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暗黒大魔道士騒動 その1

「スアさん、タクラさん、朝早くからすいません」
 巨木の家の戸を開けた僕の前には、役場の蟻人エレエの姿があった。
 エレエは、ひどく焦った様子で、僕の顔を見つめていく。

 ちなみに、スアは玄関脇の柱の陰で絶賛かくれんぼしながらこっちの様子をうかがってます。

 我が奥さんながら、なかなか難儀な対人恐怖症だなぁ

 そんなことを思っている僕に、エレエが改めて慌てながら話しかけてくる。
「大変なんです! 隣町が何かに襲われてるそうなんでありますの」
 
 は?、なんだって?

 エレエの言葉に、僕はびっくりしながらも、彼女の後について、城壁へと向かった。

 人混みが苦手なスアには留守番をお願いし、遠視魔法で様子を確認してくれるようお願いしておいた。

 城壁の見張り台に上がった僕は、思わずその目を丸くした。

 その視界の先
 森の中からはかなりの炎と煙が上がり続けていた。

 それは一カ所ではなく、
 目に見える範囲の中では3カ所。

 そのうちの1つは、
 方角からして、どうも辺境駐屯地のような気がする

「未明から、隣町の住人達が門まで逃げてきていたのですよ。
 規則で門を閉め切っていたせいで、何人か獣の犠牲に……」
 エレエは、そう言いながら目を伏せた。
 その後方に控えていた衛兵の何人かも、同様だ。

 あぁ

 そうなるよなぁ

 でも、エレエも、衛兵さんも悪くない。
 規則を破って、まだ暗いうちに誰かが城門を開けていたら、そこから獣が街に乱入していたかもしれない。
 そうなったら、被害はもっとすごいことになっていたかもしれないわけで……

 被害にあった人達は、城門の中、衛兵の詰所の中に運び込まれていた。
 総勢で12名。
 皆、獣に襲われかなりの重傷を負っている。
 
 僕は、とりあえずスアの薬を取りに戻ろうとした。

 すると
 そこに、スアが、ブリリアンやイエロと一緒に駆け込んで来た。

 そこで、僕はこの日一番の驚愕の表情を浮かべた。


 す、スアが、人前に!?


 そんな僕に、スアは硬い表情のまま頷いた。
「人怖い……でも……そんな場合……違う」
 そう言いながら、重傷のけが人にへと向かうスア。
 
 スアは、治療にあたっていた衛兵らを横にどかせると、杖を手にし、詠唱をはじめた。

 すると
 スアの前に大きな魔法陣が展開していき、徐々に重病人を包み込んでいく。

 例えるなら、MRIの機械が人間の体を上から下へスキャニングしていくような感じで、その魔法陣はけが人の体を頭の先から足先まで通り抜けていった。

 すると

「あ……あれ? 私……」
 それまで、意識不明だった女性が目をあけ、声をあげた。
 その声に
「ママぁ!」
 近くにいた少女が、涙を流しながら抱きついていく。
 少女は、ワンワン泣きながら、
「ママ、ママ、よかった……」
 母親に抱きつき、嗚咽を漏らしている。
 よく見ると、その少女も怪我をしている。

 僕は、スアから手渡されていた飲み薬を少女に手渡し
「さ、お母さんの次は君が元気にならないとね、これを飲めばすぐに怪我も治るよ:
 そう言ってニッコリ笑ってみた。
 すると少女は、
「うん、わかった」
 そう言って、飲み薬を一気に飲み干した。

 すると

 女の子の体中にあった擦り傷や切り傷が、みるみるふさがっていく。

……スアの薬が飛ぶように売れる理由を、改めて実感した瞬間でした、はい。


 スアは、この調子で重傷者を全員治療していった。

 だが

 最後の1人に詠唱を行っているスアは

 顔は真っ青
 体はフラフラ

 もう、いつ倒れてもおかしくない状態。
 それでも。スアは、必死に詠唱を続けて、どうにか、最後の治療魔法を終えた。

 それと同時に、意識を無くして倒れ込むスア。
 僕は、そうなることを予期していたので、難なくスアの体を受け止めることが出来た。
「ブリリアン、すまない、ここは任せてもいいかい? 僕はスアを休ませてくるから」
 僕の言葉にブリリアンは
「お任せください! このスア様の一番弟子ブリリアン。スア様の後を受け、この場の治療行為を見事にやり遂げて見せますとも!」
 そう言いながら、詰所に続々と集まっているけが人へ向かっていった。

 もともと診療所を開業していたブリリアンだし、しばらくは任せても大丈夫だろう。

 スアを横抱きにして家に向かって走る僕。

 スアは、僕の腕の中で真っ白な顔をして辛そうに息をしている……大丈夫なのか、これ……

 巨木の家に戻り、スアをベッドに寝かしつけた。
 スアは、相変わらず真っ白な顔をしたまま、荒い息を吐き続けている。
 僕は、スアの横で添い寝し、その頭を腕枕した。
 
 すると、
 スアは無意識にか、僕の方へと寄ってきて、胸の辺りを手で掴んでいく。
 心なしか、顔色が少し戻り、呼吸も落ちついたような……

 やっと安堵のため息をもらせた僕の耳に、

GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 な、なんか、すごい獣の声が聞こえてきた。

 巨木の家の2階に駆け上がり、窓から外を見た僕は


 な、なんじゃありゃあ!?


 声にならない声をあげながら、それを見つめていた。

 それは
 例えるならば、巨大な骨の竜とでも言いますか……

 そんな化け物が、口から火を噴きながらなんかガタコンベに向かってやってきてる……そんな気がしないでもないというか

 お願い! 気のせいであってください!

 そう、土下座せんばかりの勢いで祈った僕の願いもむなしく、
 その骨の竜はどんどんガタコンベに向かってきてる。

 街の方からはかなりの数の悲鳴が聞こえ始めていた。
 おそらく、衛兵らから避難勧告が出たんだろう。

 僕も、スアを連れ、店の皆と一緒にすぐ避難しないと
 そう思った僕の視線の先に、何かがいた。

 うん、いた。

 それは、骨の竜の眼前、
 城壁の上に立ってた。

 ……イエロ!? そんなとこで何してんの!?

 愕然としてる僕の視線の先で、イエロ
「はっはっはぁ! このような片田舎で、まさかこのような手応えのある化け物に出会えるとは、まさに恐悦至極でござる」
 って、ここまで聞こえるでかい声で前口上たれてるよ!?

「ばかやろう! イエロ早く逃げてこい! 死ぬな!」
 僕は思わず身を乗り出して声を張り上げた

 そんな僕に、イエロは振り向き、ニッコリ笑うと
「ご主人殿はいつも優しいでござるなぁ……そんなご主人殿のことが、拙者は大好きでござるよ」
 そう言いながら、その手に巨大な金棒を構えていく。
「ご主人殿、ここはまかせるでござる!」

 っていうか、てめぇ!
 何、フラグっぽい台詞吐いてんだよ!
 そんなでかい怪物相手じゃ、いくらお前でも勝ち目ないだろうが!

 今まで割った皿のことは全部許すから
 つまみ食いしたことも全部見なかったことにしてやるから
 今まで飲みまくってた酒代もチャラにしてやるから
 頼むから戻ってくれ!

 もう一度絶叫しかけた僕は、その時、自分の目を疑った。

 宙に舞い
 その手の金棒を振り下ろしたイエロ。
 
 その一撃で、骨の竜の頭が砕け、倒れ込んでいったわけで……て、えぇ!?

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