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森の遭難者~その2

 盗賊団から、2人を助けて逃げ出したまではよかったのだけど
 方角を間違えて、ガタコンベの街とは逆方向に、電気自動車おもてなし1号を走らせてしまったことが発覚したのが、ついさっき。

 相手は、この一体を縄張りにしている猿人(モンキーピープル)盗賊団のセーテン一派らしい。

 こちらは、この世界では未知の乗り物である「車」にのっているので、このまま引き返して一気に突っ切るという手もある……

 もしも、だ……万が一落とし穴でも掘られていたり、何かの罠でも仕掛けられていたりした日には、いくら車とはいえ面倒なことになるのは当然で

……あぁ、さっきハンドルを切り間違えた自分をぶん殴ってやりたい。

 とにかく、どうにか安全に、かつ、危険性少なくこの事態を乗り切れる方法がないかと、あれこれ思案を巡らせてみる。

 こういうとき、普通の転生者だったら、何らかのチートスキルでちゃちゃっとのりきっちゃうんだろうなぁ……僕、見事にノンチートだしなぁ……やばい、泣けてきた。



 「……スア。例えばだけど、みんなを一斉に眠らせちゃう魔法とかって、ないのかな?」
 僕がようやく絞り出した希望的願望をスアにぶつけてみたところ

「ある……には……ある。……」

 うっそ!? マジで?

「でも……相手に直……接、呪文を聞かせる……必要が……ある」

 ……はい?

 ……ってことはあれかい、スアが眠らせたい人みんなに向かって、みんなに聞こえるような大きな声で呪文を……って、今でさえか細い声しか出せないスアに、そんなこと出来るのか?……いや出来るはずがない(断言

 ルアとイエロがフォローしたとしても、どう考えても難しいとしか思えないし、そもそも、呪文を聞いたら寝てしまうんなら、フォローに出た2人も一緒に寝てしまう可能性があるってことじゃないのか……

 よく考えろ、僕

 遠くからでも、スアの呪文を相手に聞かせる方法……

 ……っていうか、そんな都合のいい方法があるわけが



 ……あ、ちょっと待てよ


 「スア、その呪文は、とにかく相手にスアの声を聞かせることができればいいのかい?」
 「……そう……それで……いい」


 それを確認した僕は、おもむろに、車に設置されてるマイクを取り出し、スアへと手渡した。

 これ、車の天井部分に取り付けられているスピーカーから声を発するために設置されているやつ。
 本来は店の宣伝をするのに使用するための物である。

 マイクをマジマジと見つめながら、
「これ、どんなカガク?」
 って、今から目を輝かせてソワソワしまくってるスア
 そう、あんまりソワソワしないでって伝えた上で

「いいかい、そのスイッチを押しながらそのマイクに向かって睡眠呪文を唱えるんだ」
 って指示を出す。
 同時に、車内の全員には、スアが詠唱している間は耳を塞ぐようにと指示。

 スアは、皆が耳を塞いだのを確認してから、おもむろにマイクに向かって詠唱を始めた。
 
 すると、

 車の天井部分にあるスピーカーから、呪文を詠唱するスアの声がでっかくなって周囲に響き渡りはじめた。

「すごい! すごい! これなんてカガク!?」
 って、はしゃぎ始めるスア。
 
 これ! 今は詠唱に集中しなさい! おじさん泣いちゃうよ!

 とにもかくにも、スアの詠唱が続いていく中
 車の近くの木の上から、かなりの数の猿人達がぼとぼと落下していった。

 どうやら、僕らを追いかけてきていたらしく、車を遠巻きにしながら、すぐ近くで様子をうかがっていたようだ。

 「カガク!? カガクなのね、これ!? すごいすごい!!!」
 そんな周囲の様子を確認しながら大興奮のスア。

 その興奮した声が、スピーカーから大音量で森に響きわたる。
 ちょっとスアさん、その声で起きちゃいませんか? せっかく寝ていただいた皆さんが!?

 とにもかくにも、猿人らが軒並み落下し、眠りこけている今がチャンス、と、僕は車をUターンさせた。
 猿人らは、ほぼ全員がおねんねしてしまったらしく、でくわした全ての猿人達が眠りこけていた。

 とりあえず
 帰宅したら、スアの肩でも揉もう。あ、足がいい?

 そんなこんなで、無事森も抜け、ようやく一息ついたところで、改めて森の中で救助した2人を、バックミラーで確認する。

 2人は、このあたりでは珍しい、人種(ヒューマン)の女性だった。
 2人とも立派な鎧を身に着けており、騎士か戦士といた様相である。

 その予想通り、2人は王国の軍人だそうだ。
 この先にある、辺境駐屯地に勤務しているのだが、最近は先の猿人盗賊団に繰り返し襲撃を受け、食料が枯渇したため近くの辺境都市へ買い出しに向かったところ、その帰りを襲撃されたのだという。
 「いつも襲撃は夜であった……昼間に動けば大丈夫とおもったのだが……」
 騎士の1人、ゴルアとなのった金髪でショートカットの女性が忌々しそうに舌打ちする。
 「そりゃ、考えが甘いって。備えのある駐屯地を襲うってのなら夜になるだろうけどさ、森の中を行く護衛のない馬車のように『どうぞ襲ってください』っていってるような獲物、見逃してもらえるはずないじゃん」
 あきれた口調のルアに、2人は返す言葉を失い、下を向き押し黙る。

 助手席のスアが小声で教えてくれたのだが
 なんでも、こういった辺境の駐屯地というのは赴任希望者が極端に少ないため、だいたいが、実戦経験の乏しい下級貴族の子弟騎士が送り込まれるケースが常態化しており、盗賊団のいいカモにされているのだという。
 
 今から駐屯地へ戻るのは危険なので、2人は今日はガタコンベの僕の店兼住居に泊まるよう勧めた。

 2人の騎士の、もう1人はメルアという、銀髪でセミロングの少女だった。
 なんでも、騎士になってまだ1年もたっていないそうだ。

 無事、閉門までにガタコンベの城壁内へたどりついた僕らは、店の車庫に車を入れると、最近は3人で食事を取ったり雑談するリビング代わりになっている僕の部屋へと、2人を案内する。
 部屋の装いが、一般的なこの世界のものとあまりにも異なっているのに、2人は驚きの表情をうかべ、周囲をしきりに見回していた。

 ……そういえば、この部屋に初めて入ったイエロとスアもおんなじ反応してたなぁ、と、思い出し、つい笑ってしまった。

 さしあたって、明日の仕込みとして準備しておいたタテガミライオンの肉を大目に切り分け、元の世界の定番「焼肉のたれ」で味付けしたものを出してみたところ 
「こ……この味は!? な、なんなのですか!?」
「み、都でも (がつがつ!) 食べたことない (がつがつ!) 美味です!!」
 2人してすごい勢いで食べていく様子を見ながら、君たち一応貴族の出身者なんだよね……って思ってしまったわけで。

 食事を終えると、2人は、昼間の疲れがどっと出たらしく、ソファにもたれたまま、あっという間に寝入ってしまった。

 ちょうど、今回の件を聞きつけた組合のエレエが来たので、僕から簡単に状況を説明することにした。

 一通り今までの経緯を確認したエレエは腕組しながら頷いていたのだが、
「そうですわねぇ……駐屯地がそんな有様でありますでしたら、この街からでも食料をお売りすることはできますですけど……北の森は、皆さまも遭遇されました猿人盗賊団が最近縄張りにしていらっしゃいますですので、道中が危険でありますですので……」
 駐屯地に恩を売っておけば何かと恩恵があるらしく、エレエとしてはなんとか力になりたいそうだ。

 そこで僕は考えた。
 
 寝入る前のゴルアの説明だと、駐屯地は北へ、元いた世界の尺度でおおよそ40kmくらいいったあたりの場所らしいので、電動自動車なら往復1時間半もあれば十分行って帰れるはずだ。
 なら、店の営業のピークが過ぎる午後3時くらいにガタコンベを出発すれば、閉門までには十分戻ってこれる見込みになる。

 それに、今日の一件の事があれば、猿人盗賊団とかいう連中も、おもてなし1号を怖がって、むしろ逃げてくれるんじゃないかって、希望的願望もかなりあるわけで……

 うん、もし襲ってきたら、この話はなかったことにしよう。

「騎士団に恩を売れますと、ガタコンベの街としても王都に恩を売れるわけでございますですので、願ったりかなったりではありますですの、是非ともお願いしたいですます」
 と、ホクホク顔のエレエに、僕は
「そのかわりに、店に手伝いに来てくれる組合の蟻人の人件費を出来ればチャラに……」
「3割引きまででございますですわね……」
「そこをもう一声……」
「……3割5分……これ以上はもう血も出ないでございますですわね」
「4割」
「……3割……6分」
「切り上げってことで!」
「むしろ切り下げでもよくありませんですわの?」
 と、まぁ、丁々発止の末、どうにか3割9分引きで (エレエ的には大変不本意ながらも) 妥結し、今回の食糧輸送を請け負うこととなった。

 必要な食料に関しては、僕の店で準備出来るものは、そのまま運び込んでよく、足りない食材は、特別に市場を通さずに生産者から仕入れてもいいとのことだった。
 そのかわり、支払いはすべて当店もちになるが、駐屯地で支払われたお金をそのまま収益にしていいとのことであった。
「その時、必ず駐屯地名義で領収書を切ってもらってくださいませね。それを組合から王都へ報告しますと、王都への貢献といたしまして、街に恩賞がいただけますですの」
 エレエの言葉に、僕は
「それだと、王都の恩賞、街の総取りじゃね? ……やっぱり、4割引に……」
「引き際が肝心ですわのよ、タクラ様」

 ……チッ

 とりあえず、肝心な2人がぐっすり眠っているため、明朝必要な食料については確認することにして、
 僕は、途中やめになっていた店の閉店作業の続きと、明日の弁当の仕込みをするために店内へと向かった。

 そのころ、スアは、車庫において
「カガク……すごいな……これが、馬より早く……動いたの……」
 充電中の電動自動車の周囲をウロウロしながら、目を輝かせていたのだった。

 ちなみに、翌朝、車庫の中でおもてなし一号に抱きつくようにして眠っているスアの姿が発見されたわけで……スアの知的探究心も、ここまでとなると、ちょっと感心したわけで……

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