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薄氷上の日常4

 準備と言うのは多岐に渡るが、その内で最も重要である優秀な駒の創造をある程度終えためいは、一度休憩を挿む事にした。

「事前に不安要素は取り除いておきたいところですが・・・あれは時間が掛かりますからね」

 死後の世界に建っているとある塔の最上階で、景色を楽しみつつお茶を飲みながら、めいは今後の準備について思案する。
 最後の地を攻めると決めて準備を進めているが、先の戦いでの損耗が想像以上に激しく、最近のめいはそれの立て直しに忙殺されていた。
 それでも何とか戦力の補強がある程度目処がつくまでいったのだが、そこでふと思い出したのだ。先の戦いで損傷した世界の根源をめいが修復していた時、近いうちに攻める予定の地に住まう者がそこに封じていた旧時代の摂理から力を得ていた事を。
 それを思い出したところで、万が一があっても困るので、あれを放置しておくのは止めておいた方がいいと判断しためいは、まずはそちらに対処する事にした。
 しかし、元々かなりの時間を掛けて対処していく予定だっただけに、そう簡単に片付くモノではない。旧時代の根源そのものに等しいそれを封印出来ただけでも大戦果なのだから。
 封印後は徐々に削り取っていく予定であった為に、まだそこまで封印した根源を減らせてはいない。なので、現状ではめいでも封印をどうこうするには、どんなに急いでもかなりの歳月が必要であった。
 それを考えためいは、封印を完全に消し去るのは現実的ではないと諦める。

(封印の強化はしておくとしまして、該当箇所が抜かれないようにしておきたいところ。未だに僅かずつ持っていかれている状態ですからね・・・)

 手元の器に残っていたお茶を飲み干しためいは、机に置いたそれに新しいお茶が注がれるのを眺めながら思案に耽る。
 お茶を注いだ使用人の服を着た女性は、お茶を注ぎ終わるとそっと脇に控えた。
 現在この部屋には、めいの他に二人居た。二人共使用人の服を着ているが、基礎部分は同じでも意匠が大分異なっている。
 一人は先程めいにお茶のおかわりを注いだ女性で、楚々とした見た目の大人しそうな女性。身に纏う服も露出の少ない目立たない服で、飾り気はほぼ無い。ただ、唯一胸元に木を象った小さな飾りが縫い付けられていた。それは抑えられた緑色をしているのだが、他がかなり地味な色で統一されている分、そこだけ妙に浮いていた。
 もう一人は、少々露出の多い快活そうな女性。動きやすさを重視しているのか、袖は肩辺りを覆う程度で、裾は膝が見えるほど短い。服の色は二人共同じなのだが、見た目の印象は正反対。
 そんな二人だが、今は黙ってめいの傍に控えている。
 めいは新しく注がれたお茶を手にしながら、ちらりとその二人に視線を向けた。
 この二人はつい最近補充したばかりの者で、片方が妖精の性質を持ち、もう片方がドラゴンの性質を持つ。つまりは新たな秩序の一角を担うかもしれない者達。
 実力はまだ未知数。少し稽古を付けなければ不安要素が多いので、近々新たに創造した者達を集めて稽古を行う予定だった。それでも、見た目から強さを測れば、ヘカテーより一段か二段落ちるぐらい。
 ヘカテーがこの世界の頂点付近の実力者なので、二人はかなり強い事になる。
 それでも、今度の戦いでは不安が残る。相手がソシオのように理を外れかけている存在ではないとはいえ、それでも油断は出来ない。もしもヘカテーが万全であったとしても、油断は出来ないかもしれない相手なのだから。

(未だに結構な速度で成長していますからね。それに旧時代の遺産にも手を出している・・・あれはあれで厄介なのですよね)

 めいが旧時代と呼ぶのは、この世界がゲームとして存在していた頃。そして、遺産というのはゲーム時代の設定としての制限や、時間と共に与えられるはずだった能力など。
 旧時代の制限は既に気にする必要はないが、問題は能力の方。現在の誰かが定めた制限が取り払われた状態でそれを使われれば、どう考えても面倒な事にしかならないのは目に見えている。
 だからといって、不自然な制限を復活させるというのはありえない選択。それでは旧時代に戻るだけである。

(最強の一角・・・その意味は伊達ではない。しかも旧時代の根源を使用している以上、今の法則では完全には封じられない。厄介な事この上ないですが、壊すには既に馴染み過ぎている。あれでは少し弱らせるのが精々でしょうね)

 めいはお茶の入った器を机に置くと、腕を組んで頭の中で状況を整理していく。
 少しして、面倒そうに小さく息を吐き出した。

(周囲への影響も軽視は出来ませんね。我が君を想うあまりに後手に回りすぎているのは如何ともし難いですが、過ぎた事はしょうがありません。今は対策を講じなければ)

 さてどうしたものかと、めいは思索に耽るが、採れる手はそう多くは無い。

(現状の戦力を考えますと、妖精やら魔物やらが邪魔ですね。現有戦力では取り巻きを取り除くので精一杯でしょう。その後に潰せますが、私だけ残ってもしょうがない)

 これが単なる潰し合いであればそれでも問題なかったのだが、残念ながら今回予定しているのは侵攻。それはめいにとっては管理業務の一環である。目的は相手の殲滅か、相手に首輪を付けて現在の法則に従わせる事。
 勿論、殲滅は最後の手段に近い。元々めいが求めていた摂理の外に踏み出した者達の集まりなのだから、それでは少々勿体なかった。





 一部屋だけの世界。そんな世界にオーガストは居た。
 部屋の中央にはこの世界の主である部屋の主が、天井から吊るされている吊り下げ式の寝床で眠っている。二人の他に部屋には誰も居ない。
 何もかもがオーガストと比べて巨大な部屋の隅で、オーガストは腰を下ろして対角線上の隅に目を向けている。その視線の先には、本がびっしりと詰まった本棚が並んでいるだけ。
 そんな場所を、オーガストは瞬きを忘れたかのようにジッと眺めていた。
 どれだけそこを見てみても、やはり本棚と本以外は何も無いし誰も居ない。だというのに、よほど興味深い何かがあるかのようにオーガストは視線をそこから動かそうとしない。
 その執念じみた視線は、何かを捉えているようにしか思えなかった。

「・・・・・・」

 身じろぎ一つせずにただ黙ってそうして見ている様子は、まるで人形のようにも思えてくる。
 しかし、その目に宿る妖しい光は、それが人形ではないと強く否定していた。

「・・・・・・」

 時間という概念が存在していないその部屋は、オーガストが黙して動かないと何も音がせず、変化も無い。いや、部屋の主の静かな寝息は薄く聞こえるが、それは壁に埋め込んで設置してある暖炉の火が爆ぜる小さな音と同様に、計ったように一定間隔で同じ音を繰り返している。
 そんな同じ瞬間を繰り返している世界でどれだけの間そうしていたことか。その間、本物の人形のように全く動かなかったオーガストは、急に時が動き出したかのように口元を大きく横に裂く。

「ああ、やっとか」

 それは暗い底から響くような、そんな背筋を冷たくするような声音だった。オーガストが発したにしてはやけに低く感じられたものだが、思い返してみると、それでいながら女性が無理して低い声音を出したような窮屈さを感じる声音にも思えた。
 オーガストはゆっくりとした動きで背を正すと、一度周囲を見回すように首を動かす。
 その後で大きく伸びをすると、オーガストは部屋の中央の方へと視線を向ける。部屋の中央には、相変わらず部屋の主がずっと眠っていた。
 部屋の主の姿を暫く眺めたオーガストは、ゆっくりとした動きで立ち上がった。

「思いの外早く終わったものだ」

 そう零した後、オーガストは部屋の中を歩き回る。
 どれもこれもオーガストから見れば崖のように大きい家具などだが、しかし、今のオーガストには酷く小さく見えた。
 時間を掛けてゆっくりと広い部屋の中を一周したオーガストは、部屋の中央、部屋の主の真下まで移動してそれを見上げる。

「相変わらず大きなものだ」

 わだかまる闇のような部屋の主を見上げながら、オーガストは小さく息を吐く。そこからは依然として強力な力を感じるのだが、しかしそれも前ほどではなくなっていた。
 現在オーガストは、この世界についてかなりの部分で解析を終えている。その為、今のオーガストであれば、部屋の主ともいい戦いが出来るだろう。勝率としては六割ほどか。勿論オーガスト側の勝率が六割である。
 とはいえ、オーガストは別にここへは戦いに来た訳ではないので、部屋の主に戦いを仕掛けるような事はしない。それに、まだ解析し終えていないのだから、やるだけ勿体ない。
 空中に浮かんだオーガストは、部屋の主の上に移動する。そのまま空中で静止すると、部屋の主へと意識を集中させていく。

「さて、今日で終わらせるとするか」

 そうしてオーガストは解析を始めると、一気に解析を進めていく。そうして解析を進めている最中。

「ん?」

 オーガストは僅かな違和感を覚えて眉根を寄せる。そのまま違和感の正体を探っていくと。

「あ」

 そこでオーガストはそれに気づき、小さく声を漏らした。というのも、オーガストがこの世界に来て初めて部屋の主が覚醒しようとしていたから。
 このままでは部屋の主の夢で創られている世界が崩壊してしまうので、どうしたものかとオーガストは一瞬の内に思考する。正直このまま世界が崩壊してもオーガストとしては問題ないのだが、まだ僅かながらも可能性が在るかもしれないと思うと、少々おしくなってしまう。
 それと共に、現在の自分の実力というやつを測りたいという思いが沸き上がり、オーガストは試しに部屋の主から夢の中の世界を奪ってみることにした。

「何事も備えておくものだな」

 オーガストは部屋の主を解析しながら、もしも夢の世界を奪うとしたらという事を想定していた。そのおかげで、この一瞬の間にそれを実行に移す事で一気に夢の世界の主導権を奪っていく。
 結果として、想像以上にあっさりと夢の中の主導権を奪うことに成功する。
 そうしてオーガストが部屋の主に成り代わって夢の世界の管理を行う事になったところで、部屋の主が覚醒する。
 部屋の主が覚醒すると同時、部屋の主の目が開かれた。その視線の先にはオーガストが浮いているも、まだ寝起きだからか焦点が合っていないようだ。
 それも程なくして焦点が定まると、部屋の主はオーガストの姿を捉えた。





「ん~!!」

 澄み渡る青空の下、思いっきり伸びをする。かなり久しぶりに外に出た気がする・・・いや、実際かなり久しぶりに外に出たのだが。
 現在居るのは、首都プラタから遠く離れた場所に在る山の中。丘を少し立派にしたような山だが植生は豊かで、季節によって山菜から果実まで様々な恵みが得られる場所でもある。
 今日は何故そんな場所に居るかと言えば、気分転換である。色々思うように進んでいない部分はあるが、それでも行き詰ったというほどではない。だがしかし、ずっと地下に籠りっきりというのもよろしくないという判断により、たまには外にでも出てみようと相成った訳である。
 たまに吸う新鮮な空気というのは存外心地がいいもので、これだけでも外に出たかいがあるというものだ。
 周囲を見渡せば、無数の木々と僅かな草。雑草よりも苔の方が多い気がするのは、ここが枝葉の天井により日光が少し遮られているからだろう。
 それでも薄暗いというほどでもない。まぁ、茸も確認出来るぐらいにはじめっとしているのだけれど。
 さて、そんな森だが、斜面はなだらかで登りやすい。足下も適度にふかふかな柔らかさなので、ちゃんと気にかけておけば足を取られるという心配はなさそうだ。
 隣には拠点からここまで連れてきてくれたプラタが居るが、先頭を進んでこちらの案内をしてくれているのは、ターシスという種族の男性で、見た目は半人半馬である。
 つまりは馬の下半身に人の上半身がくっついた外見をしている。プラタに話を聞くと、悪路に強いうえに足が速く、その速度を活かして遠方から弓を射るのを得意としているとか。だからといって他の武器が使えない訳ではなく、近接では剣身の長い剣と縦に長い盾で戦うらしい。というか、戦場では重装備が基本らしい。
 そんな彼らだが、とても寡黙で誠実な者が多いとか。前を進んでいる彼も、最初に自己紹介も兼ねた簡単な挨拶をして以来一言も発していない。まあこれはこれで個人的には付き合いやすいとは思うけれども。
 ターシス族は、一族でこの山に住んで管理をしてくれている。ここに住んでいるターシス族の者達は元々山で生活していたらしいので、丁度いい環境らしい。それで、食卓に並ぶ山菜などの採取も彼らの仕事だとか。
 まぁ、今回は山の散策が目的なので、そういった物の採取はしないのだけれども。
 慣れていないので、山歩きはもっと大変かと思ったのだが、今のところは何とかついていけている。日頃の運動不足が心配だが、夕方までには帰るらしいから何とかなるのではないだろうか。多分。
 今向かっているのは山の頂上。そこは開けていて見晴らしがいいらしい。
 それにしても久しぶりに外に出たが、いつの間に温かい季節になっていたのだろうか? まだ寒いと思って少し厚めの服を着てきてしまった。まぁ、背嚢も持ってきているので着替えはあるからいいのだが。

「ふぅ」
「少し休まれますか?」

 山の中腹まで登ったところで、少し疲れが出てきた。それを見逃さず、プラタが直ぐにそう提案してくれる。

「ありがとう。でもまだ大丈夫だよ」

 しかし、まだ今は昼前である。いくら朝も早い時間から登り始めたとはいえ、流石にまだ早いと思う。それに本当に少し疲れたぐらいなのだ。むしろ今休むと一気に疲れが出てきそうな不安の方が大きいぐらい。
 なので、心遣いは有難いが辞退しておく。休憩は昼食でも食べる時に取ればいいだろう。
 それから、多少息を弾ませながらも山を登っていくと、昼になって一時休憩にする。丁度その頃に休憩に適した場所に到着出来るようにしっかりと計算されていたようで、少し開けた場所には、座るのに適していそうな表面が平らで少し太めの切り株が幾つか用意されていた。
 そこに腰掛け、持ってきていたお弁当を背嚢から取り出して広げる。プラタは例の如く食べないうえに疲れないので、ボクの後ろに立ったまま控えている。
 お弁当を広げると直ぐに飲み物を用意してくれるが、一体何処から取り出したのだろうか? 転移魔法は使用していなかったし、プラタは小さめの背嚢を背負っているだけでとても身軽である、はずなのだが・・・。
 出された飲み物は、いつものお茶。しかも温かいので淹れたてだろう。・・・あまり深く考えてもしょうがないので、後でプラタに訊いてみるか。
 ターシス族の男性は、立ったまま何かを食べている。見た目は巻物だろうか。片手でも食べやすそうな大きさと形状だ。腰の辺りに回した紐に袋を幾つか括りつけていて、そこから飲み物も取り出している。
 そうした昼休憩を挿んだ後、ボク達は山登りを再開した。
 昼休憩した場所から先はやや勾配がきつくなっていたが、問題にするほどではない。目的の頂上もそう遠くはなかったのもなんとかなった要因だろう。
 頂上は話通りに開けていて、色とりどりな花々が咲き乱れた花畑となっていた。おかげでとてもいい香りが鼻を楽しませてくれる。
 そこから見える景色は、山の周囲の草原と少し離れた場所に見える街並み。美しいというよりも、何だか絵になるとでも言えばいいのか、人の営みと自然の関係を表しているようにも思えて、感動というよりも感慨深く思う。
 それと同時に、何だかこれがお前の国なのだと言われているようにも感じて、身が引き締まる思いも湧く。もしかしたらそれを見せたかったのだろうかと、少々プラタの思惑を勘ぐってしまったが、多分考えすぎだろう。
 それから暫くの間、山頂からの景色を眺めながら過ごす。
 遮る物の無い見晴らしのいい景色は、穏やかな気候と相まって心を落ち着けてくれる。しかし、先程思った事が胸に残っているのか、完全に気を抜く事は出来なかった。
 それでも、普段の誰も居ない地下空間で黙々と修練ばかりやっている時とは違って、山頂は解放感があって気分転換にはなった。思っていた以上に思い詰めていたのかもしれない。
 昼が過ぎて少しした辺りまで山頂で過ごした後、ターシス族の男性の先導で登ってきた道とは反対側の道を下りていく。
 そちら側の道は登りよりも道が整備されていて、そこまで大きくないながらも、しっかりと踏み固められた道が通っていた。
 登りはほとんど道らしい道も無かったのだが、どうしてこちら側だけ道が通っているのだろうかと不思議に思っていると、その答えは直ぐに判明した。
 道が通っているので、帰りは登りよりも速い。おかげで夕方前には中腹を過ぎたのだが、そこで一気に開けた場所が現れる。

「これは・・・」
「ターシス族の集落です。もう何ヵ所か似たようなモノが山に点在しています」
「そうなんだ」

 山を管理するだけではなく山で暮らしているとは聞いていたが、山の一部を切り開いて集落をつくっているとは思わなかった。数が少ないと聞いていたのでもっと小規模なものだと思っていたが、広さだけならば町と言えるかもしれない。
 地面も家が建つ場所は平らにしているようで、なだらかな斜面とはいえ、結構しっかりとしている。
 しかし建っている家だが、やはり半人半馬なだけあり、人の住む家とは少し趣が違うようだ。

「建物は全部縦長なんだね」
「はい。家の高さも結構高いのが特徴ですね。後は家の中ですが、地面はむき出しです」
「そうなの?」
「はい。床は土の方が負担が少ないとか」
「なるほど」

 膝への負担だろうか? と思いつつ、集落横を通っている道を進む。今日はこの集落に寄る予定は無いので、このまま素通りだ。
 それにしても、やはり見かける人はみんな半人半馬なんだな。家も正直大きな厩舎だと思うし、生活様式は下半身の馬の部分に合わせているのだろう。
 そうして集落を過ぎて麓に到着する。その頃には空は赤く染まっていたが、まだ夜というほどではない。

「それでは私はこれにて」

 ここまで案内してくれたターシス族の男性と挨拶を交わすと、男性は早々に山の中へと消えていった。集落が近いから道が通っているのだろうが、傍から見ると何だかこちら側が山の入り口のような感じがしてくる。
 男性を見送った後、プラタと共に少し歩いてみる。周囲は平原なので、見通しはいい。人も居ないようで、静かなものだ。
 そよそよと頬を撫でる風が少し冷えていて気持ちがいい。運んでくる空気も、外ならではといった感じだな。
 暫く草原を歩いた後、日が沈みきる前にプラタの転移魔法で自室に戻る。
 自室に戻ると少し安堵感を覚えて、ここが自分の部屋なんだなと改めて思った。
 プラタはこれから何か用事があるらしく、ボクを部屋まで送り届けた後に何処かへと転移した。それを見送った後、まずはお風呂に入る為に脱衣所に向かう。着替えなどは背嚢の中なので、わざわざ服などを用意しなくともこのままでも問題なさそうだ。
 脱衣所で服を脱いで、身体を洗ってお風呂に入ると、小さく息を吐き出す。

「ふぅ」

 何だか疲れが溜まったような息だったが、今日はよく眠れそうな気がする。
 それにしても、たまには外に出ないと駄目だな。こうなってくると街の方も気になってきたし、近い内にそっちにも顔を出したいところ。まぁ、この辺りはプラタと要相談といったところかな。
 今日は早めに就寝するとして、明日からはまた修練の日々だ。最近積み重なっていた課題が幾つも解決出来たので調子がいい。ただ、その分新しい課題には行き詰っているところだが。
 現状のままではまだ力が足りていないと思うからな。国主などという大仰な肩書ながらも何もしていないので、せめてそのぐらいは頑張りたいところ。

「でもなぁ、せめて何処までやればいいのかが分かればいいのに」

 現状では漠然としている相手の強さに、つい愚痴も零れるというもの。明確な目標設定が出来ない分、少し疲労が増しているような気がする。
 半身浴で暫く入浴した後、部屋に戻って寝る準備をしていく。今日は疲労からかお腹も空いていないので、たまには早めに寝るとしよう。そんな日があってもいいだろう。
 という訳で就寝の準備が終わると、「おやすみ」 と誰も居ない空間に就寝の挨拶をして眠りについた。





「少しは見栄えも良くなったような気もしますね」

 眼下の様子を目にしためいは、満足そうに呟く。その視線の先には、整列した十数名の姿。
 見た目は統一感が無く、派手な色の服を着ている者も居れば、地味な色の服の者も居る。中にはほぼ全裸ではないかと言いたくなるような露出の高い者も居るが、そこに言及する者は誰も居ないようだ。
 ただ、誰も彼もが強者の気配を漂わせており、和やかな空気ながらも、程よい緊張感が場を満たしている。

「それでもまだ数が少ないですが。念の為にもう少し揃えたいですね」

 そんな強者を眺めながら、めいは戦力の計算を行っていく。
 今集めているのは、最近めいが創り出した者達。つまりは新たなめいの側近達だ。
 強さは前任を遥かに超えているが、それでも不安は残る。相手側の成長が大きく、油断は出来ない。
 改めて現状を確認したところで、めいはそれぞれに仕事を割り振っていく。鍛錬も行わせているが、めいの仕事の補佐も彼らの役割である。
 指示を出し終えると、それぞれの持ち場に散っていく者達を見送り、めいは新たな存在を創り出すべく準備を始めた。





「ん?」

 巨人の森に在るとある地下。そこにはソシオの研究室が在る。
 もう少し残って様子見をしようと決めたソシオは、そこで人形の改良に没頭していた。少し前にオーガストと人形について話した事を参考にして、それを自分なりに調整する事で何とか実現していたのだ。
 そして現在、その研究の成果を人形に反映している作業の最中・・・であったのだが、何かに気がついたソシオは、作業の手を止めて周囲を窺う。

「・・・・・・気のせい、な訳はないか」

 暫く様子を窺ったソシオは、何も変化の無い様子に気のせいだっただろうかと一瞬思うも、直ぐにそうではないと理解する。

「これは・・・なんだ?」

 ただ、何かが変わったのは理解出来たのだが、具体的には何が変わったというところまでは理解出来なかった。
 それに困惑しつつも、もう少し調べてみるかと周囲を窺ってみると、具体的なところは不明ながらも分かった事があった。

「変化は一つではないようだな。幾つかの変化が近い時期に立て続けに起きたといったところか。状況を考えれば出所は二ヵ所しかないが、はてさてどうしたものか。この妙な感じは、複数の変化が良い方向に影響している訳ではない。とでも告げているようにも思えてくるが・・・」

 ふむとソシオは思案する。
 気にすべき点は、自分に影響するかどうか。この世界を出る予定のソシオにとっては、この世界がどうなろうとも興味は無い。
 その辺りを探ろうとするも、今も変化の途中なのか、目まぐるしく世界の流れが変わるので上手く掴みきれない。
 それに一旦諦めて意識を人形の方に戻しながら、さてどうなるのかと考える。念の為に研究室には結界やら何やらと色々と備えているが確実ではない。確実性を重視するのであれば、世界から出るか研究室を世界から切り離すべきだろう。

「今ならそれも不可能ではないんだが・・・」

 人形の改良を通じて、ソシオも自身を変化させていた。オーガストと話しただけに、この世界と自身を切り離す方法は驚くほど簡単に判明したから。というよりも、世間話のようにオーガストがさらりと口にしていたのだ。あまりにも普通に話すものだから、ソシオはそれを危うく聞き流しそうになったほど。
 そういった訳で、既にソシオは世界の呪縛からは解き放たれているので、安全性を考えるのであればそれがいいのだが、そうすると世界との間に隔たりが出来てしまい、世界の様子を窺うのが大変になってしまう。
 ソシオが現在居る世界に残っている理由が世界の変化を見守る為である以上、それは選択肢から外れる。
 ではどうするか。そう考えたソシオだが、もう少し様子を見守るという事しか思いつかなかった。

「まぁ、大丈夫か。変化の幅としては大きいけれど、呑み込まれるほどの大きさではないようだし。それよりも、この変化につられて変なモノを招かないか、という心配があるぐらいか・・・それに関してはこちらには関係ないな」

 現在起こっている変化を俯瞰で確認してそう判断したソシオは、今は放っておこうと人形の改良作業に戻る。

「これが完成したら、オーガスト様は見に来てくれるだろうか?」

 人形を弄りながら、ソシオは期待するようにそう呟く。
 現在作成している人形はオーガストとの会話から生まれたモノなので、もしかしたらという想いがどうしても湧いてきてしまう。普通に考えれば、人形が完成したかどうかなど分かりようもなさそうなものだが、そこはオーガストなので不可能ではないだろう。
 そういった思いからの言葉だが、それが儚い想いである事もソシオは理解している。しかしそれでも、そう口にすると少しやる気が湧いてくるのだから不思議なものであった。





「・・・・・・うーーむ」

 難しい表情で腕を組み、思考する為に目を閉じた状態でいると、思わずうなってしまった。
 現在第一訓練部屋に居るのだが、最近やたらと調子がいい。
 今も行使する魔法は、どれも今までで一番と言えるかもしれない出来ばかり。
 一時期不調だったのを思えば、ただただ不思議に思うばかり。やはり少し前に気分転換に外に出たのが効いているのだろうか。
 そう思えば、あの日の翌日辺りから調子がいいような? そんな気がしてくる。
 どうだったかと思わず考えそうになって、まあいいかと思い直す。調子がいいならそれでいいか。考えたところで解るとも思えないし。ただこれからは、たまには外に出てみようかと思うばかり。
 そう結論を出したところで、魔法の行使を再開する。最近は別の理の魔法にも慣れてきて、おかげで背嚢の解析の方も上手く進んでいる。いい事づくめであるので、やはり驚いてしまうが。
 さて、それでは次の魔法でも行使してみるか。その前に周囲に結界を張らないとな。的はあれからプラタが更に改良していたからより頑丈になっているが、それでも念の為にこちらでも結界を追加しておかないと。
 そうして準備を整えたところで、魔法を行使していく。最初に行使する魔法は蒼炎辺りでいいだろう。最近は理の異なる魔法でも、威力を抑えれば何とか一発ぐらいならそこまで再現出来るようになってきたが、通常の魔法では最近白炎が少し使えるようになってきていた。これもまた成長したという事なのだろうか。

しおり