Ｍ探偵～もっと強くなきゃ解決できないよっ！

　粗相をしたジン子を温かく見つめる冴渡刑事と、度肝を抜かれた亀吉とくじら1号は空いた口を閉じるのを忘れていた。
　まだ絨毯から湯気が立ち込める中、亀吉が口を開いた。
「ご、合格だ……。素晴らしいよ、まったく。さっそく撮影と行きたいところだが、どの部署に所属するかこちらで検討する。それに……」
「それに？」
　冴渡はジン子のパンティを拾いながら亀吉を見た。
「今夜はカエデさんのお通夜だ」
「そうだな……警察としても厳重な警備を敷くと聞いてる」
「わかった。よろしく頼む。さ、くじら1号、作品会議の時間だ。ジン子さんの所属を決めるぞ」
「わ、わたし……あの、よろしくお願いします！」
　ペコリと頭を下げるジン子。
「うちはジャンルごとに部を作って売り上げを競い合っているんだ。希望のジャンルはあるかな？」
「ジャンル？」
「ああ。巨乳部、人妻部、熟女部、尻部（でんぶ）がある。それぞれ部長がいて専属のスタッフと女優がいるんだ」
「えっと……」
「羞恥部はないのか？」
　亀吉は冴渡に痛いところを突かれたという顔で、
「今後検討する」
　とだけ言い残しておくの部屋に消えていった。

「よかったな、M探偵」
「はい……あ。でも……」
　冴渡からパンティを受け取り履きながらジン子は思い出した。
「あ、あたし……」
「どうした……」
「いえ……なんでも……」
　ジン子は自分の中に何かしらの変化を感じていた。あれほどの羞恥を受けた時は、自分の中で何かしらのパワーが目覚めていたはずだった。ある時は、スーパーサイヤジン子になり、またある時は事件の真相がフラッシュバックしていた。それが今日は何も起こらなかった。
「わたし……どうしたんだろう？」
　ジン子は、心なしかこの事件が自分にとって大きなポイントになるような気がしてならなかった。

　カエデさんの通夜は、特に寒い夜となった。
　ジン子は着慣れない喪服を身にまとい、夜の道を歩いていた。

「よっ！」
　背後から声をかけてきたのは、昼間ジン子の粗相を見られたくじら1号だった。
　彼もまた真黒なスーツに身を包んでいた。
「いまも遠隔ローター仕込んでるの？」
「い、入れてませんよっ！　もう、恥ずかしい」
「アハハハ！」
　爽やかに笑うくじら1号。
「聞いてもいいですか？」
　ジン子は気になっていたことを聞くことにした。
「何？」
「くじら1号って名前……」
「ああそれねぇ……ぼくと絡みの撮影したら教えてあげる」
　顔を近づけてニッと笑うくじら1号。
　抱かれてもいい。内心、ジン子は冴渡とはまた違う羞恥の扉をこじ開けて来るくじら1号に惹かれ始めていた。
「あ、何部なんですか？　くじらさんは？」
「えっと。僕は会長のお気に入りだから……」
「え？　どういう意味？」
「会長のお気に入りになったら部署とか関係なく撮影できるんだ。社長とか息子さんはあんまり良く思ってないみたいなんだけど」
「社長と息子さん？」
「そう。DNNNは会長が一代で作った会社だから、会長の命令は絶対なんだよ。それをよく思ってないみたい。特に社長は。専務の息子さんは社長に担がれてるかんじだな。ここだけの話だけど、死んだカエデさんは会長のごひいきだったから、実は社長が殺したんじゃないかって……だってこの事件で会長のお気に入りの女優さんが出演を断り始めてるんだ」
「え？　そんな……」
「ま。あくまで社内の噂だよ。どこにでもあるだろ？　こういう社内問題って」
「でも社内の問題で人を殺しますか？」
「うーん……。カエデさん、ちょっと前に事件起こしたから……」
「事件？」
「あ、会場だ！」
　くじら1号は走り出した。
「あ、ちょっと！」
「ぼく、ちょっと準備があるから先行くね！」
　ジン子は久しぶりに履いた低いパンプスを恨んだ。サイズを間違えて買ったから、走るにも走れなかったからだ。

　国民的AV女優カエデさんの通夜・告別式は、2万人収容可能の巨大ホールで盛大に行われるとあって、付近は屋台や神輿などちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。駅からホールに向かう道はすでにお祭り騒ぎのようになっていたが、お祭りと違うのは道行く誰もが真黒な服を着こんでいる事だった。

　ジン子はいったん冴渡と合流し、通夜に参列することにした。
「すごいな。さすがカエデさんだよ。屋台でたこ焼きでも買うか」
「買いません！　お葬式ですよ」
「じゃ、久しぶりに乳首に洗濯ばさみでもつけてみるか？」
「え……」
　根っからのMであるジン子はそういう羞恥的なセリフにすごく弱く、嫌とも良いとも言えない。
「あ、そういえばさっきくじらさんと会ったんです」
「あの美少年男優か」
「カエデさん、殺される前に何か事件を起こしたみたいなんです」
「事件？　会長の亀吉はそんな事何も言ってなかったな」
「わたし、その事件を調べてみます」
「よし。わかった。それから、今度ある男を紹介する。M探偵を助ける男だ」
「え？　わたしを助ける？」
「あぁ。趣味でアダルトグッズを作って闇で販売している男なんだが、実は科学捜査に精通している男なんだ。俺は、Qと呼んでいる」
「アダルトグッズですか」
「俺の依頼で今、探偵の7つ道具をつくってもらっている。楽しみだなぁ」
　絶対冴渡が楽しむ為に依頼したであろうアダルトグッズとは？
　ジン子は、この冴渡という男が家庭を顧みず自分を羞恥することに本能をむき出しにしている事に、優越感すら覚えた。
「楽しみです」
　率直な意見だった。

　カエデさんの通夜は、巨大ビジョンにデビューからの名シーンが流れる中、厳かに行われていた。18歳の初々しい初脱ぎシーンから、熟しきったハードプレイの数々。どれも息を飲むほどに張り詰めた映像であった。
　その巨大ビジョンの下、お坊さんが巨大な祭壇の前でマイクに向かってお経を唱えている。が、そのお経はカエデさんの喘ぎ声でほぼ聞こえない状態だった。
　冴渡とジン子もその会場の中で、亡きカエデさんの名シーンを見ていた。すでに冴渡は完全に立派な股間になっていたが、それはこの会場にいる男性全員に言えることでもあった。

「お……。内閣総理大臣のお出ましだ」
「あ、ほんとですね」
「亀吉会長は政界や財界にコネクションがあるというが……まさか総理大臣とはな」

　大音量でカエデさんの喘ぎ声が流れる中、内閣総理大臣の部阿（べあ）が壇上に上がっていく。
「私たち国民はあなたの美しさ、健気さ、そして卑猥さ。そのどれもをいつまでも覚えています。決してあなたの事を忘れることなく、これからも生きていくことでしょう。カエデさん、安らかにお眠りください」
　会場からどっと拍手が起きる。
「同時にあなたには、国民栄誉賞の授与を検討している事をここに報告いたします」

「おおぉ！！」
　と、会場にはより一層のどよめきが起こった。
　おりしも巨大モニターには、四つん這いになったカエデさんが二人の男から責められている映像が流れていた。