わたし、AV女優になります!
2月の寒いある土曜日。
河川敷の河原にはうっすらと霜が降りていた。流れる河川の音は、その日の寒さをいっそう冷たく感じさせるようだった。
横にうずくまるような形で横たわるその女性の遺体にも、例外なくうっすらと霜が降りていたから、殺されたのは夜中より以前だという事は誰の目にも明らかだった。
最初にその遺体を見つけたのは、河川敷の橋のふもとで段ボール住宅を作って寝起きしている浮浪者だった。しかし、彼は携帯も持っていないので連絡のしようがなかった。
河川敷を上がって国道に出た彼は、誰かにこのことを報告しようとウロウロしたが、早朝の国道は通勤に急ぐ車ばかりでいっこうに歩行者など現れない。
そのうち、「……寒い……」と断念し、自分の家に戻ることにした。
冬はいろいろと寒い。
結局、次に見つけた散歩中の女性が警察に通報した。
その女性はエロビデオ業界では有名なAV女優で、今、日本を席巻しているアダルトメーカーサイト『DNNN』(ディエヌエヌエヌ)の専属女優、カエデさんであるという事は、すぐに分かった。
なぜなら、冴渡刑事が現場に来ていたからだ。
「きのうも彼女で抜いたよ」
死体遺棄現場で堂々と言ってのける刑事は、世界広しといえど彼以外いないだろう。
死体遺棄。そう、どうみても彼女は誰かに殺された様子であった。
「こんなトップ女優がどうして……」
冴渡は、カエデの死体に両手を合わせながら、彼女の最新作『夫の居ない週末に、高校時代の男友達を呼び出す妻3』の感銘を受けたシーンを思い出していた。
「事件だ。M探偵」
早速、冴渡刑事はM探偵こと奥葉ジン子を現場に呼び寄せ、彼女が来るまでカエデさんの死体を鑑識と共に凝視していた。
と、言っても冴渡の関心は今までモザイクの向こう側だったカエデさんの秘められた場所であった事は、言うまでもない。
じっくり見ようとしゃがみ込んだ冴渡の足元でパリッと氷が割れる音がした。
「氷……? ここだけ?」
周辺に霜は降りているが、氷までは張っていない。
冴渡は、不思議に思いながらもカエデさんの秘められた場所を見つめながらも、遺体に残った奇妙な痕跡を見逃さなかった。腹部に出来た円形の痣のようなもの。
「この痣は? 鑑識さん、これは何だろう? 打撲痕だろうか?」
「そうですね。調べてみないと何とも言えませんが、何かで殴られて出来たと考えていいと思います」
「死因は?」
「見てください。体中にそのあざのようなものが出来ています。恐らくこれが死因だと……」
「打撲で? まさか。どんな衝撃なんだ?」
「それは……」
返答に困る鑑識を置いて、冴渡はようやくカエデさんの秘められた場所を見つめる。
「こんな形だったのか……くそっ!」
冴渡は憤り、最後には涙していた。あれほど見たかったモザイクの向こう側が、見てみるとただの貝っぽい皮みたいなモノに感じるからだ。それは、おそらくカエデさんが生きていないからなんだろう。
「誰がこんな事を……!」
冴渡は、こぶしを握り締めて誓った。
「俺がこの手で必ず……」
冴渡はスマホをいじって、
「必ず……全動画をダウンロードします! 黙とうっ!」
一人、両手を合わせ目を閉じる冴渡だった。
「お疲れ様です」
現れたM探偵こと奥葉ジン子は、これから始まる冴渡からの羞恥を想像しすでに頬を赤らめていた。ジン子は、事件の真実ももちろん追求したいが、愛する冴渡からの羞恥も実は心から待ち望んでいた。
だが今日の冴渡は、ジン子にとんでもない要求をしてきた。
「M探偵、悪いが今からDNNNに行ってAV女優として志願してもらう」
「AV女優?」
さすがのM探偵も一瞬たじろぐような羞恥だ。不特定多数に見られる興奮と、それを冴渡から指示されるという興奮が同時にジン子の股間に襲い掛かる。
「そうだ。俺の勘では今回の事件、これだけで終わるような気がしない。きっともっと大きな事件が起こるはずだ。それを水際で食い止める為には、誰かがAV女優にならなければならない。わかるな?」
「はい。わかります」
いつになく真面目な意見を言う冴渡にキュンキュンしたM探偵こと奥葉ジン子は、AV女優になるべく老舗のアダルトサイト「DNNN」の門を叩くことにした。
以前にも、アルバイトでAVには出たことはあったが、今回は長期的に仕事としてこなすことに若干の緊張と興奮を覚えるジン子であった。しかも、冴渡の命令である。
なぜ、冴渡がM探偵をAV女優にしようと考えたのか?
そこには警視庁のサイバーネット対策本部が警戒している「エロ動画抗争」が背景にあった。
冴渡は、DNNNという会社がライバルサイトの「FC69」(エフシーシックスナイン)とエロ動画抗争をしているという噂を聞いていた。
FC69は最初素人投稿サイトだったが、その過激な内容が受けて最近急成長しているサイトで、DNNNの女優を裏で買収し出演させてDNNNの怒りを買った。
DNNNは、その報復にFC69にサイバー攻撃を仕掛けてサイトのアクセスをマヒさせたという事までは知られていた。
当代きってのエロ刑事冴渡としては、どちらのサイトも愛用していたので2社の抗争が鎮まる事を願っていたのだが。
今回のカエデさん殺害で、冴渡はその抗争がますます激しくなっていくのではないかと思っていた。
そんな危険な状況に果たしてジン子を巻き込んでいいのか?
「今回の潜入はかなり危険になるぞ。嫌なら断ってもいい」
冴渡の本心だった。
「行きます」(冴渡さんが言うから)
ジン子は久しぶりに冴渡の捜査の手伝いが出来る事に喜びを覚えていた。例えそれが危険なところであっても、冴渡が助けてくれる、冴渡が羞恥してくれる。それだけで良かった。
ビル風がきついある日、ジン子はDNタワーと呼ばれるDNNNのビルの前に来た。
ジン子は履歴書を手にそのタワーを見上げていた。
急に吹いたビル風に驚いたジン子は、履歴書を手放してしまう。
「あ!」
次の瞬間、ジン子の横を風のように走る少年がいた。
「え?」
ジン子が驚いて立ち尽くすと、その少年は空高くジャンプし、太陽に向かって手を伸ばした。その手は、ジン子の飛ばした履歴書をさっと掴む。
逆光に包まれる少年は、くるっと空で回転し、地面に着地した。
「……はいこれ。大事なやつでしょ」
きらきらとした瞳の少年は、細身で背は高くないが、ジン子の好きな美少年である事は間違いなかった。
少年は、ジン子に履歴書を渡す。
「す、すごい」
「ここの風はほんとにやっかいなんだよ」
少年はジン子の顔に近づき、おでこにチュッとして、
「じゃ」
「え……」
突然の美少年からのフレンチキスに動揺を隠せない。冴渡にもしてもらった事はない。
ジン子は『キュン』ときてしまったようだった。
「やだ……わたし……」
Dカップの胸の鼓動が、なかなかおさまらなかった。