亀吉会長の過去!
今回の登場人物
亀吉(かめきち)…アダルトサイトDNNN創業者、現会長
桶嶋(おけしま)…DNNNの現社長
本庄静香(20)アクセサリー店を持つことが夢の女性
※第4話は長くなってしまい主人公が登場しないという事態になりました。
M探偵と冴渡の掛け合いを楽しみにされた方、大変申し訳ございません。
それは亀吉が日本最大級のアダルトサイトDNNNを始めてまだ3年目の春だった。
そのころすでにFC69とのアクセス競争は始まっていたが、今ほど激化しておらず、亀吉自体、共存することのほうが大切だと考えていた。しかし、当時取締役に上がったばかりの涌嶋専務は『打倒FC69』という目標を勝手に掲げ、今後5年以内に売り上げを3倍に増やすと会議の席で言い放った。
桶嶋専務はその時から創業者の亀吉に対して、妙な対抗心を燃やしていた。亀吉からすれば、それで売り上げが上がるのならば越したことは無いが、桶嶋専務の強引なやり方を好きではなかった。
「5年後で結構です。わたしが社長ではダメでしょうか?」
そういう事を亀吉に平気で言ってくるこの桶嶋という男は、亀吉の経験上良い人材ではないような気がしたが、自分が退いても会長になることで今の体制と変わらないと亀吉は考えた。それに誰よりも頑張っていることも確かだ。
「まぁいいだろう。5年以内と言わず3倍になった時点で君が社長だ。私が会長につく」
「ありがとうございます。見ててください。必ずやFC69を蹴散らし、売り上げを3倍にして見せます!」
いつもの力んだ様子で桶嶋が言ったので、亀吉は注意をしようと考えた。
「そのことなんだが……FC69とは仲良くやっていきたいと思ってる」
桶嶋は首を大きく振り、
「あぁもう。だからダメなんですよ。あんなヤクザまがいの無修正サイトとどうやって仲良くするんですか!? あいつら、こっちの脇役女優を片っ端からスカウトしてるんですよ!」
「それは、女優たちがこちらに不満があるからじゃないのか? 金額なのか、作品自体なのか、何か不満があるからそういう事になるんだろ? 違うか?」
「そ、それはまぁ」
「力技で相手を蹴散らすのも良いが、社員の不満を潰していくのも仕事だと思わんか?」
亀吉は桶嶋の肩をポンと叩いて去っていった。
「くそっ……何が不満だ……自分だけがっつり儲けやがって……」
桶嶋は睨むような眼で亀吉の背中を見つめていた。
この1年後、桶嶋は売り上げを3倍に伸ばした報酬として社長の座についたのだった。しかし、亀吉の言った不満は水面下で音をたてて沸騰し始めていることに桶嶋は気付いていなかった。
ただひとり、気付いていたのは亀吉だけだった。
「なんとかしないと……」
女優の流出問題は深刻だった。新しい女優を風俗店や水商売からスカウトしたり、HPで募集もしているが、作品としてお金をかけずに作られているFC69の方が、実は高額のギャラになっている事は業界内でも囁かれていた。
DNNNではスタジオ撮影で機材も充実しており、メイクや照明、音声のスタッフもいる。ドラマのような作りこんだAVも得意分野だ。しかし、FC69はその真逆だ。素人の投稿作品という名目上、多少画像が悪かろうが、音声が悪かろうが、アソコはばっちり見えるのだ。男とカメラさえあればAVは成立する。だからこそ、女優に支払われるギャラは作り込んだAVより高くても十分採算はとれた。
新社長の桶嶋は、女優よりも売り上げとサイトのアクセスを重視していた。新社長としても、ここで一発ヒットが出れば箔がつく。意気込みだけは血気盛んな桶嶋だったが、結局出したアイディアがFC69のような投稿作品をパクリ低予算AVを量産することだった。桶嶋は逆に女優の不満を買う結果になっていた。
そのころ、会長になった亀吉は大都会の一等地に巨大なビル(のちのDNタワー)を建設開始し、自らもその近くの高層マンションに居を構えた。
「桶嶋社長、君のやろうとしていることはFC69の二番煎じだ。そうだろ?」
「いえ……あ、新たな顧客を創出しています……」
「どうやってそれが分かる?」
苦虫を噛み潰したような表情を見せる桶嶋に、亀吉は決断した。
「君の仕事は中身がない!」
「……はい……」
「あとはおれがやる。言うとおりにするんだ」
これには答えない桶嶋だった。
偉そうに言ったものの、亀吉に新しいアイディアがある訳ではなかった。DNタワーを建築することで、亀吉はアダルトサイト運営者という枠を超え、政界・財界に繋がりを持って行った。
しかしこれに甘んじてはいけない。
そう、FC69はすぐ後ろにいる。
ここ最近、業界内では背後に大きな暴力団がついたとのうわさもある。ワンクリック詐欺などのサイトも運営しているそうで、その利益総額はとうにDNNNを超えているのではないかとの噂もある。
亀吉はそうなりたくはなかった。例え、たかがエロ動画だとしてもビジネスとして成功できるのだと証明したかった。
そんなある秋の朝。
亀吉の住むタワーマンションのふもとには小さな児童公園があった。
亀吉は毎朝そこで出勤前にコーヒーを飲む習慣があった。
ベンチに座りぼんやりとする時間が亀吉は好きだった。
見ると公園の片隅に大きなラグを広げてアクセサリーを並べている女性がいる。
亀吉はこんなところで売ったって誰も買わないぞ。と、心の中で思っていた。やるなら、もっと人の流れのある通りだ……。
一人の金持ち風の女性が歩いてきた。と、そのアクセサリーを広げている彼女が女性に声をかけた。
「ねぇねぇ。このアクセサリーどう思う?」
「え?」
困惑する女性。
「売れると思う? これリサーチなんよ。このあたりって裕福な人多いでしょ。そういう人たちに買って欲しいから本物じゃないとあかんと思って。だからお願い。意見聞かせて」
女性は困惑してそそくさと離れていった。
「あかんか……」
それを見ていた亀吉の身体が勝手に動いた。
「へ~。モミジなの?」
こちらの質問には答えない。
「金持ちそうなおっちゃんやなぁ」
「僕はこう見えても元アクセサリーの露店商なんだ」
「へぇ。同業者か!」
亀吉は笑って、
「いまは違う。これはなんて石で作ってるんだ?」
「カーネリアン。赤と白とオレンジがきれいやろ? うち、モミジが好きやねん。せやし、モミジをモチーフにして作ってるんや」
亀吉が見ると、ペンダントやネックレスはモミジ型に加工された石がついているものが多い。
「なるほど。おもしろいな」
「せやろ。でも売れへんねん……けっこうお金と時間かかってるし安くしたくないからなぁ」
「君、名前は?」
「うちは本庄静香」
「ネットで売ってみるか?」
「うそ?」
静香は嬉しそうに、白い歯を見せて、
「いいの?」
亀吉はその表情に狂おしいまでのファンになりかけた。なんて魅力のある顔をする女性なんだ。出会って数分で誰かを応援したくなる事が、まさか自分に起こるとは思ってもいなかった。
そして何より、自ら顧客のターゲットを決め、売れるためには何が必要かをリサーチする姿に感銘を受けたのも事実だった。
亀吉が話を聞くと、静香は大阪から一人で上京し、安アパートでバイトしながらアクセサリーを作って路上で販売していたそうだ。いつか自分のアクセサリーショップを持つことが、彼女の夢でもあった。
亀吉は数日後、桶嶋にアクセサリー販売の特別サイトを作る指示を出した。
明らかにムッとした表情の桶嶋に、本庄静香を紹介し、彼女の指示を全面的に仰ぐよう言った。
むろん、静香にはDNNNがどんなサイトであるかは伝えてある。静香は、ターゲットを富裕層の男性に変え、プレゼント用にどのようなデザインが好まれるか徹底的にリサーチしていた。
もはや、心配する必要はなかった。
半年の準備期間を終え、サイトはオープンを迎えた。
DNNNのサイトを通じてアクセサリーを購入する者は初日から現れた。それは、エロ動画サイトからすれば微々たる利益だったが、亀吉と静香は抱き合って喜んだ。
影で桶嶋が、亀吉と静香が出来ているという噂を流し「亀吉は地に落ちた」と吹いて回っているらしい。
実際、亀吉が静香に手を出したのは、アクセサリーが売れ出してしばらくしてからだった。
もともと、AVの売り上げをアップさせる方法を静香と相談していたから、いつかはそうなるだろうと亀吉も思っていた。
何より、亀吉はそれを求めていたのかも知れない。
ベッドの中の静香は想像以上に色気があり、20歳でありながら相手のツボを探すテクニックが秀逸だった。亀吉が責めれば、静香がそれに輪をかけるように応戦する。
「……ここは?」
「うん……そこ」
「じゃこっちだ」
「うふっ……」
つながったまま何度も甘い会話を繰り返し見つめあった。
「おれの事、どうなんだ? まだ金持ちのおっちゃんか?」
「ん~。普通のおっちゃんやで」
彼女なら天下を取るかもしれない。
そして、亀吉の愛は斜め上に向かった。
本庄静香は、『カエデさん』という芸名をもらった。
由来を聞かれた亀吉は、静香にこう答えた。
「モミジはすべてカエデ科の植物っていうのがひとつ。それと……まぁもうひとつは内緒」
教えてとだだをこねる静香に背中を何度もたたかれる亀吉。
彼女の蜜がメープル(カエデの英語表記)シロップのようにトロっとして、とてつもなく甘く黄金の輝きを持っていたからだとは言えなかった。
そして通夜の夜。
亀吉は一番前の席で、巨大モニターに映るカエデさんのメモリーAVをただじっと見つめていた。