四章の十 和解かな?
文花を目の前にした一華は、悪ぶったり、機嫌の悪い振りをしなければ、その場にいられなかった。
「なんか、相談があるんだって?」
一華は、文花の左隣りの席に腰を下ろした。
さっさと、用事を済ませたかった。次朗や、恐らくは阪口のレールであろう「仲直り」シナリオに、しょうがなく乗ってやろうとしていた。
「相談? 何の話?」
文花は、茶を
「阪口の課長さんから、聞いてやれって言われたんだけどね」
一華が話しているのに、文花はスマートフォンを取り出した。
「ああ、あれね。別に、相談っていうほどのものでもないし」
文花はスマホ画面を見ながら、適当にあしらってくる。ここいらで一華は、沸騰し始めた。
「昔も、そうやって、人を傷つけたわけだな」
正面を向いたまま、ぼそっと口にする。もう、この時点で、次朗、阪口の「仲直り」シナリオを破棄した。
「そう来ると思ったわ」
文花が待ってましたとばかりに、含み笑いをする。
「あなたたちは、こちらの都合とかは、いつもお構いなしなんだよね」
文花は、机の上にスマホを伏せ置いて、語り出す。
「各方面から、私を鬼畜扱いする奴がいるから、当時を思い出そうとしたんだよね」
一華は、ちらりと横目で文花の顔を見た。文花は、昔を思い返すように正面を見据えている。
「たぶん、なんだけど。高校の中庭で、前の彼氏とメールのやりとりをしていたときだと思う。当時、まだ付き合っていなくて、こっちからアプローチしていて、メールで告白したんだよね。そりゃあ、必死でさ。返ってくるメールの内容にドギマギしていて、ドギマギしながら返信したりして。で、そんなときに、誰かが話し掛けてきたんだと思う。確か、はっきりしなくて、鬱陶しかったから、今は、ちょっと、って追い払ったんだよね」
文花の回顧は、一華も納得できた。現場を木陰で見ていたから、状況が一致できた。
「そんなん、理由にならんでしょう。一世一代的に告白しようとしている、人間の想いを感じ取れないなんて、鈍感以外の何者でもないでしょうに」
納得していたが、納得したら負けを認めたと同じに思えた。だから、かなり難癖ぎみに突っぱねた。
「まあ、あしらった感は否めないし、傷つけたんだったら、悪いことをしたなあとも思うけどね。ただ、告白しようとしている雰囲気を感じ取れたとしても、まろやかに、オブラードに包んであしらったと思うよ」
文花は、一華の求めに応じて、非を認める発言をする。一華は小さい振りで、顎を上下させた。
「だけれども、振る側の意見を言わせてもらうと、興味のない人間に、いちいち気を遣っていたら、神経が磨り減っちゃうよね」
なんだか、結局は己を正当化した。
「まあ、反省してないわけね」
一華は、腕を組み、顔を左に背けて吐き捨てた。
「じゃあ、言わせてもらうけど、あそこの『むっつりマゾ』に告白されたら、どうするのよ?」
文花は、食堂出入口で、もじもじしている次朗を指さす。一華は「まあ、そうだねえ……」と、気が付けば同意していた。
「いやいや。やっぱり、極悪非道だね。ちゃんと反省しなきゃ、ダメだよね」
挽回しようとしたが、難しい。なんにせよ、負けを認めたくなかったから、無理にでも抵抗した。
「反省っていうんだったら、あの三流ミュージシャンなんて、訴訟ものだよね」
文花が、攻撃的に口を尖らせる。
「いったい何の話をしているのやら?」
一華は
「あ、そう。まだ、そこは認めないんだ。人のことを勝手に唄にして。あのラジオの替え歌だって『がんばれい』って、あれで許してもらえると思っているの? そもそも、応援ソングにしたかったんだろうけど、この二十一世紀の世の中で、『がんばれ』なんてありきたりな言葉を使うなんて、センスないよね。馬鹿なんじゃないの」
公季への散々な言いように、一華は自分の文句として受け取った。
「ふん。感動してたくせに。泣いて喜んでたくせに」
一華は、小馬鹿にして笑う。文花は、恥ずかしくなったのだろう。ぷいっと右を向いて、表情を隠した。
「許してやってもいいよ。焼肉を奢ってくれたら、過去の一切合切を水に流してやるよ」
一華は、一華なりの助け舟を出す。
「はあ? なんで私が、謝る側なのよ。そっちが奢りなさいよ」
文花が、声を荒げた。周辺の者たちが、何事かと振り向いてくる。
「いや、そっちが奢りでしょ」
「いいえ、そっちの奢りに決まってるでしょ」
互いに「奢れ」の言い合いが続き、どちらも譲りそうにない。周辺の者たちが、いい加減にしろと睨んでくる。
「ちょいちょい、お二人さん。どうして、そうなるかなあ……」
堪らず次朗が、一華と文花の間に入ってきた。
「何を問題にしているの? ちゃんと仲直りしてくれなきゃ、困るよ」
一人だけ、
「痛ったい。何すんの」
次朗が、文花側に仰け反った。
「痛ったい、今度は何なの?」
今度は、文花が立ち上がって、次朗の右上腕二頭筋に「えいっ」とパンチをお見舞いしていた。
「前々から、やってみたかったんだよね。『むっつりマゾ』サンドバッグ」
信じられない様子の次朗に、一華は肩から覆い被さった。
「よし、仲直りして欲しいんだったら、お前も焼肉に来い。お前が奢りな。よし、決まった!」
一華は、どさくさ紛れに成立させる。ふと文花を見ると、目が合った。今までにない、遠慮なしの透き通った目をしていた。