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腹がへった男

 とある部屋で男女が二人、一つのモニターを凝視している。

 二人とも純白のスーツに身を包み、男は整えられた髭に身に着けているものを見ると相当地位の高い者だということがわかる。



「ラディール様、今年の救済者はこの方ですか?」

「ああ、そうらしいな。秋山 勇太(あきやま ゆうた)18歳 高校を卒業してから大学に通っているが自堕落な人生を順調に歩んでいるな。このままでは碌な大人にはならないことは確定している」

「人間達は、いつまでたっても子守が必要なようですね」

「だからこそ、更生のためにも奴らには試練を与えねばならん。さあ、始めるぞ。そろそろ正午だ。予定では外で食べることになっている」



 二人は、画面を凝視し秋山が行動するのを待っている。

 しかし、秋山は腹減ったなあと呟きそのままベッドで寝ころんだまま動こうとしない。

 ラディールは、机を指でトントン叩きイライラしている様子で画面を見守っていた。



「動きませんね」

「・・・」





 ――30分後



『腹へったなあ』



 秋山は動こうとしない。

 腹へったなあと言う度にラディールの指の動きが加速していく。





 ――1時間後



『腹へったなあ』

「行けよ!!!!!」

「ラディール様、落ち着いてください。ここで叫ばれても秋山さんには伝わりません」

「分かっておるわ!なんなんだ、こいつは」



 秋山は決して動こうとせず、外出はしないにしても、腹がへったのならば冷凍食品なり出前なり何でも行動すればいいじゃないかと思うがそれすら億劫なのか、ただただベッドと一体化になっている。



「仕方ない、こちらから行動するように仕向けてやろうじゃないか」



 ラディールは、パネルを操作すると秋山の携帯に電話がかかった。



「あ~もしもし、秋山?佐藤だけど」

「あ~どうした?」

「今から、みんなで飯食いにいくかって話してたんだけど、来いよ」



 ラディールが神の力で彼らの行動を操り、秋山を外に出すために外食の約束を取り付けようとさせたのだ。



「ん~いいや~忙しいし」

「そうか、じゃあ、仕方ないな。次は行こうぜ」

「おう、またな」



 電話が切れて携帯を放ると秋山の腹が鳴り、恐るべきことにまたあの言葉を言い放つ。



『腹へったなあ』

「おらああああ、ボケがああああ、舐めてんじゃねえぞ!クソガキがあ!!」



 ラディールはモニターを掴むと叩きつけ、足で思い切り何度も踏みつけて怒りをぶちまけると、多少落ち着いたのか乱れたスーツを正して何事もなかったかのように振舞う。



「シャンディ、新しいモニター用意してくれ」

「既にご用意しております」



 部屋に入ってきた、部下と思われる女性が数名壊れたモニターを片付け新しいモニターのセッティングを行っている。

 彼女たちは仕事が終わると一礼し退出していった。



「ラディール様、どういたしますか?」

「ん?ああ、無理やり外に出すのは止めだ。こいつに最後の晩餐くらいと思ったが、配慮してやる必要はなかったな」

「どうなさるおつもりですか?」

「普通にこっちにきてもらうさ」





 ◇

「・・・?」



 俺は、どうやらいつの間にか寝ていたらしい。

 確か、腹がへったけど動くのが面倒で奇跡が起きてご飯用意されないかな~と思っていたが、そんなこと考えているうちに寝てしまったのか。



「仕方ない、食いにいくか」



 体を起こすと、ふとあることに気付いた。



「俺の部屋じゃ・・・ない?」



 周りを見渡しても、俺の部屋である要素は1個もなかった。

 オフィスみたいな部屋のど真ん中に俺は横たわっていたらしい。



「お目覚めかな?秋山くん」



 後ろで声がして振り返ると、髭を生やしたおじさんがいた。

 横では、超綺麗な女の人が立っている、秘書かな?



「まあ、混乱するのも仕方がないことだ。気づいたら自分の知らない場所にいるのだからね。説明しよう、ここは天国だよ秋山くん。君は心臓麻痺で死んだんだ」



 俺は目の前のおじさんが言った言葉がすぐに理解できなかった、だってそうだろ?死にましたとか言われても到底信じられるわけがない。

 ドッキリかと思い、カメラを探したが



「残念ながら、ドッキリではないよ」



 冗談を言ってる顔じゃなさそうだ。

 俺は、本当に死んでしまったんだと実感した。



「・・・・・・」

「わかるよ、秋山くんにはまだまだやりことがあったと思う。だから私はその手助けがしたいんだ」

「・・・そっか~死んじゃったのか~まあ、いっか~死んじゃったなら働かなくていいし、一生ダラダラできるし」

「ッぐ!」

『ラディール様、こらえてください』



 ラディールは、思わず叩きつけそうになった拳をゆっくりと開き、気持ちを静ける為に数度深呼吸を行う。



「スーハ―スーハ―、よし、秋山くん。君はまだまだ若いんだ。ここで隠居生活を送るのは早いんじゃないかな?で、普通はこんなことはしないんだが、特別に君にチャンスをあげようと思う!」

「いや、大丈夫です。俺は天国でダラダラできれば十分です」

「――そうか、ちょっと失礼」



 おじさんニコニコと笑顔のまま扉の外に消えると、暫くして轟音が鳴り部屋がグラグラと揺れる。

 女性が苦虫を嚙み潰したような顔をしている、何か問題でも起こったのだろうか。

 扉が開き、先ほどと同じニコニコ顔でおじさんが席に戻った。



「すまないね、話の途中で。え~っとどこまで話したっけかな。そうそう、やり直すチャンスだったね。残念だが、こちらにも都合があってね。前途ある若者がこんなところで燻ぶらせておくわけにはいかないんだよ」

「はあ」

「・・・だからね、君には異世界で第二の人生をプレゼントしようと思うんだ。異世界はいいぞ~魔法も使えるし、活躍すれば彼女だって出来るかもしれないよ!?これも、特別サービスだ。みんなとは違う特別な力をあげようじゃないか!何がいい?」



 生き生きと喋るおじさんの顔を見て思った、俺を異世界にどうしても行かせたいらしい。



「まあ、何がいいと言われても困るよな。ある程度、見繕ってあげよう。んー君は特に疲れやすいみたいだから瞬時に回復する力を。魔法も使いたいだろう、好きなものを勉強して覚えるといい、適正は全てSにしておこう。これなら、才能がなくて覚えられないということはないからな。でも、勉強して努力しないと使えないからな、そこは勘違いしないように」



 おじさんが勝手に話をすすめて勝手に才能をつけていっている。



「よし、これで大丈夫だ。後は秋山くんの努力次第だがね。これから秋山くんにはいくつもの試練が待ち受けているだろう。それはとても苦しいものかもしれないが諦めずにその苦難を乗り越えたとき一人の人間として大きな一歩を踏み出せると私は信じている。だから、秋山くん頑張ってくれよ」

「え~本当に行かなきゃダメですか?できれば行き――」

「はい、ドーン!!」



 どこにあったのか、机の赤いボタンを押すと俺の下の床がパカッとあいた。



「え、嘘だろ!ちょ」



 落ちていく中、おじさんのいってらっしゃいという言葉がハッキリと聞こえた。

 強制的に異世界に飛ばされてしまったらしい。

 お尻に衝撃があった後、自然広がる風景をみて思い出した。



「腹へったなあ」

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