老いた狼は嗤う 4
城塞都市顎門
次元の狭間『聖櫃』
口角を上げる翁。
「その先は儂が言おう…」
自分の意を汲み取れた家宰が合格点を取れたことに安堵する。
「ダーチバル、ご苦労。よくぞ気づいた。」
感心する素振りを見せて家臣達の表情を読みほくそ笑む。
”合格点取れたのは…少ないのぉ”
青白い顔をしたダーチバルが頭を下げ、一歩下がった。
ダーチバルは、鼓動が早くなるのを悟られぬ様に深呼吸し自分を落ち着かせる。
先ほどの話に戻るが…と前置きをするシロウドの発言に皆一様に静まり返る。
「レインの能力は過小評価して出生報告を貴族院にあげる予定だ。」
誇れることをなかったことに…過小に報告し難儀を避ける。
若君には秘密が多い…疑念を避けるためにも、『価値』を下げるのが危機を回避し易くするだろうと言う計算に至ったのだろう…ダーチバルは自分が導き出した推論に自信があった。
「男子だが能力の低いシュバリエならば、帝国は警戒レベルを落とすであろう…それに、あの子には絶対隠さねばならぬ『秘密』がある。」
『秘密』という言葉に場に居合す者が身構える。
顎に指を当て、ふむと首を傾げ
「タンタに言わせると、生まれながらの聖騎士で…なんじゃったかの?」
と惚けてみせる。
構えてはいたものの、いきなり名を呼ばれたタンタは思わず唾を飲み込んでしまった。
「帝騎を纏う使徒様です。お屋形様」
大きく息を吸い吐き出した。
「おー、そうじゃった、そうじゃったの」
今度は、それを聞いた筆頭武官アイズベルが青くなった。
ダーチベルは、あーやっぱりと思いながらも無表情に頷いた。
帝騎を纏う…若君は、生まれながらの天使持ちであると言うのか。
室内の空気は人の不安で淀み始める。
今は亡きシロウドの嫡男…皇帝の代理として前線に立たねばならなかった聖騎士『煌騎』アークレイの姿が脳裏に浮かんだ。
「我が領に、聖騎士様はいらんの、そう思わぬか?」
シロウドが一同を見回しながら言う。
「そんな大それた者は、産まれておらん…皆、分かってくれるな?」
シロウドの有無を言わせぬ魔力波動に家臣一同頷くだけだった。
「我が領に生まれたのは、2属性持ちのランクBのシュバリエ様じゃ…誓約の証を違えば、交わせぬ者は我への裏切りとみなす」
家臣全員が起立し右手を翳し叫ぶ。
「「「クナイツァーの為に、お屋形様のために!、若君の為に!」」」
うむ、シロウドが満足気に頷き、嗤った。
”あの子は我が領の至宝、帝国のオモチャなどには絶対させん。”
シロウドは自分の描く未来に、レインの幸せがあることを願った。
右手を掲げるダーチバルは考えを巡らせる。
『秘密』があると言ったが…聖騎士の話をしただけだ…聖騎士はいらない。
若君は、聖騎士の資格や能力はあるがそれは隠すということだ。
その中で、天使の存在を匂わせた、我が領の最強の切り札になるだろう。
属性支配者の話も、守護龍の話も…若君の父親の話もしなかった。
つまり、今話す事ではないとご判断されたに違いない。
今はそれで良い…ダーチバルは自分を納得させた。
自分の娘をどうやって若君の側に置こうか?と、思案することに注力し始めた。
帝国全領域で抱えている問題がある。
30年前の戦いで大きく減ったシュバリエの数が、いまだに回復していない。
帝国府大本営が動員できる直属のシュバリエの数は限られており、知恵を使い数を捻出する方法を考え出す。
大本営の参謀の多くが大貴族の子飼いの者が多く、本家である大貴族に遠慮し従軍目標とするシュバリエの数を指示できなかった結果が、小貴族と侮蔑の対象であった騎士爵家に直撃した。
20万を号する遠征軍に、従軍するシュバリエが1万にも達しないと分かると大本営は帝国府と議会に工作した。
帝国府、帝国議会になんの影響力もない立場の弱い騎士爵家に、聖都奪還決議を起こし出陣命令を出したのだ。
勅命ではないが、断れるはずがなかった。
無論、無視する騎士爵家もあったがそれは少数派だった。
シュバリエの騎士家の多くに、親子一族郎等で出陣するのを求めたのが悲劇に拍車を掛けてしまい、傷を広げる結果になった。
集団行動が取れない騎士家は、各個撃破の標的となり集中的に狙われ犠牲が続出した。
騎士の誇りをかけ双方で名乗りを上げ一騎打ちなど古き領域で行われるはずもなく戦場で悲劇が加速度的にました。
敗戦の代償は大きかった。
帝国領内のシュバリエ人口が激減したのだ。
聖騎士の数が特に足りなくなった。
選ばれたシュバリエのみが聖騎士となり、帝騎を纏い『悪魔』と戦うのだ。
『悪魔』との聖戦に支障が発生し、防衛ラインが下がる一方だった。
帝国府は、帝国貴族に出生した子の魔力報告義務を課した。
帝国貴族は、魔力持ちでありシュバリエでなければ家督を継ぐことが出来ないという規定があった。
だが、先の戦いで多くの犠牲が帝国の魔導帝国の魔導帝国たる力の象徴が崩れ屋台骨を揺るがし始めた。
帝国の力による統治システムを機能不全に追いやった。
時限的ながら家督相続の条件が緩和され、3代シュバリエを家から出す事が出来ない場合、帝国貴族の爵位を失う事になった。
シュバリエでなければ家督を継げない時代からすると別次元の緩和だった。
帝国府がシュバリエの管理するために、出生報告と帝国学院に通うことを義務付けた。
帝国学院は、聖騎士としての適性が高いシュバリエを確保する事を目的とし、管理し増やすことを念頭に置きつつ、反乱の芽を摘む為の教育をすることを目的とした組織である。
帝国貴族の帝国貴族たる所以は、魔導騎士であること。
その尊称としてシュバリエを名乗れるのだ。
帝国貴族家に生まれてたら『シュバリエ』ではない、生まれながらに魔力持ちでありシュバリエのシュバリエたる適性と能力を持った者が、心身ともに鍛えられ選ばれた者としてシュバリエを名乗る。
これこそが、1000年続く帝国支配階層であることの最大の根拠であったはずだ。
30年前の悲劇が遠因となり、能力値の上方修正報告、俗称”下駄履き”の温床になってしまった。
出生報告の改竄が横行…弄られていない書類などないと陰口をささやかれるようになってしまった。