りが丸見えである。
「我に口出しするとは!!侮られたものだな!!」
両手を上に広げ、空中に黒く巨大な魔法陣を出現させる。そこからは黒く燃え盛るプロミネンシアが生き物のように大きくうねる。"黒い龍"は建物や屋台を悉く壊していく。
「命乞いすらできないとは!!愚か者がッ!!」
次々と"黒い龍"が出現し、人を焼いて殺していく。平穏で小さな街が、一瞬にして人の遺体が散らばる殺戮の街へと変わってしまった。
「本当に破壊するとは思わなんだwwwwうへへwwww」
「はあ……………アブラハム様に背く阿呆というのはこういうもんですよ。」
オーギッシュはその風景を愉快に感じ、ウルフはやれやれとつまらなそうにしていた。
党首はその手を休める間もなく、破壊することに快楽を覚えているようだ。
彼女が満足できるまで街は破壊された。街の中央には巨大なクレーターが。住宅の端や狭い路地には焼け焦げた人々や原型をかたどっていない肉の炭が。
「アッハハハハハハ!!無様だな!!」
彼女は笑止、市民は焼死。静寂は辺りを漂い、生き残った人々は彼ら自身の脆弱を恨む。
彼女が落ち着いた後、イズミルは党首にこのように言った。
「アブラハム様、この街にはもう用はございません。市民はほぼ全滅ですし、建物の損壊が激しいです。」
「いや、その必要はない。」
「はい?」
流石にイズミルはアブラハムの計画をそこまで深くは考えていなかった。
「足りない人民は我々の支配している地域の住民をこの街に強制移住させたらいい。そうすれば充分に補うことができるであろう。」
そう言うと、爪で地面に紅い魔法陣を描いた。
「ここは"仮の植民地"とする。次の地域に急ぐぞ。」
アブラハムの意思に応えて、イズミルはボールペン型の転送装置を胸ポケットから取り出した。
すると─────
「待てぇ!!!!」
幼い少女の高い声が空に響いた。