バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

故郷への招待状



 そして二日後。
 護衛騎士のロリアナ嬢の竜馬に乗って、トワ様が現れた。
 昨日は掃除やおもてなしの準備で軽く死ぬかと思ったけど……ふう、間に合って良かった、マジで。

「こんにちは」
「こんにちは、ロリアナ嬢。いつもお疲れ様です」
「わーずー!」
「トワ〜! 久しぶり〜」

 竜馬から降りてきてすぐ、トワ様はワズに抱きつく。
 天使かな?
 ワズもトワ様を受け止めて頭を撫で撫でしてやっている。
 天使かな?
 ロリアナ嬢はラナがパラソルつきのテーブルに案内して、お茶やお菓子でおもてなし。
 シュシュが「森へ遊びに行こう」と言い出した二人の周りを駆け回る。
 ……まあ、そんな話になると思ったけどね。

「待って、二人とも。今日は護衛をつけるから」
「「ごえい?」」
「シータル、アル、ニータン」
「よう! お前が王子さぶっ!」

 言葉遣いが悪いのでブッ叩く。
 アルは本当に躾甲斐があるなぁ。

「オレはニータン」
「おれはシータル! で、今ぶっ叩かれたのがアル!」
「い、いってぇ……」
「自業自得……」

 ニータンの冷たい眼差し……。
 アルはニータンをじとりと睨むが、俺が後ろで微笑んでいるのでやり返したりはしない。
 学習済みだな、うん。偉い偉い。そのくらいの脳はあるわけだ。アハハ。

「まあ、俺の目の届かないところでやり返そうと思ってもシュシュとリーンが見てるから……」
「わふっ」
「キュキュッ」
「ひぃ……」

 うちのシュシュは賢い。
 ついでにリーンも餌づけして色々仕込ませてもらった。
 もっと言うと森の中の猛禽類はあらかた仕込み終わっている。
 俺がいないからと言っても、クソつまらない暴力でやり返す事は許さない。

「あれ、クオンたちは一緒に来ないのかい?」

 ワズが男子組の後ろを見回す。
 言いたい事はごもっともだが、頼む、ワズ……ロリアナ嬢の前でクオンたちの……ひいてはファーラの話はしないでくれ、マジで。
 最初から説明しておけば良かったかな?

「女子たちには町のパン屋のお手伝いに行ってもらってるよ。今日は町中のパンノミパン屋でレシピ指南をやるから、小麦パン屋は人が足りないんだってさ」
「へぇ、町のパンノミパン屋もついに小麦パンを作るようになるのか! だよなー! 良かった! おいらんち、小麦パン屋までちょっと遠かったから、町の中で買えるようになるのはありがたいよ!」

 と、おそらくパンノミパン屋がダイレクトダメージを受けるような喜びの声をあげるワズ。
 それ、パンノミパン屋の方には今のところ言わないでやって欲しい。
 多分、もっと精神削られる。
 下手したら店をやっていく心を折る。
 可哀想だからやめてあげて。

「小麦パン屋?」
「ええ、私が作っている小麦のパン、お店になりましたのよ。よければお店のメニューをお昼にお召し上がりになります?」
「いいのか? 是非! エラーナ殿の料理はどれも美味しいから、とっても楽しみだ!」

 いつの間にか完全にラナに餌づけされているロリアナ嬢。
 さて、と……ちびっこたちは元気に森に行く事で話がまとまったようだな。
 長時間のお守りって割と大変なんだけど……。

「ゆー! いこーう!」
「はい、行きましょうか、トワ様」
「行ってらっしゃい(フラン……嬉しさで顔ゆるゆる……)」



 それから、三時間ほど森で遊び回る子どもたちの相手。
 だいたいは木登り、木の実採り、薬草の勉強、隠れん坊にかけっこ。
 結構寒いのに、ちびっこってなんであんなに無敵なんだ……?
 戻る頃には俺だけ寒さで震えている。

「お帰りなさい。はい、あったかいミルク」
「「わーい!」」
「ありがとう、ラナ。ロリアナ嬢、ずっと外に? 寒くありませんでしたか?」
「ああ、意外と平気だった。膝かけをエラーナ殿が貸してくれたし、温かいものもたくさん頂いたので満腹だ!」

 まんぷ……?
 まさかずっと食ってたのか? この人。
 そんなドヤ顔でお腹叩くとか……。
 その間にラナはトワ様たちへホットケーキを差し出す。
 上のバターがとろりと溶けて、その上から蜂蜜を垂らすと五人の食べ盛り男児たちは瞳を輝かせた。
 席に座って食べるように言えば、あっさりと従う。
 散々遊びまわってきたから腹も減っているのだ。
 フキンで手を拭いて、フォークを持つと「いただきます」もそこそこにかぶりついた。

「さて、トワ様。それを食べたら帰りましょう」
「えー。じゃああしたもワズとあそびたい」
「だ、ダメですよ。明日から『青竜アルセジオス』へ行くんですから」
「ぶーぅ」
「『青竜アルセジオス』に?」
「ああ、招かれていてな。だから、ワズと遊ぶのに今日しか時間が取れそうになかったのだ。多分次は来年になるだろう」

 ラナと顔を見合わせる。
『黒竜ブラクジリオス』のトワ様がお呼ばれ?
『青竜アルセジオス』に?
 年末も近いこの時期に、『青竜アルセジオス』で他国の王族を招くイベント?

「王族ってやっぱり忙しいんだな」
「んーん、なんかあるせじおすのおうさまがね、しんじゃったから、おそうしき!」
「!?」
「え!? ア、アルセジオスの陛下が!?」

 ワズに答えたトワ様の言葉に、思わず立ち上がって身を乗り出してしまう。
 なん、だと?
『青竜アルセジオス』の王様が……死んだ!?

「……そ、そうか。そういえば君たちは『青竜アルセジオス』出身と言っていたな」
「は、はい! ほ、本当なんですか!? アルセジオス王が亡くなっただなんて……っ」
「ああ、『黒竜ブラクジリオス』に連絡が来たのは三日前……今日を逃すと来年までワズくんに会えないと言ったらごね出して……。慌てて手紙をやったんだ。なのでまあ、だいたい一週間前には……」
「………………」

 ラナと顔を合わせた。
 確かに、連絡手段にもよるだろうが、おおよそそのくらい前になるだろう。
 ……マジか……。
 死因に関しては……さすがに公開はされていないはずだから、ロリアナ嬢に聞いても無駄。

「そ、そうでしたか……教えてくださりありがとうございます……。私どものところへは、なんの連絡もなかったものですから……」
「ま、まあ、向こうはさぞや忙しかろう。致し方ないさ」
「は、はい……」

 一気に暗くなるラナ。
 どこか青ざめてさえ見える。
 ……『破滅エンド』……ラナの、いや、『悪役令嬢』のそのエンディングは、ラナにとっての『死』だ。
 だが、それは先月の時点で回避した……と、言っていたはず。
 けど、ストーリーには抗えないのか?
 陛下が、亡くなったなんて。
 いや、元々体調を崩していたという手紙はもらっていたし、ラナの父である宰相様が毒を盛って殺害したという確証もない。
 本当にただの体調不良から亡くなったのかも……。
 ダメだな、ここからでは情報を集め直さなければならない。
 親父に連絡してみるか。
 でも、ロリアナ嬢も言ったが、陛下が亡くなったとなれば国の中枢は今てんてこまいだろう。
 少なくとも俺になんの連絡もなかった事を考えると、なかなかに急だったはずだ。

「あなたたちの分まで、トワ様が祈ってくる。ねえ、トワ様!」
「え? うん! よくわからないけど、おいのりしてくる!」
「……トワ様……。ありがとうございます」
「よろしくお願いします、トワ様」

 ラナと一緒に頭を下げて、お願いする。
 他国の貴族になった俺たちは、本当にそれしかないだろうなぁ。
 思いもよらない事を聞かされたが、トワ様はそんな感じで明日から『青竜アルセジオス』へと発つらしい。
『黒竜ブラクジリオス』の首都からだと馬車で四日くらいかかるが、ロリアナ嬢の竜馬で向かうらしいのでほぼ一日だろう。
 なにしろ国境のこの場所に半日で辿り着くのだ、竜馬は。
 空移動、すごい。
 速度もすごいだろうけど。
 さすが竜馬。

「じゃあねぇー! らいねん、またくるねぇー!」
「おーう! またなぁ! トワー!」
「みんなもまたあそぼーねぇ!」
「おう! また遊ぼうなー!」

 すっかり仲良くなった男児ども。
 ワズも久しぶりに思う存分遊んで、どこかスッキリした顔してる。
 いつも家の手伝いで忙しそうだからな、たまにはこういう日もあっていいだろう。
 ワズの事を町まで送って行ったあと、自宅に帰ってくる。

「お帰り、フラン」
「ただいま、ラナ」

 そろそろダージスが町に行っていたクラナたちを連れてくる。
 たまには飯をご馳走してやるか、とラナと笑いながら話をして……しかし、お互い腹の中では同じ事を思っていたはずだ。
 いや、多分……ラナは俺よりも……。
 そんな時、扉がコンコンと鳴る。
 意外と早く着いたな、ダージスの奴。

「はい。お帰——……」

 ちょうど玄関側にいたから、俺が扉を開けた。
 しかし、そこにいたのはダージスではない。
 短い黒い髪、キリッとした騎士の制服。
 あと、目つき悪い。

「え、なんで……と、言うのもあれか……」

 今日はまた千客万来だな。
 と、思いつつ、後ろから聞こえてきた「フラン? どうしたの?」という声に笑顔で「先に家畜をしまってくるよー」と答えて外へ出る。
 扉を閉じ、向き合う。

「……久しぶり。二度と会う事はないと思ったんだがなぁ?」
「ああ。俺もだ」

 目の前にいたのはカーズ。
 アレファルドの『友人』であり『三馬鹿』の一人。
 よく俺の前に再びその面見せられたな、と思う。

「このタイミングで、って事は……陛下が亡くなった件、か?」
「! ……知っていたのか……どうやって!?」

 あれ、こいつうちにトワ様が来てたところは見てないのか?
 まあ、ガキが数人で森で遊んでただけじゃその中の一人を『黒竜ブラクジリオス』の王太子、として把握するのは厳しいか。
 ……いや、まともな貴族なら隣国の王族と平民が遊び回る光景自体、理解の範疇を超えるな。

「まあ、こっちにも独自の情報網はある」

 って、それっぽい事を言っておけば納得するだろう。多分。

「くっ……さすがはディタリエール家の長子だったという事かっ」

 ……あっさり騙されやがった。
 マジでこいつ大丈夫だろうか。
 こんなのが次期騎士団長とか思うと他人事なのに頭が痛い。
 あとなんか地味に俺の評価が高いな?
 キモい、どうした?

「まあ、いい。……実際その件で来た。アレファルド殿下が貴様とエラーナ嬢を『戴冠式』に招待すると、招待状を預かってきた」
「? いや、なんでそういう事になるの。行くわけが——」
「スウォールド・ルースフェット・フォーサイス公爵に、陛下暗殺の容疑がかけられている。……と、言っても?」
「!」

 ——そんなずはない。
 喉に出かかった。
 だが、なにを根拠に言い返す?
 証拠もない、感情論だ。
 こいつの感情論をねじ伏せておきながら、自分がそれをするわけにはいかない。
 とはいえ、カーズの方も『容疑』……証拠が揃っているわけではないようだ。

「なるほど……確かに俺たちにとっても他人事じゃないし……」
「エラーナ・ルースフェット・フォーサイスが父親からその件で情報を引き出せるのなら、こちらとしてはありがたいのだがな!」
「よく言う」

 アレファルドたち……は、どうかは分からないが、宰相様を疑っている勢力——主に三馬鹿の実家の公爵家——はルースフェット公爵家をこれを機に完全にご退場頂きたい……というところかな。
 馬鹿なの?
 無謀にもほどがある。
 この息子たちに跡を継がせるつもりなら、宰相様の助力まで失ったら国はめちゃくちゃになるぞ?
 この馬鹿息子たちにして馬鹿親アリ——!!

「分かった。受け取るよ。でも、こっちも色々と準備はあるし、立場も異なる。今は『緑竜セルジジオス』の貴族だからな」
「? どういう事だ?」
「つい先月、商売の結果が認められて俺とエラーナ嬢は男爵の爵位を戴いた。一応そのつもりでそっちも『出迎え』てくれるとありがたいね。まあ、その辺りはお互いに、だけど」
「くっ……! ……わ、分かった。前向きに検討、と殿下には伝える」
「ん……それでいいよ。……行く時はこっちのルートで連絡する」
「フン」

 階段を降りていくカーズは、護衛の騎士とともに『青竜アルセジオス』側の森へと向かって歩き出す。
 ……不法入国なんだよなぁ、あいつら……まあいいけど。

「……はあ、めんどくさ……」

しおり