③
スバルがこの街に来たのは、約四ヶ月前。
ロイズが住宅街奥にあったあの店が空き家だった頃、下見ついでに次の店舗展開をどうしようかと訪れた時だった。
「……誰だぁ、こいつ?」
奥の厨房スペースだったところに行くと、小柄な輩が寝転がっていたのだ。
髪は短いし、男かとわかっても空き巣にしては意味がわからない。この店には貴金属類はすべて撤去させてある上に、家財道具もない。
おまけに、服装もおかしかった。
薄暗い室内でもわかるくらいの真っ白な上着は、潜入や犯罪には不向き。
「おい……おい、起きろっ」
強めに肩を揺すれば、何回かやった後にようやく身じろぎし出した。
起き上がるのも手を掴んで手伝ったが、男の割にはやけに細っこいなとロイズは思う。
「……あれ、ここって?」
声まで女のように高めだ。
髪が短い女は冒険者ならいなくもないが、庶民や職人には少ない。
だが、偏見意識を持つのは良くないかととりあえず立たせて顔を見ようとした。
(……こいつ!)
見えた顔立ちは、ロイズがこれまで見て来たどの女よりも可憐だった。
短いけど、艶のある黒髪。
白パンのように柔らかそうな肌。
手入れいらずの桜色の唇。
肌同様に柔らかそうな細い手足。
貴族令嬢だったらまず間違いなく高嶺の花として囲まれるだろうに、今そんな少女はロイズの目の前でのんきに目をこすっていた。
そして、ロイズが腕を掴んでるのに気づくと、ようやくこちらを見た。
「あ……おはよう、ございます?」
「あ、ああ……おはよう」
お互い初対面だが、思わず挨拶してしまった。
「えっと……ここ、うちの店じゃないですね?」
「店?」
たしかに、この空き家はもともと店ではあったが見ての通りもぬけの殻だ。
それより、この少女らしき奴は職人か家の手伝いをしてたのか。服を見直しても、意匠の凝った白い上着に黒い長ズボンの組み合わせは見たことがない。
ひとまず、彼女の手を離してからロイズは目に少し力を込めた。
【鑑定】
ロイズが先天的に所持してる
対象者のすべてではないが、ある程度の情報を瞳越しに調べられる便利なスキルの事。
とりあえず、いくら可憐な少女でも不審人物には変わりないので調べることにした。
だが、出て来た情報達の大半が信じられないものばかりであった。
【名前】スバル=カミジョー
【性別】男
【年齢】22歳
【
【特殊称号】時の渡航者
名前も異質だが、何もかもがロイズの思考能力の範疇を越えまくっていた。
最初に思ってた通りの方で正解だったにしても、どう見たって可憐な少女なのに眠たげに目を擦ってる青年と交互に見てしまう。
「……お前、男か?」
「…………あれ、よくわかりましたね? 初対面じゃよく女の子って言われるんですけど」
慌てた様子も偽る様子もない。
本当に男だったのかと変に残念な気持ちになったが、妻子持ちのロイズがどうこうしても仕方がない。
それよりも、彼の特殊称号の方が重要だ。
(……時の渡航者、だと?)
美少女だけでも人目をひくだろうに、その事実が世間に知れたら大変だけで済まない。
下見はひとまず置いておくことにして、ロイズはスバルと言う青年に無理やり自分の羽織ってたマントを被せた。
「え、これは?」
「ここじゃゆっくり話せねぇからな。目立つお前はそれ被っとけ」
「目立つ……って顔が?」
「それもあるが、ひとまずついてこい」
称号の理由について聞きたいことも山ほど出来た。
ロイズは裏道を使いながら自身が管理する商業ギルドに向かい、これまた裏口の隅を通って上の階にスバルを案内して執務室に押し込んだ。
「灯りつけっから、少し待ってろ」
軽く指を鳴らせば
振り返れば、目にするものすべてが珍しいのかあちこちを見回していた。
「とりあえず、そこのソファ座れ。飲みもん持ってくっから」
「あ……ありがとう、ございます」
適当に紅茶を淹れることにして、スバルの方には温めた牛乳を少し入れてやった。
勝手なイメージだが、彼の見た目から甘いものが好きそうに見えたので。
マグカップに入れてから応接スペースに行くと、スバルはマントを丁寧に畳んでるところだった。
「あ、すみません。勝手に脱いでしまって」
「ここなら構いやしねぇ。ほれ、ミルク入りの紅茶だ」
「ミルクティーですね! 僕好きです」
差し出したカップを手にする笑顔は、本当に心から好きだとわかり、かつ大半の男を魅了するものでしかなかった。
ロイズがもっと若く、今の妻と出会う前だったら口説いたかもしれないだろうが、男とわかってると苦笑いしか浮かばない。
「んじゃ、とりあえず自己紹介だ。俺はロイズ=マッグワイヤー。この建物、商業ギルドのマスターを務めてる」
「え、えと……スバル、です。一応、ファミリーネームって言った方がいいですか?」
「あー、まあ。知ってる。ついさっき、鑑定したしな?」
「鑑定?……ゲームか小説みたい」
名前は鑑定内容と一致したが、最後に口にした単語はどれもロイズの知識にはない。
一人だけ、それを知る者の心当たりはあるが、こんな早朝から叩き起こしたところで出てこないのを知っている。
「まあ、お前なら知らないだろうな? 異なる世界からの転移者じゃ」
「───────……い、せかい?」
「自覚がないってところを見ると、気がついたらあそこにいたってわけか?」
「あ、は、はい」
時の渡航者。
次元や空間を越えて、こちらの世界に来た転移者や転生者を示す特殊称号。
その数は歴史を紐解いても、ごくわずかしか確認はされていない。
夢物語にも例えられているが、ロイズは自分の鑑定
「さっきいた店……ひいては、この街アシュレインに来た経緯は覚えてねぇか?」
街の名前を出してもスバルは首を傾げるだけだったが、思い当たることが出来た時に口を開いた。
「……僕は、明け方前に実家の店で仕込みの当番をしようとしてました」
「どっから入った?」
「裏口ですね。ただ、入ったら急に意識が遠のいて……起きたら、あなたがいました」
「強制転移っつーところか」
扉と扉を通じての空間接触は、資料にもいくつか残ってはいる。
今回も、その方法でスバルはこちら側に転移して来たのだろう。
なら、ロイズに出来ることは導いてやれるくらい。
ぐぅううううううう
ぐぎゅるぅうううううう
真剣な話の最中に、両者とも腹の虫が限界に達してたようだ。
「……すみません、まだ朝ご飯も食べてなくて」
「いや……俺もだ」
照れるも何も、別に悪いことではない。
下の購買にある棚のものでも適当に見繕ってくるかと思ったが、スバルが急に手を叩き出した。
「ロイズさん、ここって厨房はありますか?」
スバルが口にした場所に、ロイズは鑑定内容をもう一度思い出した。
たしかこの青年の
この組み合わせは特に見られないが、面白いことになるかもしれない。
「スバル。厨房はあるが、先に伝えておきてぇ。お前の
「……えと、もしかしてパンがポーションになったり?」
「かもしんねぇ。とりあえず、腹ごしらえついでに確かめんぞ!」
もしうまくいけば、あの空き家の使い道も決まってくる。
厨房の場所はすぐ下の階なので、他の職員にも見つからずに到着。執務室と同じ要領で灯りをつければ、スバルは嬉しそうに声を上げた。
「異世界でも、調理器具ってほとんど変わらないんですね!」
異文化と言っても、魔法を見慣れてないところぐらいだろうか。
そこについてはおいおい聞くにしても、彼はロイズに許可を取ってから冷蔵庫や貯蔵棚の中を色々と物色していく。
「パンはバターロールがあったので……具は贅沢にメンチカツにしますね!」
「……なんだそりゃ?」
やはり、魔法以外にも異文化はたくさんあるようだった。