結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑤~
結人は自分の心の叫びを言い続け、真宮にひたすら助けを求めていた。 夏休み中のお盆のせいなのか、この大きな公園には結人と真宮の二人の影しかない。
そんな少年二人を包み込むように、太陽が照らし続けている。 太陽も、結人のことをずっと見守っていたのだ。
結人が泣き崩れる中、真宮はその背中をさすることしかできなかった。 それは当然、真宮にはどうすることもできないから。
彼は横浜の人間ではなく静岡の人間のため、結人と一緒に学校へ行くことができない。 もし横浜の人間だったのなら、すぐさま助けてくれたことだろう。
「ごめん、ね・・・真宮。 真宮に助けを求めても、何も変わらないのにね」
「そんなことないよ」
結人が言葉を発したのは、泣き始めてから約二時間程経過した後のことだった。 それまではひたすら泣き続け――――やっと、涙が枯れ果てたのだ。
“真宮に助けを求めても何も変わらない” このことは、自分でも理解していた。 それでも助けを求めたということは、本当に結人の心は限界がきていたのだろう。
「でも・・・本当にありがとう。 自分が思っていることは全部言えたし、たくさん泣いたから、何だか気持ちがスッキリしたよ」
先程まで泣いていたとは感じさせない程の笑顔で放たれ、真宮は複雑な表情を浮かべながら言葉を返す。
「その笑顔は、嘘の笑顔だろ」
「・・・」
流石にそれは否定できないと思ったのか、結人からは笑顔が消え一瞬視線をそらした。 だけどもう一度彼の方へ目を向け、言葉を綴っていく。
「でも、気持ちがスッキリしたのは本当だよ。 確かにまだ少しは苦しいけど、こればかりは仕方ないもんね。 ・・・真宮に、無理を言ってごめん」
苦笑しながらの発言に、真宮は首を左右に振りながら一つのことを尋ねてきた。
「ううん、だから大丈夫だって。 それよりさ、その理玖くんたちに・・・僕も、会うことができる?」
「・・・」
そう聞かれ、結人は彼らのことを思い出し考える。
「んー・・・。 それは、無理かな。 今は理玖たち、キャンプに行っているんだ」
「キャンプ?」
聞き返され、小さく頷いた。
「うん。 夜月くんと未来と悠斗、4人で。 みんなが帰ってくるのはお盆が終わってからって言っていたから、丁度真宮と行き違いになっちゃうかも」
「あぁ・・・。 そうなんだ」
そこで彼は、疑問に思ったことをふと口にする。
「そう言えばキャンプって、色折は誘われなかったのか?」
「誘われたよ。 でも真宮と会う日と重なっちゃって・・・。 僕は、真宮の方を優先した。 それだけだよ、ハブられたとかじゃない」
「・・・そっか」
真宮はその言葉に嬉しく思ったのか複雑に思ったのか、よく分からない表情をしながらそう返した。
―キーンコーンカーンコーン。
返事をしたその瞬間、近くの学校からチャイムの音が響き渡る。 17時のチャイムだ。
「もう5時だね。 そろそろ帰ろうか」
「そうだな」
「ごめんね。 今日一日もっと遊びたかったのに、僕のせいで・・・」
再び謝る結人を、彼は笑って許してくれる。
「だから色折、さっきから謝り過ぎ。 それに、今日から僕はしばらく色折の家に泊まるんだから、僕はずっといるよ」
「うん、そうだね。 家に帰ったら、たくさん遊ぼう!」
こうして結人はお盆の期間、真宮と時間を忘れるくらいに思い切り遊んだ。 近くでやっている夏祭りへ行ったり花火をしたり、プールへ遊びに行ったり。
彼は結人を気遣い、学校方面や公園には近付かない場所を選んでくれた。 結人もさり気ないその優しさに感謝しつつ、二人の時間を楽しむ。
理玖たちの話は公園で結人が泣いた以来出ていないまま、二人は互いに幸せな時間を作っていった。
そして時間が経ち――――楽しいお盆休みの、最終日。 幸せな時間は、あっという間に終わってしまった。
「真宮といれた時間、凄く楽しかったよ」
荷物の支度が終わり、あとは帰るだけとなった今、結人は最後に真宮に向かって感謝の言葉を口にする。
「僕もだよ。 来年もまた来る。 そして、再来年も。 静岡に戻ってきても遊ぶところがないから、僕が横浜に来るよ」
「うん、分かった。 楽しみに待ってるよ」
「・・・あのさ」
「?」
すると彼は気まずそうに、違う話題を口にしようとした。 結人の顔色を窺いつつ、そっと言葉を放っていく。
「・・・思い出させて悪いんだけど。 もし色折がまた苦しい思いをしたら、僕に電話して!」
「え?」
「・・・友達の、ことで」
「あ・・・」
結人は今本当に理玖たちのことを忘れており、真宮のその一言によって思い出され一瞬にして表情を暗くした。
真宮はこのお盆の期間常に結人を気にかけていたが、当然夜月のことも忘れちゃいない。 毎日結人と夜月たちとの関係をどうしようかと、ずっと思い悩んでいたのだ。
だけどもう静岡に帰ってしまうとなった今、勇気を出して結人に言葉を投げかける。
「また苦しくなったり、また泣きたくなったら、僕に電話をして。 そして僕に、色折の心の叫びを聞かせて。 朝でも夜でもいい。 ・・・いつでも、待っているから」
「真宮・・・」
「色折にだけ苦しい思いはさせたくない。 嫌な思いは、僕も一緒に受け入れるよ」
「・・・真宮、ありがとう」
涙目になりながら礼を言うと、彼は優しい表情を返してきた。 そしてこの後真宮の母から呼ばれ、真宮たちは帰ることになる。
結人も玄関まで行き、彼らを見送ることにした。 真宮は外靴を履き、結人の方へ向き直る。
「色折、絶対にまた来るから」
「うん。 待っているよ」
真宮は真剣な表情で最後にその言葉を言い、結人も真剣にその言葉を受け止めた。 そして彼らを見送った後、一人自分の部屋へ戻る。
―――ありがとう・・・真宮。
―――でもあまり、真宮には迷惑をかけたくないな。
―――もう少し自分一人で、頑張らないと。
真宮がいなくなった部屋で、ドアにもたれかかりその場に小さくうずくまった。 明日の午後、理玖たちは横浜へ戻ってくる。
そしてその時、理玖たちと会うことになっていた。 これはキャンプへ行く前に、予め言われていたことだ。
―――気まずいのは、僕だけじゃなくて夜月くんも一緒。
―――・・・いつか夜月くんと、友達になれたらいいな。
結人は何とか自分の気持ちを保とうと、必死に物事を前向きに捉え、現実と向き合おうとしていた。