悲しむモノ
冷たく顔に何かが何度も落ちる。
起こそうと力を入れるが激痛が走って動きたくなくなる身体に、苛立ちを感じつつも状況を確かめるために瞼を開ける。
何度も顔に落ちてきた原因は、雨だった。
しかし、なぜ自分は外で雨に濡れているのか分からない。
「あ…」
何とか振り絞れば声が出る。
身体はまだ動かせないが、首に力を入れて周囲の状況を確かめる。
だが、いくら周囲を見渡しても雨に濡れている原因は分からなかった。
仕方なく足腰に力を入れて激痛が走りながらも、立ち上がる。
ふらつく身体から起き上がるとすぐになぜ自分が外に居たのかを理解した。
「なっ…!?」
雪花の目に映ったのは、家々が燃えて失くなっていた状況だ。
この惨状を目の当たりにして考察したのは、何者かが自分達を襲い、抵抗したものの無惨に敗北してしまった状況なのだろう。
「そ、そうだ! 村長は…」
村に何かしら問題が起これば村長が一番危険な状態になるはずだ。
急いで安否を確かめようと痛む身体を押さえ込みながら探す。
そして、人集りが出来ている場所を見付け、嫌な予感が脳裏に過る。
そんなはずはないのだろうと自分に言い聞かせ、人をかき分けて進む。
だが、雪花が見つけたのは、仰向けで寝ているような状態の村長だった。
「…寝ている…だけ、ですよね?」
力のない問いに答える者達は、溢れている涙を堪えながら無言のまま首を静かに横に振った。
雪花の頭の中には、なぜ、という言葉しか出てこない。
なぜ、村が焼けている。
なぜ、村長が倒れている。
なぜ、自分は気がつかなかったのだ。
「な…ぜ…?」
涙は、出なかった。
胸が苦しく締め付けられているというのに、泣く事すら許してはくれないように胸の痛みが上回る。
村長の突然の死に胸の痛みに耐えられず、愕然と膝から崩れ落ちた雪花に今朝挨拶をしてきた村人の内の一人が声を掛ける。
「村長からの最期の伝言だ。雪花…お前に全てを預ける、と…」
「全て…?」
「この村も、俺達の命も全部お前の物だ。俺達は、全てお前に従う」
まだ、完全な別れを済んでいないのだろう。
悔しい気持ちや悲しい気持ちが入り乱れて見ているこちらまでもその感情が移ってしまいそうだった。
「…いったい何が起こったんですか?」
つい先程までの事をまるで覚えていない雪花に、村人達は各々にこの惨状がどのように行われてたのかを話し出す。
「…それが、監視者のやり方だ。俺達には抵抗する事も出来ない。なぜなら、俺達は、この領土を支配している長が全てを握っている」
「…それでも、自分を助けてくれた村長は、村人達を巻き込むような軽率な事をする。そのおかげで、村はこんな有り様になってしまった」
「貴様ぁ! 村長は、お前のために!」
胸倉を掴みかかった一人の村人に、雪花は話を続けた。
「ですが、見ず知らずの自分のような者を助けてこんな惨状になるよりも、自分を放っておいた方が良かった。そうしたら、今頃は…村長だって、村の皆さんだって…」
そう、雪花のせいで平和な村を壊してしまった。
あの明るかった人達も、優しかった村長も、自分のせいでこんな事になってしまったからだ。
そんな絶望的な状態にしてしまった雪花に、今度は全てを委ねられた。
無理だ。
出来るはずがない。
自分のせいで他人を不幸にした存在を許してくれるはずがない。
「今出来うる事をしろ」
「え?」
突然の言葉に疑問が浮かぶ雪花に、胸倉から手を離し、泣きたい気持ちがある顔を無理矢理笑顔に変えて呼ぶ。
「村長が最初に言った言葉だ。雪花、お前になら出来ると思った村長が決めたんだ。だから、俺達を導いてくれよ、村長」
認められるはずのない、決して認めてはいけないその呼び方に魂が呼応するように胸が震えた。