四章の十一 文花の転機?
前回のデザイン会議から数日が経過していた。
いつものように文花は、雑用全般の仕事を無難なくこなし、良い言い方ではないが、機械的な作業に慣れ親しんでいた。
つまりデザインの仕事をしたいという入社当時の熱は、程よく冷めていて、どちらかといえば、雑用をしているだけでいいなら、それはそれで楽だと思うようになっていた。
「これでは駄目だ」と奮起するときもあるにはある。ただ、デザインをさせてもらえない現実は、どうしたって牙を抜かれた状況に陥った。
昼休憩前には、独り取り残された。他の同僚は皆、物静かな者ばかりで、必要な事務的な会話以外は、ほとんどない。
「一緒に昼休憩を摂りましょう」などとは、まず起こりそうになかったし、仮に昼食を摂ることになっても、会話が弾むとは思えなかった。
だから、「どうぞお先に食堂へ」というスタンスは、そのまま今の状況に繋がっている。
「おい、蔦。喜べ。デザインをさせてやる」
転写紙デザイン課のドアが開くと同時に、阪口が威勢よく声を上げた。文花は、何事かと、少々睨んだ。
「午前中の会議で、社長からゴーサインが出たんだよ」
阪口は、珍しく興奮していた。こんなにも声を荒げる人なのかと、違和感を覚える。
「どうした? 嬉しくないのか?」
勝手に盛り上がって、勝手に疑問に思う阪口は、やはり変人にしか見えない。
「すいませんが、一から順序立てて、お話しいただけませんか?」
文花は、困惑した表情を、あからさまに見せつけた。
「アンタのデザインをもとに、新事業開拓の道筋が開けそうなんだ」
興奮していて、やはり一からの説明は聞けそうにない。
「私のデザインとは、唐草模様のやつですか?」
思い当る作品など、限られていた。
「アンタが見てもらわなかったから、俺が一華ちゃんに見てもらったんだよ。一華ちゃんからは、デザインが可愛いから、幼児用に、何か使えないだろうか、と意見を貰ったんだ。ハッとさせられたね。今まで、新しい事業の模索はされていたんだよ。ただなあ、どれも一つ、二つ、決め手に欠けていたんだ。そこへ来て、一華ちゃんの意見だよ」
さらりと、一華の名前が出ていた。そもそも、他の部署の、関係のない人間の意見を、大いに参考にする阪口は異常でしかない。まるで、お抱え占い師に、すべてを丸投げする大物政治家のようだ。
「幼児が使う皿っていうコンセプトだから、素地もまったく違う素材にせにゃならんのだ。割れにくく、色落ちしない云々だな。だが、ちょうどな、適した素材が開発されてな」
阪口からは、企画の決め手も披露された。
「それで、私は、何をすればいいのでしょうか?」
文花は、話半分で質問する。
「だからな。幼児施設が好みそうな、アンタが可愛いと思ったデザインを、できる限り用意してくれ。そうだな。二百は絞り出せ。今月いっぱいまでは待ってやる」
阪口は、とても偉そうに指図した。
文花は、入社当時のように、「やります。やらせて下さい」と、即答できなかった。それよりも、(二百は無理でしょ……)と、どうやったらお断りできるかを考え始めた。