リグドと、酒場2日目
「どうもお世話になりました~」
カララは、酒の詰まった木箱を運んで来た酒屋の狸人の親父に頭を下げた。
「いやいや、カララちゃんには以前から贔屓にしてもらってたからね、これくらいお安いご用さ」
狸人の親父は、大きなお腹をさすりながら笑顔を浮かべていく。
「おっちゃん、無理言ってすまなかったな。助かったよ」
木箱を店の奥に移送していたリグドが、カララに続いて狸人の親父に頭を下げる。
「カララちゃんにも言ったけどさ、これくらいお安いご用だって。またいつでも声をしてくんな」
狸人の親父はリグドにも笑顔を向けていく。
この日、リグドはカララにお願いして、カララが酒場を経営していた頃に酒を仕入れていた酒屋から急遽酒を仕入れていた。
と、いうのも……
ドンタコスゥコ商会から、この辺りでは入手が困難な酒を大量に仕入れていたにもかかわらず、開店当日に大盤振る舞いし過ぎたため、そのほとんどなくなっていたのである。
食材も使い過ぎており、こちらも早いうちに狩りや市場で補充せざるを得ない状態になっている。
木箱の酒を手にとり、確認するリグド。
それは、このあたりでは一般的に酒場で出されている果実酒であった。
「ドンタコスゥコが次に来るまでまだ1ヶ月近くあるわけだし……当面は手に入る物でどうにかするしかねぇな」
ぼやくリグド。
「しかしまぁ……なかなかうまくはいかねぇもんだなぁ」
苦笑しながら酒瓶を木箱に戻していく。
「だ、大丈夫ですよリグドさん。私も頑張りますから!」
リグドに、カララが声をかける。
その細い腕で、力こぶをつくってリグドに見せている。
「そうっすね。よろしく頼むっす」
そんなカララにニカッと笑みを向けるリグド。
右手でカララの頭をポンと叩いていった。
「あ、はい、もちろんです」
リグドの手のあたった辺りに自らの手をあてながら、カララは嬉しそうに笑みを浮かべていた。
◇◇
営業開始2日目の夜。
リグドの酒場には、今日も多くの客が詰めかけていた。
「店長、約束どおり今日もきたぞ」
「今夜も世話になるね」
その言葉通り、客の多くが昨夜からのリピーターだった。
「いらっしゃい、さぁゆっくりしてっくだせぇ」
カウンター奥の厨房から、リグドがニカッと笑みを浮かべ、客1人1人に声をかけていく。
「ようこそ。さ、こっちっす」
「いらっしゃいませ~、お客様はこちらへお越しくださいな~」
店内で接客にあたっているクレアとカララが、空いている席へと案内していく。
厨房で、リグドは肉を焼き続けていた。
ドンタコスゥコから仕入れた、このあたりではなかなか入手することが出来ない食材であるタテガミライオンの肉を一口大のぶつ切りにし、それをフライパンで炒めている。
ジュワアアアアアア
肉の焼ける音と同時に、香ばしい香りが店内に充満していく。
その匂いに、客が一斉に喉を鳴らしていく。
「お、おぃリグドさんよ、その肉はまだ食えないのか?」
「私、今から注文するわ!」
「俺もだ! よろしく頼むよ!」
そんな声が店内に充満していく。
「ありがとうございまず。どんどん焼いていきますんでもうちょい待ってくださいよ」
笑顔で店内を見回すリグド。
フライパンを持つ手をせわしなく動かして肉を焼き上げていく。
店内の客には、リグドが事前に作り置きしていた流血狼のスープカレーなどがすでに配られている。
「これ、昨日よりも美味いな!」
「ホント、昨日も美味しかったけど、今日はもっと美味しく感じるわ」
それもそのはず。
今日のスープカレーは、半日かけてじっくり煮こんである。
そのおかげで、肉の旨みと野菜の旨みがみっちり引き出されていた。
それを味わいながら、酒を口にしていく客達。
……ただ
「昨日の酒はないんだね」
「あの酒、うまかったのになぁ」
そんな声も、チラホラとあがっている。
「すんません。手はずはしてますんでね、今日のところはこいつでやってくだせぇ」
その声に、リグドはひたすら頭をさげていた。
◇◇
ほどなくして、タテガミライオンのコロコロステーキが焼き上がっていく。
十分に焼き色がついた表面。
それでいて、中はレア状態に仕上げてある。
フライパンにしみ出した肉汁に刻んだガルリックを加え、調味料で味を調えたソースがその肉の上にたっぷりかけてある。
それを一口噛みしめると、ジュワっと肉汁があふれ出していく。
その肉汁が、口の中でソースと絡みあい絶妙はハーモニーを奏でていた。
「おまたせしたっす」
クレアが、タテガミライオンのコロコロステーキを客の前に置いた
待ちかねたとばかりに、その客は肉を口に含んでいく。
一口サイズにカットされている肉の塊を、口の中で噛みしめていく。
「んん! これは美味い!」
開口一番、店内にその声が響きわたった。
そんな声があがる度に
「店長! こっちにもあの肉を頼む!」
「こっちにもよ!」
店内に新たな注文の声が殺到していく。
その数は先ほどの比ではなかった。
「はいはい、すぐに次を焼き上げていきますからね、もうちょい待ってくだせぇ」
ニカッと笑いながら、リグドはせわしなく手を動かしていた。
◇◇
今日の営業時間が過ぎ去っていた。
今夜も、リグドの酒場には多くの客が来店した。
前日のお祭り騒ぎほどではないものの、酒場の席に空席が出来ることはほとんどなかったほどである。
「ふぅ……今日も疲れたな」
店の片付けを終え、自室に戻ったリグドはクレアへ声をかけた。
ニカッと笑みを浮かべている。
疲れたと言いながらも、その顔には充実感に満ちあふれていた。
「リグドさんこそ、お疲れっす」
リグドに対し、きっちり45度腰を傾けてお辞儀していくクレア。
傭兵団時代から、特にリグドに対する挨拶は几帳面過ぎるほどきっちりこなしていたクレア。
夫婦となった今も、それは続いていた。
「さて、明日は朝から狩りに行くわけだし、とっとと汗を流して寝るとするか」
視線をクレアへ向けるリグド。
「クレア、先にすませるか?」
その言葉に、クレアはなぜか無言のままリグドを見つめていく。
「……っと、その……」
ややうつむきながら、その頬を赤く染めていく。
その姿にピンときたリグド。
「……それとも、一緒にすませるか?」
「はい!」
その言葉に即答するクレア。
途端に尻尾が千切れんばかりに左右に振られていく。
すると、リグドはおもむろにクレアを抱き上げていく。
「なら、とっとと済ませるとするか」
クレアをお姫様抱っこし、部屋を出て行くリグド。
その腕の中で、クレアは顔を真っ赤にしながらリグドを至近距離から見つめていた。
その瞳が、ハート型になっていたのは言うまでもない。
◇◇
シャワールームは2階、リグドとクレアの部屋とカララの部屋の間にあった。
カララは、ベッドに潜り込んだまま顔を真っ赤にしていた。
隣のシャワールームから水音とともに、クレアのあられもない声が時折聞こえていたのである。
押し殺しているため、そう大きくはない。
その声を、カララは耳に全神経を集中させて聞き続けていた。
……は、はわわぁ……はわわぁ……
カララが一晩中悶々とする羽目に陥ったのは言うまでもない。
◇◇
翌朝。
「ワホン!」
リグドは、ワホの一鳴きで目を覚ました。
今日は一緒に狩りに行くことになっており、張り切っている様子だ。
そんなリグドの腕枕で、クレアが寝息をたてている。
裸のまま、昨日同様リグドに抱きつくようにして眠っているクレア。
「今日もよろしく頼むな、愛しのかみさん」
その唇に軽くキスをするリグド。
すると、
「……あの、も、もう一回お願いしてもいいっすか?」
目を閉じたまま、クレアが小さな声でそう言った。
その声に、クスッと笑みを浮かべるリグド。
「あぁ、喜んで」
そう言うと、先ほどよりもディープに口づけていく。
それを受け、その首に腕を回していくクレア。
2人はしばらく、ベッドの上で口づけを交わしあっていた。