2話 危機一髪
「大人しくしてな!」
犯人の手早いこと。本当に一瞬だった。
声を上げる暇もなく地面に倒され、人質は全員手を縛られて何十人もの人が私たちに銃口を向けている。
手慣れているのか相当準備をしていたのかは知らないが、本当にあっという間だった。
「だ、誰か、助け……いやああああああ!」
どこかへ連れて行かれる女性。助けたくても手を縛られ、銃口を向けられているこの状況。助けようとすることは間違いなく自殺行為だ。
「お前らも来い!」
それに続くように私たちも連れていかれた。1階にいたのだが、階段を上らされて5階に連れていかれた。
警察は1階から突入してくるだろうから、1階にいるとすぐに救出されやすいし、戦闘になると邪魔なのだろう。
「ヒャッハー! やっぱ楽しいぜ!」
早く警察は来ないのだろうか。テロリストの何人かは楽しむように銃を乱射している。
幸いにも何もないところに撃っており、まだ誰にも当たってはいないが、流れ弾に当たってもおかしくない状況だ。
こんな状況なのに意外と冷静な自分が不思議でならない。異世界に来た影響だろうか。
「……光って、こういうの意外と平気? 経験者?」
小声で沙月さんが話しかけてくる。周りが騒がしいのと、拉致した人が多すぎるせいか全く気付かれていない。私も小声で返事をする。
「怖いですよ。だけど、自分でも怖いくらい冷静です。……警察はさすがに早すぎますよね」
よくよく見ると沙月さんも渚さんも冷静なのだろうか。周りは皆泣いたり怯えていたりしているのに沙月さんは笑顔で話しかけている。渚さんは何ともないといったような顔。こういうのに慣れているのだろうか?
「……? まあいいや。ねえ、渚。準備いい?」
「問題ない」
「よし。んとね、それっぽいものがもうすぐ来るよ。数えるね。3、2——」
「てめえら何ごちゃごちゃ話してやがる!」
やっと私達の話し声に気付いたようだ。その人のカウントダウンと重なるようにテロリストの1人が声を荒げ、こちらに銃を向けてくる。
さすがにまずい。と、思ったその時だった。
「1、0」
そのカウントダウンが0になった瞬間、シャッターが開くような音がし始めた。その瞬間、明らかにテロリスト達が慌て出し始めた。
まさか、沙月さんは警察の関係者なのだろうか。でも、正確なタイミングが分かったのはなぜだろうか。
「何事だ!?」
「いくらなんでも早すぎるだろ!? どうなっていやがる!」
テロリストは焦っているのか、私達に目もくれていない。
全員が1階に降りていく。監視の目が居なくなった。
「えっと……沙月さん、これは一体……」
「えっへん、凄いでしょ」
「お前だけが凄いわけじゃないだろ。それにそんな事を言っている暇はない。ほら、解けたぞ」
「うー、天才ナメないでよね」
どうやらロープが切られたらしい。渚さんの手にはいつの間にか折りたたみできるナイフが握られていた。どこから取り出されたのかは分からないけど。
……そういえば鞄などの持ち物の回収はされていたけど、人質の数が多いせいか体の隅々を確認してまで回収はされていなかった。
ということは、ポケットとかに隠し持っていたのだろうか。ここでそんな物を持っているとなると、やはり警察官だろうか。
「ありがとうございます」
「そういえばさ、光って超能力者?」
「超能力者……? 超能力とかの類なら持っていないと思いますけど……」
この発言から察するとこの世界では超能力というものがあって当然なのだろうか。
ということは、私をこの世界に連れてきた犯人はそいつかもしれない。
なるほど。魔法はないと思っていたが、超能力ならありそうだ。
「うーん……なら大丈夫……か? ……やばっ、渚!」
突然、爆発音が何回か鳴り響く。テロリスト達が銃などで散々ボロボロにした床なのに、その衝撃で崩れていく。
そして不幸なことに、私の真上の天井や足元の床も崩れ落ちていく。
「しまっ……」
渚さんのそんな声が聞こえたと思う。やはり、あの爆発でかなり崩れたらしい。っていうか脆すぎないか、この建物。
体が思うように動いてくれない。ああ、この瓦礫の量は死んだかな。
一瞬のことのはずなのに、ここまでゆっくりに感じるとは思わなかった。今まで2度ほど味わった記憶はあるが、小さい頃の記憶だからかあまり覚えていないのだ。
今までの記憶……これが走馬灯か。皆にもう1度会いたかったな……
「っと、大丈夫か?」
「えっ、あっ、はい」
突如、時間が猛スピードで動き出す。男性の声が聞こえた。どうやら私を危機一髪のところで受け止めて助けてくれたらしい。
いやいや、待て待て。5階から落ちたんですよ? 穴の抜けた床が4枚見えるってことはここ1階ですよ? 腕とか大丈夫か?
その人の服装は私が知っている日本の警察の制服やテロ対策部隊ものとは違うが、全員統一されていていた。この世界でのテロ対策部隊かそういう類の人たちで間違いないだろう。
「うらぁ!」
そう声を上げて襲いかかってきたのはテロリストだった。長いナイフ……いや、刀!? 刀なんて持ってるの!?
このままではこの警官は斬られてしまう。そう考えた瞬間、体が勝手に動いた。
警官を押し退け、運が良ければ真剣白刃取りで……いや無理でしょ、死ぬ!
「ぐあっ、な、なんだ!?」
突如、目を開けていられないほどの強烈な光が襲った。目を瞑っていても光っているのがよく分かる。
その直後にびゅん、と刀が振り下ろされる音はした。だがどこも痛くない。すると、あの強烈な光は消えて目が開けられた。
「目が、目がーっ!」
刀を持っていたテロリストはまともに光を食らったせいか目を押さえている。……某大佐が失明したあの呪文は誰も唱えていないのだが。
「……はっ、そいつを取り押さえろ!」
驚いていた警官と思われる人たちだが、思い出したかのように取り押さえ始める。その間も目を押さえているテロリスト。……もしや、失明したかな。
「怪我はない?」
「大丈夫です。さっきのは何だったんでしょう……」
「……そうだな、よし。ここは危険だ。早く出よう」
「はい」
間があったが、周りを見ていたし状況判断でもしていたのだろう。
あの光もこの警官のものか? それなら、私の質問には答えそうだけど……あるいは、別人がやったことなのだろうか。
警官は私の手を引いて、外に向かう。テロが始まってから数十分しか経っていないのに建物は既に瓦礫だらけだった。
「ちょっと待った」
障害物だらけの店を抜け出して道路に出た瞬間、行く手を阻むように1人の男性が立っていた。