雷神は苦悩する 1
ジアール帝国北部クナイツァー領
領都ファティニール
ファティニールは真円を描く4つの区画からなる都市である。
北方の真円区画に行政府、司法府、立法府があり、玄関先とでも言える西側にある中央区画には、飛空艇港や魔煌列車の中央駅があり商業エリアとなっていた。
南側の区画は低層建物が並ぶが平民の住居エリアとなっており、東側の奥の丘陵を活かしたエリアは貴族の居住区画である。
今現在第二期工事として真円が二つ追加され新たに居住エリアと工業エリアが新設される。
顎門に集中していた工房区画が一部移築される事が決まっている。
ファティニールの目の前には、アークベルテ湖が広がり水の都として観光地としても有名であり、
真円エリア同士を結ぶのは、道路と路面鉄道で幾何学的な都市美を持つ巨大都市だ。
北方区画の中央に4本の高層建物が領政府の建物であり、その中央に聳える白亜の領都行政府が中央に鎮座する。
領主代理として執政官アブローラ フォン アルスロップが治めていた。
クナイツァー領には都市が5つある…あったと言うべきか。
城塞都市顎門、領都ファティニール(南)、領街エレスタジア(東)、領街ルブール(西)、迷宮都市イグルー(北西)の5大都市から成り立っていたが、イグルーは先の大戦で陥落し氷結封印されている。
クナイツァー家の未来の当主は、いずれイグルー奪還の使命を背負わされるのだ。
魔力暴走の抑制の為の間引きが出来なくなって30年…次は、何が起こるか分からない。
帝国にとって未知の領域に突入しているのだ。
帝国史上最恐のシュバリエと言われるクナイツァー家当主シロウドレイ を持ってしても、イグルー奪還の道筋は見えていなかった。
試算は出ていた。
イグルー砦の手前にある平野を決戦の地に定め、陣地を構築し迎え撃つ。
教科書通りと言われようが一番成功率の高い作戦なのは、シロウドも理解していた。
1. 魔煌艦隊を出撃させ、飛行系魔獣を撃破し制空権を確保。
2. 重砲による波状攻撃を行い、突破してくる魔獣や『悪魔』を魔導騎兵300騎を持って各個撃破。
3. 王クラスの『悪魔』が出た場合のみ、強行突入戦仕様に換装した帝騎全騎(残機4)で決死隊を組み迎撃に当たる。
この迎撃案が出た時、シロウドは絶句した。
迎撃作戦プランに対してではない、必要とされる物資の量にだ。
クナイツァー家保有の魔導騎兵は、公称60騎…秘匿している予備騎40を含めても、最大100騎。
一回限りなら騎兵乗りも用意出来るが、まず100騎の大規模戦闘を経験した隊長がいない。
騎兵隊に指示を出す筆頭騎士ライズベルでさえ20騎が精々だ。
それにも関わらず、300騎ときた。
クナイツァー家といえども、財政破綻する。帝国全領でさえ、300騎その数は揃えられない。
魔煌艦隊が制空権を取れなければ、この作戦はそもそも成り立たない。
40年前、ブルーム率いる召喚士隊の召喚獣達が漏れた残敵を喰らってくれたが…今はいない。
召喚士がいない、召喚術そのものが衰退した…どれだけ被害が出ると言うのか。
参謀の出す案は、領内にある大型飛空艇にありったけの煌機関砲を積み掃射する…あんな鈍足の飛空艇で飛竜に襲われたら…死ねと言うのか?
別案として、飛行魔獣対策として、小型で高速飛空艇を作り機銃を積み込み駆逐する…夢のプランだ。脱出用に作られられた小型の飛空艇を改造し云々…机上の案の域を出ない。
「迎撃しないで済む案もあります。」
と、恐る恐る案を述べる参謀を、顎門幹部達は責めた。
夢を吐く場ではないぞ?と失笑する。
その若い作戦将校はシロウドをじっと見つめる。
思案気に顎に指を置く…ふむ、と一息つく。
「その案は、一番現実的であるか」
シロウドの言葉にその参謀以外皆ギョッと目玉を真ん丸した。
”正気ですか?”と、一同思うが口に出す訳に行かず沈黙する。
「詳しく試算せよ」
と、領主命令が下った。
「了解しました、お屋形様」
若い参謀は恭しく頭を垂れた。
その案は、昔ブルームが父親であるシロウドに直訴した案だった。
”こいつは、頭がいいのか馬鹿なのか…わしには分からん”
と、嘆いたのを思い出す。
ふふふ…
重苦しい軍会議で、シロウドが薄ら笑いを浮かべ顎門幹部が皆凍り付いている奇妙な光景だっ
た。
後日、有事の際適用される作戦案の一つとして高優先順位がつけられた。
溢れ出した古き者や魔獣を帝都に誘導し……アークベルテ湖を決壊させ、反クナイツァーを一気に濁流に沈め南部に押しつける。
魔導騎兵、魔煌艦隊総出撃し、一気に浄化殲滅する…シロウドの決断で今すぐに可能な最も確実性の高い作戦案だった。
そして、大きな問題もなく何年か過ぎた。
出来事があったとすれば、アブローラが領都執政官職に就いた事くらいか。
だが、いつの頃からだろうか…
とある噂が囁かれ始めた。
あの子は…悪魔憑きだ。
レインは、やはり普通の子とは違っていた…タンタの恐れていた事が始まり出した。