第六十六話 残り1人
「うらああああ!!」
1人が飛び出し、焔の元へ鉄パイプを振りかぶりながら走って行く。それに感化されたのか、遅れながらも次々と焔に殴り掛かろうとする……が、
「え?」
焔はすでに自分に対し、一番近くまで接近していた男の懐に入っていた。そして、
「グハッ!!」
拳を相手の腹にねじ込んだ焔。相手はそのまま自分が向かっていた方向とは真逆の方向に吹っ飛んだ。
「ガチで来いって言ったろ!」
焔の威圧感のある言葉とまるで人間離れした光景を目の当たりにした不良どもは全員震えあがり、鳥肌が全身を包んだ。一瞬、足を止めそうになったが、
「次行くぞ!!」
そう言い、次の標的に鋭い眼光を飛ばした焔に、もはや足を止めることなどできるはずもなかった。不良どもは若干悲鳴にも似た叫び声を上げながら、己を鼓舞するかのように重い足を上げ、皆一斉に焔へと向かって行った。
その様子を奥でじっと見ている男がいた。
「ねえ!! あいつヤバいって!! 早く逃げたほうが……!!」
そう言って、香奈は虎牙の体をしきりに揺すった。だが、虎牙はそんな香奈には目もくれず、焔の方を見ながら香奈を突き飛ばした。
「うっせえ!! 邪魔すんじゃねえよ!!」
「キャッ!! って何すんのよ虎牙……」
地面に尻もち着いた香奈は虎牙に言い返そうと虎牙に目を向けたのだったが、熱中しているように瞬きすることなく、焔の方を見ている虎牙に何か狂気的なものを感じ、顔が引きつる。
「ど、どうなっても知らないからね!!」
そう言って、香奈は1人で外へ出ようと走って行った。だが、そんなこともはや虎牙にはどうでもよかった。今、虎牙の頭の中には、焔と言う得体の知れない男のことしかなかったのだから。
乱闘の中、香奈が過ぎ去って行くのを目にする焔。
「焔さん」
すかさず、AIも反応する。
「わかってる!!」
鉄パイプで殴りかかる男の攻撃を交わし、間髪入れずに後方へ蹴り飛ばした焔は、一旦真ん中へ戻り、当たりを警戒する。不良たちもその間に陣形を整え、再び周囲網を張る。そして、いつでも動けるようにと焔の一挙手一投足に全神経を注いでいた。
「AI、咲の携帯にメッセージを飛ばせることはできるな?」
「可能です」
「そんじゃ、ネズミが一匹逃げたからとりわけきつーいお灸をすえといてくれって送っといてくれ」
「……送信完了です」
その言葉を聞き、ニヤリと笑う焔。その不気味な笑みにその場にいた者たちの緊張感は一気に高まる。そんな空気の中で、焔は自分の拳を胸の前で強く握った。
「さあ、ギアを上げてくぞ!! 全力で来い!!」
この言葉を合図に、再び全員が焔に飛び掛かっていく。
―――「ハー……ハー……何なのよあの化け物は!! 虎牙も様子が変だし!! 本当に使えない!!」
外へ逃げた香奈はグダグダ文句を言いながらスマホを取りだし、ここに迎えに来てくれそうな男を連絡先から探していた。
「もう咲のことなんてどうでもいい!! 警察とか呼ばれる前に早くここから……」
「私のこと呼んだ?」
静寂の中から突然問いかけるような声がして、香奈は驚き、スマホの画面から即座に目線を変え、その場に立ち止まった。
「久しぶりね……香奈」
「……咲!!」
咲は笑顔で香奈に歩みを詰めていく。
「どう? 少年院は満喫できたかしら?」
その余裕そうな笑みで皮肉を言ってくる咲に対し、香奈の顔には恥ずかしさや怒りが混じりあったような表情に変っていった。
「咲……あんた調子に乗ってんじゃないわよ!!」
「調子になんて乗ってないわよ。ただ単に疑問に思っただけ。だって、少年院なんて行こうと思ってもいけないもの。普通は」
怒りをにじませるも、言い返すことが出来ない香奈だったが、何かを思いついたのか不気味にニヤッと笑った。
「それを言ったら、刑務所だって普通は行けないわよ。ま、あんたのお父さんは行けたみたいだけどね。一体、どんな酷いことしたんだろうね。ハーハッハッハッハ」
香奈はまるで挑発するかのような物言いで、咲の怒りを誘った。香奈はあの笑顔を崩したかったのだ。だが、
「確かに、お父さんがやったことは許されることじゃない……まともな心理状態じゃなかったとしても、一時の感情に任せて、人としてやってはいけないことをやってしまったんだもんね。でも、今お父さんは自分がしたことを悔いて悔いて、そして反省してる。自分の犯した罪に対して、まったく反省もせず、悪びれた様子もなく、また同じようなことを繰り返そうとしている人よりかはお父さんの方がよっぽどまともよ!!」
これには香奈は何も言い返すことが出来ず、いら立ちは募る一方だった。
(何よ……咲のくせにあんなに力強い目で私のこと睨みつけて……!!)
「あんたが……あんたがあんな悪魔みたいなやつ連れてこなければ―――」
そう香奈が言いかけた時だった。咲の拳が火を噴き、香奈の頬をえぐるようなパンチが入った。香奈は勢いそのままに地面に倒れ込む。
「さ……き……」
香奈が見上げたその顔は今までで見たことがないような怒りを放っていた。
「誰が悪魔ですって……私の、私たちのヒーローを馬鹿にするやつは絶対に許さない!!」
言い終わるが先か、それとも言い終わった後だったか、すでに香奈は落ちていた。
「おお、咲ちゃんやるー」
車の中で見ていた公喜は、苦笑いをしながら女子ってすごいなーと思いながら、咲の前で焔のことは絶対に馬鹿にしないと心に決めたのだった。
スッキリしたように鼻から息を勢いよく吹いた咲はその後、心配そうに倉庫の方に目を向けた。
「……焔」
―――「グハッ!!」
「うわああ!!」
次々と倒されていく仲間をしり目に、虎牙はジーっと瞬き一つせず、その様子を舐めるように見ていた。
(なるほどな……この薄暗さと低い身長を生かした超高速の低空戦か……にしても速すぎるな。俺が知ってる人間のスピードは遥かに超えている。しかもほぼワンパン。的確に腹に一撃。流石に意識まで飛ばしきれていないが、立ち上がってくるやつは1人もいない……か。こりゃ一発貰っただけでおしまいだな。そして、単調な攻撃だが、全てさばききっている。しかも、無駄のない最小限の動きで。これはただ単に反射神経が良いってわけじゃない……経験を積んでいなきゃできない動きだ)
虎牙は持ち前の分析力で焔の度量を図っていた。
(でも、あいつの動きからはまったく武術をやっていた感じはしない。中国系の感じに見えなくもないが、それにしてはやけに力任せだ。だが、どこか洗練されているような……まったくあいつの動きには違和感は感じない……我流も極めれば、これほどまでになるってことか)
「ウッ……!!」
バタン
その音を最後に倉庫の中は再び静寂に包まれた。焔の周りには不良たちが軒並み地面に倒れ込んでいた。
少しの沈黙の後、焔は虎牙に向かって体を向けた。
「これで……後はお山の大将さん、あんただけだ」
焔の言葉を受け、虎牙はゆっくりと立ち上がった。
「そうみたいだな」
そう言いながら、虎牙は焔の方にゆっくりと歩いていく。立ち上がると、その巨体が更に際立つ。
でかいな。180㎝以上ってところか。更にコートの上からでもわかる筋肉の厚さ。これは今までのやつとはケタが違うな。
10メートルほどまで距離を詰めた虎牙はその場にピタリと止まった。
「お前名前は?」
「……焔だ」
「焔か……焔、お前ガチで来いって言ったよな?」
「ああ」
そのことを確認すると、虎牙はニヤリと笑い、真っ黒のモッズコートを脱ぎ捨てた。
「なら手加減なしでやってやるよ。だから、お前も本気で来いよ。化け物さん」
構えた虎牙は挑発するように焔に2度ほど手招きをする。その余裕そうな虎牙を見て、焔も腹が立ったのか、顔が強張りながらも、
「……上等」
そう笑いながら、答えるとすかさず加速体勢に入る。
その焔の動きを見届けると、虎牙は大きく深呼吸をした。
(よし……挑発は成功だ。後は仕留めるだけだ!!)
静寂が一気に2人の緊張感を高める。一瞬時間が止まってしまったんじゃないかと勘違いしてしまうほど、2人は動こうとしなかった。焔は目をつむり、飛び出すタイミングを伺い、虎牙は瞬きもせず、焔の動きにだけ神経をとがらせていた。
……行く!!
(……来る!!)