トラウマ
「あー、ところで……それはそれとして俺が連れ回されたのはそんな話……じゃないんだよな? ユーフラン」
「ああ、うん。パンノミパン屋は全然まったくこれっぽっちも無関係だよ」
「パンノミパン屋……」
パンノミパン屋は俺たちが出立したあと、究極の選択を強いられるんだよ。
だが自分で蒔いた種なので知らん。頑張れ。
「ちょっと……いや、かなり面倒な話になったんだよ。実は——」
カールレート兄さん、クーロウさん、レグルスに昨日の出来事を話す。
まあ、トワ様が来ている事とラナの『悪役令嬢としての破滅エンド』の事は思い切り伏せっておくけど。
要は、隣国『青竜アルセジオス』の王が亡くなった。
しかし、その王の死を、一部の輩……主にラナの実家の公爵家と敵対している者たちが、ラナの父であり国の宰相のせいにしてルースフェット家を引きずり下ろそうとしている。
真実を確かめに、俺とラナは『青竜アルセジオス』に行く。
ファーラもついて行くと言ってきかないので、連れて行くのでその辺よろしく、である。
「マジか……っ」
頭を抱えたのはカールレート兄さん。
まあ、ですよねって感じだ。
せっかく『黒竜ブラクジリオス』の王家に隠し通したファーラの存在。
『青竜アルセジオス』にはすでに『聖なる輝き』を持つ者がいる。
とはいえ、『聖なる輝き』を持つ者は何人いてもいい。
『聖なる輝き』を持つ者の人数分、守護竜の力は増すと言われてるのだから。
最悪、俺たちが裏切る事もカールレート兄さんの頭の中にはあるだろう。
俺とラナはともかく、ファーラだけは他国に奪られるわけにはいかないはずだ。
「大丈夫、俺の実家に預けて城には連れて行かない」
「ええ、それに……わたくしたちは帰って参りますわ」
どーん、と胸を張るラナ。
……うん……帰ってくる。
もう、あの牧場は自宅だ。
まだ一年も住んでないのになぁ……不思議なものだ。
「フランがこたつの竜石核を作ってくれたんですのよ。こたつに入るまで死ねません」
「……………………」
こ……?
ラナの中のこたつってそこまで偉大なのか……?
「なにヨ、こたつのっテ」
「あとで職人学校に行ってみて! 今作ってもらっているから!」
「はあ? 今回は自分で作らねぇのか?」
「鉄加工作業があるんだよ……」
木製のテーブルに、鉄格子で火傷しないよう囲いを作る。
しかも、熱を通さない鉄の加工を〜、とか言われて「ええ、むりぃ」ってなった。
いや、教われば出来るんだろうけど、時間的に無理。
明日発つのに教わってる時間ない。
なので、試作は職人学校の人たちに任せる事にした。
……グライスさんが鬼の形相で「またあっさりこんなモンを……」と怒ってたけど……。
「そういえばオメェ、鉄加工は苦手だったな」
「なぜかね〜」
「なあ、ユーフラン。その、『青竜アルセジオス』の国王陛下がお隠れになった事はうちの国の陛下にも当然連絡が行っているよな? この辺りに泊まると思うし、それまで待ってたりは……」
「どうだろう? 多分竜馬で移動するんじゃないかな? お葬式間に合わなくなるし」
「うっ……それもそう、か」
あと、俺たちは参列に行くわけではない。
招待状はもらっているが、これは葬式への参列を請うものでなく『戴冠式』への招待なのだ。
アレファルドがどういうつもりで寄越したのかは分からないが、陛下が亡くなった以上大急ぎで即位の準備をしている最中だろう。
そんな中、わざわざ俺とラナを招待客リストに入れるとは……どういう了見だ?
自分のした事を忘れたわけではないだろうに……。
「まあ、それに俺たちが行くのは……」
「ええ……実家の……わたくしの父の事情が大きいのです。父にかけられた嫌疑を晴らすために戻ります。なにが出来るかは分かりませんが、売られた喧嘩は買いますわ!」
「よく言ったワ! それでこそエラーナちゃんヨ!」
レグルス、そこは多分褒めるところではない。
むしろ褒めてはいけない……。
「なら、一つ武器を持って行くといいワ」
「武器?」
「エェ。相手は貴族様でしょウ? なら、アナタが持っている最強の『権利』を使いなさいナ」
「……わたくしが持っている、最強の『権利』?」
「アナタの隣にいる旦那様の作る『商品の権利』ヨ。販売権利はアタシが買い取っているけど、それは差し止めが出来るじゃなーイ? エラーナちゃんの一言で、ネ」
「! でも、それじゃレグルスが困るんじゃ……」
「アラ、少しくらいなら構わないわヨ。そもそも『青竜アルセジオス』には、最近ようやく取引の話を聞いてくれるようになったケド……」
ん?
聞いてくれるように
「ぶっちゃけ『青竜アルセジオス』の商人も偉そうでいけ好かない国なのよネー! だから『青竜アルセジオス』はスルーして『黄竜メシレジンス』に行こうかなって最近思ってたのヨー!」
「あ……あぁ……なんかゴメン……。って! ダメよレグルス! 『黄竜メシレジンス』の話をフランの前でしちゃあ!」
「エ?」
「………………」
……メ……『黄竜メシレジンス』……。
ぶんぶん、首を横に振る。
うん、『戴冠式』には誰がどう考えても——来る……!
『黄竜メシレジンス』王太子、クラーク・メシレジンスが!
「…………」
「エ? ナニ? なんなノ?」
「あ……」
「エ? カールレート様、なにかご存じナノ?」
「え! カールレートさん、フランが『黄竜メシレジンス』の話をするのが嫌な理由を知ってるんですか!?」
察したような「あ……」なんて声を漏らすもんだから、カールレート兄さんに視線が集まる。
「言っていいか?」みたいな目で見られるので、顔を背けた。
まあね、人前で話す内容でもないけれど、隠しててもずっと追求され続けるだろう。
俺の口からはおぞましくて言えない。
「…………。まあ、俺も……そのー……噂で聞いた話だから……アレなんだが……『黄竜メシレジンス』のクラーク王子は『青竜アルセジオス』のアレファルド王子に、その、ずいぶんご執心というか」
「それは知ってますわ! アレファルド王子の人間関係全部把握してて、アレファルド王子の恋人にもとりあえずちょっかいをかけまくって奪い取ろうと——…………、……え? まさか?」
ラナ……なぜそんな事を知っているんだ。
小説の知識かな?
うん、まあ、そうだよ。
クラーク王子はアレファルドを『弟』としてとても可愛がっている。
ただその可愛がり方がとてつもなく異常。
アレファルドの全てを管理したがる、ヤバイ人なのである。
「…………」
「フ、フラン? まさかクラーク王子になにかされたの?」
思い出して頭を抱え、しゃがみ込む。
ああああぁぁ……忘れたい。忘れたい!
しかしラナに心配されてしまったし、ラナに聞かれたからには答える……!
「昔……お使いで『黄竜メシレジンス』に行った時に見つかって……」
あれは俺が十四歳の時。
社交界デビュー後、まだ不慣れな『お使い』で『黄竜メシレジンス』に行った際、偶然クラーク王子に見つかってしまったのだ。
当時のクラーク王子は二十一歳。
既に成人済みだし、護衛騎士も二人ほど側に控えていた。
だから油断したのだ。
いや、警戒はしていたが、そういう方向性の警戒まではしていなかった。
声をかけられ、王族相手なので頭を下げて挨拶をする。
クラーク王子はとても人当たりのよい、実に顔面詐欺……んん、外面のまともな方。
俺は会話しながら「なんか近い?」くらいに思っていた。
距離感がおかしい、と気づいた時には……壁に背中が押しつけられて——。
「…………思い出したくない……」
「エ! あ、わ、分かったわ! 分かった、フランもう分かったから! 大丈夫よ! もう聞かないからね!」
「ものすごいトラウマ植えつけられてるな……」
そうだよ。
トラウマ植えつけられてるよ、カールレート兄さんのお察しの通りだよ。
十四歳のまだまだ無垢な少年だった俺は、成人男に壁に追い詰められ、笑顔で脚の間に太ももを入れて逃げ場を奪われた挙句顎を指で持ち上げられながら妖艶な笑みで顔を近づけられ「アレファルドの『影』ではなく僕の『影』になるつもりはないか? 優しく育ててあげるよ」と囁かれたのだトラウマにもなるよ……!
後ろに護衛騎士が二人いたからな?
止めねーのな騎士!
いや、まあ、そりゃ主人のやる事を騎士が止めるわけないけど……!
それにしたって他国の王子の『友人』の貴族にそこまでしてたら普通止めねぇ?
しかも相手は未成年の子どもだぞ?
俺当時十四歳だぞ?
本人的にはただからかっただけなのかもしれないけど! こちとらそんな事分からんから!
トラウマにもなるわ!
会いたくない。
二度と会いたくない! マジで!!
「…………。えーと、レ、レグルス……それじゃあ……いいのね?」
「エェ、万が一の時は使いなさいナ」
「うん、ありがとう」
ラナに手を差し伸ばされ、よろよろ立ち上がる。
レグルスから授けられたラナの『武器』。
俺が作ったものを、ラナが『売る権利』。
それを、差し止める。
交渉や取引が始まったばかりの、これから市場を広げて行くべきタイミングそんな事をするなんて……と思うが、レグルスにそう思わせるほど『青竜アルセジオス』の貴族は高圧的なんだろう……困ったものだ。
「少なくとも『青竜アルセジオス』の貴族の中で冷凍庫はかなり関心が高いワ。きっと氷を作れるからネ」
「オッケィ! 真っ先に餌にするのは冷凍庫ね!」
餌って……。
「だから必ず帰ってきて、新しい竜石道具もアタシに売らせてよネ」
「ふふふ、もちろんよ!」
そんな感じでかなり急遽話がまとまってしまった。
カールレート兄さんにおじ様たちへの連絡は任せ、レグルスにボックスの馬車と馬を借りる。
二日と半日は移動になるので、必要な食糧なども積み込んだ。
昨日の夜に伝書鳥に持たせて実家に飛ばしたから、もう着いている頃だろう。
これで明日の準備は終わり。
とはいえ、終わる頃には昼時も過ぎていたけれど。