玄関長話【前編】
という感じで、俺がダウンしていた約二日で、あらゆる後処理は行われていた。
すべてが終わったわけではないようだが、親父と宰相様が三馬鹿とその親たちをかなりこき使ったらしい、と聞く。
……まあ、主にアレファルドが率先して『使わせた』ようだが。
二日も休んだので早く帰らなければならない。
そう、このままでは……。
「もう帰っちゃうの? もっといればいいのに! 『聖落鱗祭』ぐらいまで!」
「そんなにいたら、あの子たちに支払う金額が金貨になってしまうわよ!」
……ルースにラナにラナが叫ぶ。
そうなんだよなぁ、一日の賃金銅貨五十枚。
『緑竜セルジジオス』を発って十日が過ぎている。
このあと、また一日かけて戻ると思うと——!
「くっ、銀貨五枚なんて言い過ぎだと思ってたのに! 銀貨六枚になってる! 六枚×六人分! 銀貨三十六枚! ぬぁぁあっ! 結構な出費!!」
そうなんだよな、結構ガチ痛い。
馬車と馬のレンタル代とか、レグルスなら「マケてア・ゲ・ル」とか言ってたけどつまりは帰ってきたあとの『こたつ』や『暖房』で回収したいという意味だ。
「フランの体調が戻らないようなら、治療費もかかるし……」
「大丈夫だよ?」
ラナが不安そうに見上げるのは俺の左眼である。
まぶたが開かないんだよなー、まだ。
痛いわけではなく、まぶたに力が入らないというか……。
なので、包帯で巻いている。
まるで頭怪我した人みたいだ。
「でも……」
「怪我してるわけじゃないし……だいぶ
「そ、そう?」
二つの違う竜力が、体の中でうねうねしてる。
言葉にするとそんな感じだろうか。
突然中に注がれた別のものが、今まであったものをこね回す。
なんというか、体のバランスが保てない。
今はだいぶこの体にも慣れた。
「でも今年いっぱいはあんまり動きたくないかも……」
「そっか……、……じゃあ、やっぱり年明けまでフランの実家にご厄介になる?」
「ぜひ! ぜひそうしましょう! フランお兄様!」
「…………」
と、話に入ってきたのはクールガン。
満面の笑顔。
こいつの場合はファーラと離れる時間が伸びればそれでいいのだろう。
しかし、先程ラナも言った通りそうもいかない。
「帰るよ。任せきりには出来ないから」
「チッ」
バレてるぞ舌打ち。
とはいえ、来た時のように御者を俺がやるのは少々不安がある。
ので、実家の使用人に御者をしてもらう事にした。
その御者用の馬が、やはりルーシィに色目を使うのが気になる。
「あ、あの、あの、ごめんなさい」
「はい? なにがでしょうか? ファーラ嬢」
「え、いやあのその……あ、あたし、『緑竜セルジジオス』に帰る、から……あの……クールガンの言うようなの、結婚? 無理だから……」
なんと!?
ファーラが自分で考えて、クールガンに配慮しつつもしっかりと振った!
それを伝えた!
ク、クールガンは……?
優秀すぎて挫折らしい挫折もまだした事がないはずのクールガン。
泣きじゃくって逆ギレとか、し、しない、よな?
恐る恐る、ちらりと見る。
きょとん、としていた。
ま、まだ現実が受け止め切れていないのか?
「なんだそんな事でしたか」
「!?」
「え? あの、でも……」
満面の笑みで答えた!?
なんだ、そんな事か、だと……!?
困惑する俺とファーラ。
多分俺が困惑する理由と、ファーラが戸惑う理由はまったく別だ。
ファーラは結婚を断ったのに笑顔を浮かべられた事。
俺はそもそもクールガンがそんな笑顔を浮かべるキャラではないのを知っているので、本気で鳥肌が立った。
こわ! キモっ!?
「優しいファーラ嬢ならそうおっしゃると思いまして、事前に『ダガンの村』の方に屋敷を建ててもらう事にしました」
「ぶっ!」
噴いた。
「? ……ダガンの村って……ダージスさんが連れてきた『青竜アルセジオス』にあった村の人の……えーと」
「それですよ。今再建中なんですが、俺がそこの領主という事になりましたので……比較的ご近所ですね!」
「え! そうなの?」
いや、もう、帰る直前になに言ってくれてんのこいつは……。
は? 再建中の『ダガンの村』の、担当? 領主? こ、こいつ、一体なにを……?
む、無理に決まってるだろ未成年!
九歳だぞ!? そんな事許されるはずがあるか!
思わず見送りに来た親父を見る。
死んだような目を、逸らされた。
おおおぉいっ!
「城の連中も俺を追い出せて万々歳。……まあ、お父様と宰相様はいますけど……。俺もファーラ嬢に三時間程度で会いに行けるので、みんな幸せです!」
「そ、そうなの……?」
「それにあと六年もすれば竜馬がもらえるので、更に行き来は楽になります」
計算高……!?
た、確かにクールガンには十五の誕生日、竜馬が与えられる予定だけど!
「ラ、ラナ……クールガンって『らのべ』でリファナ嬢を好きになるって言ってなかった?」
こそ、と耳打ちすると、ラナも困惑しまくった表情でコクコク縦に首を振る。
その様子から、クールガンの行動はラナにとっても信じられないもののようだ。
……まあ、家族でも信じられないしな……コレ……。
「そ、そのはず、なんだけど……な、なんでかしら?」
「俺にはなんとも……」
「そ、そうよね? ……もしかして、これもわたくしのせい……?」
「…………」
確か、『らのべ』の方でラナは復讐に燃え、それにすべてを費やしている、らしい。
邪竜信仰と共にいるのならば、レグルスとも出会わなかっただろう。
……そうか、『らのべ』のラナは俺と一緒ではないから……もしかしたら『エクシの町』には行ったかもしれないけど、レグルスと取引したりしなかっただろうし、竜石道具にもろくに触れた生活してないのか。
俺とラナが揃って、初めてファーラたちは『赤竜三島ヘルディオス』から『緑竜セルジジオス』に引き取られる事が出来るから……。
「……つまりファーラと運命の赤い糸を繋いだのは——わたくし!? それはそれでロマンチックでいいんじゃない!?」
「…………」
「そ、そんな目で見下ろさないでくれる? さすがにそこまでは思ってないわ」
「いや、まあ、概ねそんな気はしている、俺も」
「え、ほんとに?」
「でもなんか兄としてはそれどころではない」
「…………そうですよね」
九歳のガキに領主任せるとか嘘だろアレファルド!
なにかの冗談だと、間違いだと言って欲しい。
親父もなんで目を逸らす!?
法の番人がそんなんじゃだめじゃね!?
「心配しなくても、そんなにすぐに赴任しません。決めたのは最近なので、色々手続きもあります」
「だ、だよな。……いや、だとしても!」
「心配しなくてもちゃんと保護者兼従者と一緒に赴任しますよ。その時はご挨拶に窺います。ゲルマン陛下には『ドゥルトーニル家』の領地内なら自由に行動してよいと、お許しも頂きましたし」
「なにかの冗談だよな? そんな事ありえる?」
「それもこれもフランお兄様の積み重ねた功績によるものだと思いますよ。……まあ、ゲルマン陛下としては色々高値で売り捌きたいようですけど……色々」
「くっ……」
すでにゲルマン陛下と話をつけていた、だと……!?
しかも『売りたい』とくれば——それはもう今の『緑竜セルジジオス』には、野菜や果物、肉など以外にも……様々な竜石道具を取り扱う商人がいる。
アレファルドたちも「王室と直接取引出来ないものか」と持ちかけてきたのだ。
レグルスにゲルマン陛下から直接『青竜アルセジオス』との取引依頼が来れば……あとは国同士のやり取りだ。
レグルス……国同士の駆け引き材料に使われるか、それともそれさえ手玉に取って一人儲けるか……——レグルスなら一人勝ちも出来そうだなー……。
「ずりーなー、クールガンばっかり」
「ルースお兄様もカーズよりは優秀なのですから、騎士団乗っ取ってしまえばよいのです」
いや、さらりと言う事じゃなくね?
「そっか」
「いや、『そっか』じゃなくね?」
ついに声に出して突っ込んでしまった。
いや、仕方なくね?
突っ込むだろ、これは。
「まあ、いいだろう。若い奴らが躍進して、国を動かしていくのだ。出世欲とその能力があるのなら、後悔しない道を突き進めばよい」
「親父……でも……」
「ユーフラン、人間の一生は有限だ。お前も後悔しないように生きろ」
「…………。はい」
見送りの台詞としては重くね?
……まあ、ごもっともなんだろうけど……。
「いやだわ、あなたったら回りくどい言い方ばかりなさるんだから。フラン、お父様はね、『親の方が早く死ぬんだから、わしが死ぬ前に孫の顔を見せに戻ってこいよ』って言ってるのよ」
「「「!?」」」
今のどこをどう聞いたらそうなるの、母さんんんーーー!?
「え、あ、あの、それはええと、その」
「ふふふ、エラーナ様ったらそんなに慌てないで。大丈夫、大変なのは一人目よ。うちは長男が手のかからない子だったから、ルースの方が大変だったけど!」
「そ、そ、そ……」
「そうね、身重になったら帰ってらっしゃい。あ、でも、エラーナ様は実家の公爵家の方が人も多いし……いえ、やっぱり産む時はうちにいらっしゃいな。うちの使用人の方が、出産も子育ても慣れてるわ。現在進行形ておちびちゃんが三人もいるし」
「…………。……そ、そ、その時は……お邪魔いたします……」
「っ」
ラ、ラナさんんん!?
なんて事をおっしゃって……!
い、いや、でも、一応両家の両親に正式に許しももらったから……そ、そういう事を、ちゃんと考えていく必要が……?
え、えええぇ……っ!