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異様な世界

 朝ごはんは白米、納豆、焼き魚、味噌汁だった。こちらについては200年前と同じ。僕は変わっていない部分があることに、気分が和らいでいるのを感じ取った。

 卵焼きを食べたいと思い、冷蔵庫を開ける。中には一つも入っていなかった。ちょうど切らしているのかなと思ったので、親父に聞くことにした。

「卵はないんですか」

 親父の顔が真っ赤に染まっていった。

「おめえ、1個で10000銭もする高級品にありつけると思っているのか。うちみたいな一般家庭が食卓に並べたら、すぐに破産しちまうぜ」

 卵が1個10000銭。この時代に何があったというんだ。200年前は一般庶民であっても、簡単に入手できた。

 金の単位も変わっているのか。

 銭とはなっていることから、通貨の単位も変わっているのか。

 親父に感動が蘇ったのか、瞳をウルウルとさせていた。

「俺も子供の頃はよく食わせてもらった。ただ、30年前に鶏ウイルスが蔓延し、国内外問わず、
ほとんど絶滅しちまった。希少価値が一気に高まり、鬼のような値段で取引されるようになったんだ。それからは庶民の口には届かなくなっちまった」

 卵が値上がりしたということは、鶏肉も同じように上昇したのだろう。

 僕は感情を刺激しないよう、声に抑揚を持たせることにした。ここにいる親父は現実世界の何倍も短気だ。

「鶏肉はどうなっているんですか」

「鶏肉も同じくらいに値上がりし、市場価格は100グラムで50000銭だ。俺は20年以上、一度も食ったことねえ」

 卵にありつけないなら、鶏肉も食べられないのは自然かな。唐揚げ、フライドチキン、焼鳥といろいろな料理に変身するため、一般家庭では重宝されていた。

「おめえ、卵や鶏肉にありつきたいと思うのなら、殺人犯をあの世送りにすることだ。そうすれば卵10000個分の報奨金がもらえる」

 他人を殺めたら報奨金を受け取るどころではない。冬樹がそのようなことを頭に思い浮かべていると、親父が先読みしていた。

「正当な理由なく殺人を犯した人間は闇に葬っても構わない。大日本帝国憲法一条に定められている」

 殺人を犯した時点で人間扱いされないのか。この部分については画期的だと思った。200年前は命を奪っても、20年ほどの服役で刑務所から出所できた。そのことについて納得していなかった者は少なくない。

「遺族救済のための措置だな。一方的に殺害されるのを防ぐため、神様がこのような権利を与えてくださった。素晴らしい思考の持ち主じゃないか」

 新たな復讐を産むリスクはあるものの、泣き寝入りせずに済むという点は納得しやすい。200年前にもぜひ導入していただきたい。日本の無能な役人どもは、事件を犯したものを守ることには力を尽くすけど、被害者の救済には手を貸さない。新たな復讐を防ぐためなのだろうけど、手を出したものが勝つような制度は許しがたい。

 一億銭を入手できる絶好の機会だと喜んでいると、急に現実に引き戻されてしまった。

「自分にも跳ね返ってくるじゃないのか」

 冤罪であった場合、一億銭の懸賞金目当てとしてターゲットにされるのは確実だ。

「そのときはそのときだ。ハイリスクだからこそ、報奨金をたくさんもらえると思うしかないな。庶民はこうでもしなきゃ、大金を目にすることはない」 

 君主制、民主制のどちらであっても、力のない者は安い給料でこきつかわれる。これについては200年前と何ら変わりはない。

「ギャンブルで金儲けすればいいんじゃないか」

「ギャンブルは50年前に禁止された。反社会勢力の資金源を断つことを最優先にした」

 2020年では考えられないような大胆な改革だ。利権ばかりで動いている政治家にも見習ってほしい。

「牛肉、豚肉はどうなんですか」

「牛肉は鶏肉の値上がりを思わせるような高騰があったものの、現在は安値で取引されている。国産なら100グラム500銭くらいだ。豚は100グラムで200銭もあれば充分だな」

 200年前の通常価格と同じだ。鶏肉だけがインフレを起こし、豚、牛は価格に変動はないのか。

「インスタント食品はありますか」

「インスタント食品は有害指定食品にリストアップされている。店頭における販売は認められていない。お菓子、デザートなども店舗に置かれなくなった」

 インスタントラーメンは手っ取り早く、カロリーを吸収できるために重宝していた。お菓子、デザートは食後の楽しみだった。3つとも禁止されているなんて、不便な社会になったな。

 冬樹が一服のために煙草を探そうとすると、それらしきものは見当たらなかった。

「煙草はないんですか」

「煙草は麻薬と同じ扱いで、所持しただけで犯罪になる」

 とうとう禁止薬物に指定されてしまったか。200年前の世界においても、タバコを吸うだけで白い目を向けられていたため、これについては予測できなくもなかった。たばこ業界の税収はなくなるものの、一般庶民の健康を守れるなら費用対効果は充分すぎる。

 路上を歩いている女性の髪の毛が非常に長い。幼稚園児から高齢者まで全員が腰辺りまで伸ばしている。

 若い女性の長い髪は惹かれるものがあるけど、高齢者の長髪は目の扶養に良くなかった。白髪まじりをあんなに伸ばしても、奇麗とは思えない。

「女性の髪の毛が長いのはどうしてですか」

「女性の後ろ髪は50センチ以上でなくてはならないという法律があるだろ。男は反対に3センチ以上伸ばしてはいけない。これを犯した者は、10年以上の懲役に科される」 

 髪の長さまで規定が設けられているのか。2220年はどうなってしまったんだよ。 

 親父は髪の毛の長さについて指摘を入れてきた。

「お前、髪が長すぎるぞ。わしがバリカンで刈ってやろう」

 冬樹は抵抗しようとするも、親父の力は強かった。

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