破滅エンドを破壊する
カーズが帰ったあと、入れ替わりにダージスがクラナたちを連れ帰ってきた。
中に入れてやり、夕飯となる。
と言っても、人数が多いから店舗でね。
忌々しい事だがダージスとクラナの交際は順調なようで、始終ダージスはクラナにデレデレしていた。
絞め殺してやろうか。
「さむーい!」
「だんろ、あったかぁい」
「あ、ちょっとファーラ、アメリー! お手伝いもしないで暖炉の前を占領するのやめてよ!」
「クオンもあったまってていいわよ。ご飯すぐ出来るから」
「え? あ、うー……エラーナお姉ちゃんが……そう言うなら……」
と、相変わらず真面目なクオンは最初こそお手伝いをがんばろうとしたが、ラナに言われてどこかソワァ……としながら暖炉の前へと歩み寄る。
パチパチ燃える日の前に、女子が三人並んでしゃがむ。
ラナが「ついでにそこにある鍋の様子をたまに見ててね」と仕事を与えると、三人とも嬉しそうに「はーい」と返事をした。
しっかり仕事を与えて罪悪感を軽くするとは、さすがラナ。
「ねえ、フラン……私考えたんだけど」
「うん? なに?」
手伝うよ、と言って包丁を取り出す。
今日はシチューとポテトピザ、ポテトサラダとソーセージ。
それから川魚の干物……これはなんかラナが食べたいって言って干してた。
焼くと意外に美味しい。
見た目は、エグいけど。
「こたつがあればいいと思うのよ」
「こたつ?」
今度はなんだ?
こたつ?
なに? またラナ語?
いや、ラナの前世の世界のもの?
「こたつはね、テーブルの下に熱を発する火を使わない暖炉がある感じの道具よ。テーブルに毛布をかぶせて熱を逃さないようにすると、足元が温かいまま食事をしたり、団欒出来たり……とにかく冬には無敵の存在なの」
「テーブルの下に……?」
「そう! テーブルの下に熱を発する竜石核を取りつけて、火傷しないように小さな箱型の格子で覆えば完成よ!」
「う、うん」
……ラナも大体竜石道具について理解してきたな。
今のでなんとなく分かったぞ。
なるほどね……確かにそれなら足元が温かいし、そのままご飯も食べられる。
「本当はあのテーブルの足を半分くらいに叩き折ったサイズのテーブルでこたつを作りたいんだけど」
「は?」
「それは私の部屋のでいいわ!」
「は?」
「みんなと使うテーブルは、あのままのサイズで! 毛布は今度買ってきて作りましょう!」
「……は、はあ?」
あれ、突然置いていかれた。
でもまあ、要するに今使っているテーブルの下に竜石核を取りつけて竜石道具に使えるって事、なのだろう。
ふむ、それなら小型竜石で十分そうだ。
熱を発する程度なら三十分もあれば作れる。
「あとストーブもあるといいわよね」
「すとーぶ?」
「えーと、簡単に言うと夏に作ってもらったクーラーのあったかい版!」
分かりやす……。
でも少し……いや、かなりでかくない?
「あ、あのサイズじゃなくていいわよ?」
「あ、そう? それじゃあなんとか作れるかな?」
でも鉄の加工はちょっとなぁ。
クーロウさんに四角い鉄製の箱を作ってもらわないと。
「あとでイラストで詳しく教えて」
「ええ! 快適で幸せなこたつ生活のために!」
「あぶなっ!」
「あ、ごめん」
ぶぉん、と振り上げられた包丁。
俺じゃなかったら避けられなかったかも。
***
施設の子どもたちやダージスが食事を終えて帰ると、自宅でラナと二人きりになる。
「こたつ」と「すとーぶ」についてラナがイラストを描いて、こうこうこういうもの、と詳しく説明してくれた。
ふむふむ、これなら明日中に作れるな。
そして、これもまたいろんな国で重宝されそう。
特に『赤竜三島ヘルディオス』は夜に気温がガックンと下がって寒いはずだから、新しい交渉商品になる、ってレグルスは喜びそうだな〜。
「他に欲しいものはある?」
ラナが望むものならなんでも作る。
まあ、今年は目立ちすぎたから、「こたつ」と「すとーぶ」は来年の新商品って事にした方がいいだろう。
小型竜石で作れる竜石道具なら、まあ、まだイケるハズ。
さすがに竜石玉具はアウトだけど。
「え、えーと……他に欲しい防寒具? そうねぇ……うーん、うーん……」
防寒具に限定した覚えはないんだけど。
まあ、防寒具の話の流れ的に仕方ないか。
「電気毛布……?」
「でんき、毛布?」
「加湿器?」
「かしつき?」
「! ボディクリーム!」
……ボディクリームはなんとなく分かるな。
肌をケアするクリーム。
ふむ、それなら森にあったオリーブの油を加工すれば作れるかも?
「ボディクリームなら割とすぐに……」
「本当!? やったぁ! さすがにこの時期の水仕事のあとは手がカサついて……。食器洗い機をフランが作ってくれなかったら地獄だったわ」
「そ、そう?」
あれは俺がラナとの時間を増やしたくて作ったので、そう言ってもらえると本望……。
ではなく。
「……じゃあ、明日の予定はこたつとすとーぶを作ってみる」
「ええ! ありがとう、フラン! 楽しみにしてるわ!」
「えっと、それじゃあ俺の方から……コレ、今日受け取ったんだけど」
「? なに? これ、手紙? 配達屋なんていつ来……、……これ、は……」
『青竜アルセジオス』王家の紋章の封蝋。
それを見て目を見開き、そのあと俺を見てから顔を青くし、また手紙を見下ろす。
「俺とラナに招待状。アレファルドからね」
「アレファルド? あ、あいつが今更私たちになんの用なの?」
「陛下が、亡くなった、って、昼間トワ様が言ってだろう? なら、今の『青竜アルセジオス』の玉座は不在。それは、好ましくない。……早く次の王を据えないと」
「……アレファルドの、戴冠式……」
「そう。そして、君の父親には疑惑があるらしい」
「まさか……っ」
つらいけれど、言わなければ。
俺たちにとっても他人事ではない。
そして、これが君が戦うべき運命なら……。
「!」
手を重ねる。
そして、握り締めた。
大丈夫、一人では行かせない。
俺も一緒に戦うよ。
「そのまさか。でも、俺もラナのお父様を信じてる。あの人は、そんな事をするような人じゃない」
「フラン……」
ラナの事を……娘可愛いで暴走しそうな人ではあるが、だからこそ、陛下がラナの事を案じて親父を通し、俺をつけたと知ればそんな事は絶対にしない。
陛下を、毒殺するなんて。
そんな事をするような人ではない。
「……うん、そうよね……お父様はそんな事しない。なにかの間違いよね……」
「うん。……これを届けに来たのはカーズのアホだから……多分、色々分かってない。あいつから情報を吸い出すのは無理だ。だから、直接乗り込んで、宰相様の無実を証明しよう」
「! ……『青竜アルセジオス』に……」
「うん、戻ろう。まあ、戻ると言っても一時帰宅……里帰りみたいなもの。宰相様の状況は俺も調べるけど……まさか拘束まではされていないはずだ。うちの親父も、いる事だし」
さすがにそこまでの横暴は……していないといいんだが。
なんにせよ情報が足りない。
直接行って確かめて、そして、ラナの前世の知識や、親父や俺も……とにかく、使えるすべてのものを使って、宰相様を助けよう。
多分、ただの足の引っ張り合いに巻き込まれたとか、だとは思うけど。
それでも、ラナの『悪役令嬢の破滅エンド』を今度こそ、完全に乗り越えよう。
「教えて、ラナ。君の知っている『破滅エンド』。その情報も役に立つかもしれない」
「…………。ええ、分かったわ。私も、逃げない。真正面から戦って、踏んづけてけちょんけちょんにしてやる!」
「うん」
……君ならあっさりそれをやりそうだよ。
「まず、前にも言ったけど『悪役令嬢エラーナ』は追放されたあと変な夜の森で自分を切り捨てたアレファルドと、アレファルドを奪ったヒロイン、リファナへの復讐を誓うのよ。そのあと、親馬鹿だった宰相の父親と結託する。宰相の父は『青竜アルセジオス』の王様に毒を少しずつ盛りながら、邪竜信仰に資金援助し、娘を支援するわ」
この辺りは以前聞いた通り。
さて、ここからが本番。
舞台は後半……力をつけた邪竜信仰は、アレファルドの父であり、『青竜アルセジオス』の国王が宰相様に毒殺されるといよいよ動き出す。
小説の中のアレファルドとリファナ嬢、そして三馬鹿は陛下の死に不審な点を見つけて調査を始める。
たが、空席の玉座をそのままにしておく事は出来ないため、アレファルドは戴冠式の準備を進めるが、それには囮の意味も含まれていた。
宰相様を最初から怪しみ、戴冠式当日に、式の最中、ラナいわく「ざまぁ」として宰相様の悪事を各国の来客の前で暴露する。
そこへいよいよラナが登場するのだそうだ。
ラナ、というか『悪役令嬢エラーナ』が。
「お父様が陛下に毒を盛ったと追及され、糾弾されて終わるのが二部の四章。そして最後が二部の五章。悪役令嬢エラーナの帰還。その場に現れた悪役令嬢エラーナは、邪竜信仰の信者を連れて城に入って来る。そして、その場で邪竜の生贄になるの」
「…………」
それは、死ぬという事だろう。
小説の中のエラーナ嬢は、自分の命を賭してまで二人に復讐を望んだのか。
「会場の中はパニックになり、残ったのはアレファルドとヒロインのリファナ、あと三馬鹿」
「……あの三馬鹿が残るのか……」
ちょっと意外だが、リファナ嬢に骨抜きにされている三馬鹿はきちんと出番があり、リファナ嬢を守ろうとするらしい。
だが、そこは正規ヒーローのアレファルドが青竜アルセジオスを開眼した『竜の眼』で召喚。
リファナ嬢の『聖なる輝き』で強化し、邪竜は倒される。
その時、生贄になったエラーナ嬢もまた……死んだ。
ラナはその結末を知っていたから、復讐など諦めて平穏に平民ライフを……あ、いや、最先端で文化的な平民ライフを送る事にしたんだったな。
「と、いうわけで、小説の中だと十一月だったのよね。『戴冠式』」
「なるほど。一ヶ月以上ズレが生じているけど……まるで決まっていた事のようにラナがアレファルドの『戴冠式』に招かれた、と……」
「そうなのよね。フランも知っての通り、私別に邪竜信仰と関わりもないのに……」
「ふむ……」
ここまでお膳立てされていると、ラナの言う通りストーリーの強制力のようなものが働いてるのかも。
俺たちにとっては忌々しい運命。
なんにしても、そういうストーリーであるのならば抜け道はある。
やってもいない事を、宰相様は認めない。
ラナも邪竜信仰と関わりがないし、関わろうとするなら俺が殲滅する。
ラナもラナの大切な家族も俺が守るから。
「宰相様はやってない、を前提に動くにしても……やはり確認は取りたいね。ただ、身内贔屓と言われては困る。第三者の意見が欲しい」
「うっ……そ、そうね……」
「うちの親父に協力してもらおう。大丈夫、うちの親父は最も公平で、法に関しては誰も文句言えない」
「! ……あ、そ、そういえば……フランは……」
「そう、『法官長』だよ」
法官長……国の法の番人だ。
その法は、歴代の賢王たちが記した知恵。
それを司る者。
もちろん、万が一ラナの父親が黒だった場合は……親父は容赦なく裁く。
でも俺もラナも宰相様を信じる。
「……そうね……うん」
「じゃあ、出発は明後日。明日はカールレート兄さんが遊びに来る日だし、クーロウさんやレグルスにも話をしておかないと。クラナたちに家畜の世話を頼んだり……」
「そうね。……ええ、帰ってきた時のために、準備はしっかりしなきゃよね……!」
「うん」