魔女、本を出す その2
翌朝
目を覚ました僕の視線の先に
「おはようございます」
と、見慣れない魔法使いがいた。
……あの? どちらさまで?
昨夜はお楽しげふんげふんだったせいで、ほぼ裸だった僕は、冷静に見せつつ、ベッドの周囲に放り投げていた服をキャッチ&着衣しながらも、その視線を、その魔法使いから離さなかった。
なんで、この人物を魔法使いと思ったかというと。
なんかね、箒にのって、浮かんでるんだ、うん。
で、この魔法使い
僕があらかた服を身に付け終わったのを確認すると。
「あ、ご安心ください、私あなたのような貧相くんはアウトオブ眼中ですので」
……うん、そうね……その自覚はあるよ、貧相……
その魔女の言葉に、僕が軽くダメージをくらっていると
僕の後方で、スアが起き出した。
ってか、服! 服着て!
相変わらず、朝というか起き抜けに弱いスアに、いそいそと服を着させる僕。
そんな僕を見ながら、その魔法使い
「しかし、ステル=アム先生? そんな貧相な下僕を雇うなんて、どんな気まぐれなんですか?」
僕を見ながら、なんか、ジト目してる。
……なんだろう
僕、この人にあんまり好意的に思われてないように思うんだけど……
「ステル=アム先生は、伝説級のお方なのですから、もっとそれに見合った奴隷を使役なさるべきだと思いますわ。
なんでしたら、今度、我が魔女魔法出版が手配いたしますわ」
そう言いながら、クスクス笑った。
で
スア、
そんな魔法使いを、まだ覚醒仕切ってない目で、ジッと見てたんだけど、
おもむろに、その右手を上げたと思ったら。
なんか、その魔法使い、
一瞬にして床にたたきつけられた!?
「……す、ステル=アム先生?……こ、これは一体な……」
自分が何故、こんな目にあわされたのか理解出来ない、その魔法使いは、
顔面から床にたたきつけられた結果、その鼻から大量に鼻血をだしてる……
で、
スアは、そんな状態なぞおかまいなしに
右手をクイッと上に向けた。
すると
それに呼応して、魔法使いの体も宙に浮いた。
で、下へ下げると
魔法使いの体は、再び床に激突
で、クイッと上げると
また、空中へ持ち上げられ……
……と、まぁ、都合11回、その上下運動が繰り返されたところで、
僕がさすがに止めに入った。
「……ど、奴隷の方……か、感謝する……」
ぜぇぜぇ息を切らしながら、僕に感謝の言葉をかけてくる魔法使いなんだけど
それを聞いたスア、その目を再度見開いていき、
「……もう一回、……リョウイチを、……奴隷って言ったら……生きて返さ……ない」
そう言いながら、教育上よろしくないポーズを取っていく。
って、いうか、この世界でもそのポーズ、あるんだ……
「え? この男、ステル=アム先生の奴隷じゃ、ないのですか?」
なんか、その魔法使い、びっくりしたような表情でそう言った。
そんな魔法使いに
スアは
「……私の……旦那様」
そう言うと、もう一回、その手を上下させ、魔法使いを床にたたきつけていった。
◇◇
「……知らなかったこととはいえ、数々のご無礼、お許しください……」
最後の一撃で、一刻近く意識を失ってた、この魔法使い、
名前をダンダリンダと名乗った。
「魔女魔法出版の、ステル=アム先生の専属担当を、この五十年努めさせていただいております」
……あぁ、そっか
五十年って聞いて、一瞬呆けてしまったけど、
スアはすでに、百歳越えてからは、めんどくさいから年齢を数えていないっていう魔女だしね。
「先日、翼黒猫宅急便で届きました、原稿の校正が終了しましたので、お持ちした次第です」
そういうと、ダンダリンダは、腰の魔法袋から書類の束を取り出し、スアに手渡していく。
よく見ると
その原稿には、赤ペンでいくつか修正がかかれてあり
その修正がある箇所に、付箋がいくつか貼られていた。
スアは、
それを受け取ると、すごい早さで、その修正箇所に目を通していき
「……これで問題、ない」
そういうと、都合1分もかからないうちに、それをダンダリンダへ返していった。
それを受け取ったダンダリンダは、うれしそうに微笑むと
「では、この修正をもとに製本作業にはいりますね。
完成しましたら、献本をお持ちします」
そう言って、右手を一振りすると、一瞬で消えていった。
で
10秒後、
「はい、先生、これ献本です」
って、再度出現したダンダリンダは、1冊の本をスアに手渡した。
ってか、いくらなんでも早すぎるだろ!?
その本には
『魔法灯の改良における異世界カガクの有用性』
と表題されており、
著者名はステル=アムのままになっていた。
「あぁ、これは先生のペンネームみたいなものですから」
そう言うダンダリンダに、コクリと頷くスア。
しかしまぁ、
魔女魔法出版ってのは、すごいな……あの勢いで本、完成させてしまうなんて……
届いたばかりのスアの本をぱらぱらめくりながら
ここで、僕は、ふと思った
「そういえば、こういった本って、どこで買えるんだい?」
僕の言葉に、ダンダリンダは
「基本的に、直販ですわ。
魔女のお茶会などで、しょっちゅう営業活動もしておりますので、結構な顧客数をほこっているんですよ」
「お店とかでは売ってないの?」
「昔は、いくつか提携店があったのですが、どこも代替わりする間に職種を変えてしまいまして……」
って、ことは
今は、店売りはしてないってこと?
「王都のミヤンワッキー大図書店とは、今も提携しておりますが……」
とのこと
この話を聞いてて、
僕は、ふ~ん、と一考。
「この本、僕の店に置かせてもらうわけにはいかないかな?」
そう申し出た僕に、
ダンダリンダ、ちょっとびっくりした表情。
「本来でしたらお断りするところですが……他ならぬ、ステル=アム先生の旦那様のお店ですし、やぶさかではございませんが」
そう言ってくれた。
で
スアはスアで
『ステル=アム先生の旦那様』と言ってもらえて、なんか、照れ照れしながら身をよじってる。
うん
相変わらず可愛い生き物だ、僕の奥さんは。
で
その場で話を詰めていき
「では、お試しで、古い在庫を降ろさせていただきましょう」
そう言いながら、ダンダリンダは1枚の契約書を、魔法陣から取り出した。
なんでもこれ、
『血の盟約』と呼ばれる、由緒正しき契約方法なんだとか。
羊皮紙に、インクでサインし、最後に血判押すんだけど
なんでも、書かれていることに違反すると
『地獄のこわ~いお姉様が、命を刈り取りにきちゃいますよ』
と、言われたんだけど、またまた、そんなこけおどししなくても、僕は契約は守りますってば
……え?
……何、スア?
……この話、本当……は、マジで?
スアにそう捕捉され、
僕は契約書の内容を再度見直した。
返品に関する規定と、納品方法などを確認した僕は
サインし、血判を押した。
この血判だけど
スアが、魔法で僕の血を必要最低限、指先に出現させてくれたので
僕自身はまったく痛くなかったので、助かったわけです。
で
まぁ、なんで、この魔女魔法出版の本を店に置こうと思ったかといいますと、
……やっぱ、うれしいじゃないですか
妻が出版した本、ってさ。
なので、スアの本を店に置いて、さりげなく自慢したかったんだよね。
そう言うと
なんか、スア。
今までで最高に、照れ照れダンスを繰り広げていく。
なんかもう、あまりにも可愛すぎるもんだから
思いっきり抱きしめてしまったわけです。
◇◇
で
早速、魔女魔法出版から、おすすめ本も含めて、数冊の本を仕入れ、店頭に並べてみました。
元の世界では、
雑誌や書籍類は、客寄せにも使えてた代物だったけど
こっちの世界では、雑誌とか入手する経路なんて、想像も出来なかったので、
陳列棚も含めて、書籍コーナーそのものをすべて撤去してたんだけど
今回、魔女魔法出版から本を入手出来るようになったので、片付けていたこれらの棚を、再度設置したのですが
「こ、これは!? 以前買い逃していた、ステル=アム先生の『治癒魔法における、その蘇生術への転用方法』ではありませんか!? あ! しかもこちらは……」
この書籍に、最初に食らいついてきたのは自称スアの弟子こと、ブリリアンだったわけで、
店に、スアの著作のバックナンバーが並ぶと
即座にそこにダッシュしていき
散々歓喜の声をあげた後
全部買い占めてしまったわけです。
「あの、スア様、出来ましたら、これにサインをいただけると……」
そう言いながら、その頬を赤く染め、買ったばかりの本の束を抱えて、満面笑顔のブリリアン。
あぁ、
この世界でもサイン本って、うれしいもんなんだねぇ。
と、つい感心したわけです、はい。