見回り
新しい存在が誕生しそうといっても今すぐという訳ではなく、それにはまだ時間が掛かる。
管理者は地下迷宮から平原に造った居住区画へと足を向ける。あれから大分時間が経過したので、住居は更に数を増していた。といっても、住居もそれほど維持に必要な容量が多い訳ではないので、そう頻繁にはやってこない。やってきても大きな家ばかり。
住居が流れ着くのに、何故人や動物なんかが流れつかないのだろうかと管理者は疑問を抱く。最近やってきた生き物と言えば魚だろうか。しかし、こちらも魔魚とかいう特殊な個体だ。
最近は特殊な力を自身の世界に加えるのが管理者間で流行っているようで、似たような事例の世界がかなり増えた。そういったモノは大抵中身は同じでも、名前が異なる場合が多い。魔法・魔術・神術・御業・術法などなど。
大半の世界において、管理者や管理補佐は住民から神と呼ばれ敬られている。管理者が管理している世界でも、リーフェルトーナをはじめとした管理補佐は守護者とか神とか呼ばれていた。もっとも、一度も表に出ていない管理者を知る者は管理補佐以外には誰も居ないので、管理者に名前は無いのだが。
そういった力によって変異した存在であれば、存在の維持に必要なリソースが増えた事で、この地に稀に流れ着く事がある。今のところそれは蟲と魚だけではあるが、それ以外でも可能性はあるだろう。
そういった事を考えていると、住居の一つから何者かが出てくる。
「これはこれは管理者様。本日は居住区画の見回りで御座いますか?」
そう言って管理者へと恭しく頭を垂れるのは、動きやすそうな恰好をして掃除道具一式を抱えた長身の男性であった。
「はい。何か不備はありましたか?」
「いいえ。これといっては特に何も」
「そうですか」
涼しげながらも事務的な声音で管理者が問うと、男性は軽く首を振って答える。
この男性は、管理者が住居の保守点検のために創造した管理補佐であった。常に基本的な掃除道具一式を抱えており、いつでもどこでも掃除が出来るように心がけている。誰かが保全に努めなければ、住居など直ぐに駄目になってしまうだろう。
管理者が頷いたところで、男性は一礼して次の建物へと入っていく。
それを見送った後、管理者は居住区画を歩く。
男性は建物の保全以外にも居住区画周辺の整備も行っている。建物周辺を石畳にするほど進んではいないが、踏み固めて雑草を取り除くぐらいは行っていた。おかげで見回りがしやすい。建物も外観からして奇麗になったので、見ていて気持ちが良いものだ。
そうして居住区画を一周した管理者は、管理補佐のその仕事振りを見て、他の場所を任せるために管理補佐を増やそうかと考える。漂着物を集中して集めたおかげで、大分様になってきていた。もっとも、その外に出れば何も無い場所ではあるが。
居住区画の次は近くの森へ赴く。魔蟲の種類も増えたが、相変わらず管理者に襲い掛かってくる蟲は皆無なので、煩わしくなくて実にいい。
森もどんどん拡がってきている。居住区画の方へは管理補佐が居るので何とかなっているが、他の方面では順調に森の勢力圏は増していた。
そんな森を抜けると、何も無い平地が少し続いた後に海が広がる。
海は森以上に広大で、漂流物を集中的に配置している場所の半分以上は海が占めているほど。
しかし、それほど広大な海でも、棲んでいるのは魔魚が少しのみ。その寂しい状況に、何か創造しようかと思わず考えてしまうほど。
ただ、これからも漂流物が流れてくることを思えば、わざわざ手を加える必要はないのだろう。
管理者はそのまま海中へと移動していく。管理者は何処へでも行けるので、海中でも何の問題もない。
海の中は地上と違った趣があるも、段々と深さが増していき暗くなっていく。
海は広すぎるので、魔魚の姿は確認出来ない。見掛けても相手が直ぐに逃げていくので大差ないが。
魔魚が僅かに居る以外には、目立った物が無いのが現在の海だ。海と一緒にやってきた海藻ぐらいは在るが、それもまだ少ない。
それからしばらくの間広大な海を見回った後、管理者は陸に上がる。
そうして漂着物を集めた一角を大方見回ったところで、ラオーネ達の様子を見に向かう。
ラオーネ達も漂着物を集めている区画への立ち入りを許可しているのだが、ほとんどやってこない。自分の住処を築いた周辺がお気に入りらしい。それも当然ではあるが。
そんなラオーネ達も、管理者が呼べばすぐさまやって来る。ラオーネ達が元気に駆けてきた後は、撫でたり話をしたりとゆっくりとした時間を過ごす。
ゆっくりと時を過ごしたところで、新しい存在がそろそろ誕生しそうな頃合いとなった。
管理者は名残惜しげにラオーネ達を撫でた後、新しいペットを迎えるかもしれないという話をしておく。そういった諸々の必要そうな説明を済ませた後、管理者は目標の居る場所へと向かった。