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森の遭難者~その1

 ー営業2日目

 この日も、朝から弁当とサンドイッチ等パン類の売り上げが絶好調だった。
 予想外だったのが、お試し感覚で置いておいた農業用の鍬や、取っ手付きの鍋類がすごく売れたことだ。

 初日に、様子見でこれらの商品を購入した人たちが、その使い勝手の良さを周囲に大いに宣伝してくれたらしく、

 「おい!この鍬10本買うぞ!」
 「こら!独り占めすんじゃねぇ!こっちにも5本くれ!」
 「ちょいと、この持つとこのついたお鍋、もっと大きいのはないのかい?」

 などとまぁ、弁当の販売対応だけでてんてこ舞いなところに、うれしい悲鳴というか、やけくその悲鳴というか……とにかくまぁ
「はい、ただいまぁ!」
 って叫ぶしかなかったわけで。

 この日は、あまりの混雑のため、急きょズアーズ商店街の組合の事務員である蟻人(アントピープル)達3人に手伝いに来てもらった。
 「お店が繁盛するのはいいことですわぁ。喜んでお手伝いさせていただきますわぁ」
 組合のエレエが、すこぶるいい笑顔で手伝ってくれている姿に、こっちも元気をもらえた次第である。
 
 とはいえ、いつまでもエレエら組合の好意に甘えるわけにはいかない……と思っていたのだが、エレエからよくよく話を聞いてみると、こうした組合による派遣業務は依頼さえあればどの店に対しても行っているとのことだった。

 ただし、当然有料だ。

 ただ、今日の派遣に関しては開店ご祝儀でタダにしてくれた……ありがたやありがたや。

 とはいえ、いくらタダでいいと言ってくれたからといって、このまま帰ってもらうのは申し訳ない。
 蟻人(アントピープル)3人には、僕らと一緒に夕食を食べていってもらうことにした。

 夕飯を一緒にしている中で、彼女達からいろいろ興味深い話を聞くことができた。

 まず、この世界での味付け。
 基本的には、素材の味そのままであり、調味料という概念があまりないらしい。
 どおりで、塩コショウしただけの肉や炒め物が大人気になるわけだ、と、妙に納得した。

 ただ、これには当然裏もある。
 要は、このあたりでは塩や胡椒が流通していない可能性が高いということである……ってことは、今店にある在庫がなくなると……
 とりあえず、これに関しては早々に市場調査を行わなければ……

 それと、この地方都市ガタコンベは、大陸のかなり辺境の地にあり、そういった辺境に密集している辺境地方都市群の一つに所属しているのだそうだ。
 中央付近に、ブランバックという通商都市があるとのこと。
 ブランバックからは、大陸の中心にある王都パルマへの定期便も出ていて、結構にぎわっているらしい。
 どんな様子なのかというのに興味があるし、いつか出かけてみようと思う。

 そんなこんなで、この日は遅くまで蟻人らと、イエロで盛り上がった。

 ……スアさん、蟻人さんもダメっすか……
 自室から一歩も出てこなかったスアに、僕は野菜炒めとおにぎりを差し入れたのだが、部屋の戸を開けた僕の前では、スナック菓子を口に運びながら
「……この味……何?……自然じゃない……カガク?」
 妙に目を輝かせているスアの姿があったわけで……


 -営業3日目

 今日は、組合に対し、正式に派遣依頼を行った。
 社員もバイトも増えない以上、そうしないとどうにもならないのはすでに確定してるんだしね、背に腹は代えられません。
 これを受けて、昨日の3人が朝一から来てくれた。

 昨日までの2日間は、スアがアナザーボディをフル駆動して頑張ってくれてはいたものの、それに僕が加わってようやくレジがまわせている状況だった。
 そのため、弁当が売り切れても、調理・作成して追加することができなかったため、これを改善するための措置でもあったのだが、結果的にこれは、大英断になった。
 昨日、半日手伝ってくれていた3人は、すでに手慣れた様子で朝一からスムーズにレジなどの接客業務をこなしてくれた。
 もともと接客が苦手なスアは、この3人のおかげでアナザーボディを使用し商品補充と店内清掃に注力することが出来、そのおかげで昨日までとはうってかわって店内の客の流れがスムーズになった。
 僕も、店内製造販売のお弁当とサンドイッチらパン類の製作に打ち込むことができ、おかげでこの日は昼を過ぎても品切れが発生することがなかった。
 このメンバーで店内を回すことができたおかげで、昨日までの2日間、ずっと店内で掃除や客の列の整理などの雑務を頑張ってくれていた鬼人(オーガピープル)のイエロも、久々に狩りへとでかけていった。
 この2日で肉のストックが一気に枯渇してたため、安堵しきりである。

 ーその日の夕刻

 狩りから戻ってきたイエロが、
「ご主人殿、どうにも気になることがありましてな……」
 と、僕に話しかけてきた。

 
 このガタコンベは、大陸の辺境に位置していることもあり、周囲を森に囲まれているのだが、このあたりの森の中には結構凶悪な肉食獣らが跋扈しているらしい。
 それら獣達から街を守るため、ここガタコンベの街はその周囲をぐるりと高い塀で囲っており、夜になると街の南北に2つある門を固く閉ざし、外部との出入りを固く禁止している。

「少し離れた森のなかで、襲われたばかりと思われる馬車の残骸が転がってございましてな……」
 イエロが言うには、馬車を引いていたらしい馬の死骸はみつけたのだが、馬車を率いていたと思われる者達の姿がなかったのだという。
「人種と思われる血の痕跡を若干見つけたでありますが、致命傷を負ったと思えるほどの量ではありませんでした。
 もし、この者達が森の奥へと逃げ込んでいたとしましたら、ちと問題があるかと思いましてな」
 確かに、そのとおりである。
 僕はイエロの言葉に大きく頷いた。

 僕は、その話をすぐに組合のエレエへと伝え、捜索隊を出せないか聞いてみたのだが
「それは当然出しますですの……でも、今から出ていましたら、すぐに夜になってしまいますですので、組合としましては、明日の朝、夜があけてからでないと出せないということになりますの……」
 まぁ、当然といえば当然の答えであった。

 店に戻ると、スアが何やら光の玉を手にしてぶつぶつ呟いていた。
 どうやら、イエロの言っていた馬車のあたりを魔法で検索し、人の反応があるかどうか確認していたらしい。

 引きこもりで、対人スキルに致命的な問題があることをのぞけば、スアはかなり高スペックな人材なんじゃないか?……と、改めて実感していると、

「……いた……よ……馬車の壊れたとこから……北……2人……」

 これを聞いて、イエロが勇んで出発しようとするのを、話を聞いてやってきてくれていた武器屋のルアと2人がかりで必死に止めた。

 確かにイエロは強いが、相手はケガをしていると思われる。
 そんな2人を連れて閉門時間までに戻ってくるのは多分難しいだろう。
 下手をしたら、救出に向かった先で夜になってしまい、森の奥に取り残されてしまう可能性もあるわけだ。
 
 改めて、スアに状況を確認すると、2人は馬車が破壊された場所からは結構北の街道そばにはいるらしい。
「馬車で……片道1時間くらい…………の、ところ……」
 とのことなので、結構進んでいる気がする。
 多分、昼の早い時間に馬車を襲われたのだろう。

 しかし、これで簡単には捜索に迎えないことが発覚した。
 往復2時間となると、今から出発した場合、閉門に間に合うかどうかかなり微妙な感じなのである。
 どうしたものかなぁ、って悩んでた僕は、ここで、ふと、あるものの存在を思い出した。

 店の裏手
 閉じているガレージのシャッターを開けると、そこには小型電気自動車「おもてなし1号」があった。
 店の宣伝や、宅配事業を行うために準備していた車である……もっとも、この車が日の目を見る前に、フランチャイズ店は全部潰れちゃって、事業も縮小……その結果、実際に使用したことは1度もなかったわけなのだが……

 幸い、太陽光発電システムが稼働しているため、充電はできていた。
 乗り込み、キー操作を行うと、ありがたいことにエンジンも問題なく稼働してくれた。

 街道は、石畳で出来ているので、こいつで向かえば閉門時間までには十分戻ってこれるはずある。

 これで捜索に向かうことにしたところ、イエロに加えてルアも同行してくれることになった。

「こう見えても少し前までは冒険者として結構ブイブイいわせてたんだぜ」
 そう言ってニカッと笑うルア姉さんに思わず惚れてしまいそうだ。

 そんな3人で早速出発しようとおもてなし1号に向かった僕の目の前に
「これ!? 何!? カガク!? あたらしい!!」
 え~、スアさん……そんな車のフロントガラスにカエルのようにべったりはりつくなどという、今時の子供でもしないような格好であれこれ調べようとしないでくれませんかね?

 とまぁ、こんな感じでスアが、想像を遙かにこえてくいついてしまい、車からまったく離れようとしなくなってしまったため、仕方なく4人で現場へ向かうことになった。

 4人乗りの小型車とはいえ、後部に荷物を搬入できるスペースがあるので、あと2人くらいなら十分乗せて戻ってこれるはずである。

 無理矢理乗り込んできたスアさんには、問答無用で荷物置き場に座ってもら……ちょっと、何ちゃっかり助手席に座ってるの!? ってかしっかりシートベルトまで締めて、何、そのドヤ顔!?

「とりあえず、急ごう」
 とまぁ、僕の運転で走り出したおもてなし1号の中で、
「ご……ご主人殿!? 何ですかこれは!? 拙者このような乗り物経験がござらぬ!?」
「そりゃアタシもだよ!! しかもこいつ、馬車とはくらべものにならねぇくらいに早いじゃん!?」
「カガク!? すごいすごい!! これ!すごい!!」
 と、まぁ、スアだけでなく、イエロにルアまで大騒ぎし始めてしまって、なんといいますか、けたたましいことこの上なくなってしまった車内の様子に苦笑しながらも、スアの道案内に従って街道を北上していった。

「……なんだ、あれ?」
 目的地に近づいたあたりで、僕は視野に入ってきた集団を見るなり嫌な予感に包まれた。
 そこには、見るからに凶悪そうな人相をした亜人らが、手に手に剣や弓といった武器をもってそのあたり一帯を捜索していたのであった。
「……ありゃあ、盗賊団だな……このあたりだと、猿人(モンキーピープル)のセーテンのやつらだろうな」
 ルアは、剣を構え、いつでも飛び出せる体制をとっていた。
 イエロも同様である。

 よく見ると、その集団の先の方に2人の人影があり、どうやらこの集団から必死に逃げているようであった。

 なんと言いますか、
 免許を取得して10年とちょっと。
 今まで無事故無違反を貫いてきたこの僕が、この集団に突っ込むのかい?

 かなりヘタレな心が出てきているんだけど
「ご主人殿、急げ!」
 っていいながらイエロが僕の頭をバンバン叩くわけで……わかったって、わかりましたよ!

 僕は、半分目を閉じながらアクセルを全開。
 集団に向かってクラクションをけたたましくならしながら突っ込んだ。
 盗賊団がひるんだ、そのど真ん中で急ブレーキし、停車。

 文字だけ見るとすっごい活躍して見えるけど、
 多分、今の僕、鼻水と涙で顔、すごいことになってると思う……

「ご、ご主人殿……と、扉が開きません!?」
 あ、ごめん、ロックしたままだった。
 慌ててオートロック解除ボタンを押した僕……ってか、指の震えがすごいんですけどぉ

 やっと開いた後部の左右の扉から、イエロとルアが飛び出し、盗賊団に斬りかかっていく。

 見たこともない、動く鉄の塊の襲来、
 重ねての、戦闘に長けた2人の急襲にあい、盗賊団は大混乱に陥った。
 この混乱に乗じて、助手席のスアが光の分体、アナザーボディーを使って、盗賊団に拉致されていた2人を無事に確保し、車内へと連れ込む。

 スアさん、あんたやっぱすげぇよ。

 ここで、スア、僕の心の声を読んだのか、すっごいドヤ顔をこっちに向けた。
 うん、その顔でプラマイゼロだ。

「ご主人殿、長居は無用でござる!」
 スアが2人を保護したのを確認したイエロとルアが後部座席に飛び込んだ。

「待ちやがれ! てめえら!!」
 車の周囲を数人の盗賊団が取り囲んでいく。
 その強面な顔を前にし、僕は更に鼻水と涙を垂れ流した……下は大丈夫……な、はず……

 そんな僕の横の助手席で
「……邪魔……だよね」
 スアが短く詠唱すると、車の周囲で爆発が起き、車の周囲を取り囲んでいた盗賊団がきれいに吹き飛ばされていた。

 僕はもう、無我夢中でアクセルを踏んでこの場から発進した。

 生きてる。
 生きてるよ、僕……生きてるってすばらしい!


 こうして、僕らは、遭難していたと思われる2人を救助し、街への帰途へとついた……と、思っていたのだが、
「店長……そっちは……逆……街から遠ざかって……いる」
 スアの言葉に、僕は顔面蒼白になった。

 ま~じ~で~!?

 なんか、スアが僕の顔をハンカチで拭いてくれた……
 よほどすごいことになっているらしい……

しおり