第三話 礼登
晴海と夕花は、ホテルに戻って、チェックインをしたフリをして、荷物だけを受け取ってエレベータに乗る。
一度、最上階まで登ってから、地下駐車場に移動する。トラクターにトレーラーを連結した状態で待機させてあると言われている。
「晴海さん。トレーラーは解ると思いますが、私たちが乗る車は、どれなのでしょうか?」
「能見さんが用意したから・・・。あった。あった。相変わらずだな」
「え?これが、そうなのですか?」
「そうだ。ナンバーが、863だろ?」
「晴海さん。愛されていますね」
「・・・。夕花・・・。可愛い顔して・・・」
「フフフ。でも、わかりやすいですね。私も、晴海さんのナンバーなら忘れません」
晴海は夕花の笑顔を見て、肩を落とした。『863=はるみ』わざわざ能見が指定したナンバーだ。
「晴海さん。この車、情報端末対応ではないですよね?」
「うん。準備してもらうときに、追跡を躱せる車にしてもらったからね」
「そうなのですね。私・・・。運転が出来ないです」
「あっ」
晴海は、夕花のスキルを思い出すが、情報端末の補助がある車。所謂オート車の免許を持っていた。目の前にある車は、情報端末の補助が受けられないマニュアル車と呼ばれている。一部のマニアしか乗らなくなっているが、根強い人気がある。
晴海も、能見に言われて免許を取得する時に、マニュアル講習を選択した。免許もマニュアル車が運転できる。
晴海は、車に近づいて情報端末をかざす。
ドアのロックが解除される。間違いないようだ。クロークに預けていた荷物を車に乗せる。トランクを開ける必要もなく、後部座席で十分おける量だ。
「晴海様」
晴海と夕花が荷物を積んでいたら、後ろから声をかけられた。
晴海は振り向いて、声をかけてきた男を見る。
「夕花!車の中に入れ!いいか、絶対に出てくるな!ドアをロックしろ!」
晴海が荒らしい声で夕花に指示を飛ばす。夕花も、逡巡はしたが晴海の指示に従うように、車の助手席に乗り込んでロックをした。
「なんで、お前がここに居る!
晴海は、声をかけてきた男に敵意をむき出しにして睨みつける。懐に忍ばせてあるナイフに手を伸ばす。殺しても構わないと思える人物が目の前にいる。思いとどまったのは、夕花が近くに居て、今からの伊豆での生活を楽しみにしている雰囲気がある。夕花の些細な楽しみを奪うわけには行かないと考え思いとどまらせたのだ。
「お館様。ナイフの必要はありません。お館様が、私に”死ね”とお命じになれば、私は喜んで死にます」
文月礼登が両手をあげたので、晴海もナイフから手を離した。
「礼登。なんでお前が居る!?」
「お館様の側に居るのが私の勤めです。晴海様が、我らの”
「お前は、ならば何故!」
晴海も、礼登が現れた事、情勢が変わっていなければ、礼登が来た意味を考えた。答えは解っているが、確認しなければならない。
「それは・・・。私もわかりません。父と兄を殺そうと探したのですが見つかりません。百家のどこかが匿っているようなのです」
「文月の総意ではないと言いたいのか?」
「・・・。お館様。父と兄は、私が殺します。それまで待って頂けませんか?父と兄を殺した後でならどのような処罰でもお受けいたします」
晴海は、たっぷりと時間をかけて、礼登を睨みながら様子を伺う。
「礼登。お前をここに向かわしたのは誰だ?お前以外に誰が知っている?」
晴海は、礼登に質問したが、この質問は確認の意味しか持っていない。
「御庭番の忠義殿です。こちらに来たのは、私だけです。準備をしました御庭番衆と市花家には、トラクターの輸送を頼みました」
「そうか、能見の指示なのだな?」
「はい」
晴海はまっすぐに礼登の目を見る。
少しの動揺を見せない礼登の目を見ている。
「わかった。信頼は出来ないが、信用してやる。それで、お前がトラクターを運転するのか?」
「はい。お館様」
「礼登。お館様はやめろ。俺は、文月は信用も信頼もしていない。俺の参集にも応じなかった」
「はい。そうです。参集の書状を見て、父と兄は姿を消しました。お館様」
「礼登。何度も言わせるな。晴海と呼べ」
「・・・。はい。晴海様」
「礼登。俺と、妻の夕花を全力で守れ、そうしたら、お前の願いを叶えてやる」
「ありがとうございます」
「俺と夕花が狙われたら、夕花を守れ、全力で!」
「・・・。はい」
「もし、俺が殺されるか、死亡が確認されたら、夕花をお前の手で殺せ。誰の目にも見せるな。死体も、解らないようにしろ。その後で、お前も死ね」
頭を下げながら、晴海からの命令を聞いていた、礼登は、晴海から最後に告げられた命令を聞いて顔をあげてしまった。
「どうした?礼登。返事は?」
「失礼いたしました。晴海様。ご命令しかと承りました」
礼登は、晴海をしっかりと見つめてから、頭を下げて命令を受諾した。
「晴海様。トレーラーを前に付けます。移動をお願い出来ますか?」
「わかった。足柄まで頼む。お前は、どうする?」
「富士で一旦降りて、日本平でまた乗り込んで、伊勢方面を回ってから、山陰に向かいます。その後、四国を回ってから駿河に
晴海は、礼登の言い方が気になった。
文月の家は、北関東に住んでいるはずだ。
「礼登。駿河に住むのか?」
「はい。忠義様から、安倍川河口付近にある。船舶停留所の管理を任されました」
「そうか、護衛は?」
「は?」
「お前の護衛だよ!」
「・・・」
「俺に変わって、文月の現当主と次期当主を殺してくれるのだろう?」
「・・・」
「わかった。能見に伝える」
「晴海様・・・。ありがとうございます」
礼登も、晴海の性格は把握している。一度決めたら考えを変えない。しっかりと間違いを指摘すれば意見を変えてくれるのだが、感情論では晴海に意見の変更を求めるのは難しい。一番正しい言葉は、”謝意”を示すことだと解っている。
礼登が頭をあげてから、トレーラーを晴海が乗る予定の車の前に付ける。乗り込むための、スロープを下げる。
晴海は、運転席に乗り込む。
夕花の視線に気がついた。
「夕花?」
「晴海さん。大丈夫ですか?」
晴海は、夕花の心配そうな顔を見て、自分がまだ興奮しているのを自覚した。
「うん。大丈夫だよ。彼は、昔から知っていてね。僕を裏切ったと思っていたから、目の前に出てきて驚いただけだよ」
納得した顔ではないが、晴海が大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろうと考えた。
「わかりました。大丈夫だと言った晴海さんを信じます」
「ありがとう。あっそれから、トレーラーもどうやら、能見たちが手配したようだよ」
「そうなのですか?どうやって・・・」
「うーん。いろいろ手段はあるだろうけど、今は安全に移動できる手段だと思っておこう」
「わかりました」
晴海と夕花が、夫婦の心温まる会話をしていると、目の前にトレオーラーが止まってスロープを降ろした。
晴海は、車のエンジンをスタートさせて、ゆっくりとした速度でスロープを登っていく、トラクターの運転席から礼登が降りてきて、晴海の誘導を行う。トレーラーの中央部分にタイヤを固定する場所が用意されていて、しっかりとロック出来る。トレーラーの中には、小屋が作られていて、晴海と夕花が足柄まで休めるようになっている。
ソファーとベッドが置かれているだけの簡素な部屋だ。ウォーターサーバーが置かれていて、お茶を入れる程度は出来るようになっている。
タイヤをしっかりとロックした。礼登が小屋に居る晴海と夕花に話しかける。
「晴海様。奥様。準備が出来ました。足柄に向けて出発します。常磐道に入ってから、一度」「行程は、礼登に任せる。到着予定時間は?」
「はっ17時間後を予定しております。明日の朝に到着予定です」
「わかった。途中で何かトラブルがでたり、新しい情報が入ったり、問題が発生したら、能見経由で連絡を入れろ」
「かしこまりました」
ソファーに座りながら、晴海は礼登に命令する。
夕花は、どうしたらいいのかわからなかったので、晴海に言われて晴海の横に座って、晴海の手を握っていた。
降ろしていたスロープをあげて、トレーラーの扉を閉めた。5分後、トラクターはゆっくりとした速度で走り始めた。