④
それから、スバルが取り出してきたのはどれもパンとの組み合わせには不釣り合いなものばかりだった。
野菜はレタスとキャベツに玉ねぎ。
肉は、豚のひき肉。
パンは主食用のロールパンと古い固めのと二種。
卵と小麦粉。
最後に油類は種油とバター。
たしか、サンドイッチのようなのを作ると言っていたが、ロイズの知るサンドイッチにしては材料が多過ぎる。
とにかく、異世界のサンドイッチは随分違うのだなと思いつつ、スバルの作業が邪魔にならない位置で見ることにした。
「なぁ……カツってなんなんだ?」
玉ねぎをみじん切りにしてるスバルに声をかければ、彼は不思議そうな顔になりながら振り返ってきた。
「揚げ物ですけど……この世界にはないんですか?」
「ねーな? 揚げるっつーと、菓子でもドーナツくらいだ」
「カツはお肉に衣をつけて揚げるものなんです。おいしーですよっ」
説明しながらにっこり笑いかけられると、男だとわかってても照れてしまいそうだ。慣れるにはしばらく時間がかかるだろう。
「けど、肉でもひき肉か? こっちじゃ、炒めもんかハンバーグくらいだな」
「あ、それならハンバーガーにすればよかった!」
非常に残念がる理由がよくわからないが、もう準備をしたため遅かったのだろう。
ひき肉もボウルに入れて粘りをつけ、刻んだ玉ねぎはフライパンで色が変わるまで炒めていた。
ロイズはあまり料理はしないが、手順としてなら知ってるので、その状態ではまだ間に合うとは思った。
だが、別でスバルが古いパンをすりおろしていたのがその原因かもしれない。
「ハンバーガーはまた今度作りますね! バット持ってきて」
次に金属のバットを三つ用意して、それぞれ小麦粉、溶き卵、すりおろしたパンと分けて入れた。
これとは別に、炒めた玉ねぎと調味料を加えてハンバーグのようにまとめた肉の塊を、小麦粉、溶き卵、最後にパンの粉と順にまとわせて皿にのせていく。
なるほど、衣の意味がよくわかった。
「温度はどうかなぁ?」
箸文化がある国の影響で使われてる菜箸と言うのを使って、スバルは箸先にパンの粉をつけてから熱した油の鍋の中に落とす。
微かだが、油の爆ぜる音がするも、スバルは鍋をそのままにして残ってた野菜の方に手をつけた。
キャベツは糸のように細く切り、レタスは水洗いしてから笊を使ってよく水を切った。
これらが完了してから鉄鍋にもう一度粉を入れれば、先程とは段違いに音が弾けたのでスバルはカツを手に取って滑らせるように鍋へと入れた。
(手際が良過ぎる……なのに、パン職人?)
どこをどう見ても、料理人と大差がない。
それなのに、鑑定した時の
ちなみに、元冒険者のロイズは
これについては、ギルド登録をしてから決まったことなので今も変わってはいない。
「よし、揚がった!」
菜箸が持ち上げたのは、少し濃い茶色の衣をまとった揚げ物。厚みが少しあるが、まだそれだけだと味の予想がつきにくい。
これをロールパンにすぐ挟むのかと思いきや、網を敷いたバットの上にすべて乗せてからスバルは冷蔵庫に向かう。
「……う〜ん、ウスターソースはやっぱりないかぁ」
「なんだそりゃ?」
「大抵の揚げ物にかけるソースなんですよ……あ、ケチャップとマヨネーズ見っけ」
目的のがなかったのを代用するようだ。
ケチャップとマヨネーズの瓶を持ってくると、だいたい同じような量をボウルに入れて少し濃い桃色になるまでスプーンで混ぜる。
「これは?」
「オーロラソースって言うんです。由来については覚えてないんですけど、揚げ物に時々使うので」
軽く舐めさせてもらったが、まろやかでケチャップとマヨネーズ両方の味がうまく活かされてた。
もともと単体で扱うことが多かった二つなのに、混ぜるとは異質だが悪くはない。
「なぁ……元の世界で店やってたって言ったな? 自分の店か?」
「正確には、祖父のです。今はお父さんが継いでますが」
「家業、か」
それなら、これだけ若くとも手際がいいのは頷ける。
「けど、僕はまだまだひよっこです。ニホン……僕が住んでた国だと、今作ってるメンチカツ以外にもおかずを挟み込んだり具材を練りこんだり色々あるんですよ。最低でも……500以上は」
「はぁ⁉︎」
尋常じゃないパンの種類に、思わず度肝を突かれた。
「パン屋以外にも、コンビニとかスーパーで売ってる日持ちが長いパンとかが多いんですよ。だから、ひと口にパンと言っても店によってアレンジされてるので」
異世界特有の聞いたことのない単語を並べられても、ロイズにはちんぷんかんぷん。
とりあえずわかったのは、パンもだが加工食品が豊富すぎるという事。おまけに、文化文明なども大差がないどころか圧倒的にそちらの方が上だった。
史書に記されてる『時の渡航者』達の記録に違わず、スバルの知識もあり得ないものばかり。
これは、単純にポーションのパンを作らせても、売るのは慎重にいかねばならない。
ロイズは、盛り付けに取り掛かったスバルをそのままにして、急いで伝書蝶の準備に取り掛かった。
(ルゥ……と、ヴィーにも)
特にヴィンクスの方には、何がなんでも協力させよう。幼馴染みで出不精でも、美味いものに目がないのと錬金師として興味がないわけがない。
懐から薄青の紙を二枚取り出し、厨房脇に置いてある羽根ペンを掴んで用件をそれぞれ書き込む。
それを、四つ折りにしてから奥の小窓に向かって勢いよく開ける。
『巡り巡り、それぞれ飛べ』
詠唱を唱えてから軽く紙に息を吹きかければ、軽い音と煙が立って、たちまち美しい薄羽の青い蝶へと
二体の蝶は、外へ行く道があると判ればそれぞれ別方向に飛んでいく。
あの蝶は伝書蝶と言い、
構造としては魔術に近いが、微量な魔力で扱えるので子供でも簡単。そのせいか、認識は魔法と思われてる。
それはどうでもいいが、報せた内容が内容だからどちらも昼前には来るだろう。ヴィンクスの方は、美味い飯と分かれば飛んで来そうだが。
「うっわ⁉︎ なにこれ!」
ちゃんと飛んでいくのを見送ってると、背後からスバルの大声が聞こえてきた。
「どうした?」
「な、なななんか、出来上がったら頭に声が聞こえて……あとディスプレイのようなのも」
最後の単語はわからないが、前半部分の『声』とやらには覚えがあった。
とにかく彼の元に向かいながら鑑定を発動すれば、近づくにつれて伝書蝶に似た青い色の板が宙に浮いていた。
「ああ、心配すんな。こりゃ、錬成が完了した証拠だ」
「証拠?」
「知人に錬金師がいるんだが、錬成すっと自分にしか聞こえない『錬金完了』っつー女か男の声と……俺も鑑定して見えてるが、アイテム名と効果の値とかの薄い板。それが出てくんのが定番らしいぜ?」
「じゃあ……本当に僕はチート特典ついちゃったんだ」
「チート?」
「えっと……簡単に言うと、加護?のようなものですね」
「あながち間違ってねーなぁ?」
特殊称号があるだけでも加護に匹敵するが、
(……にしても、こいつは)
表示板に記された、アイテム名もだが内容が異常でしかなかった。
【スバル特製ロールパンサンド】
《特製メンチカツ》
・食べれば、攻撃力(魔法は除外)を40%まで引き上げてくれる
・特に何もない時は、ただのパンと同じ
・製作者が一から手作りしたメンチカツは、揚げたてもだが冷めても美味しい一品! 同じく手作りオーロラソースがたっぷり染み込ませてあるからやみつき間違いなし!
なんて効果。
パンはあらかじめ作ってあったものを使用したにしても、『攻撃付与』なんてポーションはヴィンクスでも一度目で作れた試しがない。おまけに、ポーションとして使用しなければただのパンと言うのも不思議だ。
ますます、売るかどうかを慎重に考えようとしたロイズだったが、香ばしい匂いが引き金となってスバルと一緒にまた腹の虫がうなりだした。
「……とりあえず、一個ずつ食うか?」
「ですね」
うだうだ考え過ぎてもいけないと思い、それぞれメンチカツサンドとやらを手にする。
まず目に入ったのは、ロールパンに切り込みを入れて挟んである半月状の揚げ物が二枚。
表示板の説明にもあったが、これがハンバーグを揚げたようなメンチカツらしい。
パンの粉の衣はカリッカリに揚げられてるが、一部はオーロラソースに浸してあるのでふやけていた。
千切りキャベツとレタスはちょうどいい量で挟まれていて、見た目はいい感じ。
下見前に適当な堅焼きパンを食べた以外何も腹に入れていないロイズは、もうポーションとか効果を気にする余裕がなくなってきて迷わずがぶりつく。
「…………うっま」
パンの柔らかさは、普段ロイズが口にするのと同じなのに。間に挟んだ、ほのかに温かいメンチカツを口に入れた途端、ロイズの体に衝撃が走った。
「なんだこの肉⁉︎ ひき肉なのに肉汁たっぷりで衣やソースが邪魔してねぇ! むしろ、こってりしてる分舌休めに野菜がちょうどいい!」
言葉にした通り、ケチャップとマヨネーズを混ぜたソースが衣によく合う。
まろやかで少し酸味があり、あまり味のないキャベツやレタスにもかかってるからか、舌がどんどん求めていく。
それらを優しく包み込むパンにも、少しだがバターの風味がしたので断面に塗ったのだろう。
だがそれが、とても心地いい。
「お粗末さまです」
全部食べ終えると、まだ半分しか食べてないスバルがおかしなことを言い出した。
「なんだそりゃ?」
「あ、僕の住んでた国の言葉です。料理を食べていただいてありがとうございます、って意味みたいですが」
「ほーぅ、面白れぇ」
「これも美味しいですけど、本当はウスターソースの方がいいんですよねぇ……」
あまり大口を開けずに食べる彼は、また同じソースの名前を口にした。
「そっちのが美味いのか?」
「おかずもですけど、揚げ物ってこってりしてるじゃないですか? マヨネーズやケチャップも悪くはないんですが、もっと酸味があって美味しいソースの方が定番なんです」
「作れんのか?」
「材料があれば……あと、熟成期間が少し必要なので」
となると、パンの製作もスバルがすべて手がければまた違った効果と値が出るだろう。
(……うだうだするのは、やめっか)
蝶を送った二人にも、このメンチカツサンドを食べれば理解してくれるはず。
そう思ったロイズは、最初から決めてた予定をスバルに告げる事にした。
「スバル、お前を見つけたあそこで『ポーションパン屋』を開こうぜ!」
「は、えぇ⁉︎ なんでそんな
「基本的に時の渡航者は元いた世界に帰れた記録がねぇんだ。なら、生活するのに職を持つ必要がある。……お前の腕だったら、美味いパンもだが錬金師としてポーションを作れる。そりゃ、さっきの調子で作ってもいいがちゃんと師匠はつけてやるよ」
「も、元には……戻れないですか」
「すまねぇが、俺も記録をすべて読んでねぇからなんとも言えない」
嘘はついていない。
訳あって、王都に行く機会があった時に読ませてもらった程度だが、どれにも帰還した情報はなかった。
他国にはあるかもしれないが、スバル自身が生活していく糧をつけさせないと、情報を集めるのに必要な旅費なども手に入らない。
包み隠さず伝えれば、彼は少しだけ俯いた。
「……わかり、ました」
顔を上げた時に、泣き顔はなかったが複雑そうな笑顔だけは浮かべていた。
そんな彼にロイズは強く肩を叩いた。
「ギルドマスターの腕を信じろ! 絶対繁盛させてやる!」
「はいっ」
そしてそれは現実となり、スバルのパンは街一番と言っていい程の人気商品となった。
◆◇◆
『朝方に呼び出された時は驚いたけどぉ〜、あのメンチカツサンドで全部吹っ飛んだわぁ』
あの後、なんとか呼べたルゥとヴィンクスにも試食してもらってから決めた、スバルの今後のこと。
ルゥ自体はすんなりいったが、ヴィンクスの方は最初師匠になるのを随分と渋っていた。元々弟子を育てる主義ではなかったものの、奴がうっかりこぼした言葉のせいでうまく丸め込めたが。
ただ、それがきっかけで、ヴィンクス自身も転生としての時の渡航者だと知れたのは驚きだった。
『今日もすんごい美味しそうなのが出来るのん?』
「ああ、ヴィーの奴がとにかく美味い、流行るっつーから昼飯抜くつもりだ」
『あたしも我慢しなきゃぁ。……ところでぇ、エリーちゃんの方は大丈夫かしら〜』
「奥のステージだけなら、メンチカツサンド一個ありゃ十分だろ」
ただし、完璧に仕上がってる今のメンチカツサンドの旨さに呑まれていなければいいが。