秋の収穫祭 その2
スアが作成した子供神輿のてっぺんに、僕そっくりの人形がのっかっててもう苦笑するしかなかったわけなんですけど、
「いいではないですか! 可愛いですし」
と、メルアがゴーサインを出しちゃったもんですから、秋の収穫祭で使用されるララコンベの神輿の天辺には僕の人形がのることになってしまいました、はい……いや、まぁ確かに可愛いからいいんですけどね。
……なんか妙な気分です。
元いた世界の子供神輿が……って言っても、僕の説明や、デジカメに残ってた画像データを元にしてスアが模倣して作成したものですけど、とにかく神輿が目の前にあるわけです。
なんか、その光景が懐かしく思えてしまうわけです、はい。
「そういえば……こっちの世界にやってきてから結構経つよなぁ……」
僕は思わずそんなことを呟いてました。
すると、スアが僕の手をキュッと握って来ます。
「……元の世界のこと、気になる、の?」
小首をかしげてそう聞いてくるスアに、僕は少し首をかしげました。
気にならない……って言えば、正直嘘になります。
こうして面と向かって聞かれてしまうとですね、望郷の念といいますか、元の世界は今どんな感じになってんだろうなぁ……そんな気持ちがちょっと首をもたげてきたりするわけです。
すると、スアは、
「……見に行って、みる?」
「そうだなぁ……帰ってしまいたいとは思わないけど、ちょっと様子を見にくらいは行って見たいかも」
「……だから……行って、みる?」
「……は? まさか……行けるの?」
僕がびっくりしたような顔でそう言うと、スアはコクンと頷きました。
ただ、スアの説明によると、僕の記憶をたどって精神だけを元の世界に送り込むことが可能
「……かもしれない」
え? 何? スアさん、今なんか不穏な一言を呟きませんでしたか?
で、まぁ、とにかくですね僕が昔暮らしていた日本の中国地方にある地方都市、草社(そうやしろ)市の今の様子をのぞき見出来るかもしれないというのです。
「……多分、大丈夫、のはず」
……あ、あの、スアさん? 今またすっごい不穏な一言を呟きませんでした? ねぇ?
◇◇
とりあえず、若干不安要素を含みながらも、夜になりました。
「……これ、枕の下に敷いて寝て、ね」
スアはそう言いながら僕にお札みたいな神を手渡しました。
「ふぅん、これを敷いて寝れば、僕が元いた世界に精神だけ行けるのかい?」
そう言いながら横を見ると、すでにスアはリョータの横で熟睡してて……ってか、早いな、おい!?
で、この札ですが、すでにパラナミオも枕の下に敷いて寝ています。
まぁ、スアの言う事ですし……僕も枕の下に紙を敷いてベッドに横になっていきました。
◇◇
「……あれ?」
目を開けると僕は道路の横に立っていました。
……なんか、道路には車が走っています……あきらかにここはガタコンベではありません。
あ、これひょっとしてコンビニおもてなしがあった店の前を通ってた国道かぁ……四車線道路があるんだけど、その向こう側には田んぼが広がってて……
「……ってか、マジでここ草社(そうやしろ)市じゃん」
僕は思わずびっくりしながら周囲を見回していきました。
国道があって、その向こうに田園風景が広がってて……バスが市内を通ってないんだよなぁ、この街ってば……代わりに乗り合いタクシーが時間を決めて行き来してるんだ。
僕がそんな感じで周囲の光景を懐かしく思いながら眺めていると、
「……ここが、旦那様の住んでた街、なの?」
不意に後方からスアの声がしてきました。
僕が振り向くと、そこにはリョータをフロント抱っこしたスアが、目を丸くしながら立っていました。
スアは、僕の側にフラフラといった感じで寄って来まして、
「……す、すごい……カガクがいっぱい走ってる、し……」
目の前の国道を行き来している車を見つめながらそう言いました。
スアにとって車と言えば、おもてなし1号しか知識にないわけです。
そんなスアの目の前では、今、トラックやら普通車、さらにはワゴン車まで、様々な形状をした車が猛スピードで往来しているわけです……そりゃびっくりもしますよねぇ。
「……馬車は走ってない、の?」
「あぁ、馬車はいないなぁ……こっちの世界じゃあ車で移動するのが結構一般的なんだよね」
僕がそう説明すると、スアは再び目を丸くしながら道路を見つめていきました。
僕とスアの周囲を時折人が通り過ぎていっているんですけど、みんなには僕達の姿は見えていないそうです。
スア曰く
「……いわゆる思念体……だから」
まぁ、要は今の僕とスアは幽霊と同じ状態ってことみたいです。
ただ、パルマ世界に来たとことがある人間がいれば、波長が同調して見えるかもしれないって話なんですけど……そんな人が、都合良くいるわけが
「……あれ?」
……はて?
なんでしょう……僕の後方に立っている女の人なんですけど……気のせいか僕を指さしてびっくりしているような……いや、気のせいだよね、うん。僕とスアの姿は、こっちの世界の人には見えるはずがないわけですし……
「……あの、あなた……去年までその角にあった、コンビニおもてなしの田倉店長さんじゃあ……」
……ぴ……ピンポイントで指摘されましたよ、ちょっと。
僕は、改めてその女の人へ視線を向けていきました。
細身で、会社員風な出で立ちのお姉さんですけど……あれ? この人見覚えがあるぞ……
僕がそんなことを思っていると、そのお姉さん、
「私、コンビニおもてなしで出勤前に出来たてサンドイッチを買ってた、朝霧って言うんですけど……」
そう言いながら自分を指さしてまして……あぁ、はいはい、いましたいました。
休日以外、毎朝必ず寄ってくれてたお姉さんです。
そんな人、マジで数えるほどしかいなかったもんですから、僕もよく覚えていたわけです。
そんな僕の前で、そのお姉さん~朝霧さんって言いましたっけ? さすがに僕も顔は覚えてましたけど、名前を聞いたことはありませんでしたしね。
で、その朝霧さんですけど
「店長さん、急に店ごといなくなられちゃいましたけど……また帰ってこられたんですか?」
「あ~……ま、まぁ色々ありましてですね……」
僕はそう言いながら言葉を濁しましたけど……そっか、こっちの世界ではそんな扱いになってたのか、僕は。
で、朝霧さんと少し会話を交わしながら、僕とスアはコンビニおもてなしが、かつて店を構えていた一角へと移動していきました。
「あれからここにはマンションが建ちまして……ちなみに私、ここの5階に私住んでるんですよ」
朝霧さんがそう言いながら指さした先には、5階建てのマンションがデ~ンと鎮座していました。
はは……ま、まぁそうなるよなぁ……急にいなくなったわけだし……銀行に借り入れもあったりしたし、恐らく差し押さえされて売り飛ばされたんだろうなぁ。
ちょっと世知辛くなってしまいましたけど……まぁ、元コンビニおもてなしがあった場所の現状を知ることが出来て、僕としても少し嬉しかったといいますか、すっきりしたと言いますか……寂しくなったといいますか……
そんなことを重いながら、マンションの脇の方へ視線を向けていきますと、旗が一定間隔で取り付けられているヒモが街路樹をわたるようにしてくくりつけられていたんですけど……その旗には「こども神輿」の文字が印刷されています。
「あぁ、そうか、こっちの世界でもこども神輿の季節なんだな、やっぱり」
僕はその旗を見上げながら、そう呟きました。
すると、それを聞いたスアが周囲を見回しながら
「……どこ? 神輿どこ?」
と、興味津々や様子で僕に聞いてくるんですけど、
「朝霧さん、こども神輿は今やってます?」
「あ~……確か明後日の日曜日じゃかなったかな?」
だそうでして、今日は見ることは出来ないみたいでした。
ただ、そんな中でも、スアは僕の手を握りながら、周囲を珍しそうに見つめ続けていました。
そんな中、不意にリョータが泣き始めました。
「……やばい……ミルクの時間、だ」
スアが、そう口走ったかと思うと、スアとリョータの姿は一瞬で消えてしまいました。
その横の僕も、なんか意識がぼやけてきた気がします。
僕は、横でびっくりした表情をしている朝霧さんに
「どうもお騒がせしました」
って言いながら頭を下げまして……
◇◇
顔を上げたら、巨木の家のベッドの上でした。
目をばっちりあけた僕の横では、スアが眠たそうな顔のままでリョータにミルクをあげていました。
スアは、僕が目覚めたのに気がつくと
「……おあよ~……」
あくびをしながらそう言いました。
僕は、スアからリョータを受け取りミルクをあげる役目を交代してあげました。
すると、スアはすぐにこてんと横になり、すぐに寝息を立てていきます。
……さっきまで僕が元いた世界にいってたんだなぁ……精神だけだけど……
リョータにミルクをあげながらそんなことを考えていた僕ですが……しかし、元コンビニおもてなしの常連だった朝霧さんってば、なんで僕とスアの姿が見えたんだろう?
僕が首をかしげていると、スアがむくっと起き上がりまして
「……あの女の人、こっちの世界に来たことがあるみたい、よ。だから波長が合ったから、私達のこと……見ることが出来た、みたい」
それだけ言って、またパタンとベッドに倒れ込み、寝息を立て始めました。
……っていうか、こっちの世界にねぇ……どうやって来たって言うんだろう。
考えてみましたけど、当然答えなんて出ませんでした。
ただ、まぁ、僕のことやコンビニおもてなしの事を覚えてくれてる人に会えたのは、すごく嬉しかったわけです、はい。
……そういえば、パラナミオがいなかったような……
僕は、横で寝入っているパラナミオへ視線を向けていきました。
するとパラナミオは枕を放り投げて寝ていました。
当然、スアから手渡されていた紙もですね、枕と一緒にベッドの下へと放り投げられていまして……
なんと言いますか、パラナミオらしいなぁ、って思いながら、僕はパラナミオの頭を撫でていきました。
パラナミオは、僕に撫でられながら、嬉しそうに微笑みました。
僕は、そんなパラナミオの笑顔に、ニッコリ笑顔を返しながら、改めてベッドの上を見回していきました。
僕の腕の中には、リョータがいます。
僕の周囲では、パラナミオとスアが寝ています。
そんなこの場所が、僕の居場所であり、守るべき場所なんですよね……僕は改めてそう思いました。
さしあたって、まずは週末の秋祭りを頑張らないと……
僕は大あくびをしながら、いまだにミルクを飲み続けているリョータを笑顔で見つめていきました。