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竜と『聖なる輝き』


「しかしこれは看過出来ん。邪竜信仰の仕業、というわけだろうが……」
「ゲ、ゲルマン陛下……」

 元神殿の場所に現れた黒い(もや)を纏った竜。
 目が左右に三つずつ。
 長い舌を出して天に向かって、すさまじい咆哮を上げる。
 神殿に収まるサイズだと思ったが、まだ成長しているようで、どんどん体が大きくなっていくんだが……。

「ユーお兄ちゃん! エラーナお姉ちゃん!」
「え!」
「!? ファーラ!? どうしてここに……!」
「ご、ごめん、俺が連れてきた!」
「ルース!」

 叱る意味で、怒鳴る。
 しかもこんな時に!

「だって、お姉ちゃんたちが心配だったんだもん! ファーラはお姉ちゃんたちをまもるためについてきたんだから、一緒にいる!」
「っ……」

 ちら、とルースを見る。
 しょんぼりされるが……うむむ……『聖なる輝き』を持つ者がそう望むのでは、聞き入れないわけにいかない……という気持ちは分かってしまう。
 だ、だけど——。

「守護竜の乙女……そうか、ならば……『黒竜ブラクジリオス』の王子、ブラクジリオスを喚べるか?」
「うん、よべるよ?」
「このままではこの国の民が死ぬ。他国といえど隣国。ここで止めねば、我が国に来るかもしれん」
「? よくわかんないよ、ユー……?」

 ゲルマン陛下……まさか『緑竜セルジジオス』を『竜の眼』で喚ぶつもりか……!?
 ここは『青竜アルセジオス』だぞ?
 ……でも……確かに、このままではっ……!

「…………。でもブラクジリオスはちょっと大きすぎるような……」
「見た事があるのか?」

 ゲルマン陛下もブラクジリオスのデカさを知らないのか。
 トワ様を抱っこして、ちらりと見つめる。
 満面の笑顔で……。

「うん! このまちくらいおおきい!」
「よし、セルジジオスだけ! 喚ぼうぞ!」

 正しい判断かと。
 と、いうか……。

「よ、喚ぶんですか? 本気で? 他国の守護竜を……!」
「邪竜は人の命、生き物の命で肥え太る。ここで止めねば、手がつけられなくなるだろう。そして人の身でアレと戦う事が出来るのは『竜の爪』を持つ者だけだという」
「!」
「えっ!」

 ルースとラナの顔が、強張る。
 ゲルマン陛下の眼差しの意味。
 トワ様が不安げに肩をぎゅうと握ってきた。
 邪竜の咆哮が町に響く。
 より離れた場所に移動するが、町は大混乱。
 あまり身動きが取れそうにない。
 いつ動き出すとも分からない邪竜は、神殿と同じぐらいの大きさになっている。
 町中が悲鳴に包まれた頃、ラナが小さく「ダメ」と呟いた。

「ダメよ、人間に勝てるわけない……」
「…………」
「だ、大丈夫! アルセジオスがいるわ。アレファルドがアルセジオスを喚んで、リファナがアルセジオスの力を強くして守ってくれるから、だから、フランは! フランはなにもしないで!」

『物語』でそうなるから——だろう。
 確かに俺が行く必要はないし、アレファルドの側にはクールガンもいる。
 ここにはルースもいるしな。
 ゲルマン陛下もセルジジオスを喚ぶつもりだから、別に俺はなにもしなくていいだろう。

(ニエ)……贄ヲ……贄ガ、モット……』

 喋った。
 驚いて見上げる。
 その六つの眼差しは、なぜかこちらを一直線に見つめていた。
 建物の後ろにいるのに、俺たちの存在がバレている。

「いかん、竜力の流れを感知されている。…………。喚ぶぞ。苦情や後処理の時は手伝えよ、ユーフラン」
「めんどくさ。……まあ、いいですよ……我が仮の王。お手伝いしましょう」
「フラン!?」
「ふん、俺は仮の主人か。まあいい。喚ぶのには時間がかかる。説得せねばならんからな……万が一の時はロザリーを守れ」
「お父様!?」
「ロザリー姫なら言われずともルースが守りますので」
「俺!?」

 アレファルドの『竜の眼』が無事に覚醒すれば、『物語』の通りになる。
 では、覚醒しなかったら?
 少なくともアレファルドは俺やルース、クールガンのように幼少期から訓練を受けているわけではない。
『竜の眼』は守護竜に認められなければ使えないと聞く。
 陛下はアレファルドに「王太子としての自覚を持て。それではいつまで経っても守護竜の声を聴く事は出来ないぞ」と咎めていた。
 果たして今のアレファルドにその言葉の意味を正しく理解出来るだろうか。
 まあ、誓った手前がんばるしかないだろうけど、がんばってなんとかなるものでもないのでやはりゲルマン陛下に頼るのがもっとも確実な方法。
 今のところは、ね。

「よく見ておれ、ロザリー。そしてトワイライト王子。竜と心をや通わすとはどういう事なのか——!」

 ゲルマン陛下の右目が緑の光を帯びる。
 交渉開始。
 セルジジオスがすぐに応じてくれるかどうかはゲルマン陛下の説得次第。
『竜の眼』……アレファルド……王としてこの国を、お前は——。

『贄……!』

 真っ直ぐこちらへ向かって歩き始めた邪竜。
 建物を壊しながら、また大きくなる。
 靄が液状になり、その黒い液は上から邪竜の体に流れ、その分大きくなるようだ。
 邪竜って液体かなんかなのかね?
 まあ、なんにしても……。

「フラン!」
「ユーお兄ちゃん……」
「あー、あんまり心配しなくていいと思うよ」

 ラナとファーラが不安そうなので、俺がそう言おうと思ったのにルースが先に言いやがった。

「うん、大丈夫」
「でも……! ……あれ?」

 ラナが首を傾げる。
 俺の背後に顕現した『青竜の爪』の大きさが、先程ラナの見たものより白く、大きいせいだろう。
 だってね、ラナさん……ここは『青竜アルセジオス』なんだよ。

「ここは『青竜アルセジオス』だから、アルセジオスの竜力が満ちてるんだよ。ラナ」
「!」
「十分くらいなら俺一人でも抑えられると思うな〜」
「そ、そんな軽く——!」

 ゆっくり歩きながら手を突き出す。
 六つの眼に、二本の『爪』をぶっ飛ばして突き刺した。
 心地いい悲鳴のあと、行進していた足が止まり両手で顔を押さえる邪竜。
 残り爪一本でその止まった足の右足を地面に縫いつける。
 また派手な悲鳴。
 片目を抜いて、左足に突き刺す。
 とりあえず残ってる顔の爪はより、奥に突き刺すように押しつける。
 んん、硬い。
 水みたいなのにな?

「うわ、えぐ……」

 聞こえてるぞルース。
 ……む、邪竜の手が顔の『爪』を掴む。
 引き抜こうとしている。
 チッ、強い……!
 押し潰そうとするが、向こうの方が力が強い……抜かれる。
 それに、突き刺した片目は治り始めているな。
 まるで傷を埋めるように黒い液がどぱどぱと動き回る。
 ……これは……ちょっと、やばいかも。

「セルジジオスが応じた!」
「!」

 ゲルマン陛下の叫びに、振り返る。
 風がどんどん一箇所に集約して、緑色の光が球体になっていく。
 ぽん、と風が弾く。
 そこに現れたのは緑に輝く竜……竜……なんだが…………ち、小さい!?

『おはよー、おはよー!』
「な…………なにこれかっわいい!」
「かわいー!」
「か、可愛らしいですわ! これが我が国の守護竜様ですの!? お父様!」
「かわいい〜!」

 そしてちびっこたちとラナに大人気!
 あと喋るの!?
 い、いや、邪竜が喋るんだから、守護竜が喋るのは不思議でもない?
 いや、けどブラクジリオスを見たあとでのこのサイズ感はちょっと予想外すぎて!
 人の頭くらいしかない!
 いや、こんな小さいのに邪竜をどうこうするのなんか無理では……!?

『あ! 本当に邪竜がいる。どうやって復活させたの? ……ん? でも表面が邪竜の姿なだけで中身は別物だねー。けど危ないねー。アルセジオスはなにしてるのー、危ないよー、危ないよー!』

 ……そしてこうるさい。
 いや、グルグル飛び回るところはかわいいけど。
 かわいいけど!

「ぎゃんかわ……!」

 ラナ、可愛さに感動している場合ではない。
 でも気持ちはとても分かる。ぎゃんかわ。

『贄ヲ、寄越セ……贄!』
『……そうか、間違った姿で表面の一部だけ喚び出されたのか。人間しょーもなーい』

 一切の否定が出来なーい。

『でもお国柄、セルはあんまり強くなーい。だから、聖なる輝きを持つ乙女、セルに力を貸して?』
「え? あ、あたし?」

 セルジジオスがファーラの方へ飛んでいく。
 ラナの腕に隠れたファーラは、しかしセルジジオスに興味があるらしくて顔を覗かせる。
 守護竜の力を増すという、聖なる輝き……その正体が、分かるのか?
 魂の輝きだとか、清い心だとか……色々言われているけど……本当は一体、なんの事なんだ?

「なにをしたらいいの?」
『祈ってくれればいいのー。聖なる輝きはこの世界に散った原始星(ステラ)のカケラ……その素養で、輝くの』
「すてら?」

 ステラ?
 なんだ、それは……。

原始星(ステラ)はセルたちのお母様が生まれた世界の神の力。浄化の力。でも強すぎて、人には扱えない。だから砕いて、この世界に撒いたの。素養があれば扱えるの。神の力だから、セルたちは強くなるの』

 神の力……って、まずい、のんびり聞いてたら顔に刺していた『爪』が引き抜かれてる。
 足に突き刺している『爪』に手をかけて、引き抜こうとしているじゃん。
 まあ、幸い邪竜の両手が『爪』で塞がっているから、手を離した隙にまたどこか攻撃して足止めすればいい……かな?

「よく分からない……祈ればいいの?」
『そう。ブラクジリオスの子も祈ってくれたらセル強くなるの』
「トワも?」
「あ、そうか……トワ様も『聖なる輝き』を持つ者……!」

 ラナがトワ様の瞳を覗き込む。
 俺も一瞬忘れてたけど、トワ様は『聖なる輝き』を持つ者でもあったんだ。
 う、うん、ブラクジリオスを喚ばれるよりは、『聖なる輝き』を持つ者としてセルジジオスに協力してくれた方がいいな!

「おいのり、なにをおいのりするの? セルつよくなれ! で、いい?」
『うん! いいよー、いいよー』
「セル、つよくなってー」
「え、えっと……セ、セル、強くなって……」

 背中から聞こえてくる会話のゆるさで力が抜けそう。
 まあ、『緑竜セルジジオス』にいる時より『青竜アルセジオス』にいる分、俺の『青竜の爪』は強い。

「!」

 ドスドスドス、と音を立てて邪竜の背後に六本の『青竜の爪』が突き刺さる。
 あれはクールガンの『竜の爪』だ。

「あ……」

『青竜アルセジオス』の竜力に波が感じられる。
 先程のセルジジオスの登場の時のように、集約していく。
 青い光が、邪竜の背後に立ち昇った。
『青竜アルセジオス』の王都を流れる水路から、引き寄せられるように水が舞い、その光の方へと飛んでいく。

「! なに、あの光!」
「もしや、やりおったのか、『青竜アルセジオス』の若造! ほっほう!」

 この距離でも、ラナが腕で顔を覆うほどの眩しさ。
 なんかゲルマン陛下はテンション上がっているけど……まあ、気持ちは分かる。
 俺も、テンションちょっと上がっちゃった。

『あ、アルセジオスだ! アルセジオスだ!』

 緑の小さな守護竜が飛び回りながら名前を告げる。
 青白く光り輝く蛇のような水竜。
 体の全てが水で出来ているかのような……そんな姿だ。

「…………」

 アルセジオス……この国の守護竜。
 喚び出したのか、アレファルド。
 喚び出せたのか、アレファルド……。
 ……そうか……。

「セルもがんばれー!」
「お願い、セル! ファーラは、エラーナお姉ちゃんとユーお兄ちゃん、ロザリー様を……ううん、みんな、みんな! みんな守って欲しい……!」
「ファーラ……」

 あれ、俺も守られる対象?
 …………複雑〜。

『うん、分かったー! 聖なる光をたくさんもらったからがんばれるー!』

 振り返って確認してみると、ファーラとトワ様の瞳が金色に光っている。
 あれが聖なる光?
 それをたくさんもらった?
 んん、やはりわけが分からない。
 でも——。

『あとは任せて』
「!」

 セルジジオスが俺の頭の上を飛び去る瞬間、そう声をかけていった。
『青竜の爪』を消す。
 意外と使うのには精神削るので、思わず膝の力が抜けて後ろに座り込んでしまった。
 ラナが駆け寄ってくる。

「フラン! 大丈夫!?」
「ああ、うん。なんかもういいって」
「? …………あ、うん……そう、ね?」
「お兄ちゃん!」
「兄様!」
「ユー!」

 わらわらとファーラたちも駆け寄ってきた。
 そしてみんなで見上げる。
 邪竜と戦い始めた二匹の守護竜。
 怪獣大戦争……と、ラナが小さく呟いた。


しおり