世界一可愛い生き物
僕はスアと2人で役場に向かった。
一応、ガタコンベの役場は朝8時から夕方5時までが勤務時間らしいんだけど、
蟻人(アントピープル)達が、帰るまでは勤務時間らしく
……ってか、そうなると24時間開店してるとね? マジで。
実際、僕がこの世界に来て以降、役所に蟻人が全員いないのを見たことがないわけです。
そんだけ、働くのが好きってことなのかもだけど、僕の世界だったら確実に労働基準法違反で朗津基準局のお偉いさんが駆け込んでくること間違いないよなぁ
なんてことを考えながら役場の中の僕。
となりには、スアが立っている。
スアは、重度の対人恐怖症が治っているわけではないわけで、
店からこの役場に向かってくる間中、ずっと僕の腕にギュッと抱きついていた。
早朝なので、ほとんど人には出くわさなかったんだけど
それでも、滅多に出歩かないスアにとっては、この距離でもすごく勇気がいる行動だったわけです。
「無理しなくても、アナザーボディでついてきてもいいんだよ」
僕の言葉に、スアはブンブンとその顔を左右に振って
「妻……です……がんばる……よ」
そう言ってはくれるんだけど
「夫として、妻に無理はさせたくないよ」
と、まぁ、本音を伝えた。
スアは、真っ赤になってうつむいた。
しばし、そのまま固まった後、ゆっくり顔を上げると
「でも……行きたい……の……今日だけ、は……」
そう言って、ニッコリ笑ってくれた。
ホント
何さ、この可愛い生き物は!
「あれまぁ、タクラ。早いねおはよ!」
昨夜から働き詰めなのか、さっきから働き始めて元気満々なのか判断に悩む感じの、蟻人のエレエが
僕らに気がついて声をかけてくれた。
僕は、婚姻届を、極力しれっとエレエに手渡し
「あのさ、これって今でも受付してもらえるのかな?」
そう、極力平静を装いながら聞いて見た。
エレエ、いつもの感じで微笑みながら
「はいはい、お受けしますよ……はいはい、婚姻届ですね婚姻届……」
エレエは、そう言いながら役場の奥へと歩いて行き
2分後
「こ、こ、婚姻届けですとぉぉぉぉぉぉ!?」
すさまじい勢いで、しかも叫びながら戻ってきた。
ちょ!?
守秘義務どこいった!?
まぁ、隠しても仕方ないわけだし、僕は照れながらも、
「このスアと結婚する事にしたんだ。手続き頼めるかい?」
そう言って、スアに右手を向けて、エレエに紹介していく。
エレエも
スアの存在は知っていたんだけど、こうして実際にきちんと合うのははじめてだったみたいで
「は~、あなたがあのステル=アムさんですかぁ、お初です、エレエです~」
スアのことをマジマジと見つめながら、右手を差し出していく。
あぁ、でも
スア、なんか見られまくったのですっごく怯えてる。
それが、腕を通してイヤって程伝わってくる。
僕は、エレエに
「すまないけど、手続き急いでくれるかい? スアは人に見られるのが苦手なんだよ」
そう伝えると、
「これはこれは、私といたしましたことが」
そう言いながら、テテテと役場に中に入っていき、書類にポンポンと判子を押すと
「奥さま、名前は変えられますか?」
そう聞いてきた。
スアの本名はステル=アムなので、それを変えるの?
元の世界の外人風に言えば
ステル=タクラ
通称スタ……いや、これはないわ……
そんな風に僕が悩んでいる横で、スアは紙に何か書き込むと、それをまず僕に見せた。
その紙には、
『スア=タクラ』
と書かれており、
「これに……して……いい?」
スアは、そう聞きながら僕の顔をのぞき込んできた。
そうだな。
僕も、スアという名前を変えて欲しくなかったので、この名前にするのなら賛成だ。
僕がそれを伝えると、スアは、その紙をエレエに渡した。
待つこと2分ほど
「お待たせお待たせ
では、リョウイチ=タクラ様、スア=タクラ様の婚姻届けを受理いたしましたです」
エレエはニッコリ笑いながら、1枚の紙を僕に手渡してくれた。
それは
夫・リョウイチ=タクラ
妻・スア=タクラ
と書かれた住民登録票で
合わせて、同じ内容が刻まれている住民カードも手渡してくれた。
この住民カードは
居住している街で発行してもらえるカードで、まぁ、元の世界でいうところの身分証明書みたいなものだ。
この人は、こうこうこういう人ですよ、というのを、ガタコンベの街役場が証明してくれたってわけだ。
ちなみに、このカードの発行には条件があって
・定住していること
・夫婦・もしくは家族がいること
この両方を満たす必要がある。
というのも、
定住しない人を街がほいほい証明していると、どこで何が起きるかわかったもんじゃないってので、家を持たない・家族を持たない人は、この世界では都市に住民登録をすることは出来ない。
その代わり、
冒険者ギルドで冒険者登録をすることが出来る。
ここで発行されるカードは成人していれば誰にでも発行され、全国土共通だ。
このカードをギルドに提出しておいて、その街で依頼をこなしたり魔物を狩ったりしていけば、それがすべて記録されていく。
それは他の町に移動しても、加算されていくシステムになっているそうだ。
ちなみに、僕も先ほどまでは、この冒険者カードしかもってなかったわけです。
で、スアも当ぜ……あれ? スアさん、なんでそこでそっぽ向きますか?
……ま、まさか未登録……
なんてあたりを追求しようとしたあたりで、スアも、早く帰ろう的な視線を僕に向けてきたわけで……まぁ、登録の件はもういいか。今はもう2人同じカードを持ってるんだしさ。
エレエにお礼を言い、合わせて
「恥ずかしいからさ、しばらくは内密に頼むね」
そう、両手を合わせてお願いして、僕らは店へと帰宅した。
「どうせそのうちばれますのにぃ」
って言ってたエレエの言葉が少し気になったんだけど……
そろそろ、弁当の準備を始めないといけないので、僕はスアを巨木の家へと送っていくと
「じゃ、仕事してくるね」
そう言って、スアの頭に手を置いた。
するとスアは
「頑張って……あな……た」
そう言いながら、そっと目を閉じた。
まぁ
そうだよね
ここは、あれしかないよね、
僕は、スアを抱き寄せて行ってきますのキスをした。
離れ際のスアが、すごく幸せそうな笑顔をしてたのが、なんかもうキュン死しそうで……はふん。
その足でコンビニおもてなしの調理場に行くと
「おはようでごじゃりまするぅ!」
ヤルメキスがいつものようにスイーツ作りの準備を始めていた。
その向こうでは、
猿人料理人4人娘が、パンを作るための生地をこねていた。
これをこね、一段落したら弁当作りに入るのがいつものパターンなわけで。
すでに、パンの作成は猿人料理人4人娘にまかせても大丈夫なくらいになっているので、
僕はその横で早速弁当の作成を始めた。
IHコンロのスイッチを入れて、フライパンを熱し、
そこに、イエロ達が狩ってきて数日経ってる熊肉を焼いていく。
獲れたてよりも、少し熟成させた方が美味しいのを、最近は体感として覚えているので、
熟成済みの肉を地下冷凍庫から持って来て使用。
なんのかんので、やっぱ肉の焼ける匂いって、食欲をそそる。
調理しながら、なんか僕は無性にお腹がすいてしまった。
おそらく、
スアとの婚姻届けを無事提出出来たことで、どっか安堵してるんだろうなぁ
なんて思ってたら、何かが僕の肩をポンポンって叩いた。
振り返ると、そこにはスアが操っているアナザーボディがいた。
どうしたんだろう、と、思いながらよく見てみると、そのアナザーボディは、手に握り飯を2つ持っていた。
……ひょっとして、スア、僕はお腹空いたのがわかったのかい?
僕が、アナザーボディに向かって小声で言うと、
アナザーボディは、コクンと頷き、その手の握り飯を差し出してくれた。
早速口に運んでみると
その中には、焼いた味噌が入っていた。
スアのプラントで生産している味噌玉を使ったんだろうな。
僕が、この味噌の事を大好きなのを、スアはよく知ってくれてるから。
スアのおにぎりのおかげで、小腹もどうにかおさまった僕は
再びお弁当作りに専念した。
ほどなく、店売り用のお弁当は完成し
スアのアナザーボディと一緒に陳列棚へと並べていった。
その頃には、
ヤルメキスの焼き菓子や、猿人料理人4人娘によるホットデリカやおかず詰め合わせなんかも出来あがっているので、それも合わせて陳列していく。
「おはよ! 今日の分持って来たぞ新婚さん」
そうこうしてると、向かいの工房の猫人ルアが、荷車に乗せた鉄製の農具や武具と一緒に店に入ってきた。
店の奥を、ルアの販売物のスペースにしているので、そこの商品補充なわけです。
……ところで、ルアさん?
「ん? なんだ、タクラ?」
「……今、新婚さんって言いませんでした?」
「だってタクラ、結婚とか葬式なんかは、役場の掲示板に1週間掲載されるんだぜ?
早速見てきたんだな、これが」
そう言いながら、むふふと笑うルア……くそ、この親父娘め!
で
僕は役場にダッシュした。
せめて、掲示の紙の前に布でも貼ってごまかしとか……
なんて思いながら、役場前に駆けつけた僕の前には、黒山の人だかりが出来ていた。
は?
なんか、みんな、口々に
「あのおもてなしの店長が結婚したらしいな」
「相手は、あの伝説の魔法使いか!」
「おいおい……なんかすごいカップルだな」
そんな感じで、僕とスアの結婚の噂をしまくってる。
えぇい、この暇人共めが!?
なんて、内心地団駄を踏んでた僕。
「お、噂をすれば、新郎さんじゃないか」
あ……やべ
見つかった。
なんて思ってたら、役場前に集まってた皆さん、
「おめでと~タクラ!」
「これからも店に買いに行く狩らな!」
「新婚セールとかしないのか?」
なんか、もう
すごい数の祝福を受けたわけでして……
ほとんど逃げるように店に戻った僕。
すると、
ちょうどスアが、店の裏戸から、今日販売する薬品を持ってくる所だった。
「僕が並べるよ、スアは休んでていいから」
そう言いながら、僕はスアの荷物を受け取った。
スアは
「あり……がと……あなた」
少し照れくさそうにそう言って、そそくさと巨木の家へ向かっていった。
と
その途中で引き返してきたスアは、
薬品が詰まってる木箱を持ち上げるために片膝をついている僕の頬にキスをした。
「あい……して……ます……よ」
スア、そう言いながら、今度こそ巨木の家へと戻っていった。
うん、
確信した。
僕の奥さんは、世界一可愛い生き物だ。