バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

服選び

 服装。そう言葉にすれば簡単だが、その中身はかなり多岐に渡る。
 世界の数がかなり増えた今、その種類は如何ほどのものか。管理者が管理している世界以外にも、熟成した世界はあるのだから。
 とりあえず、管理者は自身が管理している世界から探す事にした。元々こだわりなど皆無なので、見栄が良ければそれでいいと思っている。
 後は動きやすさだろうか。だが、管理者はそこまで激しく動く事はないので、その辺りは可能ならば程度だ。
 まずは現在の世界の服装を色々と見ていく。過去まで遡って探す必要性は感じられないので、その辺りは現在によさそうな服装が無かったらだろう。
 そう思ったのだが、管理者が管理している世界はもうかなり発展していて、服装も全て把握している者など居ないだろうと断言出来そうなぐらいには豊富に種類があった。華やかなりしはとは言うが、これでもまだ発展途上なのだから驚きである。
 管理者は知識はあれどもそれだけなので、少し迷った後に管理補佐の一人を呼ぶ事にした。そういった部分も担当している者であれば、何か適当に見繕って貰えるだろうという打算もあった。
 早速管理者は管理補佐を呼ぶ。呼ぶのは主に人々の守護者として人を管理している者で、その関係で愛を持って守護する母という意味で¨リーフェルトーナ¨と呼ばれて信仰されているらしい。
 管理補佐は、管理者がこれといった性別を設定しない限りは管理者同様に性別は無い。リーフェルトーナの場合も性別の設定はしていないのだが、それでも外見だけで判断するならばどう見ても女性なので、それで女性と判断されたのだろう。
 管理業務の一環で、リーフェルトーナは以前に何度か人前に姿を現した事があった。あれは確か様々な要因が重なって、管理対象がかなり数を減らしてしまった時だったか。
 なんにせよ、服装を最も発展させている者達の管理を任せているので、話を聞く事にした。
「お呼びにより、参上いたしました」
 現れて直ぐに頭を下げると、言葉を操る者達の管理をしているからか、その者らが用いる言葉を発するリーフェルトーナ。
「突然呼び出してすみませんね」
 同じ世界を管理しているので、当然管理者もそれを操る事が出来る。意思ではなく言葉で語り掛けられたのであれば、可能な限り同じ言葉で返すのが礼儀だろう。少なくとも、管理者はそう思っている。
「いえ。それで、どんな御用でしょうか?」
 リーフェルトーナは頭を上げると、首を傾げて不思議そうに問い掛けてくる。それにつられて、肩下まである青色と桃色が混ざったような薄い色合いの髪が僅かに揺れた。
「実はですね、服装について相談したいのですが――」
 管理者はリーフェルトーナに説明をしていく。といっても、何かあった訳ではなく単なる思いつきなので、要望を伝えるぐらいでそこまで長い説明にはならなかったが。
 管理者の説明を聞いたリーフェルトーナは、管理者を眺めながら頭の中であれやこれやと模索していく。
 管理者は背中の中ほどまで伸びた青交じりの銀髪をしており、背丈はやや低い。しかし、顔立ちは現実味の無いほどの整っているので、静かに立っていると人形にしか見えない。
 そういう訳で素材がかなりいいので、リーフェルトーナはもの凄く悩む。怜悧な雰囲気は大人の女性といった感じなのだが、背丈のせいか、それとも顎の辺りとか肩の辺りとかのところどころの線がやや幼さを感じさせる丸みを帯びているからか、そのせいで少女にも見えてくる。
 凛としたカッコよさと庇護欲をそそる愛らしさが同居しているような美しさに、リーフェルトーナは考えながらも思わず見惚れてしまう。
 リーフェルトーナもそんな管理者を基にして創造されているのだが、リーフェルトーナの場合は管理者よりも背が高く大人っぽくて、それでいてより女性らしくした感じなので、包み込むような優しい美しさといった風情がある。
 人々に聖母とも呼ばれる由縁だが、リーフェルトーナ本人にしてみれば、崇拝する管理者の美しさは別格なのである。
 しばらく考えたリーフェルトーナは、その場に幾つもの服を取り寄せていく。
 管理者は完全にリーフェルトーナに任せるつもりなので、リーフェルトーナが服を渡して着替えを頼むと、それを淡々と引き受けて着替えていく。
 もっとも、着替えと言っても用意された服を瞬時に読み取って、身体の上に再現させるだけだが。ずっと着ていたジャージは自分で創造したモノでなんの思い入れも無いので、構築する際の材料にしていた。
 そうして、長い長い服選びの時間が始まる。
 あまりにも長いこと服選びで拘束しているので、途中で管理者がリーフェルトーナに管理の方は大丈夫なのかと尋ねてみたが、リーフェルトーナにとってはそんな事よりも管理者の服選びの方が重要らしく、鬼気迫る勢いで「問題ないです」と即答された。
 実際、リーフェルトーナは管理補佐の補佐を創造して仕事を分担させているので、リーフェルトーナが数日どころか数年ぐらい居なくても全く問題がないようにしていた。
 それでもリーフェルトーナが居た方がいいのだが、本人が問題ないと言っているならばいいのだろう。問題になりそうな事は今のところ起きていないようであったし、今回に限って言えば管理者の私用でもあるので、もしも何か起きれば管理者が手助けすればいいだろうという理由もあった。
 それからも管理者は、大量の服の前で着せ替え人形に徹する。どれだけ見ても、管理者には服の良し悪しはさっぱり解らなかった。
 可愛いだの美しいだのカッコいいだの、似合ってる大人っぽ過ぎる子供っぽ過ぎるなどなど、リーフェルトーナは着せ替えては簡潔に感想を述べて次に移っていく。あまりにも膨大な服の量に、長々と感想を言う暇もない。
 それでも特に気に入った服装に関しては、色合いがどうのとか形がどうのとか装飾の位置がどうのとかともう少し詳しい感想を述べていた。
 そうして長い長い服選びが一通り終わった後、次はその中でリーフェルトーナが良いと思った物からの選別に移る。それだけでも、まだ服で山が出来る量があった。
 それの着せ替えを終えて、また候補を絞る。そして着せ替えをして、また候補を絞っていく。それを幾度も幾度も繰り返した結果、やっと十着まで絞り込まれた。
 そこからのリーフェルトーナは凄まじく、視線だけで人が殺せそうなほど真剣で鋭い視線で残った服と管理者を交互に見比べていく。
 これでもかというほどにじっくりと時間を掛けて熟考していった後、リーフェルトーナは管理者の前に三着の服を並べた。
「この中でしたらどれがいいでしょうか?」
 柔らかな声音でそう問い掛けてくるリーフェルトーナだが、その瞳は真剣そのもの。今でも脳内ではどれがいいかと思考しているところなのだろう。
 管理者にしてみれば、正直どれでもよかった。それこそ、何となく思い立って声を掛けたからこうなってはいるが、今でも別にジャージ姿でもいいと思っているほどなのだから。
 しかし、ここで答えないという選択肢は無いのだろう。そう思わせるぐらいにはリーフェルトーナは真剣で、これを選ぶ為だけに一体何ヵ月要しただろうか。
 いくら食事睡眠不要で疲労もなく、また永劫を生きる者達とはいえ、その時間と労力を無駄にする訳にはいかないだろう。
 そういう訳で管理者は、リーフェルトーナとはまた別の意味で悩んだ後、一着の服に決める。
「これがいいかと」
 言葉を慎重に選びつつ、管理者は一着の服を指差してリーフェルトーナに告げる。
「これですか? 確かに管理者様でしたらこの服の可愛らしさと美しさを引き出し、またこの服も管理者様の素晴らしさを引き立ててくれるとは思いますが……」
「駄目ですか?」
「……いえ、これにしましょう」
 三着の中に選ばれはしたが、その中では最も評価が低かったのか、リーフェルトーナの返答は少し芳しくはなかった。それでも、管理者が選んだという点を加味して、問題ないと判断したらしい。それに、服であればまた着替えればいいとも思ったのかもしれない。今回の件を契機に、管理者も服に興味を持つかもしれないと。
 なんにせよ、決まったので管理者はそれに着替える。
 着替えたのは、要所要所にフリルが軽くあしらわれただけの濃紺色の地味目の服を基に、その上にエプロンのような形の白い生地を前面に縫い合わせたモノ。
 ふわりと広がったスカートは足をすっかり隠しているのだが、スカートの中は広がった作りになっているので、歩くのに邪魔にはならない。
 腕の方は手首まで隠れており、手首の辺りにはヒダが何枚か縫い付けられている。その下に白い手袋を嵌めているので、露出は顔以外全くない。
 何処かの貴族のようであり、また使用人のようにも見えるその服を身に纏い、管理者はその場でくるりと一回転してみせた。
「それとこれを」
 そんな管理者へリーフェルトーナは大きなつばの帽子を渡す。顔の部分に影が来るようにつばが前後に長く、楕円形をしている。
 渡されたそれを被った後、管理者はその場で回ったり歩いたりしてみる。動くのに問題はなさそうなので、これでいいかと思った。
「それに、これもどうぞ!」
 そこへ、リーフェルトーナは飾り気の少ない白色の靴を差し出す。これも履けという事なのだろうと理解した管理者は、それを履いて再度その場で動き回る。
 それで問題なさそうだと判断し、管理者はリーフェルトーナに礼を言う。それに終始恐縮していたリーフェルトーナだったが、その瞳は嬉しそうに輝いていた。

しおり